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3連休の最後の日 天気もいいしどこか行きたいなと考え始めたのが日曜の夜。「そうだ、川越に行こう・・・」と言うことで月曜日の朝、電車に乗って出かけました。<br /> 池袋で東武東上線に乗り、川越の駅を降りたものの、なんか変だな・・・?<br />なんと、電車を乗り間違えてしまっていました。<br />前回は、高田馬場で西武線に乗り換え本川越で降りたので蔵の街並みまで近かったのですが、川越からだと30分歩くとのこと。<br />やむなく駅からバスに乗ることになりちょっと時間のロス。<br />1年半前に来た時は、蔵の街並みを中心に散策しましたが、今回は近代建築が目的。<br />でも、蔵の街並みもやっぱりいいもんで、もう一度のんびり散策してきました。

蔵の街 川越散策

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2008/02/11 - 2008/02/11

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旅行記グループ 古い街並みシリーズ

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ぬいぬい

ぬいぬいさん

3連休の最後の日 天気もいいしどこか行きたいなと考え始めたのが日曜の夜。「そうだ、川越に行こう・・・」と言うことで月曜日の朝、電車に乗って出かけました。
 池袋で東武東上線に乗り、川越の駅を降りたものの、なんか変だな・・・?
なんと、電車を乗り間違えてしまっていました。
前回は、高田馬場で西武線に乗り換え本川越で降りたので蔵の街並みまで近かったのですが、川越からだと30分歩くとのこと。
やむなく駅からバスに乗ることになりちょっと時間のロス。
1年半前に来た時は、蔵の街並みを中心に散策しましたが、今回は近代建築が目的。
でも、蔵の街並みもやっぱりいいもんで、もう一度のんびり散策してきました。

交通手段
私鉄 徒歩
  • レトロな看板建築の建物が軒を連ねる、大正浪漫夢通りにも、店蔵造りの建物が混じっています。

    レトロな看板建築の建物が軒を連ねる、大正浪漫夢通りにも、店蔵造りの建物が混じっています。

  • この厚みのある観音開きの扉を閉めると、かなりの耐火性能を発揮しそうですね。

    この厚みのある観音開きの扉を閉めると、かなりの耐火性能を発揮しそうですね。

  • 2階には小さなうだつが付いています。

    2階には小さなうだつが付いています。

  • こちらの伊勢源は明治末期建築。<br />隣の「小川菊」との境界にある防火を考慮した煉瓦塀が特徴です。<br />

    こちらの伊勢源は明治末期建築。
    隣の「小川菊」との境界にある防火を考慮した煉瓦塀が特徴です。

  • 蔵の街、川越にこのように多くの蔵が生まれたのは、明治26年の大火を契機としています。

    蔵の街、川越にこのように多くの蔵が生まれたのは、明治26年の大火を契機としています。

  • この大火で町の3分の1以上である1300戸余りを焼失し、川越は大きな被害を受け、町の復興にあたり川越商人は、日本の伝統的な耐火建築である土蔵造りを採用しました。

    この大火で町の3分の1以上である1300戸余りを焼失し、川越は大きな被害を受け、町の復興にあたり川越商人は、日本の伝統的な耐火建築である土蔵造りを採用しました。

  • 当時の耐火建築としては洋風の煉瓦造が主流でしたが、川越商人は昔ながらの蔵造りを選びました。

    当時の耐火建築としては洋風の煉瓦造が主流でしたが、川越商人は昔ながらの蔵造りを選びました。

  • 煉瓦のアーチ門と奥に続く煉瓦の塀のあるこの店蔵は、亀屋山崎茶店。天明3年創業の老舗和菓子屋の亀屋から明治10年に分家し、お茶の商いを始めました。周囲に黒漆喰の重厚な蔵が多い中で、千本格子をはめ込んだ京風の繊細なデザインとなっておりとてもおしゃれな感じのお店です。<br />

    煉瓦のアーチ門と奥に続く煉瓦の塀のあるこの店蔵は、亀屋山崎茶店。天明3年創業の老舗和菓子屋の亀屋から明治10年に分家し、お茶の商いを始めました。周囲に黒漆喰の重厚な蔵が多い中で、千本格子をはめ込んだ京風の繊細なデザインとなっておりとてもおしゃれな感じのお店です。

