2008/06/08 - 2008/06/08
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SUR SHANGHAIさん
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全長6.4kmの城壁に囲まれた平遥古城。
明代から清代末期まで晋商の拠点で金融業の中心だったこの町は古びた黒レンガ造りの四合院も美しく、今では世界遺産の文化遺産にも登録されています。
1997年に初めて平遥古城を訪れた時には太原からの日帰りだったSUR SHANGHAI。あの時は城壁も完全に一周はしなかったっけ。
今回は数日滞在して、その朝・昼・夕の様子も見てみます。
この編では、平遥での最初の宿、それと6月7日・8日の平遥の朝に出会った人や物事をまとめてご紹介しようと思います。
注: 晋商と言うのは、山西省の晋中平原において明・清時代に栄えた豪商たちのこと。晋は山西省の別称。
注: 中国語の≪古城≫というのは、≪古い町≫の意味。日本語で言う意味の≪古城≫とは異なります。
表紙の画像は、ご飯をかき込みながら戸口から出て来る人もいる朝の平遥路地裏。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
これは山西科学技術出版社出版の『平遥の名勝』という冊子に出ていた平遥の地図をスキャンした物です。
この地図では、長途汽車站(長距離バスターミナル)が左端に見えている平遥火車站(平遥駅)そばに出ていますが、08年6月上旬にはすでにこの地図北側(地図外)に移転していました。
画像をクリックして元画像で見てみても地名などがはっきりしない場合は、コピー保存してさらに拡大して見るとはっきりすると思います。 -
平遥古城内には大きいホテルもありますが、四合院の民家を改装した客桟と呼ばれるクラシックな宿に泊まるのがお勧めです。
城壁内の西大街、東大街、南大街、衙門街沿いに多数あるほか、ちょっと路地裏を歩いてみるといくらでも見つかります。
時間と気持ちの余裕がある人は、何軒か見比べてから決めるのがいいですよ。
同じ宿の中でも値段によって部屋の条件がずいぶん違うので、いくつか見せてもらってから決めましょう。ツインで100〜200元くらいの部屋で十分いい感じです。
この画像の復興公客桟もそんな宿の一つ。
平遥古城の中心と言うべき南大街の市楼の近くで、周辺は似たような造りの宿や食堂、お土産屋さんがずらりと並んでいます。左上の画像が南大街に面した部分の外観。
左中央と右上の画像は中庭の様子で、通路沿いに部屋が並んでいます。
SUR SHANGHAIが泊まったのはその通路の奥にあるツイン部屋で180元。これがこの宿では一番高くていい部屋だと言うことでした。
中は掃除も行き届いていてシーツも真っ白。ただ、この部屋のベッドは炕と呼ばれるオンドル式ではありません。
左下の画像がその部屋の内部。右下の画像が部屋にアタッチされた浴室の様子です。お湯は問題無く出ました。床中水浸しになるので、シャワー用のサンダルがあるといいですよ。
中庭の通路に沿った部屋だともっとお安くなります。先に見せてもらってから予算と好みで選びましょう。
復興公客桟の所在地: 平遥 南大街69号 市楼と呼ばれる楼閣の近くで、西大街と東大街との三叉路から徒歩2分くらい。
電話: 0354−5683197 -
上記の復興公客桟では食堂も経営していて、雰囲気のいい中庭の通路に出したテーブルでも食事が出来ます。
食事の時間帯に部屋にいると、この通路で食事を摂っている人々や立ち働いている人たちの声や物音がちょっと気になる人がいるかも。
