2009/09/23 - 2009/09/25
62位(同エリア168件中)
mingさん
「チベットの子供たちは自国の言葉と文化を学ぶため、命を懸けてヒマラヤを越える」というドキュメンタリーを見た。日本では信じられないようなことがチベットでは進行形で起きていた。
【生活費】16万円
【飛行機】14万円
【通貨単位】1元=15円
【英語通用度】8人に1人
【旅程】10日間
9/18北京
9/19北京
9/20北京→天津
9/21北京→西寧
9/22西寧→青蔵鉄道
9/23青蔵鉄道→ラサ
9/24ラサ
9/25ラサ
9/26ラサ→成都→北京
9/27帰国
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
(1)『ヤクホテル』
9/23 19:00にラサ中心部にあるヤクホテル(ラサ亜賓館)に到着した。
チベット入域許可証を得るため、ホテルもセットで旅行会社を通して予約したが、値段(1泊5500円)の割にきれいなホテルであった。 -
(2)『ジョカン』
夕食をとるため街を散策することにした。ジョカン(大昭寺)が近いこともあり、街並みはそれまで見た中国のものとは一変化した。
日の出から日が沈むまで熱心に五体投地で信仰心を表現したり、マニ車を回して祈りながら街を歩いたりと、日本の仏教とは全く異質のものであった。 -
(3)『マンダラレストラン』
19:30にジョカン広場にあるマンダラレストラン(新満齋餐庁)で夕食をとることにした。
夕食時には外国人観光客でいっぱいとなり、メニューも中華・チベット料理の他に、カレーやナンがありチベットがインドに近いことを実感した。 -
(4)『ポタラ宮』
9/24 8:30にポタラ宮に到着した。ポタラ宮は1日前にチケットの予約が必要であったが、滞在する2日間とも売切れであったため、2倍の値段(200元=3000円)を払ってガイド経由で入手した。
荷物とチケットの2つのチェックポイントがあり、9:00までに通らないと無効となるとのことであった。
ポタラ宮周辺では、団体旅行と間違うくらいの数百人の信者が朝からマニ車を回して巡礼をしていた。 -
(5)『白宮』
ポタラ宮は7世紀の吐蕃王朝の時代に建設され、17世紀のダライ・ラマ5世の時代から1959年にダライ・ラマ14世がインドに亡命するまで、チベットの政治宗教の中心地であった。
2008年のラサでの暴動は記憶に新しいが、1950年からの半世紀はチベットにとって占領・宗教弾圧といった苦難の時代であった。
チベットの歴史や情報はあまり知られていないが、『中国はいかにチベットを侵略したか』や『囚われのチベット少女』を読んだ時には、平和な日本からは想像のつかない悲惨な過去に言葉を失った。 -
(6)『ポタラ宮からの風景』
ポタラ宮を見学し終え、ラサの街並みを眺めていると、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の映画を思い出した。
映画は1939年からチベットが侵略されるまでの時代のものであるが、中国では公開もされず、ブラッド・ピットは公開後の数年間中国への入国を禁止されたとのことであった。
撮影も中国ではできないため、ダライ・ラマ14世の亡命先でもあるインドのダラムサラで撮影された映画であった。
ガイドの女の子も中国人であるが、インターネットで映画を見て、「ブラッド・ピットかっこいいですね。」と流暢な日本語で言っていた。 -
(7)『マニ車』
ポタラ宮のすぐそばでは熱心なチベット仏教の信者がマニ車を回して祈りを捧げていた。
ポタラ宮の周りはきれいに整備され、街中でも物乞いを見ることはなかった。北京オリンピック以後に整備された印象を持った。 -
(8)『甜茶』
ポタラ宮から30分ほど歩き、11:00にジョカン近くのレストランで休憩をとった。自分は甜茶を注文し、友人はチベット名産のバター茶を注文した。
甜茶はヤクのミルクを混ぜたミルクティーのようなまろやかな味であったが、バター茶はバターの塊に塩と乳茶を混ぜたインパクトの強い味であった。
ガイドの中国人も何年もラサに住んでいるが、どうしてもバター茶は苦手とのことであった。 -
(9)『バルコル』
12:30にバルコルに到着した。ここでもマニ車をもった熱心な信者が、ジョカンを中心としたバルコルを右回りに巡礼していた。
露店や寺ではよく高僧の写真が見られた。
ガイドに「この写真はダライ・ラマ14世か?」と尋ねると、
「これは親中国派のパンチェン・ラマ10世で、ダライ・ラマ14世の写真は中国では政治的事情で飾ることが禁止されている。」とのことであった。 -
(10)『街中でも五体投地』
バルコルの両脇に広がる露店を見ながら散策をしていると、道中で五体投地をする熱心な信者もいた。
五体投地は、3歩歩いて体を投げ出すように頭まで地につける礼拝の方法であった。
遠く離れた場所に住む信者は、テントを担ぎながら数百kmの道のりを五体投地をし続け、ラサのジョカンを目指す巡礼者もいるともことであった。 -
