キャンサー50さんのクチコミ(331ページ)全7,624件
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とてつもなく古いのかもしれない神社
投稿日 2017年10月25日
総合評価:2.5
JR中央線阿佐ヶ谷駅近くにあります。
創建年代は不詳。
周辺から縄文時代後期の石器が発見されており、当社の神体も縄文時代後期の磨製石器と推定されている点や、応永27年(1420)の書状にもあさがやの地名が記載されている点などから、古くより拓けた地の鎮守社であったと考えられています。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)を祀っています。
これを「三貴子(さんきし)」といいますが、この「三貴子」をそろって祀る神社は、日本でも非常に珍しいそうです。
境内には能楽殿、夫婦欅、猿田彦神社など見所も多々。
社務所で売っているお守りは女子受けしそうなかわいいものが沢山あります。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 2.5
-
境内の花梨(カリン)の木が印象的
投稿日 2017年10月25日
総合評価:2.0
西武新宿線鷺ノ宮駅近くにある真言宗のお寺です。
白鷺山正幡寺と号します。
僧頼珍が大永元年(1521)に創建しました。
江戸時代には鷺宮八幡神社の別当寺を務めていた他、御府内八十八ヶ所霊場14番札所となっています。
境内には十三仏という、整列した石像があります。
これは、死後の忌日をつかさどるもので、冥界で生前の審判を受ける死者の救済を願ってまつられたものです。
石像で十三体そろったものは都内でもめずらしいものです。
個人的には境内中央にある樹齢推定350年以上の花梨(カリン)の木が印象的でした。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 2.0
-
石の配列から建造物を想像できます
投稿日 2017年10月20日
総合評価:1.0
東京メトロ半蔵門線九段下駅近くにあります。
千代田区役所の敷地内。
江戸城清水門前のこの場所は、将軍直属家臣の居住地や蔵・馬場、厩といった江戸城附属の施設が置かれました。
平成16年(2004)の遺跡発掘調査では、近世初頭に水田地帯を埋め立てて屋敷を築いたことがわかりました。
ここに設置した石は、敷地南半に広がる米蔵の礎石の一部で、配置は出土状態を再現しています。
礎石の配列から、二棟の東西に長い建物で、明暦の大火(1657)で焼失したと考えられます。
礎石のうち、大きな石材は柱や壁を支え、小さな石材は床を支える基礎と考えられます。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 1.0
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千代田区役所は大隈重信邸の跡地
投稿日 2017年10月20日
総合評価:1.0
東京メトロ半蔵門線九段下駅近くにあります。
千代田区役所の敷地内。
大隈重信は、明治元年(1876)10月から明治17年(1884)年3月まで、この雉子橋邸宅(当時の麹町区飯田町1丁目1番地)に住み、明治15年(1882)10月創立の早稲田大学の前身、東京専門学校の開校事務もこの邸宅で行いました。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 1.0
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見つけづらい滝沢馬琴の旧居跡
投稿日 2017年10月20日
総合評価:1.0
東京メトロ半蔵門線九段下駅近くにあります。
行っても見つからなかったという人の話をネットでよく見かけますが、それもそのはず、東建ニューハイツ九段下という普通のマンションの1階エントランスの片隅に目立たなくあります。
滝沢馬琴は、『南総里見八犬伝』などで知られる江戸時代の著名な小説家。
寛政5年(1793)27歳で当時飯田町中坂と呼ばれたこの地の履物商伊勢屋に婿入りし、58歳で神田同朋町に移るまでここに住んでいました。
この井戸で馬琴が硯に水を汲み筆を洗っていたことから、「硯の井戸」と呼ばれていました。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 1.0
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縁日では御福銭が頂けます
投稿日 2017年10月20日
総合評価:1.5
西武新宿線本川越駅が最寄り駅。
川越市連雀町にある川越熊野神社の境内社です。
熊野神社の本殿の右側にあります。
宝池という小さな池があって、ザルとすのこが置いてあります。
熊野神社では毎月第3日曜日が銭洗い弁天の縁日で、午前11時と午後3時に先着50名につき御福銭がもらえます。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 1.5
-
「おくまんさま」と呼ばれる縁結びの神
投稿日 2017年10月20日
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江戸幕府公認の僧侶養成機関でした
投稿日 2017年10月20日
総合評価:2.0
西武新宿線本川越駅が最寄り駅。
川越市連雀町にある浄土宗のお寺です。
孤峰山と号します。
河越夜戦後の天文18年(1549)、武蔵国河越城主大道寺政繁の母・蓮馨によって開基、開山は大道寺政繁の甥にあたる感誉存貞上人。
江戸時代の1602年には浄土宗の関東十八檀林の1つとなり、葵の紋所が許された幕府公認の僧侶養成機関として多くの学僧を育てました。
正面の呑龍堂は大正初期の建築で、呑龍上人の像が安置されており、「子育ての呑龍様」として親しまれています。
また呑龍堂の外には釈迦の高弟・おびんずる様が鎮座し、さわると病気が治るとされ人気があります。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0
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大正ロマンの雰囲気漂う通り
投稿日 2017年10月20日
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時の鐘とともに蔵の町のランドマーク
投稿日 2017年10月20日
総合評価:2.5
西武新宿線本川越駅が最寄り駅。
川越市幸町にあります。
大正7年(1918)に旧国立八十五銀行本店として保岡勝也氏の設計で建てられました。
埼玉初の銀行でした。
鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て、塔屋・金庫室付の建物。
ルネサンス様式を基調としながら、ゼブラ模様の付け柱やアーチ部分がサラセン風にデザインされています。
国の登録有形文化財の指定を受けています。
現在も現役の銀行です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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観光案内所自体が観光名所のような
投稿日 2017年10月20日
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現役で使われている、ルネッサンス・リバイバル様式の有形文化財
投稿日 2017年10月20日
総合評価:2.5
西武新宿線本川越駅が最寄り駅。
川越市仲町にあります。
昭和3年(1928)、武州銀行川越支店として前田健二郎という方の設計で建てられました。
鉄筋コンクリート造りで、2階建て・地下1階のつくり。
全体的なデザインは、ルネッサンス・リバイバル様式というもので、当時の金融機関が好んだ様式です。
そこにギリシャ神殿風のドリス式柱、バロック風の玄関上の飾りが施されています。
昭和45年(1970)に川越商工会議所が譲り受け、現在も現役で使われています。
国指定の有形文化財です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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古都川越には歴史ある教会もあります
投稿日 2017年10月20日
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見所満載、川越随一の名刹
投稿日 2017年10月20日
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江戸時代の貴重な遺構、今でいう官舎です
投稿日 2017年10月20日
総合評価:3.0
西武新宿線本川越駅が最寄り駅。
川越城南大手門近くの侍町であった三久保町(旧南久保町)に残る、江戸時代後期の武家屋敷です。
関東県内でも現存事例はごく僅かで大変貴重なものです。
屋敷と行っても武士の持ち家ではなく、今で云う官舎にあたります。
そのため、住み人も次々と入れ替わっていますが、医者が多かったようです。
毎週土曜日、9時~16時に庭園を無料公開しています。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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安産の神様として麻を奉納します
投稿日 2017年10月20日
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交通安全祈願、千葉の成田山新勝寺の別院
投稿日 2017年10月20日
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東京赤坂の日枝神社の本社
投稿日 2017年10月20日
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喜多院山門内に入れてあげたかった
投稿日 2017年10月20日
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喜多院を守るように在ります
投稿日 2017年10月20日













































