ここの食堂は一人でも気軽に食事が出来、味もよかったのでお勧め。
細長いナスに切れ目を入れて丸ごと揚げ、ピリ辛醤油味の野菜あんをかけた覇王茄子という料理がおいしかったですよ。
下段の写真奥に写っている、一見魚の丸揚げ風に見える料理がそう。
手前は豆腐と青菜のあっさり塩味炒め物。
平遥名物も紹介してくれるので、数人まとまればあれこれお試ししてみるのもよさそうです。 -
平遥の四合院と呼ばれる民家や、それを改装した宿の1階部分は、洞窟住居の窰洞(ヤオトン)スタイルを引き継いだデザイン。
部屋への入り口は、正面から見るとトンネルの入り口のような弧を描いています。
その戸口の窓部分を細かく区切って飾りの枠を入れてあるのがいい感じ。 -
イチオシ
部屋の中に入って電気を消すと、外からの灯りが影絵を作る戸口のあたり。
う〜ん、いい風情。 -
平遥の四合院と呼ばれる民家や、それを改装した宿の1階部分は、洞窟住居の窰洞(ヤオトン)スタイルを引き継いだデザインで、部屋の内部もかまぼこ型のトンネル風。
民宿として改装された部屋の内部には、今ではテレビ、トイレ、シャワーなども備え付けられているので不便無し。
外からの灯りが、壁に作り出すシルエットが不思議な眺め。
ただこの時は、通路の食堂でお酒に酔った人たちがいつまでも大声で話しているのが気になったSUR SHANGHAI。
雰囲気はいいけど、夜はもう少し落ち着いて休める方がいいな。
明日は別の宿を探してみます。 -
SUR SHANGHAIが泊まった復興公客桟は2階の上が平らな屋上になっていて平遥の町並みが見られるようだったので、朝早く起きて行ってみた。
まだ日が昇り始めたばかりの6時前。
う〜ん、今日も晴れそうな空だ〜。
ふと、まだ夜明け前の闇が残る道を見下ろすと、道路掃除のおじさんがもう仕事を始めていた。
ひゃ〜、(◎o◎)! 朝早くからお疲れ様です〜。 -
まだ半分眠ったような早朝の平遥の町。
それでもポツポツと人影が見え始めた頃。
08年には、平遥古城内の町並みを見て回るだけなら無料でした。
城壁や城壁内の博物館などの見所を含んだチケット(08年は120元)は、城壁内にある各見所でも売られていました。
このチケットは見所ごとに提示してパンチを入れてもらわなくてはいけないので、失くさないようにご注意を。
08年には購入した当日のみ有効だったので、数日滞在予定の人は買うタイミングと見学計画にも気を付けましょう。
-
平遥の民家は四合院と呼ばれる造り。
四合院の≪四≫は東西南北の四つの面の事で、風水に従ってこの四つの面に家屋が配置され、壁に四角く囲まれた造りになっています。
次のウィキペディアの四合院に関するページには、その大まかな構成が画像と共に記述されています。
興味のある方は見てみるといいですよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%90%88%E9%99%A2
それに従って見ると、昨夜SUR SHANGHAIが泊まった復興公客桟の部屋は、敷地の奥の北側にある居間兼応接間の正房と呼ばれる部屋を改装したものだった。
恐れ多いことでございまする〜。m(__)m
風水や八卦に従って建てられた四合院には、そのほかにも色々と不思議なものが見られます。
屋上に取り付けられたこの画像の衝立のようなものは、邪気を払い運気を呼び寄せる役目を持っているんだそうです。 -
せっかく早く起きたので、このまま平遥の町も歩いてみます。
黒レンガの民家の壁に屋根の影が落ちる朝。 -
うわ、レトロな看板と電球だあ。
≪照相≫は≪撮影する≫の意味なので、これは≪写真館≫の意味。