(11)『ある八百屋の風景』
街の中では測り売りで果物や野菜を売っていたり、漢字で書いたメモが読めなかったりする人もいた。
チベットは現在中国の一部であるため、学校ではチベットの言葉や文化が教育されていないという問題があった。
中国語の話せる漢人が高収入の職についてしまうため、チベット人の親はお金がなくて学校へ通わせられないというのが現実であった。 -
(12)『ダラムサラ・レポート』
裕福なチベット人は、チベットの言葉と文化を学ばせるため、ダライ・ラマ14世のいるインドのダラムサラまで子供だけを亡命させていた。
『ヒマラヤを越える子供たち』は毎年数百人の子供たちが6000m級のヒマラヤ山脈を数週間かけて徒歩で超え、命を懸けて国境を越えるというドキュメンタリーDVDであった。そのDVDを見ていた時でさえ、途中まで「これは本当に起きている出来事なのか?」と疑いたくなるような内容であった。
09年現在、チベット難民は16万人ともいわれ、ラサでは漢人が半数を超え、チベット人は少数派となっていた。 -
(13)『セラ寺散策』
14:30にバスに乗り、セラ寺に到着した。15時から問答修行が行われる中庭へと向かった。
15時が近づくと、僧侶たちが100人ほど集まった観光客の前に姿を現した。小学生のような少年から高校生ほどの僧侶までの50人ほどが、2人1組になってお互いに問答をしあうというものであった。
質問者は両手をたたきながら相手に問いを発し、相手がそれに答える。ある僧はカメラを意識しながら、ある僧は冷静に問いに答えていた。
2時間ずつ計4時間ほど行われ、問答の内容はわからないが、見世物のような感じがして修行も大変のような気がした。 -
(14)『西蔵博物館』
9/25 10:00に、市街地から106番のバスに10分乗って西蔵博物館に到着した。09年6月より西蔵博物館は入場料が無料となっていた。
7世紀の吐蕃の時代から歴代ダライ・ラマの歴史や、チベット各地方の民族衣装が展示されていた。
チベットの地図が飾られていたフロアで、中国人ガイドに「チベットにある核施設はどの辺ですか?」と尋ねると、
「核施設の場所はわからないけど、他国と接しているチベット地区は未だに立ち入り禁止になっているんですよ。」とまだチベット周辺には中国が公にできない場所があるということが印象的であった。
博物館は3階分の展示室があり、空気が薄いこともあり見終わった頃にはくたくたであった。 -
(15)『チャクポ・リ』
西蔵博物館から30分ほど歩き、13:00にチャクポ・リ(薬王山)に到着した。反対の入口から入ったため、突然現れた摩崖石刻の壁画は予想以上の大きさであった。
さらに奥へ進むと、狭い山道を五体投地で進む人や、マニ車で巡礼をしているおばあさんに出会った。
崖の上から伸びる無数のタルチョ(経文が風で仏法を広める五色の旗)が、神聖な場所であることを感じさせた。 -
(16)『ガイドおすすめレストラン』
14:00にランチをとることにした。ガイドにおすすめのランチを聞くと、昔住んでいた広州のレストランがおいしいというので、ホテルから歩いて向かった。
バックパッカー向けということもあり、値段は安めの設定であった。
おすすめは、ウィシャンチャズ(=麻婆茄子:28元)、ツァイブーチェンタン(=卵焼き:12元)で、ライス(1元)とチンゲンサイ(18元)を注文した。
四川料理よりマイルドで、日本料理の味付けに近くとてもなつかしい味であった。 -
(17)『シャングリラホテル』
夜はチベット舞踏を見ようと、地球の歩き方に載っていたシャングリラ・ホテルへ予約をしに向かった。
前日も19:00に来たが、団体客で50人ほどの席は満席であった。
ガイドに確実に予約をしてもらい、3日間楽しく案内をしてくれたお礼に3人でディナーショーを一緒に見ることにした。
チベットのガイドは、観光客と一緒であれば案内との名目で観光地や食事が無料となるため、「夕食も食べれてラッキー。」と喜んでくれた。 -
(18)『チベット舞踊』
19:30よりバイキング形式で食事が始まり、20:00からチベット舞踏のディナーショーが始まった。
音楽や踊りが8ステージほど行われた。ガイドは「ここのショーは、他のチベット舞踏に比べて音楽に合わせた歌声がとてもいい雰囲気ですね。」と絶賛であった。 -
(19)『クライマックス』
ショーの最後は、黒いヤクが現れお客さんを驚かせながら会場を一周して拍手の中、盛り上がって幕を閉じた。
これだけ充実して60元(=900円)は破格であった。ガイドと最終日の出発時刻を確認し、ホテルへと戻った。 -
(20)『夜のポタラ宮』
21:00にホテルへ戻り、屋上からラサの街の夜景を見ることにした。
白くライトアップされたポタラ宮は、半世紀以上戻らぬ主を待っているようなさみしさを感じさせた。
いつの日かチベットの宗教・文化・政治の独立が達成されることを願ってやまない。
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