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五条川の桜並木で知られる岩倉市。<br /> 名古屋駅から名鉄犬山線で20分ほどの距離にあり、電車でのアクセスもいい。<br />今回から岩倉街道沿いに鎮座する寺社を紹介します。<br />

岩倉市 岩倉街道沿いの寺社「稲荷社」・「栄松山 神清院」 

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2026/06/05 - 2026/06/05

163位(同エリア204件中)

おやじさん

五条川の桜並木で知られる岩倉市。
 名古屋駅から名鉄犬山線で20分ほどの距離にあり、電車でのアクセスもいい。
今回から岩倉街道沿いに鎮座する寺社を紹介します。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 写真は今年3月に撮影した五条川にかかる千亀橋から下流の眺め。<br /> この時期は多くの花見客で賑わう岩倉も、オフシーズンは静かな街道の佇まいを感じられます。<br />6月に入り、キャンプだ、一ノ宮巡りだと行きたいところですが、毎日のように届けられる熊情報を見ると、軽い気持ちで山に向かおうという気にはなれない。<br /> さりとて、6月のネタもなく、手近な岩倉の神社を巡ることにした。

    写真は今年3月に撮影した五条川にかかる千亀橋から下流の眺め。
     この時期は多くの花見客で賑わう岩倉も、オフシーズンは静かな街道の佇まいを感じられます。
    6月に入り、キャンプだ、一ノ宮巡りだと行きたいところですが、毎日のように届けられる熊情報を見ると、軽い気持ちで山に向かおうという気にはなれない。
     さりとて、6月のネタもなく、手近な岩倉の神社を巡ることにした。

  • 以前から岩倉街道周辺を巡っていますが、岩倉駅南側は訪れていなかったので、しばらくは岩倉駅南部の神社を掲載します。<br /> 上は明治時代と現在の岩倉駅周辺の地図の比較です。<br />明治時代にはまだ岩倉街道沿いに集落が集まる程度、鎮座地は岩倉羽根集落の西外れにあたり、ここから先は水田が広がる一帯。<br /> 現在は水田は姿を消し区画整理された住宅地となり、社地西側を名鉄犬山線が南北に伸びています。<br />稲荷社へは、駅から線路沿いに名古屋方向に向かい、2つ目の踏切を渡った先の稲荷町に鎮座します。

    以前から岩倉街道周辺を巡っていますが、岩倉駅南側は訪れていなかったので、しばらくは岩倉駅南部の神社を掲載します。
     上は明治時代と現在の岩倉駅周辺の地図の比較です。
    明治時代にはまだ岩倉街道沿いに集落が集まる程度、鎮座地は岩倉羽根集落の西外れにあたり、ここから先は水田が広がる一帯。
     現在は水田は姿を消し区画整理された住宅地となり、社地西側を名鉄犬山線が南北に伸びています。
    稲荷社へは、駅から線路沿いに名古屋方向に向かい、2つ目の踏切を渡った先の稲荷町に鎮座します。

  • 踏切を渡ると左に社殿が見えてきます。<br /> その向かいに石の明神鳥居が立っており、更に右手に参道が伸びており、そこには写真の朱塗りの木製の明神鳥居が立てられています。<br />鳥居の前は住宅が建ち並び、この鳥居が稲荷社社頭になる。

    踏切を渡ると左に社殿が見えてきます。
     その向かいに石の明神鳥居が立っており、更に右手に参道が伸びており、そこには写真の朱塗りの木製の明神鳥居が立てられています。
    鳥居の前は住宅が建ち並び、この鳥居が稲荷社社頭になる。

  • 踏切を渡った先のこの鳥居は二ノ鳥居となります。

    踏切を渡った先のこの鳥居は二ノ鳥居となります。

  • 二ノ鳥居から先の境内の眺め。<br /> 石柱門の左に「村社 稲荷社」の刻まれた社号標、正面に石造の蕃塀を構えています。

    二ノ鳥居から先の境内の眺め。
     石柱門の左に「村社 稲荷社」の刻まれた社号標、正面に石造の蕃塀を構えています。

  • 意匠の少ないシンプルな蕃塀と拝殿の眺め。

    意匠の少ないシンプルな蕃塀と拝殿の眺め。

  • 拝殿と本殿域の眺め。<br /> 木造瓦葺きの妻入りで四方吹き抜けのもので、近年補修の手が入ったようで傷みも少なく綺麗な拝殿です。

    拝殿と本殿域の眺め。
     木造瓦葺きの妻入りで四方吹き抜けのもので、近年補修の手が入ったようで傷みも少なく綺麗な拝殿です。

  • 拝殿から本殿域の眺め。<br /> 愛知県神社名鑑の稲荷社の由緒は以下のように記されていました。<br />『十四等級 稲荷社 旧村社<br /> 鎮座地 岩倉市稲荷町稲荷西一七三番地<br />祭神 倉稲魂命<br /> 由緒 <br />?創建は明らかでないが、明暦元年(1655)8月、屋根葺替の棟札がある。<br /> 「尾張志(1843)」に「いなりのやしろ岩倉羽根村にあり」と記されている。<br />明治五年村社に列格する。<br /> 同二十四年十月の地震により社殿倒潰、同二十八年六月復旧した。<br />例祭日 十月十九日<br /> 社殿 本殿 流造、拝殿、社務所』というもの。

    拝殿から本殿域の眺め。
     愛知県神社名鑑の稲荷社の由緒は以下のように記されていました。
    『十四等級 稲荷社 旧村社
     鎮座地 岩倉市稲荷町稲荷西一七三番地
    祭神 倉稲魂命
     由緒 
    ?創建は明らかでないが、明暦元年(1655)8月、屋根葺替の棟札がある。
     「尾張志(1843)」に「いなりのやしろ岩倉羽根村にあり」と記されている。
    明治五年村社に列格する。
     同二十四年十月の地震により社殿倒潰、同二十八年六月復旧した。
    例祭日 十月十九日
     社殿 本殿 流造、拝殿、社務所』というもの。

  • 本殿域正面からの眺め。

    本殿域正面からの眺め。

  • 本殿域を守護する狛狐の後方に稲荷社由緒書きが立てられています。<br />『明暦年代(1655~1658)に創設され、倉稲魂命を祭神として祀られている。<br /> 神宝には御鏡一面がある。<br />明治24年10月28日の濃尾大震災で社殿倒壊、明治28年復元された。<br /> 末社は本殿左の津島社(素佐鳴命)と右に神明社(大日命)が祀られている。』<br /><br />出典先は定かではないが、神社名鑑に江戸時代初期の「明暦元年(1655)に屋根葺替」とあることから、岩倉街道の整備が始まる1655年以前には既に鎮座したと思われます。

    本殿域を守護する狛狐の後方に稲荷社由緒書きが立てられています。
    『明暦年代(1655~1658)に創設され、倉稲魂命を祭神として祀られている。
     神宝には御鏡一面がある。
    明治24年10月28日の濃尾大震災で社殿倒壊、明治28年復元された。
     末社は本殿左の津島社(素佐鳴命)と右に神明社(大日命)が祀られている。』

    出典先は定かではないが、神社名鑑に江戸時代初期の「明暦元年(1655)に屋根葺替」とあることから、岩倉街道の整備が始まる1655年以前には既に鎮座したと思われます。

  • 本殿域の眺め。<br /> ここにも一対の狛狐が祀られており、中央の本殿並びに左の津島社、右の神明社を守護しています。

    本殿域の眺め。
     ここにも一対の狛狐が祀られており、中央の本殿並びに左の津島社、右の神明社を守護しています。

  • 本殿域左の大きな岩が組まれた一角には、山岳信仰の秋葉山大権現、御嶽山大権現、覚明霊神など集約されています。

    本殿域左の大きな岩が組まれた一角には、山岳信仰の秋葉山大権現、御嶽山大権現、覚明霊神など集約されています。

  • 古い時代の名残を感じさせる地名が多い岩倉市。<br /> 稲荷町は、明治以降にこの稲荷社から付けられた町名なんだろう。<br /><br />岩倉市稲荷町『稲荷社』<br />創建 / 創建不詳(明暦元年の棟札)<br />祭神 / 倉稲魂命<br />境内社 / 津島社、神明社<br />例祭日  / 10月祝日スポーツの日<br />氏子域 / 稲荷町、稲荷町羽根<br />所在地 / 岩倉市稲荷町稲荷西173<br />名鉄犬山線岩倉駅から稲荷社 / 岩倉駅から南下、0.8km・徒歩12分。<br />参拝日 / 2026/6/5

    古い時代の名残を感じさせる地名が多い岩倉市。
     稲荷町は、明治以降にこの稲荷社から付けられた町名なんだろう。

    岩倉市稲荷町『稲荷社』
    創建 / 創建不詳(明暦元年の棟札)
    祭神 / 倉稲魂命
    境内社 / 津島社、神明社
    例祭日  / 10月祝日スポーツの日
    氏子域 / 稲荷町、稲荷町羽根
    所在地 / 岩倉市稲荷町稲荷西173
    名鉄犬山線岩倉駅から稲荷社 / 岩倉駅から南下、0.8km・徒歩12分。
    参拝日 / 2026/6/5

  • 稲荷町の稲荷社から東の五条川方向に向かい、約500m先の曽野町宮前交差点角の岩倉市曽野町に鎮座する曽野神明社に向かいます。<br />鎮座地の曽野は五条川右岸の自然堤防上にあり、戦国時代より伝わる古い地名。<br /> 地内を流れる五条川は、現在は行儀よくに流れているが、明治の頃でもウネウネと蛇行していたのが分かります。<br />曽野は川が大きく蛇行する右岸にあたり、これが付け替えで行儀よく流れるようになったのは昭和になってからの事です。

    稲荷町の稲荷社から東の五条川方向に向かい、約500m先の曽野町宮前交差点角の岩倉市曽野町に鎮座する曽野神明社に向かいます。
    鎮座地の曽野は五条川右岸の自然堤防上にあり、戦国時代より伝わる古い地名。
     地内を流れる五条川は、現在は行儀よくに流れているが、明治の頃でもウネウネと蛇行していたのが分かります。
    曽野は川が大きく蛇行する右岸にあたり、これが付け替えで行儀よく流れるようになったのは昭和になってからの事です。

  • 曽野町宮前交差点から見る曽野神明社。<br /> 信号を右に進み社頭を目指します。

    曽野町宮前交差点から見る曽野神明社。
     信号を右に進み社頭を目指します。

  • 社地は道路に接しているため、社殿の様子が良く見通せ、玉垣の先には智重神社の白い奉納幟がはためいています。

    社地は道路に接しているため、社殿の様子が良く見通せ、玉垣の先には智重神社の白い奉納幟がはためいています。

  • 道路脇に注連柱と村社 神明社の社号標がありますが、少し先を左に向かうと鳥居を構えた正参道があります。

    道路脇に注連柱と村社 神明社の社号標がありますが、少し先を左に向かうと鳥居を構えた正参道があります。

  • この向かいに浄土宗神清院が鎮座しており、道路脇に複数の石像があり立ち寄ってみました。

    この向かいに浄土宗神清院が鎮座しており、道路脇に複数の石像があり立ち寄ってみました。

  • 寺号標横に写真の石像が安置されており、姿から役行者のように見えます。

    寺号標横に写真の石像が安置されており、姿から役行者のように見えます。

  • 山門から境内の眺め。

    山門から境内の眺め。

  • 山門脇の石仏、全体像は良く分からないが、右側に元禄12年(1699)の銘が刻まれていました。

    山門脇の石仏、全体像は良く分からないが、右側に元禄12年(1699)の銘が刻まれていました。

  • 三十三体の石仏を安置する観音堂。<br /> 一体一体見なかったが、元禄を越えるものもあったのかもしれない。<br /><br />栄松山 神清院<br />宗派 / 浄土宗<br />所在地 / 岩倉市曽野町居屋敷2-1<br />寄り道してしまいました、次回は目的地の曽野神明社を掲載します。<br /> 社頭に向かおう。

    三十三体の石仏を安置する観音堂。
     一体一体見なかったが、元禄を越えるものもあったのかもしれない。

    栄松山 神清院
    宗派 / 浄土宗
    所在地 / 岩倉市曽野町居屋敷2-1
    寄り道してしまいました、次回は目的地の曽野神明社を掲載します。
     社頭に向かおう。

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