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露天神社とその界隈の散策の続きです。

2008夏、露天神・梅田界隈散策(2/3):お初天神・露天神社、新緑の右近の橘と佐近の桜

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2008/07/12 - 2008/07/12

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旅行記グループ 2008年、姫路城と彦根城巡り

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旅人のくまさん

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露天神社とその界隈の散策の続きです。

同行者
一人旅
交通手段
新幹線
旅行の手配内容
その他
  • 露天神社の右近の橘です。アッチ花は、現在の蜜柑の祖先とされる植物です。

    露天神社の右近の橘です。アッチ花は、現在の蜜柑の祖先とされる植物です。

  • こちらは右近の橘と一対になった左近の桜です。平安京の内裏の紫宸殿正面の階段から見て、左にあった桜の樹が原形とされます。

    こちらは右近の橘と一対になった左近の桜です。平安京の内裏の紫宸殿正面の階段から見て、左にあった桜の樹が原形とされます。

  • 露天神社の本殿です。お賽銭を出して参拝した後での撮影です。少し離れた場所からにしました。

    露天神社の本殿です。お賽銭を出して参拝した後での撮影です。少し離れた場所からにしました。

  • 露天神社内の光景です。高層ビルに囲まれた中にありました。鉄棒のような形をした石柱と注連飾りです。

    露天神社内の光景です。高層ビルに囲まれた中にありました。鉄棒のような形をした石柱と注連飾りです。

  • 露天神社の社務所のでしょうか。「難波八十島祭」旧跡の一社とされ、創建は西暦700年頃とされます。

    露天神社の社務所のでしょうか。「難波八十島祭」旧跡の一社とされ、創建は西暦700年頃とされます。

  • 露天神社の屋根の光景です。典型的な神社造りの屋根です。クロスした屋根飾りが特徴です。

    露天神社の屋根の光景です。典型的な神社造りの屋根です。クロスした屋根飾りが特徴です。

  • 大きな石灯籠です。少し狭い場所にありましたので、窮屈そうでした。

    大きな石灯籠です。少し狭い場所にありましたので、窮屈そうでした。

  • お御籤の架台のアップです。古代において、国の重要事項や後継者を選ぶ際、神の意志を占うために籤引きをしたとされ、これが神籤の起源とされています。

    お御籤の架台のアップです。古代において、国の重要事項や後継者を選ぶ際、神の意志を占うために籤引きをしたとされ、これが神籤の起源とされています。

  • 第二次大戦中、アメリカのグラマン戦闘機による機銃掃射の跡です。この場所以外の境内にも残っているようです。

    第二次大戦中、アメリカのグラマン戦闘機による機銃掃射の跡です。この場所以外の境内にも残っているようです。

  • 境内の一角で一輪だけ咲いていたピンクの花です。槿の花のようです。芙蓉に良く似た花です。

    境内の一角で一輪だけ咲いていたピンクの花です。槿の花のようです。芙蓉に良く似た花です。

  • 浪速七名水野1つ、神泉・神の井の名札がありました。神社の名前は、梅雨の頃に神社の前の井戸から水が湧き出たためとの説があります。

    浪速七名水野1つ、神泉・神の井の名札がありました。神社の名前は、梅雨の頃に神社の前の井戸から水が湧き出たためとの説があります。

  • 神の井の謂れを書いた立札です。御井社・祓戸社の古名があり、それぞれに神様が祀ってあるとされます。

    神の井の謂れを書いた立札です。御井社・祓戸社の古名があり、それぞれに神様が祀ってあるとされます。

  • 少し離れた場所から眺めた銅葺屋根の露天神社の本殿です。右の石柱には、定医楽禁厭の五文字が刻まれています。

    少し離れた場所から眺めた銅葺屋根の露天神社の本殿です。右の石柱には、定医楽禁厭の五文字が刻まれています。

  • 更に離れた場所からの露天神社の社殿の眺めです。裏口から入って、正門近くににやって来ました。

    更に離れた場所からの露天神社の社殿の眺めです。裏口から入って、正門近くににやって来ました。

  • 他の場所にも鳥居がありましたが、これがメインのようです。社殿が正面に見えます。

    他の場所にも鳥居がありましたが、これがメインのようです。社殿が正面に見えます。

  • 露天神社の正門です。大きな石碑がありました。祭神は少彦名大神と菅原道真です。社伝によれば、この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島とされます。

