2006/12/31 - 2006/12/31
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wiz さん
12月31日(日) 大晦日
今日は、朝一番で、サント・シャペルへ。
その後、ノートルダム寺院へ、ここで大晦日のミサを少し見学。
その後、いくつかの行きたかった美術館の中から
まずは、「 オランジュリー美術館 」 をチョイスしました。
オランジュリー美術館は・・
個人的に、1999年に日本で開催された
” パリ・オランジュリー美術館展
ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション ”
の記憶が、まだけっこう残っていたのですが・・
(日本ではもちろん写真撮影不可ですが)
パリでは撮影可だったので、嬉しくてたくさん撮ってしまいました。
前々日に鑑賞した ルーヴル美術館、
この後訪れた オルセー美術館 に比べると、
建物の大きさもほどほどで、入場も制限しながら入れているようで、
とても心地よく作品を堪能することができたなぁ、と思います。
今旅で訪れたギュスターヴ・モロー美術館とともに満足度が高い美術館でした。
Musee de l’Orangerie
http://www.musee-orangerie.fr/
- 旅行の満足度
- 5.0
-
大晦日のサント・シャペルとノートルダムを訪問後、
メトロで コンコルド駅 まで来ました。
この写真は、 コンコルド駅 を出たあたりで撮った写真です。コンコルド駅 駅
-
コンコルド広場から続く
チェイルリー公園の南西の一角に建っている
オランジュリー美術館 に到着したのは 11:30頃。
左側の一般用入口は行列。
右側のパス類保持者用の列はさほどでもなく、
私は、カルト・ミュゼ(現ミュージアム・パス)を持っていたので、
12時の開館時間の少し前まで周りの景色を撮ったりしていました。コンコルド広場 広場・公園
-
オランジュリー美術館のある場所は高台になっているので、
少し高い位置から、まわりの景色を眺められるのでなかなか良い場所です。
この写真は、チュイルリー公園側を見て撮った写真です。
ずっと向こうに見える建物が、ルーヴル美術館です。
手前にはカモメさん ? -
コンコルド広場、観覧車とオベリスク。
こちらは、シャンゼリゼ通り方向を見て撮った写真です。
「 マルリーの馬 」 の彫刻も見られます。
写真右下奥には、エトワールの凱旋門が写っています !
2006年のパリの大晦日・・ いかにも冬らしい空色、ですね。 -
コンコルド広場の観覧車とオベリスクと、
小さくエッフェル塔やグラン・パレの丸屋根も見渡せます !コンコルド広場の大観覧車 祭り・イベント
-
オランジュリー美術館 Musee de l’Orangerie
入場は、
左側の一般用、右側のパス類保持者用と
交互に10人くらいづつ入れていたと思います。オランジュリー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
オランジュリー美術館 Musee de l’Orangerie
一般用の列は、
開館時間の12時で、ざっと200人くらいは並んでいたように思います。
パス(カルト・ミュゼ=現ミュージアム・パス)用の列は、
40〜50人くらい並んでいたと思います。
私が美術館を出る時には、
さらに一般用レーンでは、建物を囲むように人が並んでいました。
パスを持っていてほんとうに良かったです。
私は、少し待って、開館時間の12時すぎに入れました。 -
美術館に入ると・・
上が
” モネの睡蓮の間 Les Nympheas ”
下が
” ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョームコレクション
Collection Jean Walter et Paul Guillaume ”
となっています。
まず、はじめに、
” モネの睡蓮の間 Les Nympheas ” から見学します♪ -
参考まで、モネの 「 睡蓮の間 」 の見取り図をつくってみました。
作品4枚×2部屋という展示室のつくりになっています。
2部屋は、この図の真ん中 ⇔ でつながっています。
以下、写真は、
[ 第1室 ] 、 [ 第2室 ] とも、
(図の左から)展示室に入って、
右側の絵をはじめに、そこから反時計回りで載せています。
( [ 第1室 ] 南 → 東 → 北 → 西 )
( [ 第2室 ] 南 → 東 → 北 → 西 ) -
(1) 「睡蓮−朝/Matin」 200 x 1275 cm
Deux panneaux
「 睡蓮の間 」 へ入ったとたん・・! やはり圧倒されます !!! -
(1) 「睡蓮−朝/Matin」
この薄紫色と強い緑、とても素敵です !
