長崎原爆資料館 Web観覧券
200円(税込)
被爆の惨状を示す写真や資料を収集・展示。平和学習を行うためのホール、平和学習室、図書室等完備。
「浦上天主堂」のあと、「長崎原爆資料館」に行きました。入館料は200円でした。中には原爆が投下された11時2分で止まったままの時計など、原爆の惨状を示す資料がたくさん展示されていました。世界中の人が見たほうがいいと思いました。館内は撮影できますが、シャッター音禁止なので音の出ないデジカメを持っていった方がいいと思いました。
もっと見る
中国歴代の遺跡を年代や王朝別に分かりやすく展示している。
もっと見る
グラバー園内にある博物館です。長崎の祭り・長崎くんちで奉納される船の形をした曳物や、重さ1トンともいわれる担ぎ物、行列の先頭に立つ傘鉾と呼ばれる、きらびやかなで豪華な飾りなどが展示されています。映像による踊りや囃子など祭りの様子を見ることもできます。くんちの時期は市内混んでいると思い、くんちの時期を外して訪れましたが、映像を見て生の祭りを見とけばよかったとちょっと後悔しました。
ピックアップ特集
スペイン美術をはじめ、長崎ゆかりの美術品が多数収蔵されている。
美術館棟とギャラリー棟に分かれ、その二つがガラス張りの橋の回廊で繋がるデザイン。 ギャラリー棟外観のガラスと木材の使い方から想像される通り、この建物は国立競技場などのデザインで高名な隈研吾氏デザイン。 先ず建物自体のデザイン性が高い。その上でバリアフリーもほぼ完璧で、エレベータやトイレは車いす対応、点字ブロックもあり、多くのドアは自動ドア。車椅子の貸し出しもある。 展示は企画展と常設展。 自分が伺った時の企画展は吉村芳生展だったが写真撮影OK。後日4Travelへの写真掲載の許可を求めたがあっさりOKして頂けた。 常設展はほぼ絵画。 驚くべき事にパブロ・ピカソの絵画を数点所蔵しており、普通に展示されている。 自分が訪問した時は『静物』と『鳩のある静物』の二点が展示されていた。 個人的に美術館は観光の一環たりえると思っているので、展示内容の面白さからも長崎観光でお薦めしたい場所だ。
もっと見る
日本キリシタン殉教史の始まりといわれる場所。
長崎県長崎市西坂町にある「日本二十六聖人殉教記念碑」と「日本二十六聖人記念館」についての情報を発信していきます。今回、「日本二十六聖人殉教記念碑」と「日本二十六聖人記念館」を訪れたのは2024年月日です。 最終の目的地である「日本二十六聖人殉教記念碑」、「日本二十六聖人記念館」へ「大浦天主堂」前からタクシーで向かいました。「日本二十六聖人殉教記念碑」は、「JR長崎駅」東側にある「NHK長崎放送局」横の坂道を180mほど上ると左手に小高い丘があります。そして、「西坂公園」の出入口がそこにあり、そこから入ると「日本二十六聖人殉教記念碑」が正面に見えてきます。「日本二十六聖人記念館」は、「日本二十六聖人殉教記念碑」裏側にあります。「西坂公園」の小高い丘で、慶長2年(1597)年2月5日に京阪地方へ伝導していたフランシスコ会宣教師6人と日本人信徒20人が処刑されました。ちなみに、「豊臣秀吉」の命によって、京都と大阪で捕らえられ歩いて長崎まで護送されたフランシスコ会の宣教師6人、イエズス会のパウロ三木ら3人、信徒17人が磔形に処せられたそうです。よく「日本二十六聖人殉教記念碑」を見ると3人の子供も見受けられました。なんと痛ましいことですね。この「日本二十六聖人殉教記念碑」は、岩手県出身の彫刻家「舟越保武」が制作した二十六聖人のブロンズ像が花崗岩の台座に設置されものです。そして、ブロンズの十字架の縦木の部分に、詩編117とマルコ福音書8章34節が刻まれています。長崎県は昭和31年(1956年) 4月6日に史跡に指定しました。「日本二十六聖人記念館」は、昭和37年(1962)に建築家の「今井兼次」の設計に建設されました。