キャンサー50さんのクチコミ(45ページ)全7,624件
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.5㎞のところに碑があります。
文覚(1139~1203)は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した真言宗の僧侶です。
後白河法皇に平氏追悼の院宣を要求しわずか8日で頼朝に院宣をもたらしました。
古今の小説や書物に多く登場する人です。
今風にいうとそうとうぶっ飛んだ僧侶で、日本のラスプーチンと呼んでいいのではと個人的には思っています。
なお、碑のある道は「田楽辻子のみち」と呼ばれ、金沢街道の裏道で、鎌倉時代から親しまれている小路です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約2.3㎞のところにあります。
山に抱かれた広い敷地には長い階段があり、登って行くと護良親王のこじんまりとした墓があります。
しかし、訪問時、平成元年の崖崩れのため、山上への立ち入りが禁止されており残念でした。
護良親王は、足利尊氏と対立して鎌倉の東光寺に幽閉され、中先代の乱が起こったときに、尊氏の弟直義によって殺されました。
元々この辺りには理智光寺というお寺さんがあったそうです。
1335年、足利直義の命により護良親王を殺害した淵辺義博は、親王の凄まじい死顔に恐れをなして、この辺りの薮の中に捨てたそうです。
それを当時の理智光寺の僧侶が拾って山上に埋葬したと言われています。
憤怒の相が無かったら、墓もなかったのかと思うと感慨深いお墓です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
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投稿日 2022年09月13日
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.5
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約2.8㎞のところにある臨済宗のお寺です。
錦屏山と号します。
説明板によると、瑞泉寺は鎌倉公方の菩提寺として、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式のある寺院です。
山号の錦屏山は、寺を囲む山々の紅葉が錦の屏風のように美しいことから名付けられました。
訪問時、秋ではありましたが紅葉はまだでした。
ただ、境内はモミジより梅の木が目立っているように思えました。
開山は夢想国師ということで、庭園も彼の作。
吉田松陰ともつながりがある寺で、その説明板や吉田松陰留跡の碑もあります。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約2.2㎞のところにあります。
説明板みによると、永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)、工事に着手しました。
鎌倉にある、この時代の跡地は大体説明板があるのみというのが多いのですが、こちらはさにあらず。
東京国分寺にある武蔵国分寺跡のように、建物の柱の土台が広範囲に残っており、素人でも建物の大きさを想像できます。
広い敷地にいくつかの建物があったようですが、それぞれに説明板があり、わかりやすく親切です。
建物の前面には大き目の池も配置されており、往時の立派さを感じられます。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約2.2㎞、民家の入り口に説明板があります。
それによると、ここは、大正五年に東京中野から鎌倉雪ノ下に移住した有明が、翌年三月に新居を構えた所です。
有明は関東大震災を期に静岡県に移住するのですが、そののち、昭和12年から有明の持ち家と知らずに川端康成が住んでいました。
日本文学史上の大物が、こんな偶然に繋がっていたというとても興味深いエピソードを知れました。
碑には有明の自伝小説「夢は呼び交わす」の一節と、詩集「春鳥集」に収められている「あまりりす」が刻まれています。
なお、説明板のあるお宅は「蒲原」家で、有明のお孫さんが住まわれているそうです。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.5
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.8㎞のところにあります。
説明板によると、古くは荏柄山天満宮とも称し、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と並び、日本三天神の一つに数えられてきました。
平安時代中頃、雷雨と共に天神の姿絵が降りてきたのを里人が敬い、そこに神社を建てて祀ったのが始まりとされています。
源頼朝が大蔵に幕府を開くと、その鬼門を守護する神社と崇められました。
荏柄天神社の御祭神は学問の神様で有名な菅原道真。
境内には漫画家由来の筆塚、かっぱ筆塚もあります。
境内は国史跡、本殿は鮮やかな朱色でさほど古さを感じませんが、国重要文化財です。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.8㎞のところにある時宗のお寺です。
満光山と号します。
永仁元年(1293)の創建。
説明板によると、本堂には本尊・阿弥陀如来坐像と、南北朝時代の仏師・宅間浄宏の作と伝えられる地蔵菩薩像が安置されています。
本尊脇の如意輪観音像は「土紋」の装飾が鮮やかです。
「土紋」は鎌倉特有の仏像装飾の技法で、練った土で作った文様を貼り付け、浮き彫りに似た効果を出すものです。
厄除けと安産にご利益があるとされます。
斜面を切り崩して造られたと思われる、上下二段の墓地がいかにも鎌倉的。
寺の門前には、「太平寺(鎌倉尼五山第一位)跡」の石碑があります。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.8㎞のところにあります。
説明板によると、建立は定かでありませんが「風土記稿」に因れば字大門の天王社がもとだと考えられます。
現在の社殿は天保3年の建造だと言われています。
小さな、なにげない神社ですが、境内にある延宝8年(1680)銘の庚申塔に風情を感じました。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.8㎞のところにあります。
