キャンサー50さんのクチコミ(327ページ)全7,624件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
江戸時代から笹で有名でした
投稿日 2017年11月10日
総合評価:1.5
東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅近くにあります。
四谷山と号します。
天正3年(1575)甲斐国武田氏の臣高坂弾正昌信の居所に結ばれた草庵を起源とし、四谷付近では最古の寺院の一つだといいます。
二代将軍秀忠が立ち寄った際に笹が繁ったいたことから、笹寺と称するよう命じられ、また一説には当寺の笹が江戸城紅葉山に移植されたとも伝えられ、笹寺として著名だったといいます。
境内には「四谷勧進角力始祖」と刻まれた3mほどの石碑があります。
これは力士明石志賀之助が寛永元年に境内で6日間の相撲興行をしたのを、江戸の勧進相撲のはじめとして東京大角力協会が建てたものです。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 1.5
-
3度改名しています
投稿日 2017年11月10日
-
高台から四谷の寺町を見下ろします
投稿日 2017年11月10日
-
本堂は2階にあります
投稿日 2017年11月10日
-
スーパーの入り口に分祀建立しました
投稿日 2017年11月10日
-
ふし寺・瘤寺と呼ばれていました
投稿日 2017年11月09日
総合評価:1.5
都営新宿線曙橋駅近くにある天台宗のお寺です。
鎮護山圓融寺と号します。
創建年代等は不詳ながら、日蓮宗法常寺と号していたといいます。
尾張藩主徳川光友の夫人千代姫の母(自證院殿光山暁桂大姉)が当寺に葬送されたことから、寛永17年(1640)本理山自証寺と改めて日須上人が開山、寛文5年(1655)の日蓮宗不受不施派の禁令により、天台宗に改め、輪王寺の院室と成りました。
伽藍は節目の多い材木を使用していたことから、ふし寺・瘤寺と呼ばれていました。
明治時代末期、この付近に住んでいた文学者小泉八雲が自証院の風致を好んだが、杉の木を切り倒す音を聞いて、杉の木がかわいそうでいたたまれなくなって転居した話は有名です。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 1.0
-
高台から靖国通りを見下ろします
投稿日 2017年11月09日
-
隣の池のほうが有名です
投稿日 2017年11月09日
総合評価:2.0
東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅近くにあります。
隣に策の池(むちのいけ)という小さな池があって、由緒はこちらのほうが古いです(説明板も豪華に金色です)。
徳川家康がタカ狩りの時近くにあった井戸水で策を洗ったので策の井戸と呼び、澄んだこの水が高さ4メートルに及ぶ滝となりこの池に注いでいたので策の池と呼ばれ、「十二社の滝」「目黒不動の滝」「王子の名主の滝」等と並び江戸八井のひとつとして庶民に愛されていたそうです。
古来池のほとりにあった弁天祠を昭和31年(1956)崇敬者によって現在地に遷座再建し「津之守弁財天」の御神明で町民の守り神としてお祭りし御加護を受けています。
「津の守」とは、ここが松平摂津の守の上屋敷だったことに由来します。
ちなみに、ここから近所の金丸稲荷神社までの約50mの細い道を「荒木町奥の細道」というようです。- 旅行時期
- 2017年11月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 1.5
-
縄文時代の集落だった場所
投稿日 2017年11月09日
-
忍者の寺といわれていました
投稿日 2017年11月09日
-
将軍家と縁がある寺なのか
投稿日 2017年11月09日
-
法蔵寺横丁ともいわれていたようです
投稿日 2017年11月09日
-
黒い日蓮像が印象的
投稿日 2017年11月09日
-
跡地ですが、今も役割があります
投稿日 2017年11月09日
-
「豆腐地蔵」があります
投稿日 2017年11月09日
-
防犯装置が鳴るかもしれません
投稿日 2017年11月09日
総合評価:1.5
東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅近くにある真言宗のお寺です。
獨鈷山光明寺と号します。
創建年代等は不詳。
弘法大師が関東巡錫の折、麻布善福寺の地に創建、本尊五指量愛染尊を安置、大日如来より八祖相承之獨鈷を納めていたといいます。
その後正斎が麹町貝塚に慶長16年(1611)中興、寛永11年江戸城外堀建造のため当地に移転しました。
内藤新宿を開発した元浅草の名主高松喜六や、群書類従編者として名高い江戸時代中期の国学者塙保己一の墓があり新宿区文化財に指定されています。
山門を入ると防犯装置が鳴ることがあるので注意が必要です。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 1.5
-
一帯は『鬼平犯科帳』にも登場します
投稿日 2017年11月09日
総合評価:1.0
東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅近くにあります。
新宿区若葉二丁目2番と7番/8番の間を南から北へ上る坂道です。
坂の途中にある阿祥山東福院に因んでこう呼ばれました。
別名の天王坂は、明治以前の須賀神社が牛頭天王社と称していたため、この辺りが天王横町と呼ばれていたことによります。
天王横丁は池波正太郎の『鬼平犯科帳』にも登場します。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 1.0
-
服部半蔵が供養しました
投稿日 2017年11月08日
-
忍者服部半蔵の創建したお寺
投稿日 2017年11月08日
-
伊賀者の頭、自ら創建した寺に眠る
投稿日 2017年11月08日






























































