2026/01/28 - 2026/01/28
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kimi shinさん
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千葉県香取市津宮。
利根川右岸のこのあたりは、舟で香取神宮に訪れる参拝客の玄関口として賑わう湊町でした。
地名の津宮もそこからきている。
往古、舟で浜鳥居から上陸し、津宮集落を経て約2.5km先の香取神宮に向かったが、今回掲載する沖宮神社・忍男神社(東の宮)は浜鳥居から300mほど参道を進んだあたりに向かい合う様に鎮座しています。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
-
利根川の堤に建てられた浜鳥居(一ノ鳥居)とそこから始まる正参道と参道を横切る国道356号線、かつて、香取神宮の玄関口として多くの店や宿もあったであろう周辺は今は寂れた印象が漂う。
-
国道を渡った参道左側に「西 佐原町約一里」と刻まれた道標が立てられていた。
右側面には「南 香取神○○」、恐らく奥宮を経て香取神宮に至るまでの距離が刻まれているのだろう。 -
往古、舟で浜鳥居から上陸し、津宮集落を経て約2.5km先の香取神宮に続く参道口にあたります。
写真は浜鳥居から300mほど南下した参道の眺め。
参道を挟んで左右に鳥居の姿があります。
これが今回掲載する、沖宮神社(左)と忍男(おしお)神社。
ここから少し先に進むと、根本川に架かる董橋という朱塗りの橋がありますが、勅使はここで草鞋を脱ぎ、禊をしてから神宮に向かったという。 -
参道左側の一社は香取神宮の末社「沖宮神社」になります。
生垣に囲われた社地には、白い石鳥居と境内の石の社に常夜灯一基のみというシンプルなもの。 -
比較的新しい石の明神鳥居に掛けられた額には「沖宮神社」とある。
-
境内に現地解説板はなく、千葉県神社名鑑(1987)で「沖宮神社」を調べるが記載されておらず、香取神宮志(1938)を開いてみた。
境外末社十三社の中に「沖宮」として以下の一文が記されていた。
『香取郡津宮村にあり、綿津見命を祀る。六月夏越の祓の時この社を祭りしと云ふ。』
というもので、六月夏越の祓についても調べてみたが内容は分からず、祭神以外の情報は得られなかった。
一年の折り返しとなる6月、津宮集落に住む住民の無病息災を願い祈願が行われる。
今でこそ鳥居や常夜灯を構え神社の体裁をしているが、往古の祭祀形態は、今より更にシンプルなものかもしれません。
香取神宮末社 沖宮神社
祭神 / 綿津見神
創建 / 不明
所在地 / 千葉県香取市津宮 -
斜め向かいの杜に鎮座する忍男神社、通称「東の宮」と呼ばれる香取神宮の九社の摂社の一社です。
東の宮があれば西の宮もある。
その場所はここから西に向かい、根本川を渡った正面の森に鎮座する神社で、距離にして150m程の距離にあります。
往古、舟により浜鳥居から上陸し、香取神宮に向かう参道の浜の守護神として、根本川を挟んで東の宮と西の宮の二社が置かれたもの。 -
社頭から境内の眺め、忍男神社の額が掛けられた石造鳥居の先に、透塀で囲われた本殿域に朱塗りの流造の社殿が祀られている。
東の宮社頭の右に立てられた石標は、「香取大神・・」と刻まれているが全文が読み取れなかった。
社頭の現地解説板には以下のように解説されています。
『東の宮(忍男神社)
香取神宮 表参道沿いの津宮字東宮に鎮座。
香取神宮の摂社で伊弉諾命を祭る。
創建は古く不詳であるが、現在の社殿は慶長12年(1607)に徳川幕府により造営されたものである。
西の宮とともに浜手守護の神といわれている』
香取神宮志(1938)の摂社に以下のように記されていた。
『忍男神社
また東の宮とも云う、香取郡津宮村にあり。
御祭神 伊邪那岐命、古くはここにて夏越の祓を行ひ、神庭の傍に今年生の竹を柱とし薄を刈りて屋根を葺き祠を造り、種々の物を供へ又、薄の箸を作り備へて祭れり、是を青屋祭と稱したり。』
石岡市の高浜神社に同名の青屋祭が伝わるが、それは国司が都から着任すると、国内の一宮である「鹿島神宮」に巡拝し奉幣祈願をする慣わしがある。
荒天などで舟が出せないときは、湊に青草などで仮屋(青屋)をつくり、そこから「鹿島神宮」を拝んだとされる。
浜の鳥居からほど近いこの場所も環境は似ており、忍男神社の青屋祭がそうしたものなのか、文章からイメージできない。 -
境内には、右に年代不明の手水鉢と透塀で三方を囲い、入口に鳥居を構えた本殿域が鎮まっている。
この他、境内南角に三峯神社が祀られている。
千葉県神社名鑑(1987)では忍男神社について以下のように記されていた。
『香取神宮摂社 忍男神社(通称 東の宮)
■祭神?
