2026/01/28 - 2026/01/28
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與利幾神社。
太平洋の潮風を受けて聳える大洗磯前神社の大鳥居から、左の丘陵地大洗山に向け常夜灯が連なる車道を少し上ると左側に與利幾神社の鳥居が現れます。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- ホテル
- 2.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 JRローカル 徒歩
-
與利幾神社。
太平洋の潮風を受けて聳える大洗磯前神社の大鳥居から、左の丘陵地大洗山に向け常夜灯が連なる車道を少し上ると左側に與利幾神社の鳥居が現れます。
上は大洗磯前神社の大鳥居で、大洗海岸を見下ろす左の大洗山に社殿が建てられています。
與利幾神社はこの丘陵の西端に鎮座します。 -
写真は大洗山の上に続く車道の光景。
この坂を上りきれば大洗磯前神社の駐車場へ、そこから右に進めば大洗磯前神社の随神門に至ります。 -
車道左側に与利幾神社の社頭がある。
与利幾神社と刻まれた社標と石造明神鳥居(一の鳥居)が佇んでいる。
そこから丘陵地の上に向け参道は続いています。 -
しばらく上った先のニノ鳥居。
この辺りの鳥居や常夜灯は、建立されて間もないのか、やけに石の白さが際立っていた。
鳥居の額は「與利幾神社」となっています。
與利幾の「與」は「与(あずかる)」の旧字にあたり、「利」はまさしく「り」で、「幾」は「願う」という意味があります。
字の違いはありますが、込められた意味は「利にあずかることを願う」意味となります。
ニノ鳥居にきてやっと拝殿の姿が見えてきます。 -
與利幾(与利幾)神社拝殿全景。
ここから右の境内には鳥居と茶釜稲荷神社の参道が続いています。
拝殿は銅板葺の入母屋造りで、正面に一間向拝が付くもので、外見は、特に人目を引き付けるような意匠は少ない落ち着いた佇まいをしています。 -
そんな外観ですが、向拝に近寄ると木鼻の獅子がこちらを睨み、頭貫と桁の間には透かし彫りの龍が彫られており、海老虹梁にも拘りが込められています。
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拝殿額は「與利幾神社」。
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祀られる祭神は、大洗磯前神社の主祭神である大己貴命の子であり、諏訪大社の主祭神である建御名方命を祀ります。
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拝殿前の與利幾神社由緒。
『御祭神 建御名方命(たけみなかたのみこと)
例祭日 旧暦十一月十八日
由緒
古くからの言い伝えによると、安永六年(1777)、十一月十八日に大洗海岸の平太郎磯の近くに異木が流れ着いた。
平太夫という漁師が早朝これを見付け薪にしようと斧を入れるとその木がパッと光り輝いたので平太夫は驚き卒倒した。
その時、神が人に憑いて「この木は信濃国諏訪の諏訪明神の霊木である、厚く祀るように」とお告げがあった。
(これには諸説あり、大洗磯前神社の巫女が湯を奉ったが、巫女がこれは信濃国諏訪の神木であると語ったという説「磯浜誌」や平太夫が夢でお告げを聞いたという説「與利幾神社由来」などがあります。)
平太夫は村人達と計って平太郎磯の真上の丘の大洗磯前神社境内に寄った木を御神体としてお祀りしました。
それからの浜は大漁が続き、平太夫も漁に出れば大漁となり、商いをすれば繁盛し、事業をすれば成功し子孫もそれぞれ繁栄して今日に至る。
これを伝え聞いた近隣の人々も五穀豊穣・大漁満足・家内安全・商売繁盛を祈願して参拝する人々が列をなした。』
長文ですが後半部分は明治十八年の大洗磯前神社境内摂末社細帳に同様の記載が残るというもの。 -
つまり諏訪湖の諏訪大社の御神木が、天竜川を流れ下り、黒潮に乗って父が鎮まる大洗海岸まで流れ着いたというもので、それを祀ったのが與利幾神社のはじまり。
