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「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロブニクを観光しました。ロープウェイでスルジ山に登り、クルーズでアドリア海から観光しました。その後は城塞ウォークと街歩きしました。

いにしえのローマ帝国の面影⑨ドブロブニク 1

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2025/11/02 - 2025/11/02

2120位(同エリア2138件中)

エンジュ

エンジュさん

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「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロブニクを観光しました。ロープウェイでスルジ山に登り、クルーズでアドリア海から観光しました。その後は城塞ウォークと街歩きしました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
グルメ
3.0
ショッピング
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
観光バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • 朝、ホテルのプールサイドからアドリア海を見ました。

    朝、ホテルのプールサイドからアドリア海を見ました。

  • 朝日の中のホテルです。

    朝日の中のホテルです。

    グランド ホテル パーク ホテル

  • ホテルの出入口には猫ちゃんがのびのびしてました。

    ホテルの出入口には猫ちゃんがのびのびしてました。

  • 猫ちゃんに「行ってきます」とあいさつして出発しました。

    猫ちゃんに「行ってきます」とあいさつして出発しました。

  • プロチェ門・ここでバスを降りました。

    プロチェ門・ここでバスを降りました。

    プロチェ門 史跡・遺跡

  • 徒歩で、ケーブルカー乗り場を目指して進みました。

    徒歩で、ケーブルカー乗り場を目指して進みました。

  • ドブロブニク ケーブルカー・ゴンドラが途中で停止してました。

    ドブロブニク ケーブルカー・ゴンドラが途中で停止してました。

    ドブロブニク ケーブルカー その他の交通機関

  • しばらくの間、待ってたのですが、一定の時間はイベントで動かないとの事で、後回しになりました。

    しばらくの間、待ってたのですが、一定の時間はイベントで動かないとの事で、後回しになりました。

  • ロブリイェナッツ要塞を目指して行きました。

    ロブリイェナッツ要塞を目指して行きました。

  • ドブロブニク城壁・ピレ要塞(ピレ門)の横を通りました。

    ドブロブニク城壁・ピレ要塞(ピレ門)の横を通りました。

    ドブロブニク城壁 史跡・遺跡

  • ロブリイェナッツ要塞が見えてきました。右手に見える階段を上りました。

    ロブリイェナッツ要塞が見えてきました。右手に見える階段を上りました。

    ロブリイェナツ要塞 史跡・遺跡

  • 要塞の上からの景色、スルジ山と旧市街。

    要塞の上からの景色、スルジ山と旧市街。

  • 広い中庭があり、その周囲に石造の部屋が並んでいます。ここはかつて火薬庫・弾薬庫・物資倉庫でした。。厚い石壁と小さな開口部が特徴で、光がほとんど入らず、湿度を保つ構造になっています。

    広い中庭があり、その周囲に石造の部屋が並んでいます。ここはかつて火薬庫・弾薬庫・物資倉庫でした。。厚い石壁と小さな開口部が特徴で、光がほとんど入らず、湿度を保つ構造になっています。

  • 海に向けて設置された大砲・上の階に上がりました。砲台と展望テラスになってました。

    海に向けて設置された大砲・上の階に上がりました。砲台と展望テラスになってました。

  • ボカール要塞が見えました。素晴らしい展望でした。

    ボカール要塞が見えました。素晴らしい展望でした。

  • 大砲を囲むように壁がありました。防御しながら大砲で攻撃するのは日本の城にも似た機能がありますね。

    大砲を囲むように壁がありました。防御しながら大砲で攻撃するのは日本の城にも似た機能がありますね。

  • 紺碧の青空にクロアチア国旗。<br /><br />ロブリイェナッツ要塞は海外で大人気のドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の「赤の王城(レッド・キープ)」のロケ地になったそうです。

    紺碧の青空にクロアチア国旗。

    ロブリイェナッツ要塞は海外で大人気のドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の「赤の王城(レッド・キープ)」のロケ地になったそうです。

  • 11世紀の始め、当時のドゥブロヴニクはアドリア海を隔てた都市ヴェネチアと敵対関係にありました。ヴェネチアがドゥブロヴニク攻略のためこの場所に要塞を建てようとしていると知り、ドゥブロヴニクの人々はそれに先んじて、わずか3カ月で強大な要塞を建設。あとからやってきたヴェネチア勢を追い返したという逸話があります。

