2013/09/15 - 2013/09/15
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ドクターキムルさん
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鎌倉市岩瀬にある株式会社鎌倉ハム富岡商会の本社・工場の入口に建つレンガ棟の上には風見鶏が上がっている。これまでに何度かこの前を通ったが風見鶏には気が付かなかった。
鎌倉ハムは明治7年(1874年)にイギリス人ウィリアム・カーティスが神奈川県鎌倉郡で畜産業を始め、横浜で外国人相手に販売を行っていたが、明治10年(1877年)に現戸塚区上柏尾町でハム・ソーセージなどの製造を始めたことに端を発する。しかし、明治17年(1884年)に起こった地震の際に工場が出火し、消火にあたってくれた近隣住民に恩義を感じ、カーティスは益田直蔵らに秘伝の製法を伝授した。またカーティスの妻かねが奉公人時代に世話になっていた地元の名家・齋藤家の当主にも製法を伝授した。
齋藤家は不動坂(戸塚区柏尾町)にレンガ造の蔵や表門、土蔵、母屋などが残っていた(が、2014年にレンガ造の蔵だけを残して、お屋敷跡に2ダースの戸建が分譲され、かつての面影は失われてしまった)。明治20年(1887年)にハム工場を設立し、鎌倉ハムを創業した。しかし、大正12年(1923年)の関東大震災で大きな被害を受け、その復興の中、先々代社長の高橋照之助により、地のりのいい東海、関西への進出を考え、大正13年(1924年)、名古屋市に進出した。戦後になって、昭和21年(1946年)に、アメリカ人の貿易商、J・D・ミラー氏との共同経営を受け入れ、鎌倉ハムJ・D・ミラー商会として復興をすることになった。その後、昭和30年(1955年)に株式会社鎌倉ハム(名古屋市)になっている。
鎌倉ハム富岡商会の創業者・富岡周蔵は、大船駅が開業した明治31年(1898年)に駅構内での営業申請を出し、大船軒を始めた。翌明治32年(1899年)には、その後延々と販売され続け大船軒の定番商品となるサンドイッチ弁当を発売した。このサンドイッチ弁当は、サンドイッチの一般化にもつながり、また関連事業として鎌倉ハムの製造販売を行う鎌倉ハム富岡商会の設立(明治33年(1900年))につながった。大正2年(1913年)から発売している鰺の押し寿司も大船軒の定番の駅弁である。
鎌倉ハムのブランドは、このほかに、益田氏の流れを汲む鎌倉ハム(横浜市南区)、鎌倉ハム村井商会(横浜市瀬谷区)、鎌倉ハムクラウン商会(横浜市磯子区)、鎌倉ハム鎌倉クラシコ(熊谷市)が使用している。
鎌倉ハム富岡商会は本店が鎌倉の小町通の中ほどにあり、駅西口前にある東急にも売店がある。なお、本店はビル1階にあるが、持ちビルではないために風見鶏は上がってはいない。
(表紙写真は鎌倉ハム富岡商会本社・工場のレンガ塔煮上がる風見鶏)
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