長い間、名声を獲得できず、
1883年、43歳のとき、
パリから北西に80kmのジベルニーへ移り、
人生の3分の1をかけて(約30年)睡蓮の大作を制作したというモネ。
モネは、完璧主義で、気に入らない作品はかんたんに破棄したといいます。
同じモチーフを違う時間帯で描いたり、
連作シリーズの多い モネ、 こだわり が感じられますね。 -
(1) 「睡蓮−朝/Matin」
-
(2) 「睡蓮−緑の反映/Reflets verts」 200 x 850 cm
Deux panneaux
「 緑の反映 」 は暗い色調の中で、睡蓮がアクセントになっています。
光や時間による変化を描いていたモネにとって
光を失う病気におそわれ、
苦悩の日々を送りましたが・・
・・数度の手術により徐々に視力を回復し、
最後まで情熱をそそいで、制作を続けました。 -
(2) 「睡蓮−緑の反映/Reflets verts」
いろいろなタッチで描かれるモネの睡蓮。 -
(3) 「睡蓮−雲/Les Nuages」 200 x 1275 cm
Trois panneaux
80歳近いモネが、右目の白内障を克服して完成した力作ぞろいです ! -
(4) 「睡蓮−日没/Soleil couchant」 200 x 600 cm
日没の太陽の光を反射してオレンジ色に染まった池。
この絵は燃えるような色合いですね !
この睡蓮の池は他の7枚と色彩が違っているので印象に残る作品です。 -
[ 第1室 ] の全体図を1枚♪
( [ 第1室 ] から [ 第2室 ] 方向に撮影。 )
ほんとうに、ふんわりと、
自然光のもとでとても明るく、
モネの大作を、気持ちよく見られる空間です ! -
(5) 「睡蓮−明るい朝、柳/Le Matin clair aux saules」 200 x 1275 cm
Trois panneaux
ここからは、 [ 第2室 ] の作品です。
この作品は、 柳、水の揺らめき、睡蓮・・ とても美しい !
「 明るい朝 」 の光が感じられます ! -
(6) 「睡蓮−二本の柳/Les Deux saules」 200 x 1700 cm
Quatre panneaux
写真では写しきれませんが、
絵のタイトルどおり、右端にもう1本柳が描かれています。
なんと言って表現すればよいのか難しいけれど・・
と て も 心 地 よ い 空 間 です♪ -
(6) 「睡蓮−二本の柳/Les Deux saules」 (左) 200 x 1700 cm
Quatre panneaux -
(6) 「睡蓮−二本の柳/Les Deux saules」 (右) 200 x 1700 cm
Quatre panneaux
モネは、
「睡蓮」、「ルーアン大聖堂」、
「サン・ラザール駅」、「積み藁」、「ポプラ並木」 などで、
時間による光のうつろいに応じて、
対象がどのように変化するのか、を追及してきました。
モネが10代の頃、
戸外制作をすすめた風景画家はブーダンで、
人生を変える決定的な出会いだったといわれます。
ブーダンも、私の好きな画家です。
ブーダンの風景に逢いたくて・・ トゥルーヴィル・シュル・メール
http://4travel.jp/travelogue/10296471 -
モネの睡蓮の前で語りあう女の子たち。
-
(7) 「睡蓮−朝、柳/Le Matin aux saules」 200 x 1275 cm
Trois panneaux -
(7) 「睡蓮−朝、柳/Le Matin aux saules」 200 x 1275 cm
Trois panneaux
8枚の睡蓮の大作。
どれも細部をじっくり見るのもおもしろいけれど、
はなれてゆっくり見ていると、空間的な広がりも感じる作品たちです。 -
(8) 「睡蓮−樹々の反映/Reflets d’ arbres」 200 x 850 cm
Deux panneaux
「樹々の反映」 と題されたこの睡蓮は、全体的に濃い色彩となっています。 -
それぞれ、思い思いに、モネの睡蓮 を鑑賞する人たち。
この 「 睡蓮の間 」 は、
2001年からの約6年間の大改修工事を終え、
2006年5月 (7か月前) にリニューアルオープンしました。
” 天井 から 自然光 が降り注ぐ 空間 ” に生まれ変わりました !オランジュリー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
モネ の 「 睡蓮の間 」の後は・・ 地下階の展示室にやってきました !
