2008/06/07 - 2008/06/07
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SUR SHANGHAIさん
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前日、山西省の省都太原から古都平遥への移動では、タクシーで途中にある晋商の豪邸のいくつかを回ってもらったSUR SHANGHAI。
その内容はといえば、晋中市車輞村の常家大院、太谷県北洸村の曹家大院(三多堂)、祁県喬家堡村の喬家大院、そして祁県の町なかにある渠家大院と盛り沢山。
これだと一日で見て回るには多過ぎたと思うので、同じようなルートを考えている人はそのうちのどれかを削った方がいいかもです。
晋商と言うのは、山西省の晋中平原において明・清時代に栄えた豪商たちのこと。豪商の姓を取って○家大院と称される豪邸が数多く残っていて、一般に公開されているものもあります。
注: 晋というのは山西省の別称。
山西省には上記の大院以外にもまだまだたくさんの晋商の豪邸がありますよ。
古都平遥から日帰りできる距離には華夏民居第一宅と呼ばれる豪壮な規模の王家大院があるというので、今日のSUR SHANGHAIは平遥近郊の双林寺とも併せて行ってみようと思います。
注:華夏というのは、中国の古称。
表紙の画像は、華夏民居第一宅と呼ばれる王家大院を城壁風の外壁から見た様子。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨日泊まった平遥古城内のクラシックな宿や町の様子は別編でご紹介することにして、この日の朝のSURSHANGHAIは今日のタクシーを捜しついでに列車駅方向へ。
注:中国語の≪古城≫は≪古い町≫の意味です。日本語で言う意味の≪古いお城≫があるとは限りません。
その途中で見かけたのは、股割れズボンをはいた子。
これまでに中国各地で見かけたからびっくりはしないけど、その普及振りはすごいと思う。
上海のような大都市でも、下町に行くとまだまだ見かけます。 -
平遥古城は、周囲を万里の長城のような外壁で四角く囲まれた町。数ヶ所に門が取り付けられていて外との出入りが出来るようになっています。
古城内から見ると列車駅は西の外側にあるので、SUR SHANGHAIは西大街を鳳儀門(下西門)方向へテクテク。
どこに行ってもそうだけど、やっぱり最初は自分の足で歩いてみて、その街の雰囲気や距離感をつかんでおくのが一番。
で、鳳儀門(下西門)近くまで来ると、石炭置き場そばにはこんな壁画の壁が。(◎o◎)! 地元のイケてる青少年御用達のバーみたい。
初めて平遥に来た時の1997年とは大違い。 -
平遥の小さい列車駅前でタクシーを見つけて、早速今日のルートを回ってくれるように交渉してみたSUR SHANGHAI。
今日行こうと思っている王家大院は、平遥から車で1時間ほどの霊石県静升村にあります。
帰り道では平遥南西近郊の双林寺にも寄ってもらうことにして往復260元(通行料、駐車料金含む)
平遥から霊石県静升村への道筋は、画像のように快適な新しい高速公路。
往復の移動時間、お昼休憩時間、見学時間を含めると5時間の行程でした。
下段の画像のトラックは、山西省特産の石炭を満載したトラックの列。
山西省省都の太原や、雲崗石窟がある大同には炭鉱があるので、それを各地に運んでいくようでした。 -
平遥から南西へ車で1時間ほどの霊石県静升村に到着。
これが華夏民居第一宅とも呼ばれる豪壮な規模を持つ王氏一族の豪邸の入り口。
注:華夏と言うのは中国の古称。
王家大院を一通り見て回ると、SUR SHANGHAIの場合は2時間かかりました。とにかく広いので、チケットを買う時に説明付き(中国語)でガイドさんを雇うのがいいかも。チケット66元、ガイド50元。
