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 鎌倉市手広にある内海家は谷戸坂の切通から成瀬家を過ぎたところにあり、長屋門が見える。鎌倉覚園寺境内に移築されている旧内海家住宅(県指定建造物、1978年指定)は、鎌倉市手広にあった江戸時代の名主の住宅で、墨書から宝永3年(1706年)の建築とされているが、長屋門は残されたのであろう。<br /> また、鎌倉市教育委員会 (著)から鎌倉近世史料〈手広編 2〉内海家 (1984年)が刊行されているが、名主を務めた代々の家長が収蔵してきた文書資料を内海家(上)(慶安元年(1648年)〜文久元年(1861年))、内海家(中)(天正19年(1591年)〜明治31年(1893年))、内海家(下)(明治期の帳簿類が中心)の3分冊に収録している。それほど歴史的な価値がある文書資料を収蔵してきた家なのであろう。<br /> 長屋門から覗いている母屋には、かつては、今は鎌倉覚園寺境内に移築されている萱葺きの母屋が建っていたのだろうか?長屋門と萱葺き屋根では横浜市瀬谷区にある長屋門公園の阿久和大岡邸長屋門のようでしっくり来ないのだが・・・。<br />(表紙写真は内海家長屋門)

内海家長屋門(鎌倉手広)

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2010/03 - 2010/03

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市手広にある内海家は谷戸坂の切通から成瀬家を過ぎたところにあり、長屋門が見える。鎌倉覚園寺境内に移築されている旧内海家住宅(県指定建造物、1978年指定)は、鎌倉市手広にあった江戸時代の名主の住宅で、墨書から宝永3年(1706年)の建築とされているが、長屋門は残されたのであろう。
 また、鎌倉市教育委員会 (著)から鎌倉近世史料〈手広編 2〉内海家 (1984年)が刊行されているが、名主を務めた代々の家長が収蔵してきた文書資料を内海家(上)(慶安元年(1648年)〜文久元年(1861年))、内海家(中)(天正19年(1591年)〜明治31年(1893年))、内海家(下)(明治期の帳簿類が中心)の3分冊に収録している。それほど歴史的な価値がある文書資料を収蔵してきた家なのであろう。
 長屋門から覗いている母屋には、かつては、今は鎌倉覚園寺境内に移築されている萱葺きの母屋が建っていたのだろうか?長屋門と萱葺き屋根では横浜市瀬谷区にある長屋門公園の阿久和大岡邸長屋門のようでしっくり来ないのだが・・・。
(表紙写真は内海家長屋門)

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  • 内海家長屋門。

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