岩倉・江南旅行記(ブログ) 一覧に戻る
吉祥寺から岩倉街道を250mほど北に向かった右側に社頭を構える神明生田神社。<br /> 今回の岩倉徘徊もこちらを参拝し終わりとなります。

神明生田神社 (岩倉市下本町)

1いいね!

2026/06/05 - 2026/06/05

192位(同エリア204件中)

おやじさん

吉祥寺から岩倉街道を250mほど北に向かった右側に社頭を構える神明生田神社。
 今回の岩倉徘徊もこちらを参拝し終わりとなります。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
2.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 岩倉街道と五条川に挟まれた下本町下市場に位置し、岩倉城跡から旧五条川を辿るように歩いて行くと神明生田神社の脇参道に至ります。

    岩倉街道と五条川に挟まれた下本町下市場に位置し、岩倉城跡から旧五条川を辿るように歩いて行くと神明生田神社の脇参道に至ります。

  • 前回掲載した吉祥寺からだと街道沿いの赤いポストが正参道の目印になるだろう。

    前回掲載した吉祥寺からだと街道沿いの赤いポストが正参道の目印になるだろう。

  • 街道から見る社頭。<br /> 石柱門の右に「神明生田神社」の社標が建っています。

    街道から見る社頭。
     石柱門の右に「神明生田神社」の社標が建っています。

  • 参道は、鳥居をすぎると五条川に向け境内が広がり、南向きに社殿が建てられています。

    参道は、鳥居をすぎると五条川に向け境内が広がり、南向きに社殿が建てられています。

  • 参道脇の神明生田神社の概説。<br /> 当神社は山内一豊の誕生地とされ、境内に石標と記念碑が建てられています。

    参道脇の神明生田神社の概説。
     当神社は山内一豊の誕生地とされ、境内に石標と記念碑が建てられています。

  • 鳥居手前に下本町の山車庫。

    鳥居手前に下本町の山車庫。

  • 『昭和49年11月15日市指定<br />下本町山車は寛永2年(1625)に製作された、尾張地方で最古級の山車である。<br /> その後、文化10年(1813)に剣村の覚四郎によって作り直され、現在の姿となった。<br />木製三段組立で漆塗りの豪華な山車で、別名「杉山」と呼ばれ、祭礼では上段の柱に杉の枝を立てる習わしがある。<br /> からくり人形は「ざい振り」「菅丞相」の糸からくりと、連台に逆立ちして鉦を打つ唐子の離れからくりがあり、天明5年(1785)に隠居吟笑が制作したと伝わる。<br />かつては旧暦6月16日の祇園祭で、中本町の神明太一社を中心に曳行された。岩倉市教育委員会』<br /><br />岩倉には大上市場、中本町、下本町にそれぞれ三台の山車が受け継がれており、毎年春と夏に引き出され、神明太一社まで曳行されます。<br /> 昭和に入り戦争などから中断されていたようですが、桜まつりを契機に平成4年から復活したそうです。<br />山車の高さは8mほどで、狭くて電線が張り巡らされた岩倉街道を曳行される。

    『昭和49年11月15日市指定
    下本町山車は寛永2年(1625)に製作された、尾張地方で最古級の山車である。
     その後、文化10年(1813)に剣村の覚四郎によって作り直され、現在の姿となった。
    木製三段組立で漆塗りの豪華な山車で、別名「杉山」と呼ばれ、祭礼では上段の柱に杉の枝を立てる習わしがある。
     からくり人形は「ざい振り」「菅丞相」の糸からくりと、連台に逆立ちして鉦を打つ唐子の離れからくりがあり、天明5年(1785)に隠居吟笑が制作したと伝わる。
    かつては旧暦6月16日の祇園祭で、中本町の神明太一社を中心に曳行された。岩倉市教育委員会』

    岩倉には大上市場、中本町、下本町にそれぞれ三台の山車が受け継がれており、毎年春と夏に引き出され、神明太一社まで曳行されます。
     昭和に入り戦争などから中断されていたようですが、桜まつりを契機に平成4年から復活したそうです。
    山車の高さは8mほどで、狭くて電線が張り巡らされた岩倉街道を曳行される。

  • 鳥居前から境内の眺め。<br /> 境内左に手水舎と社務所があり、正面は拝殿の側面に出る。

    鳥居前から境内の眺め。
     境内左に手水舎と社務所があり、正面は拝殿の側面に出る。

  • 拝殿は切妻瓦葺で四方吹き抜けの木造で写真右側に脇参道の入口があります。<br /> この地域にあって比較的大きな拝殿です。<br />拝殿の先の境内には児童館と左側は桜祭りのグルメスポットお祭り広場になっています。

