藍染川 梅壺侍従の蘇生の碑
名所・史跡
3.31
クチコミ・評判
1~15件(全15件中)
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天神様の力で藍染川に身を投げた梅壺が蘇生したという伝説があります。
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- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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太宰府天満宮の参道より一本南側の細い道ぞいにありました。
- 4.0
- 旅行時期:2022/11(約3年前)
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神官と梅壺という京女との恋物語
- 3.0
- 旅行時期:2022/09(約3年前)
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太宰府天満宮の近くにこのような場所があったのを初めて知りました。
- 3.5
- 旅行時期:2022/08(約3年前)
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光明禅寺を後にして、寺の前を流れる藍染川(昔はもっと大きな川だったようですが、現在は道路の排水側溝を大きくしたような感じ)... 続きを読むを辿ると、少し広い空地のようなところがあります。そこに梅壺侍従の蘇生の碑があります。太宰府天満宮の参道の喧騒から離れ、ひっそりした雰囲気です。太宰府天満宮の神官と梅壺という京女との恋物語になります。神官は京都から大宰府に戻ります。子供(梅千代)と二人京都に残された梅壺は恋しさが募り、梅千代と太宰府まで来るのですが、神官の妻の仕打ちに梅壺は藍染川に身を投げて死んでしまいます。母の亡骸に取りすり泣く梅千代を見た神官は、梅壺の遺書によりその間の事情を知り、梅壺が生き返るよう一心に祈ります。そこに天神様が現れて梅壺をよみがえらせたという物語です。この話による碑がここに残されています。 閉じる
投稿日:2022/08/06
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藍染川に身投げした悲哀の物語
- 3.5
- 旅行時期:2022/06(約4年前)
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天神様によって
- 3.5
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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悲しい恋愛悲話があります
- 4.0
- 旅行時期:2021/01(約5年前)
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天神様は絶大なパワーです。
- 3.0
- 旅行時期:2020/12(約5年前)
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悲恋物語の場面の1つです。
- 4.0
- 旅行時期:2020/12(約5年前)
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結界に守られている石碑
- 3.0
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
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太宰府天満宮の神官と梅壺という京女との恋物語
- 4.0
- 旅行時期:2019/09(約6年前)
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光明禅寺の前を流れる藍染川が蛇行し、ちょっとした空地の様になっているところに梅壺侍従の蘇生の碑があります。年季の入った石碑... 続きを読むで、昔から大事に保存されているのが窺うことが出来る点が良かったです。
太宰府天満宮の神官と梅壺という京女との恋物語で、京都に残された梅壺は恋しさが募り、子どものためを思って、遠く太宰府まで下ってくるのですが、神官の妻の意地悪な仕打ちにひしがれた梅壺は、世をはかなんで、藍染川に身を投げて死んでしまいます。母の亡骸に取りすがって泣く梅千代を見つけた神官は、梅壺の遺書によって事情を知り、梅壺が生き返るよう一心に祈りました。すると、そこに天神様が現れて、梅壺を生き返らせたのです。
すぐ近くに千八稲荷、伝衣塔がありますので一緒に見学すると良いと思います。 閉じる投稿日:2019/10/26
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風情ある白壁の国博通り沿いにあります
- 4.0
- 旅行時期:2019/08(約6年前)
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おどろおどろしい雰囲気
- 3.5
- 旅行時期:2018/05(約8年前)
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国博通り沿いに
- 3.0
- 旅行時期:2018/03(約8年前)
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藍染川 梅壺侍従の蘇生の碑 お謡 藍染川の舞台
- 4.0
- 旅行時期:2016/02(約10年前)
- 2
光明善寺から徒歩3分くらい。
とてもひっそりとした所です。
綺麗な水が流れているけれど、なんということのない川です... 続きを読む。
が・・・・伊勢物語、後撰和歌集、拾遺和歌集に「藍染川」の名で十数種の古歌にうたわれているほか、謡曲「藍染川」の舞台になった所。
お能やお謡をなさる方には特に印象深いところではないでしょうか。
太宰府天満宮の神職、中務頼澄(なかつかさよりずみ)は修業のため京の都に上り、そこで妻がいる身でありながら天皇のそば近くに仕えていた女官、梅壺侍従と恋仲になり、梅千代という男の子が生まれます。
しかし、頼澄は修業が終わると大宰府に帰らねばなりませんでした。
梅千代に父の顔を見せてあげたい一心で、旅ができるほどに梅千代が成長すると、梅壺母子は太宰府へ向かいます。
子供にはつらい旅。梅千代も父会いたさで、やっと京都から大宰府につきました。
梅壺は宿の主人に頼澄あての手紙を届けるよう頼んだのですが、この手紙が頼澄の妻の手に渡ってしまいます。
心穏やかではない頼澄の妻は、頼澄の名をかたり、偽の返事の手紙を届けます。
頼澄に疎ましく思われていると誤解した梅壺は悲しみのあまり、梅千代を残して藍染川に身を投げました。
一人残された梅千代が母の身体にとりすがって泣いているところに偶然、頼澄が通りが刈りました。
梅千代の持っていた遺書から全てを知った頼澄は、梅壺の蘇生を天満天神に祈りました。天神様の恩恵により梅壺は生き返りました。
その蘇生の場所が、この地だといわれています。
梅千代は長じてのち、光明寺を開設したと伝えられています。
この物語は室町時代の絵巻「つきしま(築島物語絵巻)」にも描かれているそうです。 閉じる投稿日:2016/05/24
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