「日本二十六聖人記念館」では、「聖フランシスコ・ザビエル」の渡来から明治時代までの日本のキリスト教の歴史、日本と南ヨーロッパとの出会いから生まれたキリシタン文化、二十六聖人をはじめとした殉教者のメッセージを紹介しています。『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』や、踏み絵と同型の16世紀の「ピエタ」、潜伏キリシタンゆかりの絵画「雪のサンタ・マリア」やステンドグラスなどの貴重な展示資料と約3,000冊の専門図書があり、2階には建築家の「今井兼次」が手がけた特別展示室「栄光の間」があります。私も入ってみましたが、すごく厳かで神聖な雰囲気に包まれている場所でした。私も日本の記念館等でこれだけのキリスト教関連の施設は初めての経験です。時間のないなか訪れて、貴重な体験ができ良かったと思いました。 01_【「日本二十六聖人殉教記念碑」と「日本二十六聖人記念館」の一口メモ】 ⑴ 所在地 ①「日本二十六聖人殉教記念碑」…〒850-0051 長崎県長崎市西坂町4 西坂公園 ②「日本二十六聖人記念館」…〒850-0051 長崎県長崎市西坂町7-8 電話:095-822-6000 ア 営業時間…9:00~17:00 イ 入館料…大人500円、中・高校生300円、小学生150円 ウ 休日…12月31日~1月2日 02_【「日本二十六聖人殉教記念碑」と「日本二十六聖人記念館」へのアクセス】 「JR長崎駅」東口から徒歩8分150mほど 03_【「日本二十六聖人殉教記念碑」の名簿】 殉教者の順序は慶長2年(1597年)の「ルイス・フロイス」 の記録によるそうです。レリーフも、この順序に従い、殉教者は、右から左へ並んでいます。 ①聖フランシスコ ②聖コスメ竹屋 ③聖ペトロ助四郎 ④聖ミカエル小崎 ⑤聖ディエゴ喜斉 ⑥聖パウロ三木 ⑦聖パウロ茨木 ⑧聖ヨハネ五島 ⑨聖ルドビコ茨木 ⑩聖アントニオ ⑪聖ペトロ・バプチスタ ⑫聖マルチノ・デ・ラ・アセンシオン(スペイン) ⑬聖フィリッポ・デ・ヘスス(メキシコ) ⑭聖ゴンザロ・ガルシア(インド) ⑮聖フランシスコ・ブランコ(スペイン) ⑯聖フランシスコ・デ・サン・ミゲル(スペイ ン) ⑰聖マチアス ⑱聖レオン烏丸 ⑲聖ボナベントウラ ⑳聖トマス小崎 ㉑聖ヨアキム榊原 ㉒聖フランシスコ医師 ㉓聖トマス談義者 ㉔聖ヨハネ絹屋 ㉕聖ガブリエル ㉖聖パウロ鈴木
長崎学の拠点、海外交流史をテーマとする博物館。平成17年11月3日開館。
長崎の色々な観光地で説明されてきたようなことが、一つにまとまって展示されたような施設で、とても見応えがあります。 展示内容も、比較的解り易く、子どもたちでも理解できるような施設だと思います。 とても大きな建物の一部に、長崎奉行所が再現されていて、お白洲の様子など、タイムスリップも味わえます。 流石に、外国との貿易で栄えた長崎らしく、その辺りの展示はとても興味深かったです。
もっと見る
初期洋風建築の形式で、正面中央の幅広い廊下や3つの大きな部屋、幅広いベランダに領事館当時の名残が窺がえる。現在、旧居留地私学歴史資料館として活用されている。
もっと見る
明治から昭和初期に活躍した建築家,下田菊太郎が設計した国内に現存する唯一の遺構。長崎市内の石造りの洋館として最大級。
長崎港松ヶ枝岸壁、大浦天主堂の坂下に建つ見事な洋館が長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館ですが。開港して間もない幕末の長崎に代理店を置き、1892年に長崎支店を開設した「香港上海銀行」、その新社屋として建設された石造3階建て建築物で国指定重要文化財です。その建物を活用した博物館です。長崎市内に残る最大級の洋館です。長崎近代交流史と孫文・梅屋庄吉ミュージアムが博物館に併設されています。
