2026/01/29 - 2026/01/29
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kimi shinさん
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昨日まで滞在した大洗。
大洗磯前神社のに二ノ鳥居前からバスに揺られて水戸市内にやってきた。
水戸市元山町の県道342号線沿いに東を向いて社頭を構える別雷皇太神、今回はこちらを掲載します。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
-
昨日まで滞在した大洗。
大洗磯前神社のに二ノ鳥居前からバスに揺られて水戸市内にやってきた。
水戸市元山町の県道342号線沿いに東を向いて社頭を構える別雷皇太神、今回はこちらを掲載します。 -
別雷皇太神 社頭の眺め。
歩道沿いには「別雷皇太神」の社標と、「関東三雷神 別雷皇太神」と書かれた縦看板が寄り添うように建っている。
鳥居を奥に控えるせいか、遠目には社標や鳥居よりも縦看板の存在感が際立つ。 -
そして縦看板同様に目立つ存在なのが「向町の散々楽」の解説。
室町時代から続く別雷皇太神例大祭の伝統芸能「棒ささら」について書かれている。
底抜け屋台の下から、竹竿の先端につけた親子獅子の人形を操り舞わせるものを「棒ささら」と呼ぶようで、全国でも茨城県内に数例しか伝わっていない珍しい祭りなんだそうだ。
散々楽は露払いの猿田彦を先頭に、矛を持ち、神事面を被った八人の童子が市内を練り歩くもので、喜怒哀楽を表すとされる神事面の中には、室町時代から受け継がれたものもあるという。
江戸時代には水戸東照宮の祭礼や、明治天皇の水戸巡幸の際にも上演された記録が残るという。
ここにある向町は旧町名で現在の大工町交差点の西、国道50号線沿線辺りだという。
我が町を含め、街から祭礼が消え、近所付き合いが希薄になっていく中、水戸の街中にこうしたものが受け継がれているのは羨ましい限りだ。 -
一対の石灯籠と鳥居が建てられ、歩道から境内に向け石段が設けられている。
参道を鳥居に向け進み、目に止まったのは一対の常夜灯。
右手のものを見ると竿のない不自然なもので、空襲や震災の爪痕を物語っているとしか思えないもの。
茨城県神社誌(1973)から由緒を調べた際、社殿は戦時中の空襲で焼失したとあり、灯籠はそれを伝える戦争遺構のようだ。
これ以外に拝殿前の灯籠も基壇の上に笠が載せられたものが目に付く。
不自然さを感じるが、左右共にこうした形で揃っていると、平和ボケした昨今、こうした種類の灯籠なんだろうと思えるくらい普通に思えてくる。
仮に戦争を伝えるものであれば、次の世代に伝えるのも必要なのかもしれない。 -
境内全景。
訪れたのは1月30日、遅い朝食の時間帯、境内で鶏を飼っているのか、どこからか鶏の朝泣きが聞こえてくる。
境内に入ると、目の前の社殿より左のカエルの石像に視線がいく。
当神社の社名からも分かるように雷様を祀る神社ということで、雷は雨をもたらすことから、雨乞い・水稲耕作の神として信仰される。
カエルは雷神の使いとも云われるようで、ここは狛犬よりこのカエルが主役になってくる。 -
六福六蛙(ろくふくむかえる)。
石像は親カエルの背中に5匹のカエルが載るもの。 -
御利益は「無事かえる」・「金かえる」・「若がえる」・「良く考える」・「もとにかえる」の他、卵からオタマジャクシとなりカエルになることから「出世」にも御利益があるという。
御存知のように、カエルの卵は数えきれないほど産卵することから子孫繁栄も期待できるかもしれない、もう一匹背負わせてみるのもどうだろう。
授与所では金色のカエルのお守りが授かれるようで、金色大好きなどこぞの人に「良くかんがえる」の意味を込めて贈ってやりたいくらいだ。 -
社殿全景。
戦後に復旧された社殿は、左に手水舎があり、正面に入母屋造で千鳥破風・唐破風向拝が付く拝殿と幣殿、本殿が続くもので、右手に境内社が纏められています。
茨城県神社誌(1973)によれば当社の創建は第45代聖武天皇神亀元年(724)。
勅命により常陸国主藤原宇合が蝦夷征伐におもむく際、東北地方鎮護の神として、京都の「加茂別雷神社」の御分祀を当地に祀ったことが創始。
現在の水戸地方に鎮座する神社では第一の古社とされる。
