2010/11/20 - 2010/11/20
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ドクターキムルさん
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大江広元の墓は鎌倉・西御門にある源頼朝の墓の右奥にあるが、これは江戸時代に長州藩によって作られたものである。鎌倉・十二所にある胡桃山の頂上に大きな石塔(五層塔)があるのが、これが大江広元の墓と伝えられている。これまでに、5、6回行って探したのだが見付けられないでいた。「鎌倉さんぽ」(成美堂出版)に記載されている天園ハイキングコースの地図では、五大堂明王院から登って、弁天社(初め弁天)をずーと行き過ぎた団地・瑞泉寺に降りる3差路のすぐ手前に大江広元の墓が示されていたために、それに引っ張られていたからだ。実際には弁天社(初め弁天)寄りにあり、団地が見える手前の山の山頂にあった。今回はWebからGPSの緯度・経度を得、PNDをかざして探した。これまでも地図代わりにPNDを持ち歩くことはあったが、GPSの緯度・経度の位置情報から場所を特定したのは初めてであった。
天園ハイキングコースの山道は胡桃山の頂上を避け、谷合の道を進むのだが、石橋のようになった岩の道の上が大江広元の五層塔が建つ場所だった。この岩はやぐらかと思って杉などの倒木が折り重なる谷に下りて確かめたが、石切場の跡で、幅4m、左横4m、右横3m、高さ4m程度に四角く刳り貫いてあった。
山を降りて大江広元邸宅跡から見ると、真正面(北西方向)に見える山の頂上に当り、北東方向には大江稲荷が鎮座している。大江広元の墓に相応しい場所に位置していることは確かだ。
(表紙写真は大江広元の墓と伝わる五層塔)
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井戸か?瑞泉寺寄りの胡桃山頂近くにある。
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コンクリート製の土台。井戸の脇にお堂があったのであろうか。
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コンクリート製の土台。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。井戸より10数mか。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。下には石の破片がある。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。大きなものだ。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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大江広元の墓と伝わる五層塔。
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古木の間に大江広元の墓と伝わる五層塔。
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山頂は平らだ。かつてはお堂があったのであろう。大江広元の墓と伝わる五層塔へ上る道はお堂で遮られていたのであろう。
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参道。
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参道。
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下って、大江広元の墓と伝わる五層塔のある下あたりの天園ハイキングコースの山道に戻ると石橋がある。
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石橋のような山道。
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石橋のような山道。
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石橋のような山道。
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石橋のような山道。下はやぐらのようにも見える。
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瑞泉寺側には鉄柵がある。この鉄柵が切れると特別に急な山道があり、大江広元の墓と伝わる五層塔のある山頂に辿り着く。しかし、余りにも急なため、元々の道ではないだろう。お堂が無くなってから着いた道であろう。
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石橋の下のやぐらような所に下りる道を探す。瑞泉寺側から意を決して、この倒木だらけの谷に降りることにする。
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岩を削った跡は倒木で埋まっている。これを踏み越えて行く(。右側にあたる)。
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右側の岩の切り口。
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右横の断面切り口。
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左横の断面切り口。
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表面の断面切り口。
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左下角。
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左側切り口。
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右下角。
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左下の角。
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右端。
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左上の角。
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