岩倉・江南旅行記(ブログ) 一覧に戻る
稲荷町の稲荷社から東の五条川方向に向かい、約500m先の曽野町宮前交差点角の岩倉市曽野町に鎮座する曽野神明社に向かいます。

岩倉市 岩倉街道沿いの寺社「曽野神明社」

4いいね!

2026/06/05 - 2026/06/05

151位(同エリア204件中)

おやじさん

稲荷町の稲荷社から東の五条川方向に向かい、約500m先の曽野町宮前交差点角の岩倉市曽野町に鎮座する曽野神明社に向かいます。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 鎮座地の曽野は五条川右岸の自然堤防上にあり、戦国時代より伝わる古い地名。<br /> 地内を流れる五条川は、現在は行儀よくに流れているが、明治の頃でもウネウネと蛇行していたのが分かります。<br />曽野は川が大きく蛇行する右岸にあたり、これが付け替えで行儀よく流れるようになったのは昭和になってからの事です。

    鎮座地の曽野は五条川右岸の自然堤防上にあり、戦国時代より伝わる古い地名。
     地内を流れる五条川は、現在は行儀よくに流れているが、明治の頃でもウネウネと蛇行していたのが分かります。
    曽野は川が大きく蛇行する右岸にあたり、これが付け替えで行儀よく流れるようになったのは昭和になってからの事です。