伊邪那岐命・級長津彦命(級長戸邊命)・倉稲魂命
■例祭日??
一月一五日
■主要建物
本殿 銅板葺流造
■境内神社
風神神社
■由緒沿革
創建不詳。
香取神宮の摂社で、香取神宮造営ごとに社殿を改造す。
往昔、六月晦夏越祓があり、白状祭という祭典もあったが現在は行われていない。 昭和三五年五月一六日 風神社を合祀。』 -
東の宮(忍男神社)社殿全景。
-
朱塗りの本殿は流造、現地解説には現在の社殿は「慶長12年(1607)に徳川幕府により造営」とある。
その後の管理がいいのだろう、外観は400年を超えるものには到底見えない。 -
三峯神社は関東の神社境内によく祀られているのを見るが、地元名古屋ではあまり見かけないかもしれない。
本社は秩父の三峯神社、未だ訪れたことはないが、伊弉諾尊・伊弉册尊を祀る関東では知られた神社だという。
石の側面には昭和52年と刻まれており、長い歴史を持つであろう忍男神社にあって、新しいものかもしれない。
鹿取市津宮『沖宮神社・忍男神社(東の宮)』
祭神 / 伊邪那岐命・級長津彦命(級長戸邊命)・倉稲魂命
創建 / 貞観元年(859)
境内社 / 三峯神社
所在地 / 千葉県香取市津宮560 -
忍男神社(東の宮)の右、根本川を挟んだ西側に瞻男神社(西の宮)は鎮座する。
根本川に架かる橋から西の宮(瞻男神社)の杜の眺め。
田圃が広がる見通しのいい光景の中、右側に見える小さな森が鎮座地になります。
その昔、我家にも小さな田圃があり、幼い頃の記憶ではこんな長閑な光景が広がっていた。
歳を重ねた今でも田園風景に魅かれるのはそうした記憶からだろう。 -
農道を西へ向かった先の瞻男神社社頭。
社頭と境内の社殿の雰囲気は東の宮と瓜二つ。 -
社頭左側には社名不明の石の社が祀られています。
-
西の宮(瞻男神社)現地解説板記載内容。
『東の宮西方、根本川を挟む津宮字西宮に鎮座し、香取神宮の摂社で大己貴命を祭るのが西の宮である。東の宮と同時に造営された。東西両宮とも浜手守護の神といわれている』
千葉県神社名鑑(1987)
『瞻男(まもりお)神社(通称 西宮)
■鎮座地 佐原市津宮三四五番地
■祭神 大己貴命・綿津見命
■例祭 一月一五日
■主要建物 本殿・銅板葺流造
■境内神社 沖宮神社
■由緒沿革??
創建年代不詳。
忍男神社を東宮と称するのに対し、瞻男神社は西宮と称し、共に香取神宮浜手守護神である。
香取神宮の摂社として神宮造営には必らず社殿を改造された。
昭和五六年、氏子により境内全体を盛土、社殿の屋根を銅板葺に葺き替えるとともに、大修理を完成した。
昭和五六年、樹齢200年を超える名松が虫害で枯死した。
昭和三三年五月沖宮神社を合祀。』
香取神宮志(1938)の摂社では、瞻男神社について以下の記述が見られます。
『瞻男神社また西の宮と云ふ。津宮村にあり御祭神 大名持命なり』
また、香取郡誌(1900)の瞻男神社では、創建時期に繋がる記述を見つけました。
そこには『社伝曰く、貞観元年己卯勧請』と記されています。
東・西同時に造営とあるので約1200年ほどの歴史を誇ることになります。
当ブログではこれを根拠に忍男神社と瞻男神社の創建を貞観元年(859)と記述します -
境内全景。
左手に石の社が祀られています。 -
社殿もまさに瓜二つ。
祭神は国造りの神 大己貴命・海の神 綿津見命。 -
境内左手の石の社。
単独で祀られるこの社の正体は分からなかったが、沖宮神社を合祀とあるがそれではなさそう。 -
浜鳥居から香取神宮へ続く長い参道、そこを行き交う参詣者の姿を根本川を挟んだ両岸から見続けてきた
東の宮と西の宮。
時代が車社会となって以降、「歩いて神宮に向かう参詣者は少なくなったもんだ」そう思って見守っているかもしれない。
鹿取市津宮『瞻男神社(西の宮)』
祭神 / 大己貴神・綿津見命
創建 / 貞観元年(859)
境内社 / 沖宮神社他
所在地 / 千葉県香取市津宮345?
参拝日 / 2026/01/28
東の宮から西の宮 / 西へ170m、徒歩2・3分
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