もっと見る
原爆で亡くなられた方々を追悼し、被爆の実相を世界に伝え、被爆体験を後世に継承していく、平和発信の新しい拠点。
原爆資料館に隣接している施設です。追悼空間には原爆で亡くなった方の名簿が納められています。遺影・手記閲覧室では被爆者の体験や証言を見聞きすることができます。原爆で死亡した人たちがどんな思いで亡くなっていったのか、被爆者がどんな思いで生活してきたのかなどを知ることができます。1つでも体験記を読み、亡くなった方の思いに触れ、平和の大切さを感じ取ってほしいと思いました。
もっと見る
江戸時代からのキリスト教禁教令廃止後、五島列島で最初に建てられた教会で現在は堂崎天主堂キリシタン資料館となっている。秀吉の切支丹禁教令で長崎で処刑された26聖人のひとりで五島出身の聖ヨハネ五島の像が立っています。資料館には江戸時代の踏み絵など貴重な切支丹関連の展示物がたくさんあります。
宿公式サイトから予約できる長崎のホテルスポンサー提供
国内外の絵本の原画の展示のほか,入館者が自由に楽しめる絵本のコーナーや,絵本についてのレクチャーを行なうコーナーがある。
もっと見る
旧日本海軍と海上自衛隊の歴史や活動などをわかりやすく解説し、艦艇模型や各種史料が展示されています。建物の7階には展望ロビーがあり、6階~4階までは海軍の軌跡の展示、3階と2階は海上自衛隊の展示、1階は企画展示のスペースとなっています。1階には売店もあり、オリジナルグッズが販売されています。史料館入口には2017年に除籍となった「護衛艦くらま」の錨の実物がモニュメントとして展示されています。
専用の無料駐車場あり。入館料も無料。スタッフの方はとても親切丁寧に対応してくれます。運がいいと、施設の案内や説明もしてくれます。エレベーターで最上階から下の階へと見学するのがおすすめ。展示品は旧海軍や海上自衛隊のあらゆる分野を網羅しています。展示内容には工夫があり、説明もわかりやすくなっています。じっくり見学するには2・3時間は必要です。特に、展示で良かったのは護衛艦や南極観測船、攻撃機や爆撃機などの模型がリアルで眼前に迫って来るかのよう。勲章がいっぱい付いた正装も素晴らしかったです。
長崎県長崎市にある「亀山社中記念館」についての情報を発信していきます。今回、「亀山社中記念館」を訪れたのは2024年6月21日です。 「風頭公園」や「亀山通り」、「龍馬通り」など人とほとんどすれ違いませんでしたが、「亀山社中記念館」には、かなりの人が来館していました。「坂本龍馬」の人気の根強さを感じました。「亀山社中記念館」は、木の門があります。門を潜り10mほど進むと左手に入口があり、靴を脱いで受付で入館料を払います。 「亀山社中」の歴史を紐解いてみると、「亀山社中」は日本初の商社とされ、慶応元年 (1865年)に薩摩藩や長崎の豪商「小曽根家」の援助を受け、「坂本龍馬」が中心となって同志20数人により結成組織されました。「亀山社中」は、日本初の「商社兼私設海軍」で、貿易会社と政治組織を兼ね、徳川幕府の倒幕を目的とした活動を行うとともに、「グラバー商会」と銃器の取引を開始し、藩に武器を卸す商業活動や物資の輸送や航海訓練なども行いました。また、険悪だった薩摩藩と長州藩の関係回復の仲介をし、薩長同盟の締結に大きな役割を果たしたと言われています。「亀山社中」の名前の由来は、当時活動の拠点として借りていた民家が、もともと「亀山焼」の職人の住居として使用されていたため、その地名の「亀山」と仲間を意味する「社中」を合わせて「亀山社中」と呼ばれたそうです。その「亀山社中」の遺構として伝わる建物が、当時の姿により近い形で整備され、平成21年(2009年)から一般公開されたのが、「亀山社中記念館」です。「亀山社中記念館」の内部は、10畳、8畳、3畳の部屋と土間に分かれており、隠し部屋と思われる中二階は、はしごを上って中を見学することができます。