まずは、モネ、シスレー、ルノワール、セザンヌなどなど。 -
「モンビュイソンからルヴシエンヌへの道
/Le Chemin de Montbuisson a Louveciennes」 1875 (36歳)
アルフレッド・シスレー Alfred SISLEY (1839-1899)
シスレーの絵は好きなんです♪
シスレーが描いた景色をいつか見てみたいなぁ。 -
「モンビュイソンからルヴシエンヌへの道
/Le Chemin de Montbuisson a Louveciennes」 1875 (36歳)
アルフレッド・シスレー Alfred SISLEY (1839-1899)
※ 2年後、シスレーの描く風景を求め彷徨いました !
モレ・シュル・ロワン編
http://4travel.jp/travelogue/10296654
マルリ・ル・ロワ〜ルヴシエンヌ〜ブージヴァル〜ポール・マルリー編
http://4travel.jp/travelogue/10296655 -
「アルジャントゥイユ/Argenteuil」 1875 (35歳)
クロード・モネ Claude MONET (1840-1926)
パリの北西、セーヌ川沿いの町、
印象派が集った新しい郊外の町アルジャントゥイユ。
後に「 印象派の聖地 」と呼ばれ、ルノワールやマネ、シスレー達も訪れた町。
モネがアルジャントゥイユに居を移したのは1871年、31歳のとき。
光にあふれる風景画のモチーフをみつけ6年間この地で過ごしたそうです。 -
「アルジャントゥイユ/Argenteuil」 1875 (35歳)
クロード・モネ Claude MONET (1840-1926)
さわやかな雰囲気のきれいな絵です ! -
「雪景色/Paysage de neige」 Vers 1870-1875 (29-34歳)
ルノワール Pierre-Auguste RENOIR (1841-1919)
オランジュリー美術館の地下階では、
ルノワールとセザンヌの作品が非常に多かったです。 -
「ピアノを弾く少女たち/Jeunes filles au piano」 Vers 1892 (51歳)
ルノワール Pierre-Auguste RENOIR (1841-1919)
この絵は日本で見たのをよく覚えています ! -
「赤い屋根のある風景 あるいは レスタックの松
/Paysage au toit rouge ou Le pin a l'Estaque」 1875-76 (36-7歳)
ポール・セザンヌ Paul CEZANNE (1839-1906)
レスタックはマルセイユから近い港町で、
セザンヌは、たびたびここに滞在し風景画を描きました。
セザンヌは、
印象派のゆらめくような画風、うつろいやすさを捉えるより、
濃厚でゴツゴツしたタッチで物の構造や立体の持つ力強さ、
幾何学的なフォルムによる構図を考え作品を制作しました。
(20世紀初めのフォーヴィズムやキュビズムといった
革新的な絵画運動への道を開くことになった。) -
「草上の昼食/Le Dejeuner sur l'herbe」 1876-77 (37-8歳)
ポール・セザンヌ Paul CEZANNE (1839-1906) -
「小舟と水浴する人々/La barque et les baigneurs」 Vers 1890 (51歳)
ポール・セザンヌ Paul CEZANNE (1839-1906) -
ルソー と モディリアーニ の展示室へ。
-
「新しき水先案内人 ポール・ギョームの肖像
/Paul Guillaume, Novo Pilota」 1915 (31歳)
アメデオ・モディリアーニ Amedeo MODIGLIANI (1884-1920)
モディリアーニというと、映画 「モンパルナスの灯」 が頭に浮かぶ !