日本でもちょっと前までは街角に××写真館なんてあって、人生の節目となるような行事の時には家族でスタジオ撮影なんかしてたんだよね。
今どきは誰でもデジカメを持ってるし、こういうお店はどんどん減っていくのかも。ちょっと寂しい。 -
黒レンガの壁と黒い瓦屋根の四合院入り口のあたり。
もう開け放たれた門の奥に大きく≪福≫と書かれた影壁が見えています。
黒に囲まれた構図の中の赤がポイント。
影壁は、門内に入り込もうとする邪気を避ける作用と共に、内部が見通せない目隠しにもなっています。 -
一軒のお宅の門の左右の壁に残っていた中国語簡体字での標語。
門の右側の文字は最後の数文字しか読み取れませんでしたが、左側の方は「○○指導我們思想理論基礎是馬克思列寧主義。」と、最初の2字以外は読めました。
「○○が我々を指導する思想理論の基礎はマルクス・レーニン主義である。」の意味。
これまで、中国のあちこちの民家の壁に残されたこんな標語を見てきたSUR SHANGHAI。
中には、こんな少数民族の村にも!と驚くような場所にもあったっけ。
古都平遥も例外ではなかったようです。 -
平遥の四合院の門の両脇には石造りの獅子像が置かれているんですが、台座を残して無くなっていたり、半壊しているものが多数。
完全な形をしているのは、ほとんどが新しい物のようでした。
これは、1960年代後半から1970年代前半まで続いた文化大革命の際、封建的文化とされて破壊された名残なのだそう。 -
わ、これはまたレトロと言うか古めかしいと言うか…。
年季が入った真っ黒なかまどが中にはあるんだろうな、とその様子が目に浮かんで来そうな餅子屋さん。
餅と言っても、日本のもち米で作った柔らかくて粘り気のあるものではなくて、餅子というのはトウモロコシなどの粉で作った生地を円盤状にして焼いた物。
パンのように主食にします。 -
まだこの日の観光客は町を歩いていないけれど、町の人たちは起きてその日の活動を始めた朝。
上段のトラックには練炭が満載されてます。
平遥では、練炭は日常の煮炊きにも使われる燃料のよう。
暖房には石炭も使っているようだから、冬には煤塵が結構すごいのかも?
トラックの後ろで店開きを始めたおじさんの商品は桃。一見すると緑でまだ熟れていないような外見ですが、これは皮は緑のまま熟す品種。
中国の桃は日本のものとは違って、歯応えもカリカリコリコリ。初めて食べると、日本の桃とは別の果物のような感じがします。
あとは、お馴染みのバイク付きリヤカーもこの日の活動開始。
あ、平遥では荷馬車も健在なんだ。 -
イチオシ
朝靄と煮炊きの煙で煙る平遥の朝。
あ、この路地裏の霞具合がいいなと撮り始めたら、茶碗を持って朝ご飯をかき込みながら外に出て来たおばちゃんと遭遇。
失礼します〜、パチリ! -
開け放たれた門の外から中をチラリと覗いてみると、中は白いタイル張りの家にしてあるお宅もあった。
今までの四合院がすっかり古くなって、どうしようもなくなったのかも…。
一介の旅行者から見ると、せっかく世界遺産になった古い町なのにと残念な気もするけど、実際に住んでいる住人にとってはこれでよかったのかも、とも思ってみる。 -
明代から清代末期まで晋商たちが金融業で栄えた町、平遥。
今は残された建物にその栄華の名残を残しています。
平遥古城の中心部には、金融業を営んでいた晋商の票号(近代以前の金融機関)の建物も多数あって、今は博物館として公開されています。
でも、まだ朝早いうちは古民家の様子を見て回るのがお勧め。
この門扉もいつの頃に作られたのかと思うほど。
このワンちゃんだったら下の合わせ目から通り抜けられそう。 -
これは、日除けのための幕を張ってあるのかな?