    拝殿は切妻瓦葺で四方吹き抜けの木造で写真右側に脇参道の入口があります。
     この地域にあって比較的大きな拝殿です。
    拝殿の先の境内には児童館と左側は桜祭りのグルメスポットお祭り広場になっています。

  • 鳥居から境内左の眺め。<br /> 左に手水舎、赤い鳥居は境内社の白髭大明神、右に神明生田神社幣殿と鎮座します。

    鳥居から境内左の眺め。
     左に手水舎、赤い鳥居は境内社の白髭大明神、右に神明生田神社幣殿と鎮座します。

  • 写真は手水舎後方に安置されている鬼板。<br /> 平成九年に拝殿を修復した際のもので橘の紋が入れられている。

    写真は手水舎後方に安置されている鬼板。
     平成九年に拝殿を修復した際のもので橘の紋が入れられている。

  • 白髭大明神社頭、本殿に向け多くの奉納鳥居が建てられている。

    白髭大明神社頭、本殿に向け多くの奉納鳥居が建てられている。

  • 白髭大明神本殿。<br /> 後述する岩倉市史(1985)の境内社一欄にこの白髭大明神の社名は見られなかった。

    白髭大明神本殿。
     後述する岩倉市史(1985)の境内社一欄にこの白髭大明神の社名は見られなかった。

  • 本殿右に「正一位稲荷大明神」が祀られている。<br /> こちらは岩倉市史にも稲荷社として記述されています。

    本殿右に「正一位稲荷大明神」が祀られている。
     こちらは岩倉市史にも稲荷社として記述されています。

  • 愛知県神社名鑑による神明生田神社の解説は以下内容。<br />『七等級 神明生田神社 旧指定村社<br /> 鎮座地 岩倉市下本町下市場五番地<br />祭神 大日霊命、稚日女命<br /> 由緒<br /> 社伝に永正年間(1504-21)祠官増田兵部太夫の奉仕し、三代増田助太夫の時、尾張上四郷の領主織田伊勢守より百石の封をうけた。<br /> 千秋村に鎮座の式内生田神社より稚日女命を勧請し、字丸の内鎮座の神明社に合祀し岩倉城の守護神として祀る。<br />永禄二年(1559)織田信長の兵火にかかる。<br /> 一時真光寺に難を避け、文化六年(1809)但馬守盛豊の宅跡に社殿を再建、現在に至る。<br />明治五年五月村社に列格。<br /> 大正八年三月十五日、神明社を神明生田神社と改称した。<br />同十三年十月十四日供進指定をうけた。<br /> 例祭日 十月十五日<br />社殿 本殿 神明造、幣殿、拝殿、社務所』<br /> お祭り広場の脇に五条川に架かる真光寺橋がありますが、橋を渡った対岸に真光寺が広がっています。<br />難を避けるため遷座したという現地にはその痕跡を残すものは見られません。<br /><br />岩倉市史(1985)から一部抜粋。<br /> 「当社の創始としては天文二十三年(1554)の棟札に「天文二十三寅稔 奉造営神明生田神社正殿八月。岩倉村 山内但馬守盛豊 武運長久祈所」とある。<br />このことから山内但馬守盛豊(一豊の父)が天文二十三年(1554)に造営したと取れる。<br /> 伝承によれば、当初は小字丸之内にあり、岩倉城落城後に真光寺へ遷座したとされ、現在地に変わったのが文化七年(1810)という。<br />現在地への遷座に関しては文化六年に小牧代官所へ出した願書が残る。<br /> また、当社の社名は地誌により神明、生田明神と記される。<br />生田と称する社名は全国的に珍しく、神戸市生田の生田神社が知られるが、岩倉市域では大山寺生田明神社と当社のみという。<br /> 境内末社は八幡社(応神天皇)、天神社(菅原道真)、津島社(須佐之男命)、市神社(市杵島姫命)、金峯社(金山彦命)、稲荷社(倉稲魂命)」<br /><br />創建時期については双方隔たりがあり、一方で当社は生田神社、生田明神社、生田社、神明生田神社と並び、延喜式神名帳(927)の尾張国丹羽郡22座 大1座 小21座にある「生田神社」に比定されることがある。<br /> 市史では延喜式神名帳について触れてはおらず、現地正参道、境内南側にある脇参道の社標にも式内と記されたものは見られなかった。<br />創建時期は定かではないが、写真付きの棟札は説得力があり、永正年間から天文にかけて創建されたものと思われます。 

    愛知県神社名鑑による神明生田神社の解説は以下内容。
    『七等級 神明生田神社 旧指定村社
     鎮座地 岩倉市下本町下市場五番地
    祭神 大日霊命、稚日女命
     由緒
    社伝に永正年間(1504-21)祠官増田兵部太夫の奉仕し、三代増田助太夫の時、尾張上四郷の領主織田伊勢守より百石の封をうけた。
     千秋村に鎮座の式内生田神社より稚日女命を勧請し、字丸の内鎮座の神明社に合祀し岩倉城の守護神として祀る。
    永禄二年(1559)織田信長の兵火にかかる。
     一時真光寺に難を避け、文化六年(1809)但馬守盛豊の宅跡に社殿を再建、現在に至る。
    明治五年五月村社に列格。
     大正八年三月十五日、神明社を神明生田神社と改称した。
    同十三年十月十四日供進指定をうけた。
     例祭日 十月十五日
    社殿 本殿 神明造、幣殿、拝殿、社務所』
     お祭り広場の脇に五条川に架かる真光寺橋がありますが、橋を渡った対岸に真光寺が広がっています。
    難を避けるため遷座したという現地にはその痕跡を残すものは見られません。

    岩倉市史(1985)から一部抜粋。
     「当社の創始としては天文二十三年(1554)の棟札に「天文二十三寅稔 奉造営神明生田神社正殿八月。岩倉村 山内但馬守盛豊 武運長久祈所」とある。
    このことから山内但馬守盛豊(一豊の父)が天文二十三年(1554)に造営したと取れる。
     伝承によれば、当初は小字丸之内にあり、岩倉城落城後に真光寺へ遷座したとされ、現在地に変わったのが文化七年(1810)という。
    現在地への遷座に関しては文化六年に小牧代官所へ出した願書が残る。
     また、当社の社名は地誌により神明、生田明神と記される。
    生田と称する社名は全国的に珍しく、神戸市生田の生田神社が知られるが、岩倉市域では大山寺生田明神社と当社のみという。
     境内末社は八幡社(応神天皇)、天神社(菅原道真)、津島社(須佐之男命)、市神社(市杵島姫命)、金峯社(金山彦命)、稲荷社(倉稲魂命)」

    創建時期については双方隔たりがあり、一方で当社は生田神社、生田明神社、生田社、神明生田神社と並び、延喜式神名帳(927)の尾張国丹羽郡22座 大1座 小21座にある「生田神社」に比定されることがある。
     市史では延喜式神名帳について触れてはおらず、現地正参道、境内南側にある脇参道の社標にも式内と記されたものは見られなかった。
    創建時期は定かではないが、写真付きの棟札は説得力があり、永正年間から天文にかけて創建されたものと思われます。 

  • 幣殿前を守護する狛犬。

    幣殿前を守護する狛犬。

  • 幣殿左脇に祀られているのは天神社と津島社。

    幣殿左脇に祀られているのは天神社と津島社。

  • 境内右から社殿の眺め。<br /> 右側にも境内社が祀られている。

    境内右から社殿の眺め。
     右側にも境内社が祀られている。

  • 左が市神社、右が八幡社、金峯社。

    左が市神社、右が八幡社、金峯社。

  • 社殿右側にこんもりと盛られた一画があり、その高みに大きな石碑が建っています。

    社殿右側にこんもりと盛られた一画があり、その高みに大きな石碑が建っています。

  • 入口に掲げられている山内一豊誕生地解説。<br /> 『昭和49年11月15日市指定<br />山内一豊は天文14年(1545)、岩倉城家老・山内但馬守盛豊の二男としてこの地に生まれた。<br /> 大正8年(1919)の神明生田神社遷座式で棟札が発見され、これが誕生地の有力資料となったため、山内家は沼田頼輔博士に調査を依頼し、この地を一豊誕生の地と認めて記念碑を建立した。<br /> 父盛豊は永禄2年(1559)の岩倉城落城で戦死し、一豊は15歳で家臣五藤浄基に伴われて母や弟妹とともに浅井新八郎政高のもとへ身を寄せ、その後牧村政倫、山岡景隆に仕えた。<br />永禄10年(1567)頃からは織田信長に仕え、天正12年(1584)に長浜五千石、同18年(1590)には掛川六万石の領主となる。<br /> 秀吉没後は徳川家康に与し、慶長5年(1600)に土佐二十万二千六百石の領主となり高知城を築いた。<br />慶長10年(1605)9月12日没、享年61歳。』