與利幾神社正面の海岸には平太郎磯がある。
以下は大洗磯前神社HPから與利幾神社の解説。
『境内の西に鎮座する境内末社。
安永6年(1777)11月18日、明神町の漁老平大夫という者が大洋で一つの霊木(楠木)を見つけ、渚に引いて置いたところ、常のものにはあらず怪しい光を発したので、里人はかしこみてこれを祀ったという。
このとき、大洗磯前神社の巫女が湯を奉ったが、巫女はこれが信濃国諏訪の神木であると語ったと伝えられる。』と「磯浜誌」にあります。
御祭神の大己貴命のお子様である諏訪大社、建御名方命の御神木が父神様のところに「寄ってきた」とされ「寄木」、さらに縁起のいい漢字を使い「與利幾」になったと伝わります。 拝殿の彫刻は幕末から明治期に活躍した後藤縫殿之助の手によるものです。」とあった。
この他「大洗町史 通史編(1986)」・「茨城県神社誌(1973)」など調べたが、大洗磯前神社の記述は詳細に記されていたが、與利幾神社や隣接する茶釜稲荷神社について詳細情報は得られなかった。 -
拝殿右側から本殿の眺め。
屋根は大洗磯前神社の本殿と酷似したもので、大棟に3本の鰹木が載せられています。
向拝には拝殿同様の意匠が施されています。 -
本殿側面。
妻壁の波の彫や曲がりの大きい海老虹梁が印象に残る。 -
本殿後方の高台に祀られる社は石尊宮。
祭神などの詳細は分からないが、禍除けの目的から祀られるようです。 -
石尊宮から本殿・幣殿・拝殿の眺め。
-
茶釜稲荷神社。
與利幾神社境内の右の鳥居を抜けた左に鎮座します。
全周は玉垣で囲われ、南向きに社頭を構えており、本殿を収める入母屋銅葺屋根の社殿一棟が建つ。
社殿左奥に小さな石祠があったが詳細は不明。 -
鳥居から境内社殿の眺め。
拝所に続く参道脇には狛狐、手水鉢や石標が建てられています。 -
狛狐(寄進年未確認)。
右側の狐、鼻が短く狐らしくない顔立ちで写真に収めたが、拡大すると先端は欠損しているようです。
稲荷との関連は分からないが蛙の像も置かれていました。 -
参道右には「櫛形山神社、茶釜稲荷神社、大甕磯神社」と刻まれた石碑が建てられています。
推測になりますが、中央の茶釜稲荷神社、左奥の石祠が櫛形山神社、右側に大甕磯神社が祀られているのかもしれない。 -
社殿正面全景。
社殿の建立時期は定かではないが、濡れ縁部分はかなり腐食が進んでしまっています。
境内に由緒の類は見られず、創建時期、祭神などの詳細は不明。
ただ、大洗町史通史編で與利幾神社の記述を見ていたところ、往古の與利幾神社は非常に多くの参拝客で賑わい、通りには茶屋が立ち並んだということ、社名の茶釜から察するに、そうした茶屋の主たちが伏見より勧請し創建したものかもしれません。 -
社殿に掛けられた額は「茶釜稲荷神社」。
紋幕には伏見稲荷と同じ抱き稲紋が入る、祭神は宇迦之御魂大神でいいのかな。 -
拝所から内部の眺め。
白い狐が守護する先に本殿の姿はあるが造りなどは分からなかった。 -
境内右側の大甕磯神社石標。
石標の奥に社があったのか確認していませんが、後方が駐車場なので、そこから社地後方を眺めれば見渡せるものと思います。 -
茶釜稲荷神社の右に赤い鳥居を構えた小社が祀られています。
Gマップでは福神社とあるが、社に社名札はないので定かではない。 -
参道を更に進み、小さな鳥居を抜けると視界は開け、写真の茶釜稲荷神社社頭に至ります。
駐車場に続くあの坂の頂上付近に立てられており、駐車場から簡単に茶釜稲荷神社、與利幾神社に参拝できるようです。
車を停めた参拝客の大半は大洗磯前神社を目指しますが、かつて大洗磯前神社より賑わったとされる與利幾神社に足を向ける人影は少ない。
與利幾神社(大洗磯前神社末社)
祭神 / 建御名方命
創建 / 安永六年(1777)
境内社 / 櫛形山神社、茶釜稲荷神社、大甕磯神社、不明社
所在地 / 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町
参拝日 / 2026/01/29
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