平遥古城内の町角には貸し自転車屋さんも出ているので、あんまり暑くない時期には借りてみてもいいかも。
この画像に写っている壁にも≪出祖各種自行車≫と出ています。
≪出祖≫はレンタルの意味で、≪自行車≫は自転車のこと。
SUR SHANGHAIは徒歩で回ったので金額などの詳細は不明ですが、古城内は平坦なので走りやすいと思います。
地図を手に入れてからどうぞ。 -
あ、このお宅の門にはヨモギが一茎差してある。
今年も端午節の時期か〜。
あとで粽を買って食べようっと。
2008年は6月の7〜9日がお休み。
6月8日の日曜日が旧暦の5月5日だったから、9日の月曜日が振り替え休日になったんだよね。
端午節は戦国時代に生きた屈原という人物を記念するための日。
詳しいストーリーは、端午節で検索するといろいろ出てくるのでそちらでどうぞ。
それと同時に旧暦の5月5日頃からは悪疫が流行りやすい時期でもあるので、体内の毒素を取り除く作用のあるヨモギと、不祥を払うとされるショウブの葉を門口に飾るようになったんだそうです。 -
道の奥には町を取り巻く城壁の一部も見える朝靄の平遥の町。
これは北東側の壁。
自転車通勤の人もポツポツと通り始めた時刻。
その自転車も、今では画像手前に写っているようなバイクに取って替わられそう。 -
この自転車リヤカーのおじさんの売り物は自家製らしい黒酢。
小さいスピーカーから流れる声を聞いた人がビンを片手に出て行くと、漏斗と柄杓を使って入れてくれます。
黒酢を入れている容器も昔は陶器製の壺だったんだろけど、今はポリタンク。 -
この画像に写っているおじさんは、上の画像のおじさんから黒酢を買ったお客さん。
「どこから来たの? 日本の観光客?」と聞いてくれたおじさんは、「恥ずかしいから表だけしか見せられないけど、僕の家も見て行って。」と路地裏へ。
その後をちょっと付いて行くと、いや、なかなかご立派なお家。
屋上には、やはり風水に従って建てられた小さい廟のような建物もありました。
このおじさんには、日本に留学している甥っ子さんがいるそうです。 -
一瞬の縁で出会ったおじさんとも別れて、また歩き始める平遥の町。
振り向くと、おじさんが入って行った家の屋上にある小さい廟のような建物がSUR SHANGHAIを見送ってくれた。 -
この赤い壁は、平遥古城を取り巻く壁の東側に近い城隍廟のものだったような。
その壁に落ちる民家の影もきれいな朝。
城隍廟は、用水路の神様のほか、竈の神様、商売の神様も祀った場所なんだそう。
ここもあとで見学することにします。 -
朝日に照らされた屋根の上の龍。
この龍は、何年ここから平遥の町を見てきたんだろうと思う。 -
道端に打ち捨てられた昔の道具類が多い。
民俗資料館的な場所を作って引き取れればそれが一番なんだろうけど…。
ああ、もったいないなあと思っても、通りすがりの旅行者にはどうしようも出来ないのが歯痒い。 -
朝の道端で魚を売っていたおじさん。
それはコイ?
平遥まで来ると、魚屋さんでも海の魚は見かけません。 -
朝日を受けて、重厚な影絵のようなシルエットになった平遥の町角。
ずっしりとした歴史の重さが感じ取れる。 -
イチオシ
平遥古城内の見所を回るチケット料金には含まれていない場所も多数あるので、散策の途中で見かけたら立ち寄ってみては?