説明板によると、石川邸は大正15年に作里見の住宅として建てられた建物です。
里見自らが設計に携わったとされるこの建物は、玄関ポーチ、2階バルコニーの存在が印象的で、建築家ライトの造形を取り入れたそのデザインは、当時は非常に斬新であったことが想像されます。
一級建築士事務所として現在も使われていますが、月曜日の11時から16時には内部を見学できます。
訪問時、月曜でなかったので残念でした。
ぜひ月曜日に訪問したいスポットです。
この建物の南約100mのところに西御門の説明板もありますのでお見逃しなく。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.7㎞のところにあります。
鎌倉らしい高台の上に石段で上っていった先の崖に3つの洞(やぐら)があり、それぞれが墓になっています。
中央が大江広元、左がその子で毛利氏の祖となる毛利季光、右が源頼朝の子ともいわれる島津忠久の墓です。
島津氏と毛利氏は、祖先を顕彰するため、源頼朝墓のそばに墓を設けたものと考えられているそうです。
大江広元の墓だけに果物や花のお供え物で彩られていたのが興味深かったです。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.7㎞のところにあります。
説明板によると、鎌倉幕府を開いた源頼朝は正治元年(1199)に没すると、自身の持仏堂であった法華堂に葬られ、法華堂は頼朝の墓所として厚く信仰されました。
法華堂はその後廃絶しましたが、こちらはその跡です。
現在建っている塔は、後に島津藩主島津思豪が整備したものだそうです。
塔の近くには、この説明板の他にも、頼朝と島津藩・長州藩とのつながりや頼朝とその弟とのエピソードなどの書かれた説明板が」いくつかあり、それぞれ興味深い読み物になっています。
近所の小学生が書いたと思われる説明板もわかりやすくて重宝しました。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.0
JR横須賀線鎌倉駅が最寄り駅。
鎌倉駅東口から北東へ約1.5㎞のところに石碑があります。
鎌倉にはよく名所旧跡の説明が刻まれた石碑があります。
観光客には便利と思いきや、これらのほとんどは大正と昭和初期に創設されたもので、碑の文の格調も高く解釈が難しいのです。
しかし、この碑の後ろの小学校の壁に小学生の書いた説明文が掲げられており、こちらはとてもわかりやすいもので、非常に助かりました。
それによると、この地は治承4年(1280)に源頼朝が邸宅を造り、その後天下の権を握るようになってからはこの邸宅を政庁として武家のよる政治を摂ったとのこと。
これが世にいう大蔵幕府で、土地の名前からそう呼ばれたそうです。
現在は石碑のみがあります。- 旅行時期
- 2021年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.5
JR上越線渋川駅が最寄り駅。
渋川駅出入口から東へ約14㎞のところにある蕎麦屋さんです。
門といい建物といい、純和風の風情のある佇まいです。
入口に掲げられた説明板によると、蕎麦は自家農場で栽培した蕎麦を自家製粉しており、蕎麦作りに使う水は赤城の伏流水を地下200mから汲み上げて使っているそうです。
そば五合(2人前)¥1,800と舞茸天ぷら¥800を注文。
なかなかボリュームのある、インパクトのある見た目でした。
麺は太目で、香りが良いものでした。
一番特徴的なのはコシ。
とても強いコシで、一生懸命咀嚼しないといけないほどでした。
もちろん、味は良かったです。
人気の店なので、昼時は平日でもそこそこ待ちますので、ご注意。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 3.5
- 料理・味:
- 3.5
- 観光客向け度:
- 2.0
-
投稿日 2022年09月13日
総合評価:3.5
JR上越線渋川駅が最寄り駅。
渋川駅出入口から北東へ約22㎞のところにあります。
車でなければ、前橋駅からバスが出ています。
原生林に囲まれた約80万㎡のカルデラ湖です。
湖畔には1周約1時間の遊歩道が整備され、夏にはボート遊びやキャンプ、秋にはボートワカサギ釣り、湖面が結氷する冬には氷上ワカサギ釣りが楽します。
標高が約1350mの場所にあり、関東近郊でアイスバブルが観測できる数少ないスポットの一つです。
アイスバブルは凍った湖面の氷の中に気泡が閉じ込められてできるもので、北海道の湖ではよく見ることができます。
湖畔にある赤城神社の拝殿とその神橋の朱色が、湖の風景のアクセントになっており、とても素敵な眺めです。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 2.0
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
投稿日 2022年09月05日
総合評価:3.0
JR上越線渋川駅が最寄り駅。
渋川駅出入口から北東へ約22㎞のところにあります。
車でなければ、前橋駅からバスが出ています。
覚満淵入口に位置しているので、目の前の駐車場には大型観光バスも停まります。
赤城山のマップやパンフレットもこちらで入手することができます。
また、館内の無料展示施設で動植物や地質の面から、赤城山の成り立ちや現在の様子を知ることができます。
一周約30分の覚満淵の遊歩道へ向かう前に、こちらでトイレをすますのがお勧めです。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2022年09月05日
総合評価:3.0
京浜急行本線京急蒲田駅が最寄り駅。
京急蒲田駅西口から南西へ約100mのところにある日蓮宗のお寺です。
行方山と号します。
説明板によると、当地の地頭行方修理亮義安の室、妙安尼は、義安の死後この地の豪族、兄斉藤政賢の屋敷内に庵を結び、池上本門寺12世日現に帰依し、天正17年(1589)に没しました。
その後この庵室が妙安寺となったということです。
寺には妙安尼の供養塔があります。
門前の松が良い風情を創り出し、長めの参道は両側の草木がよく整備されていて心地良いものです。
本堂は比較的新しいのかなと感じました。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2022年09月05日



































































