  • 埼玉なので狭山茶を中心に扱っているようです。店の奥の大蔵は茶陶苑という、ギャラリー、カフェ、コンサートホールになっています。

    埼玉なので狭山茶を中心に扱っているようです。店の奥の大蔵は茶陶苑という、ギャラリー、カフェ、コンサートホールになっています。

  • お菓子の亀屋は天明3年(1783年)の創業の老舗

    お菓子の亀屋は天明3年(1783年)の創業の老舗

  • この山崎美術館は、和菓子の老舗「亀屋」を営む山崎家所蔵の美術品を公開しています。川越と関わりが深く「近代日本画の父」と称される橋本雅邦の作品が数多くある美術館です。

    この山崎美術館は、和菓子の老舗「亀屋」を営む山崎家所蔵の美術品を公開しています。川越と関わりが深く「近代日本画の父」と称される橋本雅邦の作品が数多くある美術館です。

  • 荻野銅鐡店<br />周りの土蔵造りと違って、このお店もなかなかいいですね。

    荻野銅鐡店
    周りの土蔵造りと違って、このお店もなかなかいいですね。

  • このあたりから撮った写真が、観光案内に良く使われていますね。

    このあたりから撮った写真が、観光案内に良く使われていますね。

  • 蔵の街 川越のランドマークである時の鐘は、寛永年間に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町に建てたものが最初といわれ、現在の鐘楼は、明治26年(1893)に起きた川越大火の翌年に再建された四代目にあたるそうです。

    蔵の街 川越のランドマークである時の鐘は、寛永年間に川越城主酒井忠勝が、城下多賀町に建てたものが最初といわれ、現在の鐘楼は、明治26年(1893)に起きた川越大火の翌年に再建された四代目にあたるそうです。

  • 三層の塔で、高さ約16メートル。寛永の創建から、川越のシンボルとしておよそ350年間にわたり 暮らしに欠かせない「時」を告げ、今でも、1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)、蔵造りの町並みに 鐘の音を響かせています。

    三層の塔で、高さ約16メートル。寛永の創建から、川越のシンボルとしておよそ350年間にわたり 暮らしに欠かせない「時」を告げ、今でも、1日に4回(午前6時・正午・午後3時・午後6時)、蔵造りの町並みに 鐘の音を響かせています。

  • 享保5年(1720年)に江戸幕府の奨励で、江戸の町に耐火建築として蔵造り商家が立ち並ぶようになりましたが、江戸との取り引きで活気のあった川越の商家もこれにならい、蔵造りが建つようになりました。この大沢家住宅は、寛政4年(1792年)に建築されたものです。

    享保5年(1720年)に江戸幕府の奨励で、江戸の町に耐火建築として蔵造り商家が立ち並ぶようになりましたが、江戸との取り引きで活気のあった川越の商家もこれにならい、蔵造りが建つようになりました。この大沢家住宅は、寛政4年(1792年)に建築されたものです。

  • 時の鐘を中心にしたこのあたりが、蔵の町の中心部になります。

    時の鐘を中心にしたこのあたりが、蔵の町の中心部になります。

  • このあたりが一番街蔵の町の中心です。

    このあたりが一番街蔵の町の中心です。

  • 漬物屋さんの看板

    漬物屋さんの看板

  • 明治時代の蔵造り「くらづくり本舗一番街店」の屋根の鬼瓦にはひげが生えています。<br />  <br /><br />

    明治時代の蔵造り「くらづくり本舗一番街店」の屋根の鬼瓦にはひげが生えています。


  • スポーツショップもこの通りの店蔵造り。<br />松崎スポーツは明治34年に建てられた、入母屋造りの蔵で、大きな箱棟と鬼瓦・2重の軒蛇腹・出桁造り・矩折れの下屋庇などの特徴です。

    スポーツショップもこの通りの店蔵造り。
    松崎スポーツは明治34年に建てられた、入母屋造りの蔵で、大きな箱棟と鬼瓦・2重の軒蛇腹・出桁造り・矩折れの下屋庇などの特徴です。

  • 最後は川越大土産のお勧めは、松崎スポーツの向かいのまめ屋 ここのきなこ豆 絶品です。試食できるのでいろいろ味見して買えます。いろんな種類のまめ菓子があってどれもおいしいですよ。

    最後は川越大土産のお勧めは、松崎スポーツの向かいのまめ屋 ここのきなこ豆 絶品です。試食できるのでいろいろ味見して買えます。いろんな種類のまめ菓子があってどれもおいしいですよ。

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