この作品も、日本で見たことをよく覚えていた作品です。
画商ポール・ギョームの肖像。
1914年、モディリアーニはふたりの人物と運命的な出会いをする。
ひとりは、その後同棲することにもなるベアトリス、
もうひとりが、この絵に描かれた 画商 ギョーム。
この作品の
左下には、 ” ノーヴォ・ピロータ (新しい水先案内人) ”
右上には、 ” ステラ・マリス (船人を導く星) ”
と書きこまれています。
貧困のどん底にあった彼に
援助を惜しまなかった ギョームは、彼にとって 救世主 でした。
《 エコール・ド・パリ 》 とは・・
19世紀後半から20世紀初頭にかけてパリで活躍した外国人画家たちの総称。
イタリア生まれのモディリアーニ、
ロシア生まれのユダヤ人画家シャガール、
リトアニア生まれのスーティン、日本の藤田嗣治など。 -
「新しき水先案内人 ポール・ギョームの肖像
/Paul Guillaume, Novo Pilota」 1915 (31歳)
アメデオ・モディリアーニ Amedeo MODIGLIANI (1884-1920)
” ノーヴォ・ピロータ (新しい水先案内人) ” -
「新しき水先案内人 ポール・ギョームの肖像
/Paul Guillaume, Novo Pilota」 1915 (31歳)
アメデオ・モディリアーニ Amedeo MODIGLIANI (1884-1920)
モディリアーニのサイン。 吉報の鉤十字。 -
「アントニア/Antonia」 Vers 1915 (31歳)
アメデオ・モディリアーニ Amedeo MODIGLIANI (1884-1920) -
「婚礼/La noce」 Vers 1905 (61歳)
アンリ・ルソー Henri-Julien Felix ROUSSEAU, dit Le Douanier (1844-1910)
これも日本で見たのをよく覚えています !
( 本来ある場所で見られて満足 ! )
アンリ・ルソーが画壇に登場したとき、
批評家はこぞって彼の作品をこきおろしたそうです。
彼の才能を最初に認めたのは、
前衛芸術家であり、新進気鋭の作家たち、
世紀の変わり目という転換期に最先端をいく人たちでした。
《 素朴派 》 のルソー・・
素朴だったのは画風だけでなく
彼の人柄もそうでとても愛されていたのだそうです。
ピカソは彼のために盛大なパーティを開いたのだとか。 -
お次は、ピカソ、ドラン、マティスの展示室から。
「三姉妹/Les Trois Soeurs」 1916-17 (47-8歳)
アンリ・マティス Henri MATISSE (1869-1954) -
「ソファーの女たち あるいは 長椅子
/Femmes au canape ou Le Divan」 1921 (52歳)
アンリ・マティス Henri MATISSE (1869-1954)
別名 「 色彩の魔術師 」 マティス。
1905年に発表した 「 帽子の女 」 で注目され、
以降フォービズム運動の中心人物として活躍。
《 フォービズム 》 とは・・
写実ではなく、純粋な色によって絵を構成しようとした一派。
マティスの作品が命名の由来となる。
1917年に、ニースに移り住んだ頃から
形態を単純化した 「 マティス芸術 」 ともいうべき作風を確立。
1941年に、十二指腸潰瘍を患ってからは、
油彩を断念し、切り絵による作風を見つけ出す。 -
「赤いキュロットのオダリスク
/Odalisque a la culotte rouge」 1924-25 (55-6歳)
アンリ・マティス Henri MATISSE (1869-1954)
今回、パリでギュスターヴ・モロー美術館へも行きましたが・・
その ギュスターヴ・モロー が美術学校の教授となり、
彼 ( モロー ) の元から 画家マティス が生まれました。
『 きみは絵を単純化するために生まれてきた男だ ! 』
(マティスに対するモローの言葉) -
「赤い背景の裸婦/Nu sur fond rouge」 1906 (25歳)
パブロ・ピカソ Pablo PICASSO (1881-1973)
スペイン・マラガに生まれ、パリへと向かったピカソは、
「青の時代」「バラ色の時代」とスタイルを変え、
1907年の 「 アヴィニヨンの娘 」 で 《 キュビズム 》 を確立した。 -
「水浴の女/Grande Baigneuse」 1921 (40歳)
パブロ・ピカソ Pablo PICASSO (1881-1973)
力強い !
