ウズベキスタン 基本情報 クチコミ(18ページ)
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ウズベキスタンの西北端のカラカルパクスタン共和国のクングラッドからカザフスタンへ寝台列車で陸路越境するときのウズベキスタン出国イミグレーション審査は至って簡単だった。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
寝台列車にイミグレーション係官がやって来て、自分の席のところでパスポートを提示してチェックして出国スタンプを押してくれる。
荷物検査も非常に簡単に終わった。
*関連旅行記:http://4travel.jp/travelogue/10728807 -
キジルクム砂漠を越えて、カザフスタンとの国境近くまで来た辺境の地=ヌクスだが、ウズベキスタン西方のカラカルパクスタン州の州都です。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
こんな辺境地ではワイファイどころかインターネットは不可能だろう、と思っていたが、アニハカランヤ、宿にワイファイは完備していました。
電話は日本への国際電話も可能でした。
インターネットが使えるのでスカイプ電話もできます。
ネットさえあればどんな辺境地でも快適なライフが送れます。 -
近くにキジルクム砂漠があり、南にはトルクメニスタンの砂漠もあるような場所なので、暑いが湿気がほとんどない気候です。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
服装は日本の真夏の服装で充分でした。
日よけの帽子は必需品。
外出の際には水分補給を小まめにすることが肝心です。 -
4日滞在した。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
最初宿を探すのに町の市場から町中をウロウロした。
地元の人たちはみな親切だった。
当方、シニア夫婦ですが、歩いて鉄道駅まで行ったり、市場で買い物したり、軽四のマルシュルートカに乗ったり、色んなところをウロウロしました。
とっても安全でした。
治安は良かった。 -
ウズベキスタン・タシケント⇒ヌクスへの長距離バスがキジルクム砂漠を爆走していたとき、突然後輪タイヤがバースト。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
運転手2人はすぐにタイヤ交換をしだしたが、乗客はみんな外に出された。
そのときタイヤ交換を見学しようと乗客の多くがバスの周辺にタムロしていた。
砂漠ロードではだだっ広いところを走るのでどの車、バス、トラックも猛スピードで爆走します。
そんな車がタイヤ交換しているソバをかすめて走り去るのです。
見学していたら車にはねられる危険が大きいのです。
ワタクシたちは砂漠の国に6年半も住んでいたことがあるので(クウェート)良く分かっていてすぐに道路から降りて離れた場所で観察していました。
タイヤ交換していた運転手も危険だと思って、見学の乗客たちに、道路から降りるように指示していました。 -
7月18日~20日の3日間タシケントに滞在しました。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
日中は暑い。暑すぎてキルギスタンで知り合ったオランダのシニアサイクリストは「ここは暑すぎてバエた。もう国に帰る」と言っていました。
基本的には日本の真夏と同様な暑さだが、湿気は少ない。 -
タシケント鉄道駅横の銀行で日本円1万円を両替した。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
銀行の窓口嬢は両替書類を手書きで作成したが、現地通貨覧のみカーボン紙をはずして書いていた。
当方が見ている前で、客に渡す上の紙だけに公式レートで算出した額を買い手当方に呉れた。
会社(銀行)に提出する下の紙にはあとで好きな数字を書くのだろう。
窓口嬢ですらこうした不正をやっているのであるから、政府高官ともなれば国費収奪は日常茶飯事であろう、と推測する。
以上は全て推測の域をでないのでアシカラズ。 -
カザフスタン・ジベックジョリ⇒ウズベキスタン・チェルニエフカ国境を陸路で渡り終えてウズベキスタン側で最初に出会うタクシー雲助たちにご用心。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
殆どがボッタくりタクシーです。
声を掛けてくるやつは間違いなしに雲助です。
声を掛けなくとも、こちらから声を掛けても吹っかけてくる。
だいたい彼らの言い値の半分あたりが適正運賃だろうから半分運賃を主張すれば良い。
そして焦らないこと。
半額宣言をしておいて、お茶でも飲んで半額くらいで行くヤツを待つ。
必ず出てきます。半額使いタクシーが。
でも、良くソイツの顔を見て、会話をしてみることです。
人の良いやつか、悪いやつかを判断しましょう。
良ければ、乗る、悪ければお茶を飲む。 -
カザフ⇒ウズベキスタン陸路国境、ウズベキスタン・チェルニエフカ国境での入国時、荷物検査係官のタカリに出会った。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
入国カードを書くのを手伝ってもらった荷物検査の係官だが、カードを欠いていたボールペンを呉れ、と言う。
「ゴメン、これしか書くものはもっていない。今度来る時は必ず余分に持ってくるから、今回はダメ」と英語でやんわり明るく言い放つと、あきらめた。
まあ、可愛いものでした。 -
カザフスタン・シムケントからジベック・ジョリ、チェルニエフカ国境をウズベキスタンに陸路入国する際、イミグレーションで入国カードを書く必要がある。
- アリヤン さん
- 男性
- 旅行時期 : 2012/07(約14年前)
書き込みカードみてビックリしました。
なんと、ウズベク語の表記しかないのです。
陸路国境を渡る人々には文盲が多く、回りには字の読み書きが出来ない人たちばかりだった。
困って、カードを提出するところに行って英語で「どうやって書くんだ?英語の説明書はないのか?」と聞くと、指差された咲の張り紙にはロシア語の説明書。
それもワカランとワーワー言っていると、「アッチの荷物検査しているヤツのところに行け」と言われた。
大勢の人々でごった返しているところを押し分けてそこまで汗だくで進み入った。
係官は英語が分かって、教えてくれるのだが、換わりに書いてはくれない。
口で「ここは何々を書け、ココは何々を書け」と言うだけなので付いていけない。
それでも人混みの中でパートナーの分も書き入れ、また人をかきわけパートナーが待つ外に出て、荷物とカードを持って2人で列に並んで、入国審査を受け、荷物検査も受けた。
汗だくの入国だった。
後から友人から聞いたが、キルギスのオシュからアンディンジャーンなどのウズベキスタンへの陸路入国でも同じで、ウズベク語のみの表記だったらしい。
「地球の歩き方」入国カードの書き方案内があって、そのコピーを持っていって書いたとのこと。
つまり、予行演習が必要だったのでした。
なお、ガダフィ大統領時代のリビアの空港での入国カードはアラビア語のみの表記だった。