四合院の造りや、そこで今も暮らしている人たちの生活の様子も見学できます。
ほとんどがかつての平遥の名士の邸宅で、チケットを買うともらえる地図には青い字で○○故居、○○宅、○○旧居などと名が出ていました。
表の戸口脇の壁に名前が彫られたプレートが出ているのですが、見落としやすいのでご注意を。
今も実際に住んでいる方たちがいる四合院では、内部まで公開しているとは限らないので、プライベートな場所には立ち入らないように気をつけましょう。
この画像のお宅は、東側の城壁近くにある仁義街の王宅で、見学料金5元。建物の外回りと屋上が見学できました。
この旅行記の始めに出した平遥の地図にも出ていて、古城の東西を結ぶ道のうち、東側の東大街の下に名前が見えています。 -
これも同じく仁義街の王宅。
「そこの階段を上って屋上に行ってごらん。」の声があったので、外に取り付けてある階段を上って屋上へ。
これは、中庭に面したあたり。
軒先に大量の練炭が積んである。
普段から使ってるから切らさないように積んでおくんだろうな。
日本の農家の軒先に積んである薪と同じ感じだあ。 -
上の画像と同じ仁義街の王宅。
あ、このお宅でも戸口そばにヨモギが差してある。
今年ももう端午節ですね。 -
同じく仁義街の王宅。
その屋上には、邪気を払って運気を呼び寄せるという風水に従って建てられた衝立風の壁がずらり。
これも一家の威勢の表しどころ? -
同じく仁義街の王宅から見た平遥古城内の町並み。
これは王宅から南方向を見た様子。
四合院は2階建て、その他の民家は平屋建てで、大きい建物が少ないので平べったい眺め。
左奥に見えている大きい建物は城隍廟。
その右端には、文廟大成殿の屋根もちょっとだけ覗いています。 -
同じく仁義街の王宅。
屋上へと通じている外階段から見下ろした正房前。
その古色蒼然たる四合院の軒先で、今日使う分の野菜の下拵えをする女性。
戸口の脇で、野菜の選別や皮剥き、筋取りをしている様子はこのお宅でなくても中国ではよく見かける光景。 -
一通り外回りを見学させてもらった仁義街の王宅。
そろそろSUR SHANGHAIはおいとま。
見学させていただいてありがとうございました〜。
最後に門のところで振り向くと、正房に出入りする子どもの姿も見えた。 -
平遥の町の粉屋さんの店先で焼かれていた≪餅≫があんまりおいしそうだったので、朝ご飯に食べてみたSUR SHANGHAI。
餅と言っても、これまでに何回か言ったように、中国の≪餅≫は日本の≪餅≫とは違います。
この日の≪餅≫は、野菜の塩漬けを細かく切って小麦粉で作ったパイ皮風の生地に包んでから両面を焼いたもの。
お店のおじさんは、別に名前は無い餅なんて言ってたけど、香ばしくておいしかった。
文廟近くのお店だったけど、今もあるかな。
お茶碗に入っているのは、薄いカボチャ粥。これには特に味は付いていないお茶代わりのような感じで出されます。
これで数元のおいしい朝ご飯。ごちそうさま〜。 -
城隍廟がある城隍街には文廟(孔子を祀った廟)もあるので、ちょっと中を拝見。
城隍廟も文廟も、この旅行記の始めに出しておいた平遥地図の南東角近くに名前が出ています。
あれ、平遥の文廟前には立派な九龍壁が。
九龍壁というのは、邪気が門内に入るのを防ぐ照壁の一種なんだそう。その名の通り、九匹の龍が勇壮に描かれています。
ん?前、中国に現存する九龍壁は北京と大同にある合計三つだけって聞いたけどなあ…。
なんで、この平遥のものはカウントされていないんだろう。SUR SHANGHAIには分かりませぬ。 -
文廟境内に入って行くと、壁の上の龍の影も迎えてくれた平遥の朝。
-
孔子を祀った文廟といえば山東省の曲阜を連想しますが、平遥の文廟はその曲阜のものより歴史が長いんだそうです。
文廟境内にはいくつもの建物があるんですが、その主殿となるのは大成殿。
その大成殿前には、日本で言うと絵馬のような赤い木の札がぎっしり下げられていた。 -
この画像だとよく見えないんですが、赤い木札の表には≪魁≫と言う字が黒々と書かれていて、学業に関する願い事が書いてあったり。
あれ? この札を持って文廟の大成殿に合格祈願に来てるみたい。
じゃ、この≪魁≫って、文運を司る神様の魁星のこと?
またまた不思議なものを発見してしまった平遥の文廟。 -
平遥の文廟大成殿前に林立する巨大線香。
中には炎を上げて、朝から燃え盛る線香も混じる眺め。
腕よりも太く長い線香に、みんなどんな合格祈願を込めて捧げて行ったんだろうかと思う。 -
イチオシ
いろいろな顔を見せてくれた朝の平遥の町。
昼にはどんな顔を見せてくれるかな。
SUR SHANGHAIはさらなる発見を求めて、平遥編の昼の部へと移ります。
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