2015/08/17 - 2015/08/18
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たぬき2号さん
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夏期休暇を利用して、ヨーロッパで未訪の地となる「ベラルーシ」「モルドバ」を訪れました。移動する上で立ち寄った「ドイツ」「沿ドニエストル共和国」「ウクライナ」「タイ」を含め、8日で6箇所といういつも通りの弾丸の旅です。
各国の歴史・宗教・世界観について、深く語ってはおりません。
いつものお気楽な「なんちゃって旅行記」をご紹介します。
≪全行程≫
1日目:夕方、成田→バンコク [デルタ航空]
2日目:深夜、バンコク→キエフ [ウクライナ国際航空]
http://4travel.jp/travelogue/11085462
午前、キエフ→ベルリン [ウクライナ国際航空]
午後、旧西ベルリン散策。
http://4travel.jp/travelogue/11086085
3日目:午前、旧東ベルリン散策。
≪★今回のお話はココです≫
http://4travel.jp/travelogue/11087021
午後、ベルリン→ミンスク [ベラヴィア航空]
4日目:午前、ミンスク市内散策。
http://4travel.jp/travelogue/11087343
夕方、ミンスク→キエフ [ウクライナ国際航空]
夜、キエフ→キシニョウ [ウクライナ国際航空]
5日目:午前、キシニョウ市内散策。
http://4travel.jp/travelogue/11087647
午後、沿ドニエストル共和国のティラスポリ往復。
http://4travel.jp/travelogue/11088893
6日目:朝、列車でオデッサへ。
午後、ウクライナのオデッサ市内散策。
http://4travel.jp/travelogue/11089110
7日目:午前、オデッサ市内散策。
午後、オデッサ→キエフ [ウクライナ国際航空]
夜、キエフ→バンコク [ウクライナ国際航空]
8日目:朝、バンコク到着。
終日、バンコク市内散策。
http://4travel.jp/travelogue/11090156
9日目:深夜、バンコク→上海 [中国東方航空]
朝、上海→成田 [中国東方航空]
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 飛行機
- 航空会社
- デルタ航空 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旧西ドイツの街を散策した後、
http://4travel.jp/travelogue/11086085
ベルリン中央駅にやってきました。1983年に初めて訪問した頃にはなかった駅です。 -
サッカーW杯ドイツ大会開催に合わせて2006年に開業しました。
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Sバーン(近郊電車)に乗車して、旧西ベルリンに続いて東ベルリンの壁めぐりを開始します。
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まず、イーストサイドギャラリーにやってきました。
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全長1.3kmの壁に絵が描かれたオープンギャラリーです。
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第二次世界大戦後、ベルリンは東ドイツの首都である東ベルリンとベルリンの壁(1961〜1989)で囲まれた西ベルリンに分断されていました。以前訪問したのは1983年ですから、もちろん壁は存在していました。
★1983年「ベルリン」旅行記はコチラ
http://4travel.jp/travelogue/10539753 -
1990年にドイツは再統一されベルリンも再びひとつの都市となり、壁のほとんどは破壊されました。
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ベルリン市内に残されている壁の一部は、どこも観光スポットとして賑わっています。
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ドイツ分断時代の出入国印を押してくれるサービスです。
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★1983年の写真です。
ドイツ分断時代に西ドイツから東ドイツ領土内に囲まれた西ベルリンに移動する場合、東ドイツの通過査証が国境を越える列車内で発行されていました。 -
★1983年の写真です。
DDRとは、ドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik)、旧東ドイツの正式名称です。 -
さらにSバーンで移動します。
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アレキサンダー広場に建つテレビ塔です。
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近すぎて写真に収めるのは難しいです。
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続いてUバーン(地下鉄)を利用します。
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Eberswalderstr.駅で下車します。
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旧東ベルリンエリアではトラムも走っています。
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かつてベルリンの壁があった跡地に作られた壁公園(Mauerpark)です。
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壁のラインは標識で示されています。
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広大な土地が今は公園となっています。
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続いてバスに乗車します。
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やってきたのは、ベルナウアー通りの野外展示場です。
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長い年月で鉄骨むきだしの壁の一部が残されています。
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周辺は住宅地が多く、東ベルリンにあるアパートの窓から西ベルリンへ飛び降りて逃げた人が多かったそうです。
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当時の資料のパネル展示もあります。
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壁の左側が東ベルリン、右側が西ベルリンでした。
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壁は西ベルリン側と東ベルリン側に2枚あったことがわかります。
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その2枚の壁の間に無人地帯があるため、越境者はすぐ発見されるように作られていました。
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越境で命を落とした人たちの写真です。
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平和というものは実にいいものです。
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この32年間を振り返りながら、壁の前でしばらくたたずみます。
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さらに、これからの人生についてもふと考えこんでしまいます。死ぬまで好きな仕事と旅が続けていければ私は本望ですが、さてどうなりますやら。日本ではこのまま平和が続いてほしいと切に願います。
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道路には壁があった場所にラインが引かれていました。
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なかなか興味深い場所でありました。
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最寄のNordBahnhof駅です。
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こちらにもドイツ分断時代の写真が展示されています。
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Uバーンの駅が国境線となっていました。
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当時の路線図です。壁の構築後はUバーンも東西に分断されました。
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東ベルリン側から見たブランデンブルク門です。手前にウンター・デン・リンデン駅(現ブランデンブルク門駅)の入口が見えます。ベルリンの壁があった数十年間に渡って発着駅が西ベルリンの列車が通過するのみの幽霊駅でした。
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ベルリンの壁の散策を終え、ジャンダルメンマルクトという広場にやってきました。
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ベルリンで一番美しい広場といわれている場所です。
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ベルリン大聖堂が見えてきました。
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左にベルリン大聖堂、右に見えるはテレビ塔です。
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旧東ベルリンを象徴する風景です。
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★1983年の写真です。
西ベルリンから東ベルリンに入国し、走っているクルマの違いに驚きました。 -
32年前と変わらないベルリン大聖堂です。
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大勢の観光客が訪れています。
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2階建てバスにも乗車してみます。
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ベルリンのメインストリート、ウンター・デン・リンデンです。
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ブランデンブルク門に着きました。統一ドイツの象徴です。
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★1983年の写真です。
門のすぐ奥にベルリンの壁が建設されたため、門は東ベルリン西端の行き止まりとなりました。ここから西側に進むことはできません。遠くにジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)が見えます。 -
もちろん、今は自由に門の下をくぐり抜けることができます。
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32年間の移り変わりに驚嘆し、ベルリンの散策を終えることにします。
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テレビ塔とベルリン大聖堂を右手に見ながら、Sバーンで空港にむかいます。
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ベルリン・シェーネフェルト空港駅に到着しました。
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旧東ベルリンの空港で、現在も東欧へのメイン空港となっています。
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旧西ベルリンにあるテーゲル空港と同様に手狭な印象です。現在、滑走路や施設を追加工事中で、近い将来ベルリン・ブランデンブルク国際空港としてオープンする予定です。
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プライオリティパスで利用できる「HUGO JUNKERS LOUNGE」で休憩します。
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この後は、ベラルーシのナショナルフラッグ「ベラヴィア」を利用してミンスクに移動します。
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搭乗時間となりました。
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サービスは飲物だけでした。
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さてこの後は、ベラルーシの首都ミンスクの様子をご紹介します。
http://4travel.jp/travelogue/11087343
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