由緒によると、この地方を治めた佐竹氏、徳川氏の産土神として信仰され、特に雷難消除、武運長久の守護神として崇敬され「水戸の雷神さま」として関東一円に知られたという。
また、桜田門外の変の水戸浪士たちは別雷皇太神で祈願成就を祈ったともされます。
明治六年(1873)村社に列格。
大正13年東京上野の「電気博覧会」では、会場鎮護の神として、当社の御分祀が祀られ、その後は東京都電気局の守護神として祀られ、当時の市電や市バスには当社の御神札が祀られていたという。
現在は、茨城県東海村に遷されて電気、原子力の守護神として祀られている。
当社は昭和20年の水戸戦災により、社殿・社宝・資料のすべてを焼失。
戦後の混乱期に再建されたが狭隘となり、昭和四十五年に現在の社殿に生まれ変わった。
境内神社は淡島神社(少彦名命)、聖徳神社(聖徳命)、青麻神社(青麻命)、稲荷神社(宇迦魂命)を祀ると記されていました。 -
手水鉢。
カエルの姿はここにもある、さながら蛇に睨まれたカエルだろうか。 -
拝殿前の灯籠。
これはこれで形になって見えるところが平和ボケの証かもしれない。 -
拝殿前の狛犬(阿形)
建立年度は見忘れましたが、茨城県神社誌では昭和八年寄進とあり、空襲前のものと思われます。 -
吽形。
狛犬の尻尾と言えば、上に伸びたものや、扇のように広がったものなど、多様なデザインがある。
ここの狛犬の尻尾のデザインはあまり見覚えのない面白い形をしています。 -
向拝。
鳳凰、松に鹿と老僧、龍の透かし彫りはなかなかのもので、飾り金具は外に向かって葉を広げる尻合わせの三つ葉葵が施されている。 -
拝殿左から社殿の眺め。
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別雷命を祀る本殿は流造で棟には外削ぎの置き千木と5本の鰹木が飾られています。
本殿と幣殿は屋根と壁で繋げられているように見えます。 -
境内社を纏めた拝殿右側の眺め。
この一角に聖徳養蠶神社、電気神社、淡島神社が祀られています。 -
苔むした参道の正面に鎮座するのが電気神社。
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祭神は別雷命、御神徳は電気守護・電気業務安全・電力安定供給・通信守護。
インフラに係る事業主から崇拝されているという、この辺りだと東電だろうか。
因みに当地を訪れた当日、JR常磐快速線の上野駅で起きたケーブル断線から関連する路線は大きな影響を受けており、ここを訪れていた頃は上野までの移動に支障が出ていた事は知る由もなかった。
事業主には潤沢な事業費とたゆまぬ整備の後の神頼みであって欲しいものだ。
電気神社の左から後ろに回り込むと聖徳蚕養神社が祀られていますが、社ではなく石標でした。 -
電気神社の右に鎮座する淡路神社。
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祭神は少彦名命、縁結びや婦人病平癒、手芸上達に御利益があり、右手に供養針と刻まれた鉢があり、こちらに納めるようで、二月八日に針供養が行われる。
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電気神社から本殿の眺め、左側にはなかった中央の建物はよく分からないが神饌所だろうか。
この一角に聖徳養蠶神社、電気神社、淡島神社が祀られています。
社頭の縦看板にあった「関東三雷神」とは金村別雷神社(茨城県つくば市)、雷電神社(群馬県邑楽郡)と当社 別雷皇太神を指すという。
そういえば前橋東照宮を訪れた際にも雷電神社があった、北関東一円には雷神を祀る神社が多い地域のようだ。
近頃あまり耳にしなくなった「地震・雷・火事・おやじ」、時代は変わり、雷おやじは絶滅種となったが「地震・雷・火事」だけは今も消える事はない。
別雷皇太神(茨城県?水戸市)
祭神 / 別雷命(わけいかずちのみこと)
創建 / 神亀元年(724)
祭礼 / 節分祭2月3日、春季大祭3月3・4日、秋季大祭11月3・4日神輿渡御
参拝日 / 2026/01/30
所在地 / 茨城県水戸市元山町1-1-57
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