私もはしごを上ってみましたが、結構な大きさがありました。どことなく殺伐な雰囲気の隠し部屋でした。また、「坂本龍馬」のブーツのレプリカやピストル、書簡の写し、「亀山社中」の志士達の写真などゆかりの品々が展示されています。ちなみに、「亀山社中記念館」の名誉館長は「坂本龍馬」の大ファンである俳優の「武田鉄矢」だそうです。そして、「坂本龍馬」がもたれかかって座っていたと伝えられる柱などが再現されていました。「坂本龍馬」の写真といえばまず、台に腕をかけた写真が思い出されます。写真は日本で初めて商業写真館を開業した「上野彦馬」の撮影スタジオで撮影されたものです。「亀山社中記念館」には、スタジオにあった台のレプリカが設置されていました。ここで家内と交代で、「坂本龍馬」のポーズをまねして、お互いの記念撮影をしました。ちなみに、当時、撮影をするには長時間動いてはいけなかったので、身体を固定するためにこの台を使っていたそうです。また縁側に出ることはできませんでしたが、長崎の街と港が一望できます。次が、「亀山社中記念館」が徒歩1分15mほどのところのポケットパークにある「龍馬のぶーつ像」へ向かいます。 01_【「長崎市亀山社中記念館」一口メモ】 ⑴ 所在地…〒850-0802 長崎県長崎市伊良林2丁目7-24 電話:095-823-3400 ⑵ 営業時間…9:00~17:00(最終入館は16:45) ⑶ 休館日…無休 ⑷ 入館料…①大人310円 ②高校生200円 ③小・中学生150円 02_【「長崎市亀山社中記念館」へのアクセス】 ⑴ 路面電車を利用して ① [長崎駅前]⇒[新大工町]≪長崎電気軌道3系統「蛍茶屋行」≫ ・路面電車のりば:「JR長崎駅」東口から「新浦上街道」に向かうと歩道橋がありその下にあります。 ・4停留所目(「諏訪神社」の次の停留所) 所要時間約10分 ・9時から17時の間に1時間平均10~11便 ・「新大工町」電停で下車し、「元亀山社中記念館」まで徒歩10分600mほど ⑵ バスを利用して ① [長崎駅前南口]⇒[風頭山]≪矢の平線[70]田上ゆき [大波止:中川町:風頭山:白木経由]:長崎バス≫ ・バスのりば:「JR長崎駅」東口の「歩道橋」があるので、「歩道橋」を上り「ホテルニュー長崎」方面に向かいます。「大波止め通り」を横切る「歩道橋」を降りるとすぐ先にあります。 ・14停留所目(「愛宕団地前」の次の停留所) 所要時間約21分 ・9時から17時の間に1時間平均1便 ★15時のみ2便 ・「風頭山」バス停で下車し、「亀山社中記念館」まで徒歩17分850mほど ② [長崎駅前東口]⇒[風頭山]≪風頭山線[50] 風頭山ゆき [市役所上:愛宕町経由]:長崎バス≫ ・17停留所目(「愛宕団地前」の次の停留所) 所要時間約21分 ・9時から17時の間に1時間平均1便 ★17時のみ2便 ・「風頭山」バス停で下車し、「亀山社中記念館」まで徒歩17分850mほど
もっと見る
1階はミュージアムショップやカフェが併設されています。展示は2階3階4階になります。タッチパネルでクイズ方式で軍艦島を知り、至る所にミニシアターや模型があります。VRはツアーでも入れない建物の中を飛ぶように体験できとても楽しめました。案内してくれる人の中には軍艦島に実際住んでいた人がいらしてこの島のことを知ってもらうのが嬉しいようでした。じっくり見ると2時間はかかると思います。
もっと見る
2畳一間の小さな庵は聖書の一節「己の如く人を愛せよ」という言葉により如己(にょこ)堂と名付けられた。如己堂の隣にはこれらの資料を収めた永井隆記念館があります。