    入口に掲げられている山内一豊誕生地解説。
     『昭和49年11月15日市指定
    山内一豊は天文14年(1545)、岩倉城家老・山内但馬守盛豊の二男としてこの地に生まれた。
     大正8年(1919)の神明生田神社遷座式で棟札が発見され、これが誕生地の有力資料となったため、山内家は沼田頼輔博士に調査を依頼し、この地を一豊誕生の地と認めて記念碑を建立した。
     父盛豊は永禄2年(1559)の岩倉城落城で戦死し、一豊は15歳で家臣五藤浄基に伴われて母や弟妹とともに浅井新八郎政高のもとへ身を寄せ、その後牧村政倫、山岡景隆に仕えた。
    永禄10年(1567)頃からは織田信長に仕え、天正12年(1584)に長浜五千石、同18年(1590)には掛川六万石の領主となる。
     秀吉没後は徳川家康に与し、慶長5年(1600)に土佐二十万二千六百石の領主となり高知城を築いた。
    慶長10年(1605)9月12日没、享年61歳。』

  • 昭和九年山内一豊公誕生碑が建立された。

    昭和九年山内一豊公誕生碑が建立された。

  • 碑には細かい字で随分と長い碑文が刻まれており、岩倉住民の一豊に対する思いが伝わってくる。<br /> 一豊の出生地は岩倉の他に木曽川町黒田が出生地とすることもあり、実際のところ記述として明確なものは残っていないようです。

    碑には細かい字で随分と長い碑文が刻まれており、岩倉住民の一豊に対する思いが伝わってくる。
     一豊の出生地は岩倉の他に木曽川町黒田が出生地とすることもあり、実際のところ記述として明確なものは残っていないようです。

  • 石碑から社殿側面の眺め、こうして見ると本殿は神明造のように見えます。

    石碑から社殿側面の眺め、こうして見ると本殿は神明造のように見えます。

  • 石碑から右側は社叢が生い茂っており、その前には一豊の家紋土佐柏紋が刻まれた石碑が建てられています。<br /> これは平成18年に放送された大河ドラマ「功名が辻」を記念して建てられたもの。

    石碑から右側は社叢が生い茂っており、その前には一豊の家紋土佐柏紋が刻まれた石碑が建てられています。
     これは平成18年に放送された大河ドラマ「功名が辻」を記念して建てられたもの。

  • 境内右のお祭り広場側から眺める神明生田神社全景。<br /> 桜祭りの時には、普段人影の少ないお祭り広場も多くの屋台が並び花見客で賑わいます。<br />アルコールの販売価格に関しては、堤沿いよりリーズナブルな価格で販売されており、我家はいつもここの売店で買い求め花見酒を楽しんでいます。<br /> にもかかわらず、お祭り広場から奥に立ち入ったことがなく、今年の花見で初めて神社の存在に気付きようやく訪れることになった。

    境内右のお祭り広場側から眺める神明生田神社全景。
     桜祭りの時には、普段人影の少ないお祭り広場も多くの屋台が並び花見客で賑わいます。
    アルコールの販売価格に関しては、堤沿いよりリーズナブルな価格で販売されており、我家はいつもここの売店で買い求め花見酒を楽しんでいます。
     にもかかわらず、お祭り広場から奥に立ち入ったことがなく、今年の花見で初めて神社の存在に気付きようやく訪れることになった。

  • 境内南側の脇参道から拝殿正面の眺め。<br /> 社標と蕃塀を備えており、社殿の向きからこちらが正参道のように見えなくもない。<br /><br />神明生田神社は岩倉城、岩倉街道の歴史とともに歩んできた神社であり、山車や一豊誕生地の石碑など、地域の歴史を今に伝える場所でもある。<br /><br />神明生田神社 (岩倉市下本町)<br />創建 / 不明(天文二十三年造営の棟札)<br />祭神 / 大日霊命、稚日女命<br />境内社 / 八幡社、天神社、津島社、市神社、金峯社、稲荷社、白髭大明神<br />例祭日  / 10月15日<br />氏子域 / 下本町、旭町、栄町、下本町、昭和町、本町<br />所在地 / 岩倉市下本町下市場25<br />吉祥寺から神明生田神社 / 岩倉街道を北に。約250m・徒歩4分程。<br />参拝日 / 2026/6/5

    境内南側の脇参道から拝殿正面の眺め。
     社標と蕃塀を備えており、社殿の向きからこちらが正参道のように見えなくもない。

    神明生田神社は岩倉城、岩倉街道の歴史とともに歩んできた神社であり、山車や一豊誕生地の石碑など、地域の歴史を今に伝える場所でもある。

    神明生田神社 (岩倉市下本町)
    創建 / 不明(天文二十三年造営の棟札)
    祭神 / 大日霊命、稚日女命
    境内社 / 八幡社、天神社、津島社、市神社、金峯社、稲荷社、白髭大明神
    例祭日  / 10月15日
    氏子域 / 下本町、旭町、栄町、下本町、昭和町、本町
    所在地 / 岩倉市下本町下市場25
    吉祥寺から神明生田神社 / 岩倉街道を北に。約250m・徒歩4分程。
    参拝日 / 2026/6/5

1いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP