駅では必ずエスカレーターを使う都会のもやしっ子も、この屋久島にあっては自分の足で進まねばならない。森の主がその目指す先で待...
続きを読むっているからだ。
片道およそ4時間、往復ではおよそ8時間ほど。ちょっとしたピクニック気分でいくには少し険しい道のりをただひたすら歩く、歩く、歩く。移動手段といえば車や電車ばかりで、文明の利器にすっかり鈍らされてしまった自分の身体に鞭を打っていると、筋肉の筋の一本一本が呼び覚まされるような、そんな感覚がしたものだ。
岩に腰掛けて汗をぬぐい、小川の水にのどを潤し、少ない体力を少しずつ配分しながら辿り着いたその先には、人智を超えた生命の堂々たる姿が待ち構えていた。その縄文杉の神々しいまでの姿には、長い道のりを歩き通した達成感と数千年永らえているという命への感動がきっと感じられる。
近年悪意ある人の手によってこの縄文杉の木肌がはがされるという事件があった。世の中の何に不満を感じてそのような行為に至ったかは分からないが、この大きな命を前に何も感じることができず、むしろ悪意を抱いてしまうその人のことをとてもかわいそうに思う。できれば子供や孫の代までも、この縄文杉の姿が残されていって欲しい。そして、いつか私の血を受け継ぐ子孫たちがまた、同じ感動を受ければどんなにか良いだろうと思う。
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投稿日:2007/06/12