《 キュビズム 》 とは・・
目に見える形を面や線に解体し、
画面の中で再構成することで立体を平面に表そうとした。
ピカソやフェルナン・レジェ、ジョルジュ・ブラックなど。 -
「アルルカンとピエロ/Arlequin et Pierrot」 1924 (44歳)
アンドレ・ドラン Andre DERAIN (1880-1954)
第一次世界大戦に、
兵士として参戦したドランは、
戦場から帰還して以来、がらりと作風を変え、
前衛的な試みよりも、対象物を内面から捉えることに専念するようになった。
この作品は、人を笑わせながらも、
どこか哀愁漂う道化師たちの表情を巧みに表現しようとしているのだそうです。 -
「 ユトリロの展示室 」 に入りました !
前々日に、
モンマルトルで、
ユトリロの風景探しをしながら歩いたので・・
・・ その散策で見た風景を、
(まだ鮮やかに脳裏に残っていたこの日に)
「 絵画 」 で見ることが出来て嬉しかったです♪
( そのため、今回の旅行記では、ユトリロの絵画を多く載せています。 ) -
「パンソンの丘/La Butte Pinson」 vers 1905-07 (22-4歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
ユトリロは、1883年12月26日パリのモンマルトルで生まれた。
母マリー・クレマンティーヌ・ヴァラドン(通称シュザンヌ)は、
ルノワール、シャヴァンヌ、ロートレックなどのモデルであり、
後に自身も絵筆をとり、画家として知られるようになる。
ユトリロの父親は不明であるが、1891年、
スペインの画家で文筆家でもあるミゲル・ウトリリョに
実子として認知されて以降、ユトリロ姓を名乗った。
母の不在で孤独な少年時代を過ごしたユトリロは、飲酒の癖をつけ中学を退学。
18歳で、発作性の酒乱の治療のためサン・タンヌ精神病院に入院。
その翌年、医師に勧められて
母親のヴァラドンが息子に絵を描かせようと
素描を教えたことが、画家への道を歩みだすきっかけとなった。 -
「ノートルダム/Notre Dame」 vers 1910 (27歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
シテ島に建つ、言わずと知れたノートルダム !
ユトリロが描くノートルダムはこんな風。 -
「大聖堂 または オルレアン大聖堂
/Grande Cathedrale ou Cathedrale d'Orleans」 vers 1913 (30歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955) -
「クリニャンクールの教会/Eglise de Clignancourt」 vers 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
クリニャンクールの教会は、
前々日に、モンマルトルで見てきたので、
「 絵 」 が見られて嬉しかったです♪
ラ・ビュット・モンマルトル 〜ユトリロの風景〜
http://4travel.jp/travelogue/10115930 -
「サン・ピエール教会/Eglise Saint-Pierre」 vers 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
サン・ピエール教会も、前々日に、
絵と同じような構図で撮影することができたので感慨深い♪
ラ・ビュット・モンマルトル 〜ユトリロの風景〜
http://4travel.jp/travelogue/10115930 -
「サン・ピエール教会/Eglise Saint-Pierre」 vers 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955) -
「モン・スニ通り/Rue du Mont Cenis」 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
モン・スニ通りも、モンマルトル散策で歩きました♪
ラ・ビュット・モンマルトル 〜ユトリロの風景〜
http://4travel.jp/travelogue/10115930 -
「モン・スニ通り/Rue du Mont Cenis」 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955) -
「ベルリオーズの家/La Maison de Berlioz」 1914 (31歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955)
作曲家ベルリオーズの家のあった場所も訪問したのですが、
今は、そのことを示す記念碑だけが残っていて、
背の高いパリらしい建物が建っていました。
ラ・ビュット・モンマルトル 〜ユトリロの風景〜
http://4travel.jp/travelogue/10115930
モンマルトル墓地にて、ベルリオーズのお墓も拝見しました。
http://4travel.jp/travelogue/10116107 -
「ベルリオーズの家」 の右下に書かれた ユトリロ のサイン。
-
「ベルノーの家/La Maison Bernot」 1924 (41歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955) -
「国旗をあげた村役場/La Mairie au drapeau」 1924 (41歳)
モーリス・ユトリロ Maurice UTRILLO (1883-1955) -
ユトリロの展示室を、最後にもう1枚撮りました !