    11世紀の始め、当時のドゥブロヴニクはアドリア海を隔てた都市ヴェネチアと敵対関係にありました。ヴェネチアがドゥブロヴニク攻略のためこの場所に要塞を建てようとしていると知り、ドゥブロヴニクの人々はそれに先んじて、わずか3カ月で強大な要塞を建設。あとからやってきたヴェネチア勢を追い返したという逸話があります。

  • ドブロブニク旧市街の向こうにロクルム島が見えました。

    ドブロブニク旧市街の向こうにロクルム島が見えました。

  • ロヴリイェナツ要塞・英語ではSir Lawrence Fortress(サー・ローレンス・フォートレス)とも呼ばれています。37メートルの崖の上に立ち、壁の厚いところは約12メートルもあります。一方で要塞が敵に占拠された場合には反撃しやすいようにと、内陸側の壁は厚さ約60センチと薄くなっています。

    ロヴリイェナツ要塞・英語ではSir Lawrence Fortress(サー・ローレンス・フォートレス)とも呼ばれています。37メートルの崖の上に立ち、壁の厚いところは約12メートルもあります。一方で要塞が敵に占拠された場合には反撃しやすいようにと、内陸側の壁は厚さ約60センチと薄くなっています。

  • 集合場所に戻り、この後はドブロブニク旧市街を添乗員さんに案内してもらうので、ロヴリイェナツ要塞を後にして、出発しました。

    集合場所に戻り、この後はドブロブニク旧市街を添乗員さんに案内してもらうので、ロヴリイェナツ要塞を後にして、出発しました。

  • 階段を下り、ピレ門に行きました。

    階段を下り、ピレ門に行きました。

  • Amerling Fountain・アマーリングの噴水・ストイナとサテュロスの彫刻で飾られており、1900年にクロアチアの彫刻家イヴァン・レンディッチが制作した傑作です。<br /><br />ピレ門に行く途中の、Brsalje Streetにありました。

    Amerling Fountain・アマーリングの噴水・ストイナとサテュロスの彫刻で飾られており、1900年にクロアチアの彫刻家イヴァン・レンディッチが制作した傑作です。

    ピレ門に行く途中の、Brsalje Streetにありました。

    Brsalje Street 散歩・街歩き

  • ピレ要塞とPedestrian Bridge(歩道橋)・橋を渡り、旧市街に入りました。

    ピレ要塞とPedestrian Bridge(歩道橋)・橋を渡り、旧市街に入りました。

    Pedestrian Bridge 建造物

  • ピレ門はピレ要塞の一部分でした。

    ピレ門はピレ要塞の一部分でした。

    ピレ門 史跡・遺跡

  • ピレ門から旧市街に入りました。

    ピレ門から旧市街に入りました。

    ピレ門 史跡・遺跡

  • ピレ門から旧市街に入ると、オノフリオの大噴水がありました。<br /><br />この噴水を作ったときに、もう一つ別の噴水も同時に作ったそうで、こっちの方が大きかったから「大噴水」と呼ばれている。

    ピレ門から旧市街に入ると、オノフリオの大噴水がありました。

    この噴水を作ったときに、もう一つ別の噴水も同時に作ったそうで、こっちの方が大きかったから「大噴水」と呼ばれている。

    オノフリオの大噴水 広場・公園

  • オノフリオの大噴水・1438年に作られた歴史のある噴水です。オノフリオとは、この建造物を作ったイタリア出身の建築家の名前。夏季の干ばつに悩まされていたドゥブロヴニクでは、約12キロ離れた水源から水を引く計画が立てられ、オノフリオが建設しました。

    オノフリオの大噴水・1438年に作られた歴史のある噴水です。オノフリオとは、この建造物を作ったイタリア出身の建築家の名前。夏季の干ばつに悩まされていたドゥブロヴニクでは、約12キロ離れた水源から水を引く計画が立てられ、オノフリオが建設しました。

    オノフリオの大噴水 広場・公園

  • 聖救世主教会・小さなルネサンス様式の宝石。1520年の地震後に感謝の気持ちを込めて建てられました。華やかな扉と静かな身廊をご覧ください。1667年の地震を生き延びた数少ない建物の一つです。小さく控えめな建物はルネサンス様式の建築として有名で、この地域のほかの教会の設計に影響を与えたと言われています。

    聖救世主教会・小さなルネサンス様式の宝石。1520年の地震後に感謝の気持ちを込めて建てられました。華やかな扉と静かな身廊をご覧ください。1667年の地震を生き延びた数少ない建物の一つです。小さく控えめな建物はルネサンス様式の建築として有名で、この地域のほかの教会の設計に影響を与えたと言われています。

    聖救世主教会 寺院・教会

  • フランシスコ会修道院・13世紀に建てらえた最初の修道院は城壁の外にあったが、14世紀に城壁内に移された。オリジナルの建物は1667年の大地震で崩落しており、現在の建物のほとんどは震災後に再建されたもの。1991~92年の内戦で甚大な被害を受け、10年の歳月をかけて修復された。

    フランシスコ会修道院・13世紀に建てらえた最初の修道院は城壁の外にあったが、14世紀に城壁内に移された。オリジナルの建物は1667年の大地震で崩落しており、現在の建物のほとんどは震災後に再建されたもの。1991~92年の内戦で甚大な被害を受け、10年の歳月をかけて修復された。

    フランシスコ会修道院 寺院・教会

  • プラッツァ通り・ドブロブニク旧市街のピレ門から、ルジャ広場までに通じるメインストリートです。

    プラッツァ通り・ドブロブニク旧市街のピレ門から、ルジャ広場までに通じるメインストリートです。

    プラッツァ通り 旧市街・古い町並み

  • 路地にはカフェレストランらしき、テーブルと椅子が置かれてました。

    路地にはカフェレストランらしき、テーブルと椅子が置かれてました。

  • パラソルが素敵なカフェレストラン。

    パラソルが素敵なカフェレストラン。

  • プラッツァ通り・15世紀以前まで、この道は運河でした。南側にはローマ人、反対の北側にはスラブ人が住んでおり、多くの抗争があったそうです。時を経て双方の歩み寄りがあり、運河を埋め立ててプラツア通りが作られた、というエピソードがあります。

    プラッツァ通り・15世紀以前まで、この道は運河でした。南側にはローマ人、反対の北側にはスラブ人が住んでおり、多くの抗争があったそうです。時を経て双方の歩み寄りがあり、運河を埋め立ててプラツア通りが作られた、というエピソードがあります。

    プラッツァ通り 旧市街・古い町並み

  • ルジャ広場が見えてきました。旧市街の東、プラツァ通りの突き当りに位置するルジャ広場。ルジャ広場の周囲には「スポンザ宮殿」「時計台」をはじめ、ドブロブニクの歴史を今に伝える重要な建物が集まっています。旧市街の中心地となっています。<br /><br />

    ルジャ広場が見えてきました。旧市街の東、プラツァ通りの突き当りに位置するルジャ広場。ルジャ広場の周囲には「スポンザ宮殿」「時計台」をはじめ、ドブロブニクの歴史を今に伝える重要な建物が集まっています。旧市街の中心地となっています。

    ルジャ広場 広場・公園

  • Bell Tower・広場のシンボルである高さ35mの時計台は1444年に建築されました。時計の指針が太陽の様な形をしているのが特徴です。

    Bell Tower・広場のシンボルである高さ35mの時計台は1444年に建築されました。時計の指針が太陽の様な形をしているのが特徴です。

    Bell Tower 文化・芸術・歴史

  • 聖ヴラホ教会・ドゥブロヴニクの守護聖人を祀るこの 18 世紀初期の教会です。

    聖ヴラホ教会・ドゥブロヴニクの守護聖人を祀るこの 18 世紀初期の教会です。

    聖ヴラホ教会 寺院・教会

  • スポンザ宮殿・16世紀に建設され、かつては税関・造幣局・武器鋳造所の役割を担っていました。商業の中心地として栄え、17世紀には文学、芸術、科学について語り合う学者アカデミーのサロンだったと伝えられています。<br />1667年のドブロブニク大地震にも耐えた数少ない建物のひとつで、ゴシック様式とルネサンス様式が美しく融合する建物は見どころのひとつ。現在はヨーロッパ有数といわれるほど豊富な歴史書を収蔵する古文書館として活用されています。

    スポンザ宮殿・16世紀に建設され、かつては税関・造幣局・武器鋳造所の役割を担っていました。商業の中心地として栄え、17世紀には文学、芸術、科学について語り合う学者アカデミーのサロンだったと伝えられています。
    1667年のドブロブニク大地震にも耐えた数少ない建物のひとつで、ゴシック様式とルネサンス様式が美しく融合する建物は見どころのひとつ。現在はヨーロッパ有数といわれるほど豊富な歴史書を収蔵する古文書館として活用されています。

    スポンザ宮殿 城・宮殿

  • オーランドの像・中世の騎士「聖ローラント」の騎士象です。この像はドブロブニクの自由都市の象徴です。残念なことに修復工事中のようで、幕で覆われて見ることができませんでした。

    オーランドの像・中世の騎士「聖ローラント」の騎士象です。この像はドブロブニクの自由都市の象徴です。残念なことに修復工事中のようで、幕で覆われて見ることができませんでした。

    オーランドの像 モニュメント・記念碑

  • オノフリオの小噴水・ルジャ広場の城壁内側に、ひっそりと佇む装飾噴水。ピレ門の大噴水と比べれば小さいので、小噴水と呼ばれています。

    オノフリオの小噴水・ルジャ広場の城壁内側に、ひっそりと佇む装飾噴水。ピレ門の大噴水と比べれば小さいので、小噴水と呼ばれています。

    オノフリオの小噴水 モニュメント・記念碑

  • ルジャ広場からドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)が見えました。<br /><br />聖ヴラホ教会の左奥です。

    ルジャ広場からドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)が見えました。

    聖ヴラホ教会の左奥です。

  • スポンザ宮殿と時計塔の間の通路、Old Port (旧港)とプロチェ門に通じています。

    スポンザ宮殿と時計塔の間の通路、Old Port (旧港)とプロチェ門に通じています。

  • Old Port (旧港)・ドブロブニクで最も古い歴史をもつ場所。海洋国家だったドブロブニクの交易を支えた港で、南北を要塞で囲まれている。現在の主要港は別にあり、ここは観光ボートの発着所となっていて賑わっている。港沿いにはテラスレストランなどが並んでいる。<br /><br /><br />

    Old Port (旧港)・ドブロブニクで最も古い歴史をもつ場所。海洋国家だったドブロブニクの交易を支えた港で、南北を要塞で囲まれている。現在の主要港は別にあり、ここは観光ボートの発着所となっていて賑わっている。港沿いにはテラスレストランなどが並んでいる。


    旧港 旧市街・古い町並み

  • Ponte Gate・ポンテ門(クロアチア語で「桟橋」を意味する)は、ユライ・ダルマティナツによって設計され、パスコイェ・ミリチェヴィッチによって15世紀に建設されました。この門はドゥブロヴニク旧市街の旧港へと通じています。<br /><br />ポンテ門から旧市街に入りました。

    Ponte Gate・ポンテ門(クロアチア語で「桟橋」を意味する)は、ユライ・ダルマティナツによって設計され、パスコイェ・ミリチェヴィッチによって15世紀に建設されました。この門はドゥブロヴニク旧市街の旧港へと通じています。

    ポンテ門から旧市街に入りました。

  • ドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)・1192年に当時のイングランド王リチャード1世の資金援助によって建設されました。1667年の地震で損壊した後、1713年に現在のバロック様式の建物が再建されています

    ドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)・1192年に当時のイングランド王リチャード1世の資金援助によって建設されました。1667年の地震で損壊した後、1713年に現在のバロック様式の建物が再建されています

    聖母被昇天大聖堂 寺院・教会

  • ドーム屋根が印象的なドブロヴニク大聖堂は、バロック様式の美しい建物です。<br />ファザードが修復工事中で見えなくて残念でした。

    ドーム屋根が印象的なドブロヴニク大聖堂は、バロック様式の美しい建物です。
    ファザードが修復工事中で見えなくて残念でした。

    聖母被昇天大聖堂 寺院・教会

  • レクター宮殿(総督邸)・総督邸は、15世紀から16世紀にかけて地中海貿易で最盛期を迎えたラグーサ共和国の歴代総督の住まいです。住居のほかに裁判所や評議会などが置かれ、行政の中心的な役割を担う場所でもありました。度重なる火災で多くを焼失するも、修復を繰り返し、ゴシック、ルネサンス、バロックの建築様式が調和された現在の姿が完成しました。

    レクター宮殿(総督邸)・総督邸は、15世紀から16世紀にかけて地中海貿易で最盛期を迎えたラグーサ共和国の歴代総督の住まいです。住居のほかに裁判所や評議会などが置かれ、行政の中心的な役割を担う場所でもありました。度重なる火災で多くを焼失するも、修復を繰り返し、ゴシック、ルネサンス、バロックの建築様式が調和された現在の姿が完成しました。

    総督邸 史跡・遺跡

  • 装飾が施された6連のアーチが美しいこの建物は、現在ではラグーサ共和国の文化と歴史を伝える歴史文化博物館となっています。

    装飾が施された6連のアーチが美しいこの建物は、現在ではラグーサ共和国の文化と歴史を伝える歴史文化博物館となっています。

  • ドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)からの風景です。旧市街とスルジ山が見えました。

    ドブロブニク大聖堂(聖母被昇天大聖堂)からの風景です。旧市街とスルジ山が見えました。

    ドブロブニク旧市街 旧市街・古い町並み

  • グンドゥリッチ スクエア・ 四角な広場にクロアチアの詩人イヴァン・グンドリッチの記念碑(銅像)があります。

    グンドゥリッチ スクエア・ 四角な広場にクロアチアの詩人イヴァン・グンドリッチの記念碑(銅像)があります。

    グンドゥリッチ スクエア 広場・公園

  • Gunduliceva Poljana Market(青空市場)・グンドゥリッチ広場で開催されていました。主にドブロブニク周辺の農家が出店しています。1870年から続く歴史あるマーケットです。<br />採れたてのフルーツや自家製のドライフルーツ、フレッシュジュース、天然塩、ハチミツなどダルマチアの味覚が集まっているそうです。

    Gunduliceva Poljana Market(青空市場)・グンドゥリッチ広場で開催されていました。主にドブロブニク周辺の農家が出店しています。1870年から続く歴史あるマーケットです。
    採れたてのフルーツや自家製のドライフルーツ、フレッシュジュース、天然塩、ハチミツなどダルマチアの味覚が集まっているそうです。

    青空市場 市場

  • 聖イグナチオ教会・街の南端に位置するこの教会は、ローマのイグナチオ教会をモデルに、1667年から1725年にかけて建設されました。教会の隣には、有名なイエズス会の学校「コレギウム・ラグシヌム」も隣接しています。<br /><br />階段の上の建物です。

    聖イグナチオ教会・街の南端に位置するこの教会は、ローマのイグナチオ教会をモデルに、1667年から1725年にかけて建設されました。教会の隣には、有名なイエズス会の学校「コレギウム・ラグシヌム」も隣接しています。

    階段の上の建物です。

    聖イグナチオ教会 寺院・教会

  • 聖ニコラ教会・旧港の近くに位置するこの教会は12世紀に建てられましたが、その後数世紀にわたり幾度かの改築が行われてきました。現在の教会はバロック様式とビザンチン様式の両方の影響を反映しており、今もなおドゥブロヴニクの東方正教会の信者にとって礼拝の場となっています。<br /><br />歴史を感じることができるファザードが美しかった。

    聖ニコラ教会・旧港の近くに位置するこの教会は12世紀に建てられましたが、その後数世紀にわたり幾度かの改築が行われてきました。現在の教会はバロック様式とビザンチン様式の両方の影響を反映しており、今もなおドゥブロヴニクの東方正教会の信者にとって礼拝の場となっています。

    歴史を感じることができるファザードが美しかった。

    聖ニコラ教会 寺院・教会

  • 朝、乗れなかったロープウェイを目指して坂を上りました。振り返って見ると、ところどころ階段になってました。

    朝、乗れなかったロープウェイを目指して坂を上りました。振り返って見ると、ところどころ階段になってました。

  • その時は気づきませんでしたが、画像をよくみると、路地裏のカフェレストランのテーブルの上にキッコーマンの醬油さしが置かれてました。

    その時は気づきませんでしたが、画像をよくみると、路地裏のカフェレストランのテーブルの上にキッコーマンの醬油さしが置かれてました。

  • Buza Gate(ブジャ門)から出ました。門から出た橋から城壁を撮影した。この門から出るとロープウェイ乗り場にアクセスが一番いいようです。

    Buza Gate(ブジャ門)から出ました。門から出た橋から城壁を撮影した。この門から出るとロープウェイ乗り場にアクセスが一番いいようです。

    ブジャ門 史跡・遺跡

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