  • 曽野町宮前交差点から見る曽野神明社。<br /> 信号を右に進み社頭を目指します。

    曽野町宮前交差点から見る曽野神明社。
     信号を右に進み社頭を目指します。

  • 社地は道路に接しているため、社殿の様子が良く見通せ、玉垣の先には智重神社の白い奉納幟がはためいています。

    社地は道路に接しているため、社殿の様子が良く見通せ、玉垣の先には智重神社の白い奉納幟がはためいています。

  • 道路脇に注連柱と村社 神明社の社号標がありますが、少し先を左に向かうと鳥居を構えた正参道があります。

    道路脇に注連柱と村社 神明社の社号標がありますが、少し先を左に向かうと鳥居を構えた正参道があります。

  • 南北に長い社地の南に鳥居を構え、右には曽野公会堂が隣接する。

    南北に長い社地の南に鳥居を構え、右には曽野公会堂が隣接する。

  • 神明鳥居をくぐった先の境内の眺め。<br /> 左に境内社の鳥居が見える。

    神明鳥居をくぐった先の境内の眺め。
     左に境内社の鳥居が見える。

  • 鳥居の先には二つの社が祀られていますが、鳥居の束に社名は刻まれていなかった。

    鳥居の先には二つの社が祀られていますが、鳥居の束に社名は刻まれていなかった。

  • 手前の社は社名札がなく不明ですが、岩倉市史の曽野神明社の境内社から恐らく洲原社と思われます。

    手前の社は社名札がなく不明ですが、岩倉市史の曽野神明社の境内社から恐らく洲原社と思われます。

  • 洲原社の奥に鎮座するのは稲荷社。

    洲原社の奥に鎮座するのは稲荷社。

  • 曽野神明社拝殿と蕃塀。<br /> 拝殿は棟が高く、軒先に流れ下る屋根勾配の曲線が美しい。<br />本殿域の左右には境内社を祀るようです。

    曽野神明社拝殿と蕃塀。
     拝殿は棟が高く、軒先に流れ下る屋根勾配の曲線が美しい。
    本殿域の左右には境内社を祀るようです。

  • 蕃塀は大正元年(1912)に寄進されたものです。

    蕃塀は大正元年(1912)に寄進されたものです。

  • 拝殿前から蕪の形をした懸魚と鬼板を見上げる。

    拝殿前から蕪の形をした懸魚と鬼板を見上げる。

  • 四方吹き抜けの切妻拝殿に額はないが、両側の妻壁には手の込んだ彫が施されています。

    四方吹き抜けの切妻拝殿に額はないが、両側の妻壁には手の込んだ彫が施されています。

  • 拝殿内から本殿方向の眺め。<br /> 愛知県神社名鑑による曽野神明社の由緒は次のようなもの。<br />『十二等級? 神明社 旧指定村社<br /> 鎮座地 岩倉市曽野町宮前一番地<br />祭神 大日孁命<br />由緒<br /> 創建は明らかでないが、天正十二年(一五八四)社殿再建の棟札あり。<br />尾張志に「飯綱権現社曽野村にあり」と記されている。<br /> 飯綱社は本神社の境内社に祀る。<br />明治五年七月村社に列格。<br /> 昭和十二年三月三十日供進指定をうけた。<br />例祭日 十月十日<br /> 社殿 本殿 流造、幣殿、拝殿、社務所』<br /><br /><br />記載にある棟札には次のように記されている。<br /> 『尾劦丹羽郡曽野村時之庄屋河村喜左衛門<br />信心当村中諸人願主<br /> 奉再建飯綱権現社当一宇広瀬新左衛門<br />豊楽氏子繁昌処<br /> 天正拾二甲申年五月吉祥日』<br />ここには飯綱権現として天正十二年再建とあることから、はじまりは更に遡る。<br /> 神明社の名は尾張徇行記などの地史には飯綱権現末社神明社として現れ、勧請年月不明とある。<br />棟札としては天保3年(1832)のものがあるようです。<br /> 末社の神明社がどの時代に、いかなる理由で末社から主神になったのかは定かではない。

    拝殿内から本殿方向の眺め。
     愛知県神社名鑑による曽野神明社の由緒は次のようなもの。
    『十二等級? 神明社 旧指定村社
     鎮座地 岩倉市曽野町宮前一番地
    祭神 大日孁命
    由緒
     創建は明らかでないが、天正十二年(一五八四)社殿再建の棟札あり。
    尾張志に「飯綱権現社曽野村にあり」と記されている。
     飯綱社は本神社の境内社に祀る。
    明治五年七月村社に列格。
     昭和十二年三月三十日供進指定をうけた。
    例祭日 十月十日
     社殿 本殿 流造、幣殿、拝殿、社務所』


    記載にある棟札には次のように記されている。
     『尾劦丹羽郡曽野村時之庄屋河村喜左衛門
    信心当村中諸人願主
     奉再建飯綱権現社当一宇広瀬新左衛門
    豊楽氏子繁昌処
     天正拾二甲申年五月吉祥日』
    ここには飯綱権現として天正十二年再建とあることから、はじまりは更に遡る。
     神明社の名は尾張徇行記などの地史には飯綱権現末社神明社として現れ、勧請年月不明とある。
    棟札としては天保3年(1832)のものがあるようです。
     末社の神明社がどの時代に、いかなる理由で末社から主神になったのかは定かではない。

  • 本殿域の左の境内社。<br /> 鳥居の額には「智重神社」とあり、その先には「白龍大明神」の社標が立てられている。<br />更に奥にも社標が立っている。

    本殿域の左の境内社。
     鳥居の額には「智重神社」とあり、その先には「白龍大明神」の社標が立てられている。
    更に奥にも社標が立っている。

  • 鳥居から先の眺め。<br /> 見えていた社標は智重神社のもので、正面の社が本殿のようだ。<br />白龍大明神は、左側の太い切株そのものが御神体で本殿はないようです。

    鳥居から先の眺め。
     見えていた社標は智重神社のもので、正面の社が本殿のようだ。
    白龍大明神は、左側の太い切株そのものが御神体で本殿はないようです。