-
「グラジオラス/Glaieuls」 vers 1919 (26歳)
シャイム・スーティン Chaim SOUTINE (1893 -1943)
スーティンの絵は、インパクトがあり、思わず立ち止まってしまいます。 -
「家々/Les Maisons」 vers 1920-21 (27-8歳)
シャイム・スーティン Chaim SOUTINE (1893 -1943)
スーティンは、貧しい仕立て屋の息子として
リトアニアに生まれ、幼い頃から画家を夢見ていた。 -
「村/Le Village」 vers 1923 (30歳)
シャイム・スーティン Chaim SOUTINE (1893 -1943)
17歳のときに憧れのパリへ、
モンパルナスのアトリエ 「ラ・リュシュ(蜂の巣)」 に居を定める。・・ -
「村/Le Village」 vers 1923 (30歳)
シャイム・スーティン Chaim SOUTINE (1893 -1943)
・・ けれども、田舎者の彼を温かく迎えてくれたのは
同じエコール・ド・パリの画家モディリアーニだけ。
そのたったひとりの友人モディリアーニも若くしてこの世を去り、
スーティンは孤独のうちに生涯を終えたそうです。
彼の絵の原動力になったのは
貧困や孤独に対するやり場のない怒りや悲しみだったといいます。 -
モディリアーニにも描かれていた画商ポール・ギョームのアパルトマンの再現です。
L'appartement de Paul Guillaume
22 avenue Foch
vers 1930 -
小さいのですが、美術館内に(美術館のコレクションの持ち主である)、
ポール・ギョームやジャン・バルテルのアパルトマンが再現されていました。 -
オルセー美術館で展示されているアール・ヌーヴォーの家具と似ていますね。
-
地下階には、16世紀の要塞も残っています !
オランジュリー美術館の改修工事が当初の予定より大幅に遅れたのは、
この要塞が発見されたことが理由のひとつでもある、そうです。 -
きれいなオレンジ色 !
美術館の名前、「オランジュリー」 は、
17世紀、オレンジ(オランジュ)など柑橘類のための温室が
この場所にあったことから名付けられたそうです。
まさにこの美術館に似合う
オレンジ色の花 が、 受付 に飾ってあったので・・1枚♪ -
オランジュリー美術館、
よい大きさの美術館で、作品数もちょうどよい美術館でした ! -
美術館の外にある・・ ロダンの彫刻 「 接吻/Le Baiser 」
フランス国旗とともに・・。
こちらの角度から撮っている人につられて・・ 同じアングルで撮りました ! -
ロダンの彫刻のあるところを曲がると・・
冬らしい枯れ木ではありますが・・ 美しい並木道が。
” テラス・デュ・ボール・ド・ロー Terrasse du Bord de l'Eau ”
左に少し見えているのが、オランジュリーの建物の側面です。
右は、セーヌ川。 -
セーヌ川 と コンコルド橋 Pont de la Concorde
木に隠れて見にくいけれど・・
左に、 エッフェル塔 Tour Eiffel も見えます !
右奥は、グラン・パレ。 -
オランジュリー美術館鑑賞後は、
セーヌ川 を見ながら ソルフェリーノ橋 Pont de Solferino を渡り、
「 オルセー美術館 Musee d’Orsay (写真左中央)」 へ向かいました♪
(カルト・ミュゼ3日券が使えるのは今日までなのです !)
大晦日だから、閉館が早いかも・・ 急がないと !!!
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