王家大院の規模は資料によってまちまちなのですが、チケットに出ていた説明によると総面積は25万?、建物の数は123、部屋数は1118なのだそう。
見所は大きく分けると二つあって、この入り口から入った部分の高家崖と、その奥には万里の長城と同じような城壁に囲まれた紅門堡があり、橋で繋がっています。
それらの説明や地図が下記の王家大院のサイトに載っているのでご覧ください。
http://www.sxwjdy.com/china/dyzs.asp 中国語簡体字版、英語版
王家大院敷地の地図は、画面の上の方に出てくる赤い提灯の≪景点介紹 (見所紹介の意味)≫をクリックすると出てきます。 -
王家大院の見所二つ(高家崖と紅門堡)のうち、見学者がチケットを買って入っていく入り口はこの高家崖の方。
チケット売り場は、この画像だと左手の方にブースがありました。
高家崖と紅門堡を併せた見学用のチケットは66元。
上の方でも言ったように、内部は広大なので、中国語が出来る方はガイドさん(50元)を雇っていくのがいいかもです。
紅門堡では万里の長城のような城壁の上をぐるりと一回り出来ますが、日差しを遮る物は物見櫓のような亭以外に何も無いので、夏は紫外線や熱中症対策はお忘れなく。
敷地内には飲み物程度の売店やトイレが要所要所にありました。トイレ用のペーパーはここでも持参するのが正解です。 -
これは、王家大院の壁に出ていた大院全体の見取り図。クリックして元画像で見てみても文字などがはっきりしない場合は、一旦コピーで保存してからさらに拡大すると、かなりはっきりすると思います。
右手に赤い○をつけた場所が上に出した画像の高家崖の入り口。見学後もここから出てくるようになっていました。
入り口から入った部分の高家崖とその奥の万里の長城のような城壁に囲まれた紅門堡は細い橋で繋がっています。お見逃し無く。 -
SUR SHANGHAIはまず高家崖は素通りして、万里の長城のような城壁に囲まれた紅門堡へ行ってみます。
高家崖外れの展望台から紅門堡を眺めると、緩い斜面に高々と造られた城壁が。
これはその城壁の下のほうの部分だけ。とても一枚の写真には収まりません。
わ〜!(◎o◎)! 思っていたより規模が大きい!
あの城壁の内側に、王家一族が住んでいた邸宅が並んでいるのか。 -
これが、王家大院の高家崖と紅門堡を結んでいる橋。
画像奥が斜面に造られた城壁に囲いまわされた紅門堡。
その規模があまりに大きくて武骨な造りなので、突如として山の中に要塞が現れたかと思うほど。 -
上の画像に出した橋を紅門堡側に渡ってみたSUR SHANGHAI。
これは紅門堡の外側を取り巻く城壁。
やっと斜面上側の方の端っこまで撮れた。(^^ゞ
王家一族の命と財産を守るためとは言え、よくぞこれだけの城壁を造ったものだと思う。
王氏は元々は太原の出身だったのが霊石県静升村あたりに移り住んできて、1312年頃に存在した王石という豆腐売りの人物がこの王家大院を築き上げた王家一族の始祖になったようです。
この紅門堡が造られたのは、1739年〜1793年(清の乾隆年間)にかけてのことだったのだとか。
上の方に出した見取り図で邸宅の並び方を見てみると、≪王≫という字が浮き出して見えるように配置されてありますよ。
今見られるこの王家大院は、1996年以後に修復された姿ということです。 -
イチオシ
王家大院の紅門堡側に入ったSUR SHANGHAI。
まずは町のように邸宅が並んだ建物の間を歩いてみます。
これは、万が一の火災があった時に使う火消し道具セット。モップはおまけですね。
江戸の火消し組の七つ道具は、纏、竜土水、大団扇、梯子、鳶口、刺又、玄蕃桶。
王家大院の火消し道具は、シャベル、バケツ、斧、鳶口と刺又の中間的道具。
斧なんか、誰でも取って使える所に掛けておいていいの〜?
(^_^;) 怖いな〜。 -
王家大院の紅門堡にある邸宅の一つ。
屋根の合わせ目から下がる懸魚(げぎょ)のデザインがきれい。
懸魚(げぎょ)は、元々は建物を火災から守るために水にまつわる魚を象った木片を下げたお守り的役目があります。
紅門堡にある邸宅にあったこの懸魚(げぎょ)は、その本来の魚の形がよく残されていると思うSUR SHANGHAI。 -
王家大院の紅門堡にある邸宅の屋根飾り。
龍があちこちから顔を覗かせてます。
左上の画像の龍の手前にあるのは煙突。 -
王家大院の紅門堡にある邸宅の入り口脇にも抱鼓石があった。
抱鼓石は門の柱を支える基礎の石で、外に露出した部分に装飾を施したもの。
中国の古民家の門の両脇に置いてあるのをよく見かけます。
この紅門堡にある邸宅は、大きな鋲を打ち付けた門がずいぶんごつく見える。
財産を狙ってやって来る外敵侵入に備えた造りだったんだろうな。 -
これは、王家大院の紅門堡を取り囲む城壁から紅門堡内部と霊石県静升村を見下ろした様子。
城壁の内側から城壁の上に通じる通路が何ヶ所かあるので、探してみて下さいね。
王家大院は緩い斜面に造られた大院なので、斜面の上のほうの城壁からはこういう景色も見られます。
これは北東の角あたりから見下ろした様子。
見学者たちが歩いていく姿も点の如し。
緑を背景に続く黒々とした瓦屋根がどっしりとして見えます。
同じように規模が大きくて城壁に囲い回された大院としては晋中市車輞村の常家大院がありますが、こちらは周辺は平らな畑なので、こういう景色はありませんでした。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の北側。
ずらりと並んでいるのは煙突。
山西省には炭鉱があるから、燃料は石炭だったんじゃないかな。 -
イチオシ
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の北側から見た霊石県静升村。
乾いた風土のそこかしこに、洞窟住居である窰洞(ヤオトン)が多数。
窰洞(ヤオトン)は、黄河の中流域の甘粛省、寧夏回族自治区、陝西省、山西省の黄土地帯でよく見られるスタイルの住居。
今も実際に人が住んでいる窰洞(ヤオトン)も無数にあります。
窰洞(ヤオトン)には2種類あって、一つは山の崖に直接横穴を掘るスタイルの山懸け式。
もう一つの方法は、平地を掘り下げてその壁面に横穴を掘るスタイルの下沈式。
ここから見えている窰洞(ヤオトン)は、山の斜面の段差を利用して横穴を掘った山懸け式のようです。 -
この画像に出ている数軒の建物は屋根も人工的に造ってあるけど、これも窰洞(ヤオトン)?
ずっと前、山西省の大同あたりを見て回った時に参加したツアーでは、こういう造りの家も窰洞(ヤオトン)の一種だと聞いて見学しに行ったような気がする…。 -
山懸け式で造られた霊石県静升村の窰洞(ヤオトン)。
左側の画像のお宅は、前面に黒レンガを積んで壁にしています。
戸口の上に≪喜≫の字を二つ並べた文字が出ているけど、新婚カップルのために造られた窰洞(ヤオトン)なのかな。
この大きさの画像だと見えにくいですが、庭先には蛇口と洗い場が付けられていて、その周りの地面が濡れています。
右側のお宅は、レンガを積む代わりに黄土を塗料のように塗りこんであって、煙出しらしき穴も見えています。
ここからは井戸や水道は見えていませんが、手前の木の陰にあるのかも。
これまでに山懸け式、下沈式のどちらの窰洞(ヤオトン)内部にも入ったことのあるSUR SHANGHAI。
奥行きは十数mほどのかまぼこ型。物置や台所が入っている窰洞(ヤオトン)だと内部の壁は土のままでしたが、居住用だと白く塗られていました。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の北側から西側に回りこむと、
…え! ほかにもまだ王家大院のような大院が並んでいるの?(◎o◎)! とSUR SHANGHAIもびっくりの城壁がさらに西側に見えた。
規模もこの紅門堡に勝るとも劣らずなのに、どうしてガイドブックに載ってないの〜?と不思議に思っていたら…、 -
…向こうに見える王家大院の紅門堡と瓜二つの城壁と建物は、王家大院崇寧堡と言うホテルでした。
ここから見えている通路は、紅門堡から崇寧堡へと通じていますが、見学ルートには入っていませんでした。
崇寧堡は、高家崖、紅門堡と共に、元々は王家大院の一部を構成していたとも聞きましたが、なぜその説明や紹介が無いのかは不明。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の西側から見た邸宅群。
規模があまりに広大なので、これはそのほんの一部。
1739年〜1793年に造られたという紅門堡も、1996年以降の補修のお陰なのか、結構新しくきれいに見えるのが意外。 -
イチオシ
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の西側から見た邸宅群。
黒々とした瓦屋根や壁が重々しい。
いくら広大な敷地といっても、ここに住んだらちょっと息が詰まりそう。
あ、ちょうどいい位置に見学者が来た!
…と、とっさに撮った写真なので、斜めになってます。(^^ゞ -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁。
これは西側の城壁。
紅門堡は山の斜面にあるので、城壁もその斜面に沿った傾斜があります。
途中まで下りて来て北の方向を振り向くと、その城壁の長さにもびっくり。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁の南側まで来て一休み。
瓦屋根の連なりの向こうに城壁の上の亭がいくつかあるのがこの画像でも見えています。
手前に見えている邸宅は芳心院。
画像左上に、王家大院崇寧堡というホテルになっている崇寧堡の城壁も見えています。
それだけ見ると、崇寧堡はこの紅門堡よりさらに規模が大きそう。 -
同じ亭の日陰には、シルバーエイジのご夫婦も。
わざわざチケットを買ってまで王家大院を見学に来た感じにも見えないけど、中で働いているっていう感じでもないなあ。
王家一族の末裔が、こっそりかつて繁栄していた頃を思い出すためにやって来た、と想像する方がおもしろい。
「さあさあ、爺さんや、何を飲むかね?」という会話も聞こえて来そう。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む城壁を東側に回りこむと、今度は高く築いた城壁の上の高家崖が見えた。
左の方には、紅門堡と高家崖を結ぶ橋の一部も写っています。
ふう〜、お天気が良すぎて汗ダラダラ。
昨日も太原から平遥への途中であれこれ大院を見て回ったから、ちょっとしんどくなってきた。 -
王家大院の紅門堡を取り囲む東側の城壁を見上げる。
これでこの城壁も一周。
SUR SHANGHAIは30分位かかりましたよ。
お次は城壁内側ももう少し見ていこうと思います。 -
イチオシ
屋根飾りの龍の背中に乗るスズメ。
龍の背の上で偉くなった気分になるのか、毅然とした顔付きなのがおかしい。(^◇^) -
これは、王家大院の紅門堡の一番南にある堡門。
質実剛健、且つ武骨な造りで、「一族を守るぞ!」という気概に溢れているよう。
今その門を通り抜けて行き来するのは、SUR SHANGHAIをも含めた観光客。 -
上の画像でも出した王家大院の紅門堡の一番南にある堡門。
ここから城壁内を南北にまっすぐ貫く道が通っています。
その左右の邸宅群が見所。
内部は公開されていたりいなかったり。
邸宅のほかにも豆腐や酢を作っていた工房もあるので、見ていくといいですよ。
邸宅群は造りは同じように見えても、細部の装飾に興味のある方はじっくりどうぞ。 -
王家大院の紅門堡内の邸宅群は紹介しきれない数なので、そこここで見かけた建築物の装飾の一部をご紹介。
これは、軒下に施された透かし彫り。
ラーメンどんぶりの模様を思い出したSUR SHANGHIは罰当たり。(~_~;)
デザイン化された二匹の龍が金貨(?)を左右から抱いてます。 -
以前はどういう用途だったのか、ひっそりと扉が閉ざされている建物もあった。
何となく気になるその扉。
その扉の奥には王家一族の秘密が…、というドラマになりそう。 -
邸宅の門の鋲飾り。
扉を補強するための鋲飾りも、こういう曲線模様だと実用以外の遊び心もあるような気がする。 -
さて、SUR SHANGHAIは今度は同じ王家大院でも高家崖の方へと移動します。
これは、高家崖と紅門堡を結んでいる橋。
さっきまでいた紅門堡側を振り向いてみた様子。 -
王家大院の高家崖は、1796年から1811年にかけて造られた邸宅群。
高く築いた城壁の上にあります。
規模は紅門堡と比べるとずっと小さいんですが、邸宅などの建物の細部の造りはこちらがさらに細やかだったような印象です。
これは高家崖にある書院の一つ。 -
王家大院の高家崖にある邸宅の入り口脇にも抱鼓石。
これも、家々によって装飾がさまざま。
お気に入りを見つけてみては? -
屋根の合わせ目の所から縦真っ二つに断ち落としたような造りの建物がたくさん目に付いた王家大院の高家崖。
壁に取り付けてある小さい祠も多数。
これも石敢当のような邪気除けなのかな。 -
窰洞(ヤオトン)と同じようなトンネル型の入り口を持つ高家崖の邸宅。
ただし、その入り口付近の装飾は、城壁外にある普通の民家になっている窰洞(ヤオトン)とは大違い。
中はどういう造りになっているのかというと…、 -
…窰洞(ヤオトン)と同じようにかまぼこ型。防空壕のようだと思う人もいるかも。
その中に一段高くなった炕(カン=オンドル)がしつらえてあって、白く塗られた壁際に家具が配置されています。
この炕(カン)は、すぐ脇で火が焚けるようになっている造り。今はもちろん使っていないんでしょうが、展示として鍋やヤカンもその上に置いてありました。 -
さっきから外がなんだか騒がしいと思って出てきたら、王家大院の高家崖ではドラマか映画の撮影中。
仮面のような化粧の役者さんや兵隊の制服を着けた役者さんが入り乱れていた。(~_~;)
何なんだ〜。
その中の一人をパチリ! -
さ、そろそろ王家大院ともお別れ。
これは、高家崖の南側。
大きな門の前には、入って来ようとする邪気を防ぐための屏風のような照壁が立っています。 -
タクシーの運転手さんと落ち合って、お次に向ったのは平遥から南西に6kmほどの橋頭村にある双林寺。
こちらは1997年にも訪れたことがあるお寺さん。
規模は大きくはないんですが、1500年の歴史を誇る古めかしいお寺さんで、大小合わせて2千を数える塑像群が見事。
天王殿外側にある四体の金剛像以外は撮影不可なのが残念ですが、見て損は無いと思います。
特に韋駄天像や十八羅漢像などはジックリ見てみるといいですよ。
双林寺のチケット25元。
画像の入口右脇にチケット売り場がありました。塑像の説明(中国語)を受けたい方は+20元でガイドさんが雇えます。 -
これは双林寺境内にある天王殿。
そのほかにも境内には大雄宝殿、千仏殿などの建物が並んでいます。
境内も建物も規模は小さく平地にあるので、見て回るのは楽ちん。
それらの建物の中にある塑像群が見事なお寺さんでお勧めです。
ただし、撮影が許可されているのはこの天王殿外側にある四体の金剛像のみ。
SUR SHANGHAIは、その四体の金剛像を撮りに行ってみます。 -
双林寺境内天王殿の入り口を守る金剛像のうち、これらは入り口の左手に立っている二体。
塑像ですが、目には瑠璃玉が入っているそうで、その光で表情が思いがけないほど生き生き。
右と左とでは作者が違うのかな。
出来栄えがずいぶん違うみたい。
左側の像がSUR SHANGHAIのお気に入り。 -
こちらの二体の金剛像は、双林寺境内天王殿の入り口右手を守っています。
これも右と左の画像の金剛像では出来上がりがずいぶん違うと思うSUR SHANGHAI。
入り口の左右に作者の違う像を一体ずつ置いたんじゃないだろうか。 -
双林寺境内天王殿の入り口を守っている金剛像。
入り口の左側を守っている方のお気に入りを違った角度からも数枚。
鼻孔が大きく開いて力のこもった表情がいいなあ。
よく見ると、足首から先が失われているのが惜しい像。 -
イチオシ
双林寺境内天王殿の入り口の右側を守っている方の金剛像。
これも、お気に入りを違った角度からパチリ。
1997年にこの双林寺を訪れた時にもこの像が好きだったな。
なかなか美男のお顔立ちで、現代にも通じる雰囲気がある。実際にこんな顔立ちの人もいそう。
やはり足首から先が無くなっていて、義足のようになっているのが残念。
建物外側にあるから仕方無いかもしれないけど、これからは保護も考えないといけないんじゃないかな。 -
双林寺境内の建物の隅に、掃除用具や消火用の砂が小さい紙袋に入って置いてあるのも前に来た時と同じだ〜。
ひょっとして、袋の中身はずっと変わっていないのかも。 -
ひょっとして、双林寺境内の火消し道具セットも昔のままかなと思ったら、案の定。
縦半分に切った形のバケツも健在だった。
双林寺の境内を流れる時間はゆっくりなのかも。
このあとはタクシーの運転手さんに平遥まで戻ってもらって、この日の遠出は終わり。
運転手さん、お疲れ様。
これで今回訪れた晋商の豪邸編はおしまいで、次編からは古都平遥の旅行記に変身します。
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