1957/07/20 - 1957/08/14
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Berg Heilさん
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3回生になると、同期8名の互選によって、チーフリーダーが決められ、4回生は就職準備等で顧問格となり、リーダーシップは3回生に移る。
今年度の夏山合宿は2年続いた剣岳合宿から穂高岳涸沢にて行う事となった。一週間、穂高での岩登りと新人訓練を終えた後、5パーティーに分かれて縦走、縦走終了後、上級生のみ剣岳真砂沢に集結、最大の目的である明年3月の剣岳集中登攀の為の偵察合宿をした。(参加人員27名)
小生のパーティー(6名)は槍ヶ岳を越え黒部源流から雲の平に遊び、黒部最深部を下降、薬師沢から薬師岳に登り、越中沢岳 五色ヶ原 立山を経て剣岳迄の行程、立山から1、2回生を下山させ、単独真砂沢のキャンプに合流した。
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穂高に行くには普通はバスで上高地から入るのに、誰が言い出したか定かではないが 面白そうだし、そんな機会も無いだろうから 昔の道、すなわち徳本峠(とくごう)を越えようと言う事になった。(沢渡に着いたら台風の土砂崩れでバスは当日不通だった)
一般の登山者もほとん通らないし、新人のボッカ訓練にもなるし これは貴重な経験であった。穂高に入る登山者でもこの峠を越えた人達はあまりいないであろう?? 大きな荷物を担いで登っていく隊列は実に壮観である。現今の大学山岳部はほとんど壊滅状態だからこんな風景もおそらく見られまい。1回生のキスリングは40KG以上になる。 -
徳本峠からの穂高。
新人合宿
もしもし あのね あのね あのね あのね
これから始まる新人合宿
これこれ新人 これ新人
薪をを集めて飯を炊け
早くしないと雨が降る
トットト ジャガイモむきゃあがれ
そんなにガミガミ云うけれど
こっちの身にもなってみろ
雨はザーザー風ピューピュー
これじゃうまい飯炊けやせぬ
ハイキングだと思ったに
でかい荷物を背負わされ
いやなリーダーにしごかれて
泣く泣く登るはニューフェイス
それそれ元気で 一 二 三
あいた 滑った 又転びやがった
「肋骨折れました!」「神経痛です!」
こんな新人見たこと無い!!!
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横尾からの屏風岩 この岩を対岸に見て、涸沢へ登って行く。
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涸沢での合宿中、どこかのパーティーでけが人が出たらしく、松本自衛隊のヘリが舞い降りた。 けが人を乗せたが、足場が悪く離陸困難とか、我々もゲレンデ直しを応援、こんなときは人数が多いほどよい。
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槍沢を行く 槍の肩までもう少し。
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穂高合宿を終え、各パーティーに分かれて縦走に移る。まず横尾から槍ヶ岳を目指して槍沢を登る。
新人エレジー
いいぞいいぞとおだてられ
死にもの狂いで来てみれば
朝から晩まで飯炊きで
景色なんぞは夢のうち
一番鶏でもあるまいに
朝は早よから起こされて
米研ぐ水のそのつらさ
故郷の母さん思い出す
パイプくわえてのし歩き
顎でしゃくって指図する
リーダーとおだてりゃつけ上がる
月夜ばかりが夜じゃない
二年部員は小生意気
新兵なんぞと鼻の先
ガンタをつければ怒鳴られる
去年の今頃忘れたか -
新人エレジー (続き)
チーフリーダーは赤鬼で
サブリーダーは青鬼だ
地獄の二丁目山岳部
好んではいる馬鹿もいる
家に帰ればお坊ちゃま
山に入れば新部員
何の因果かしごかれて
瞼に浮かぶ母の顔
どうせあの娘はお嬢様
俺はしがない山の鳥
山を眺めて諦める
笑ってくれるなお月様
チーフリーダーはジジむさい
サブリーダーはババむさい
あとの部員はハンサムで
ベッピン通ればかしら右!! -
双六の池付近 向こうには抜戸岳(ぬきんど)と笠ヶ岳。1956年夏にはここから笠ヶ岳へと縦走した。
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黒部川の源流付近にテントを張り、身軽になって雲の平へとハイキング。 雲の平は北アルプスの奥座敷 当時は まともな標識のある道もなく、ましてや山小屋なんぞは全く無かった。(今の山の案内書を見ると、この付近には 高天原温泉を始めとして薬師沢小屋 雲の平山荘 高天原山荘 水晶小屋などがある)
ギリシャ庭園 アラスカ庭園 スイス庭園 日本庭園 奥日本庭園など(標識など人工的なものなし)めぐり歩き つかの間の息抜きとなった。もちろん他の登山者などはここではめったに見かけなかった頃である。雷鳥がのんびりとここかしこに遊んでいた記憶がある。