    露天神社の正門です。大きな石碑がありました。祭神は少彦名大神と菅原道真です。社伝によれば、この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島とされます。

  • 神社の敷地から少しだけ外れて眺めた市街地の光景です。大阪の中心地の1つのようです。

    神社の敷地から少しだけ外れて眺めた市街地の光景です。大阪の中心地の1つのようです。

  • 高層ビルと言うより、超高層ビルが立ち並んでいました。超高層ビルは、概ね60m以上とされます。

    高層ビルと言うより、超高層ビルが立ち並んでいました。超高層ビルは、概ね60m以上とされます。

  • 露神社の正門の前の通りの眺めです。狭い通りが暗くなるほど、高いビルが林立しています。

    露神社の正門の前の通りの眺めです。狭い通りが暗くなるほど、高いビルが林立しています。

  • 露神社の正門の前の通りの眺めです。先ほどとは、反対の方向になります。

    露神社の正門の前の通りの眺めです。先ほどとは、反対の方向になります。

  • ガラス戸越の撮影ですから、見栄えがしない写真です。牛の小さな置物や人形等が飾ってありました。

    ガラス戸越の撮影ですから、見栄えがしない写真です。牛の小さな置物や人形等が飾ってありました。

  • 同じ戸棚の撮影が続きます。髭を生やし式服を着た男性像です。この神社に所縁の菅原道真公の像のようです。

    同じ戸棚の撮影が続きます。髭を生やし式服を着た男性像です。この神社に所縁の菅原道真公の像のようです。

  • 寄贈の像である事が記されていました。天狗像に見えますが、猿田彦大神です。猿田彦大神は、天狗の原形や太陽神とする説があります。

    寄贈の像である事が記されていました。天狗像に見えますが、猿田彦大神です。猿田彦大神は、天狗の原形や太陽神とする説があります。

  • 境内にお店のような一角もありました。飲食店街のようです。提灯と熨斗も見えます。

    境内にお店のような一角もありました。飲食店街のようです。提灯と熨斗も見えます。

  • 一度撮影した山車ですが、アングルを変えてもう一度撮影です。まだ新しい造りです。

    一度撮影した山車ですが、アングルを変えてもう一度撮影です。まだ新しい造りです。

  • この写真も重ねて撮影しました。菅原道真公は、丑の年に当たる承和12年の生まれである事等で、牛には縁が深い方とされます。

    この写真も重ねて撮影しました。菅原道真公は、丑の年に当たる承和12年の生まれである事等で、牛には縁が深い方とされます。

  • 稲荷神社の赤い鳥居は、上部だけ撮影しましたが、今度は全景の撮影です。

    稲荷神社の赤い鳥居は、上部だけ撮影しましたが、今度は全景の撮影です。

  • 露天神社の見学の最後です。本殿を左手に境内の撮影です。緑の木は、右近の橘です。その奥が左近の桜になります。

    露天神社の見学の最後です。本殿を左手に境内の撮影です。緑の木は、右近の橘です。その奥が左近の桜になります。

  • 露天神社の見学を終えて、大阪市街見学に戻りました。中央の標識は、御堂筋です。

    露天神社の見学を終えて、大阪市街見学に戻りました。中央の標識は、御堂筋です。

  • 大阪市街の光景が続きます。御堂筋です。日陰が恋しい、日差しが強い日でした。

    大阪市街の光景が続きます。御堂筋です。日陰が恋しい、日差しが強い日でした。

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