平和公園の平和祈念像から東へ徒歩5分に建つ医学博士永井隆の記念館と住居跡・如古堂。永井隆は放射線医学者で、戦時中レントゲンフィルム不足により多量の放射線を受けて、白血病と診断され余命3年の宣告を受けながらも診察を続けたそうです。爆心地から700mの長崎医科大学で被爆し、重傷を負いながら救護活動をしたそうです。白血病の悪化で寝たきりとなってカトリック信者の厚意で建てられたのが記念館の隣の木造の如古堂です。
もっと見る
聖フランシスコ・ザビエルの渡来から明治時代までのキリスト教の歴史を伝える。
長崎駅から歩いて5分ほどのところに建つ記念館です。外国人宣教師と日本人信徒26名が殉職した場所に建っています。ザビエルのキリスト教布教から隠れキリシタンとして弾圧され続けてきた時代を経て、信仰が認められる時代までの歴史や資料が展示されています。どの展示物や説明も身につまされる物でした。迫害が始まる前にキリシタンになった武士が好んで刀の鍔に十字架の形を用いた物や国民一人一人の宗門と檀那寺を明記した宗門改帳、キリシタンを見つけて訴えた時の褒賞金についての高札、隠れキリシタンが用いたマリア観音などが印象的です。長崎の歴史を知る上でも、信徒の方たちの思いが偲ばれる貴重な記念館だと思います。
もっと見る
火山のすべてを体験できる日本で初めての体験型火山ミュージアム「がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)」、がまだすとは島原地方の方言で「がんばる」という意味です。1996年の噴火終息宣言まで、この地で何が起き、何が残ったのか、自然の驚異と災害の教訓を風化させることなく正確に後世へ残すためにつくられました。体全体を使って雲仙火山の魅力を体験できる「こどもジオパーク」もあります。
もっと見る
「長崎市べっ甲工芸館」では、歴史と伝統に培われたべっ甲細工の技術と技能を保存するため、社団法人日本べっ甲協会から寄贈を受けた貴重な作品のうち約300点を展示するとともに、ビデオの上映も行っている。併せて税関に関する資料等も展示している。
長崎市観光で立ち寄りました。長崎市べっ甲工芸館(旧長崎税関下り松派出所)は、499号線と松が枝通りの角にあった古い建物に入っていました。入口らしくない入り口に戸惑ったのですが、入ってみると素晴らしいべっ甲製品の宝庫という印象でした。たった100円で、これほど凄い目の保養が出来るとはびっくりでした。
もっと見る
シーボルトの生涯と功績を、6つのコーナーに分けて紹介しています。年に数回の企画・特別展を開催しています。
最寄駅から、シーボルト通りを10分ほど登って行きます。 赤いレンガの洋館は、シーボルトの故郷ライデンにあるシーボルトの旧宅を模して建てられたそうです。 館内のお写真はNGですが、お子様でも比較的解り易い展示内容であったと思いますし、@100円というのは良心的すぎる値段設定だと思います。 スパイ説、色々なものを持ち帰ったなど、負のイメージも語られることがあるシーボルトさんですが、彼のお陰で、現在当時の様子がわかることも多いと聞くので、一方的には非難できないのか…とも思います。 建物外にある、若き日のシーボルト像は中々イケメンさんだと思います。^^
もっと見る
考古・歴史・民俗資料と中国、ポルトガル関係資料を展示。
もっと見る
※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性もあります。
地図から探す
閉じる
いつか必ず行きたい日本の世界遺産特集! おすすめ12選&一覧を紹介
悠久の歴史の中で生まれ、未来へと引き継いでいくべき人類の宝、世界遺産。文化遺産、自然遺産、複合遺産の...
クラシカルな洋館が印象的で、現在も宿泊できる日本の名門クラシックホテルを厳選してご紹介。明治、大正、...
旅先で食べたいご当地グルメを一挙紹介! 郷土料理やB級グルメなど
全国各地に点在している "ご当地グルメ"。地域の特産物や、伝統ある郷土料理、新進気鋭のB級グルメなど...
PAGE TOP