向こうは黒部五郎岳 この山は登っていない。 -
雲の平 遠くに笠ヶ岳 この日は風もなく、絶好のハイキング日和であった。
今でも保存してある5万分に一の地図にはかなりの沢やピークの名前、あるいはトレースした場所が詳細にペンで記入してある。われわれはこれを「参謀本部の地図」と云っていた。山の名前なども旧字体であるのが懐かしい。 -
水晶岳 当時の地図では 黒嶽(水晶山)となっている。
ついに水晶岳から赤牛岳への縦走ができなかったには残念であった。 水晶小屋跡はあったが建物はなかった。 -
薬師岳 黒部源流から下降し、薬師沢を詰めて太郎兵衛平に登り、薬師を越えて 立山 剣岳へと向った。今では黒部との出合いに薬師沢小屋があって、沢沿いに太郎兵衛平まで道がついているようだ。薬師沢の途中 右股と左股の出会いで一泊、半日岩魚釣りを楽しんだ。ただし一匹も素人の針にはかからず、一匹だけ大物を浅瀬に追い込んで捕へ、メンバー6人の胃へ納まった。
薬師沢と黒部の出合いからしばらく行った下流は「上の廊下」と呼ばれ黒部遡行の最大の難所 何でも昔はこの付近に何かの鉱山があって、上の廊下 を行き来できたそうだが、すでに戦時中に廃鉱となって道も閉鎖されたとの事だった。 現今の案内書にもこの道は掲載されていない。 -
こんなに広々とした台地が北アルプスの奥地にあるのが不思議である。
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のんびり朝用意してきた飯盒の弁当で昼食。
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赤木沢 黒部右岸の兎平付近から見る。
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薬師岳山頂から後立方面を望む。
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薬師岳山頂 お宮も風雪でこのとうり
薬師の飛騨側の谷では有峰ダムの建設中で はるかな谷間に賑やな工事現場が望めた。 -
後立連峰遠望
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浄土山から一の越への下り。向こうは立山への登り。
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この下ったところが 一の越 左へ行けば室堂 右へ行けば黒部平 ここから下級生を下山させ、単独 立山の主峰 雄山 大汝山を経て別山乗越へ さらに剣沢を下って真砂沢の集結地へ向かい、剣岳合宿に合流した。。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 4nobuさん 2008/04/24 21:07:52
- かってを思い出させてくださって有難う
- いずれも昔とおったところでなつかしいです。
1.徳本峠は剣から縦走の下りに使うことになってましたが途中で前日に傷めた足首が益々いたんで私だけが落伍し上高地からバスでかえりました。ところがバス代がなくて丁度残っていたフイルムを売店で買ってもらって何とかバスに乗れました。
2.雲の平は昭和29年か28年でしたが同様にこのコースの小屋はみななかったですね。雲の平はほんとうに天国と思える穏やかな一泊だった思い出があります。
3.地図は参謀本部の地図と言ってましたね。雨で停滞の時にはいろいろ書き込んだものでした。
4.有峰ダムは私は見えなかった。まだ嵩じしてなかったか。それとも曇っていたか。
会社の入ってからこのダムの発電所和田川第二発電所にはずいぶん通ったものですが、ダムまで行く時間がなく、残念な思いで下山した思い出があります。
- Berg Heilさん からの返信 2008/04/25 09:54:30
- RE: かってを思い出させてくださって有難う
ところがバス代がなくて丁度残っていたフイルムを売店で買ってもらって何とかバスに乗れました。
※ 皆のお金がカスカスで困った件、私も1957年夏山 笠ヶ岳から蒲田温泉へ下山して6人でひなびた宿に泊ったのですが、支払いの時、お互いに有り金全部出させて、帰省のバス代と汽車賃のみ確保、何とか支払いを済ませて、お互いスッテンテンで帰ったことを思い出しました。
高度成長の始まる前、まだのんびりしていた世の中だったのかも知れません。山の宿も昔のままだったのでしょう。自分なりに良い青春を送ったと思っています。昨日 大学山岳会の総会通知が来ました。うれしいことにつぶれかけた山岳部も7名の新人が入部 総勢18人となったとか。山の登り方も山への考え方も次代の変遷でかなり変わっていると思いますが80年以上続いてきた山岳部の灯を絶やさないで欲しいものです。しかし 若者達がお金さえあれば、ヒマラヤにもアルプスにも容易に行けるのはうらやましい限りです。
5月のオフ会をセットして下さる由、 何とか出かけたいものです。その節はよろしく!!
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