  • 写真の解説は歩道際に立てられていたもので、見えていた社が白龍大明神と思ったが違ったようだ。<br /> 白龍大明神の由来(解説板)は以下のようなもの。<br />『時昭和三十六年春、当村河村はな様 夢枕に一人の白衣の行者が立たれ、「我は当村神明社に住む白龍大明神也。<br />伊勢湾台風の折、住いとする大杉が中途に折れ、雨の降る度に難儀をしている者也。<br /> 心あれば杉にふたをしてくれ」とたのみ立ち去れりとの話を私の元にされましたので、早速信者をつのり館を造った次第。<br />以来毎年四月第一日曜日を命日とし、大祭を行っています。<br /> 御利益牧与にいとまなし。願わくば皆様の御参拝を乞ふ。』<br />これによれば館とあるが、蓋をされた大杉の切株以外に見当たらなかった。<br /><br />偶然だろうが、道路の向かいの役行者がこちらを向いて安置されています。

    写真の解説は歩道際に立てられていたもので、見えていた社が白龍大明神と思ったが違ったようだ。
     白龍大明神の由来(解説板)は以下のようなもの。
    『時昭和三十六年春、当村河村はな様 夢枕に一人の白衣の行者が立たれ、「我は当村神明社に住む白龍大明神也。
    伊勢湾台風の折、住いとする大杉が中途に折れ、雨の降る度に難儀をしている者也。
     心あれば杉にふたをしてくれ」とたのみ立ち去れりとの話を私の元にされましたので、早速信者をつのり館を造った次第。
    以来毎年四月第一日曜日を命日とし、大祭を行っています。
     御利益牧与にいとまなし。願わくば皆様の御参拝を乞ふ。』
    これによれば館とあるが、蓋をされた大杉の切株以外に見当たらなかった。

    偶然だろうが、道路の向かいの役行者がこちらを向いて安置されています。

  • 奥に祀られている社が智重神社本殿。<br /><br />岩倉には多くの昔話が伝わっており、蛇のように曲がりくねる五条川の龍にまつわるものや、ここ智重社にまつわる昔話もあります。<br /> 『智重社はもと郷東の道角にあった。<br />当時村の子供らがそこに集まり遊び場となり、絵馬を持ち出す、井垣を壊すなど絶えなかった。<br /> それを見かねた村人が祠の戸締りを厳重にし子供らが寄り付けないようにしたという。<br />その後、村には流行病が起き、多くの村人が寝込んだという。<br /> あるとき、村人の一人が智重社の夢を見た。<br />「わしは子供の神様で子供が好きだ、それを近寄れないようにしてなにが嬉しいだろうか、戸締りを解き、もとに戻してくれたら流行病は即座に治してやろう」とお告げがあった。<br />村人はそれに従い、戸締りを解いたところ村の流行病はたちどころに治ったという。<br /> そうしたことから、智重社は胎毒(子供の病気)の神として広く知られるようになり、今以上の奉納幟がはためいたという。祭礼は二月七日である。』<br /> <br /> 岩倉町史(1985)にはそうした昔話がまとめられており、現在も伝わるのか定かではないが、そうした昔話や土地の成り立ちなどを伝える話は、岩倉に限らず、自分の住む町にもあります。<br />町の変貌、町名変更、住民の入れ替わりなどから消え去っていきますが、こと地名だけを辿っていくと、自分の住む地域がどんな環境で、どんなリスクを抱えていたのかを先人たちが教えてくれることがある。

    奥に祀られている社が智重神社本殿。

    岩倉には多くの昔話が伝わっており、蛇のように曲がりくねる五条川の龍にまつわるものや、ここ智重社にまつわる昔話もあります。
     『智重社はもと郷東の道角にあった。
    当時村の子供らがそこに集まり遊び場となり、絵馬を持ち出す、井垣を壊すなど絶えなかった。
     それを見かねた村人が祠の戸締りを厳重にし子供らが寄り付けないようにしたという。
    その後、村には流行病が起き、多くの村人が寝込んだという。
     あるとき、村人の一人が智重社の夢を見た。
    「わしは子供の神様で子供が好きだ、それを近寄れないようにしてなにが嬉しいだろうか、戸締りを解き、もとに戻してくれたら流行病は即座に治してやろう」とお告げがあった。
    村人はそれに従い、戸締りを解いたところ村の流行病はたちどころに治ったという。
     そうしたことから、智重社は胎毒(子供の病気)の神として広く知られるようになり、今以上の奉納幟がはためいたという。祭礼は二月七日である。』
     
     岩倉町史(1985)にはそうした昔話がまとめられており、現在も伝わるのか定かではないが、そうした昔話や土地の成り立ちなどを伝える話は、岩倉に限らず、自分の住む町にもあります。
    町の変貌、町名変更、住民の入れ替わりなどから消え去っていきますが、こと地名だけを辿っていくと、自分の住む地域がどんな環境で、どんなリスクを抱えていたのかを先人たちが教えてくれることがある。

  • 曽野神明社幣殿の眺め。<br /> 本殿域をぐるりと板塀が取り囲み、本殿域の様子は見通せない。

    曽野神明社幣殿の眺め。
     本殿域をぐるりと板塀が取り囲み、本殿域の様子は見通せない。

  • 幣殿の左右にそれぞれ社が祀られています。<br /> どちらも社名札の文字が脱色し読み取れなかったが、ニ社のうちどちらかが飯綱権現社と思われます。

    幣殿の左右にそれぞれ社が祀られています。
     どちらも社名札の文字が脱色し読み取れなかったが、ニ社のうちどちらかが飯綱権現社と思われます。

  • 幣殿前の狛犬。<br /> なかなか凛々しい顔立ちをしています。

    幣殿前の狛犬。
     なかなか凛々しい顔立ちをしています。

  • 幣殿右側の社。

    幣殿右側の社。

  • 本殿右の境内社、手前は水神さまで奥は御嶽神社のようです。

    本殿右の境内社、手前は水神さまで奥は御嶽神社のようです。

  • 小高く盛られた高みに岩が組まれ、そのものが御嶽を表しているのだろう。<br /> 覚明霊神碑の奥には石像が安置され、頂上には御嶽神社が祀られています。

    小高く盛られた高みに岩が組まれ、そのものが御嶽を表しているのだろう。
     覚明霊神碑の奥には石像が安置され、頂上には御嶽神社が祀られています。

  • 右側から眺める神明社社殿、本殿の姿は望めないが、神明造ではなく流造と思われます。

    右側から眺める神明社社殿、本殿の姿は望めないが、神明造ではなく流造と思われます。

  • 拝殿北側から社頭の眺め。

    拝殿北側から社頭の眺め。

  • その上の妻壁には正面同様に見事な彫が施されています。

    その上の妻壁には正面同様に見事な彫が施されています。

  • 岩倉市 岩倉街道沿いの寺社「曽野神明社」<br />創建 / 創建不詳(明暦元年の棟札)<br />祭神 / 大日孁命<br />境内社 / 智重神社、洲原社、稲荷社、御嶽神社、水神、白龍大明神、不明社<br />例祭日  / 10月祝日スポーツの日<br />氏子域 / 曽野町<br />所在地 / 岩倉市曽野町宮前1-2<br />稲荷社から神明社 / 稲荷社から東に向かい、?曽野町宮前交差点を右折した左側、0.5km・徒歩10分。<br />参拝日 / 2026/6/5

    岩倉市 岩倉街道沿いの寺社「曽野神明社」
    創建 / 創建不詳(明暦元年の棟札)
    祭神 / 大日孁命
    境内社 / 智重神社、洲原社、稲荷社、御嶽神社、水神、白龍大明神、不明社
    例祭日  / 10月祝日スポーツの日
    氏子域 / 曽野町
    所在地 / 岩倉市曽野町宮前1-2
    稲荷社から神明社 / 稲荷社から東に向かい、?曽野町宮前交差点を右折した左側、0.5km・徒歩10分。
    参拝日 / 2026/6/5

4いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP