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水戸市の中心部、車の往来が絶えない県道50号線沿いの、商業店舗と飲食店が立ち並ぶ喧騒の中、細い路地の入口に木造の大鳥居が建っています。<br /> その姿は、喧騒から切り離された別世界への入口のようでもあり、この先の石段の上の二ノ鳥居へ導いています。

水戸市宮町 『水戸東照宮』

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2026/01/30 - 2026/01/30

710位(同エリア938件中)

kimi shinさん

水戸市の中心部、車の往来が絶えない県道50号線沿いの、商業店舗と飲食店が立ち並ぶ喧騒の中、細い路地の入口に木造の大鳥居が建っています。
 その姿は、喧騒から切り離された別世界への入口のようでもあり、この先の石段の上の二ノ鳥居へ導いています。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
  • 水戸市の中心部、車の往来が絶えない県道50号線沿いの、商業店舗が立ち並ぶ宮町付近。<br />こんな繁華街の中に水戸東照宮があります。

    水戸市の中心部、車の往来が絶えない県道50号線沿いの、商業店舗が立ち並ぶ宮町付近。
    こんな繁華街の中に水戸東照宮があります。

  • 喧騒の中、細い路地の入口に水戸東照宮木造の大鳥居が建っています。<br /> 水戸藩初代藩主・徳川頼房が、父・家康の遺徳を偲び創建した社になります。<br />ここに立つと都市のただ中にありながら、水戸という土地が歩んできた四百年の歴史が漂ってくる。

    喧騒の中、細い路地の入口に水戸東照宮木造の大鳥居が建っています。
     水戸藩初代藩主・徳川頼房が、父・家康の遺徳を偲び創建した社になります。
    ここに立つと都市のただ中にありながら、水戸という土地が歩んできた四百年の歴史が漂ってくる。

  • 水戸市宮町の高台に鎮座する水戸東照宮。<br /> 社地は南向きで、南側のこの社頭が表参道にあたり、東側の国道50号線側にも東参道の派手な鳥居を構えています。

    水戸市宮町の高台に鎮座する水戸東照宮。
     社地は南向きで、南側のこの社頭が表参道にあたり、東側の国道50号線側にも東参道の派手な鳥居を構えています。

  • 石段の右側には飲食店の連なる路地が続き、東口にある派手な鳥居に続いています。

    石段の右側には飲食店の連なる路地が続き、東口にある派手な鳥居に続いています。

  • 鎮座地が高台故に、どちらから訪れてもこの石段は避けられない。

    鎮座地が高台故に、どちらから訪れてもこの石段は避けられない。

  • 石段を上りつめると二ノ鳥居。<br /> 鳥居前に狛犬と石灯籠、鳥居の後方に銅製灯籠があります。

    石段を上りつめると二ノ鳥居。
     鳥居前に狛犬と石灯籠、鳥居の後方に銅製灯籠があります。

  • 鳥居を守護する狛犬は子持ち鞠持ちの見慣れたもの。

    鳥居を守護する狛犬は子持ち鞠持ちの見慣れたもの。

  • 水戸東照宮の手水舎。<br /> 東照宮といえば豪華絢爛な装飾をイメージします、ましてや水戸の東照宮ということからキンキラの絢爛豪華なものを想像していましたが、意外にも落ち着いた品格を感じさせる。

    水戸東照宮の手水舎。
     東照宮といえば豪華絢爛な装飾をイメージします、ましてや水戸の東照宮ということからキンキラの絢爛豪華なものを想像していましたが、意外にも落ち着いた品格を感じさせる。

  • 社殿はこの唐門と透塀で囲われ、その先に拝殿、幣殿、本殿を連ねています。<br /> 水戸東照宮の歴史は元和七年(1621)、水戸初代藩主徳川頼房が、父徳川家康の御霊をこの地に祀ったのがはじまり。<br />当初は神仏習合ではじまり、地名は霊松山といわれたが、元禄12年(1699)第二代藩主光圀によって常葉山とあらためられた。<br /> 天保14年(1843)第九代藩主 斉昭は従来の仏祭から神道による祭祀にあらためた。 <br />昭和十一年(1936)に水戸初代藩主徳川頼房が配祀されます。<br /> 創建当時の社殿は戦災で焼失してしまいましたが、焼失以前の社殿は国宝に指定されるほどの威厳のある権現造の社殿だった。<br />現在の社殿は、戦後の昭和37年に再建されたコンクリート造ですが、姿は変われど、この地に宿る歴史の重みは変わらない。<br /> 焼失前の社殿の姿を見ると、現在の社殿も当時の雰囲気は継承されているように見えます。<br />水戸東照宮は東日本大震災でも被災し、令和となった現在も鐘楼門など整備が行われ、今も形を変えています。 

    社殿はこの唐門と透塀で囲われ、その先に拝殿、幣殿、本殿を連ねています。
     水戸東照宮の歴史は元和七年(1621)、水戸初代藩主徳川頼房が、父徳川家康の御霊をこの地に祀ったのがはじまり。
    当初は神仏習合ではじまり、地名は霊松山といわれたが、元禄12年(1699)第二代藩主光圀によって常葉山とあらためられた。
     天保14年(1843)第九代藩主 斉昭は従来の仏祭から神道による祭祀にあらためた。 
    昭和十一年(1936)に水戸初代藩主徳川頼房が配祀されます。
     創建当時の社殿は戦災で焼失してしまいましたが、焼失以前の社殿は国宝に指定されるほどの威厳のある権現造の社殿だった。
    現在の社殿は、戦後の昭和37年に再建されたコンクリート造ですが、姿は変われど、この地に宿る歴史の重みは変わらない。
     焼失前の社殿の姿を見ると、現在の社殿も当時の雰囲気は継承されているように見えます。
    水戸東照宮は東日本大震災でも被災し、令和となった現在も鐘楼門など整備が行われ、今も形を変えています。 

  •  特に唐門と拝殿をつなぐ回廊の柱の装飾は、沈金を思わせる意匠で三つ葉葵や虎の文様が装飾され、天井には梅に鶯など、外観からは目立たない箇所に豪華な意匠が施されています。

     特に唐門と拝殿をつなぐ回廊の柱の装飾は、沈金を思わせる意匠で三つ葉葵や虎の文様が装飾され、天井には梅に鶯など、外観からは目立たない箇所に豪華な意匠が施されています。

  • 拝殿から幣殿の眺め、格子天井には葵の紋を取り囲むように花の絵柄が描かれています。

    拝殿から幣殿の眺め、格子天井には葵の紋を取り囲むように花の絵柄が描かれています。

  • 拝殿から唐門、二ノ鳥居方向の眺め。<br /> 鳥居前に見える一対の銅製灯籠は、慶安4年(1651)に頼房公により奉納されたもので、全高は約3mほどで市の指定文化財になっている。

    拝殿から唐門、二ノ鳥居方向の眺め。
     鳥居前に見える一対の銅製灯籠は、慶安4年(1651)に頼房公により奉納されたもので、全高は約3mほどで市の指定文化財になっている。

  • 社殿全景。

    社殿全景。

  • 拝殿全景。<br /> 千鳥破風の付く入母屋造で、妻側に神饌所が付属する。

    拝殿全景。
     千鳥破風の付く入母屋造で、妻側に神饌所が付属する。

  • 幣殿と本殿は棟続きで本殿の棟には3本の鰹木と外削ぎの千木が施されており、こちらに徳川家康と徳川頼房の二柱が祀られている。

    幣殿と本殿は棟続きで本殿の棟には3本の鰹木と外削ぎの千木が施されており、こちらに徳川家康と徳川頼房の二柱が祀られている。

  • 本殿後方の境内に東向きに天満宮、大國宮、稲荷宮が祀られている。

    本殿後方の境内に東向きに天満宮、大國宮、稲荷宮が祀られている。

  • 覆屋の中には二つの社が祀られており、社名札がなくどちらが稲荷か定かではない。<br /> 右の大きな社は二社相殿だろうか。

    覆屋の中には二つの社が祀られており、社名札がなくどちらが稲荷か定かではない。
     右の大きな社は二社相殿だろうか。

  • 常葉山時鐘。<br /> 境内左側に新たに建立されようとする鐘楼門で、吊るされる梵鐘は常葉山寺鐘と呼ばれ、市の指定文化財になっている。<br />もともとは水戸城で時を知らせる太鼓に変わり、寛文7年(1667)に徳川光圀が鋳造させたもので、後に鐘から太鼓に戻された宝永元年(1704)、東照宮に遷された。<br /> 更に時は流れ、明治に入ると、政府の命で1872年から4年間、旧県庁で時を知らせた。<br />しかし、2011年の東日本大震災で鐘楼を失い、梵鐘が鳴る事はなかったが、この楼門が完成すれば水戸の町に「常葉山時鐘」が再び鳴る事になる。<br /> この門から石段を下れば、宮下銀座商店街を経て東の国道50号線側に通じます。

    常葉山時鐘。
     境内左側に新たに建立されようとする鐘楼門で、吊るされる梵鐘は常葉山寺鐘と呼ばれ、市の指定文化財になっている。
    もともとは水戸城で時を知らせる太鼓に変わり、寛文7年(1667)に徳川光圀が鋳造させたもので、後に鐘から太鼓に戻された宝永元年(1704)、東照宮に遷された。
     更に時は流れ、明治に入ると、政府の命で1872年から4年間、旧県庁で時を知らせた。
    しかし、2011年の東日本大震災で鐘楼を失い、梵鐘が鳴る事はなかったが、この楼門が完成すれば水戸の町に「常葉山時鐘」が再び鳴る事になる。
     この門から石段を下れば、宮下銀座商店街を経て東の国道50号線側に通じます。

  • 写真は国道沿いに建つ東参道の鳥居。<br /> 控えめな装飾の社殿に対し、この新しい鳥居はなかなか押しの強い意匠が施され、東照宮らしさが漂うもので、水戸の街の中で、今も静かに時を刻み続ける場所である。<br />

    写真は国道沿いに建つ東参道の鳥居。
     控えめな装飾の社殿に対し、この新しい鳥居はなかなか押しの強い意匠が施され、東照宮らしさが漂うもので、水戸の街の中で、今も静かに時を刻み続ける場所である。

  • 水戸市宮町 『水戸東照宮』<br />祭神 / 徳川家康、徳川頼房<br />創建 / 元和七年(1621)<br />境内社 / 天満宮、大國宮、稲荷宮<br />祭礼 / 一月一日 元旦祭、二月節分の日 節分祭、四月一七日 例大祭、八月水戸黄門祭など<br />参拝日 / 2026/01/30<br />所在地 / 茨城県水戸市宮町2-5-13

    水戸市宮町 『水戸東照宮』
    祭神 / 徳川家康、徳川頼房
    創建 / 元和七年(1621)
    境内社 / 天満宮、大國宮、稲荷宮
    祭礼 / 一月一日 元旦祭、二月節分の日 節分祭、四月一七日 例大祭、八月水戸黄門祭など
    参拝日 / 2026/01/30
    所在地 / 茨城県水戸市宮町2-5-13

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