2026/01/28 - 2026/01/28
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kimi shinさん
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下総国一宮・常陸国一宮巡拝のため訪れた千葉・茨城、大洗シーサイドホテルで迎えた最終日は大洗から水戸を目指し帰路に着くことになる。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JRローカル 徒歩
-
下総国一宮・常陸国一宮巡拝のため訪れた千葉・茨城、大洗シーサイドホテルで迎えた最終日は大洗から水戸を目指し帰路に着くことになる。
この日の日の出は6:42。
窓の外は既に朝陽が上ろうとするタイミング、二人して水平線から上がる日の出を見に神磯の舞台に向かう。 -
6:38。
舞台や海岸沿いには多くの人がその時を待ちわびている。
しかし、生憎沖に大きな雲が垂れこめ日の出は拝めそうにもない。
駄目かな?ならばせめて赤く染まれ。 -
6:43。
雲の間から日の出が顔を見せてくれた。 -
6:55。太陽は雲を抜け空を暖かく染めてくれた。
この光景が見たかっただけに、これで切り上げホテルに戻る。 -
7:16。
朝焼けに照らされ、大洗磯前神社のニノ鳥居と三ノ鳥居が神々しく輝く。 -
ホテルラウンジから眺める大洗の朝。
-
7:28。
エレベーターホールから大洗磯前神社の社叢と早朝の街並み。
自分やかみさんは神話や神の存在を信じる方ではない。
しかし、一日の始まりや終わりに訪れる僅かな時間、自然が魅せるドラマには、感動とともに自然に生かされているような気分を覚える。 -
7:32。
朝食。
納豆・鮭・海苔、これだけで御飯二杯は軽くいけそうだ、しかし御飯は一杯にしておかないと、液体の米が飲めないんだよね。
ゆっくり朝食を済ませ、9:00にcheck out。
ホテル前のバス停から、9:23発の水戸行のバスに乗車、水戸市街の大工町バス停まで揺られていく。 -
10:24。
お腹も満たされ、暖かい車中で睡魔と闘いながら?約45分?、水戸市街の大工町バス停に降りたつ。
出迎えるのは藁納豆を被った水戸ちゃん。
ここから一路、梅の名所偕楽園方向へ。
梅にはまだ早いが、水戸の東照宮を目指して3.3km程食後の運動。
昨晩1本酒を空けたとはいえ、リュックの重みは、ほぼ酒と水、これがずしりと圧し掛かってくる。 -
歩き始めて5分程か、歩道右側の別雷皇太神の社頭で立ち止まる。
左側に「別雷皇太神」の社号標と「関東三雷神 別雷皇太神」の大きな看板が立てられている。
写真は社頭の「向町の散々楽」の解説。
室町時代から続く伝統芸能「棒ささら」について書かれている。
竹竿の先端につけた獅子の人形を操り舞わせるものを「棒ささら」と呼ぶようで、全国でも茨城県内に数例しか伝わっていない珍しい祭りなんだそうだ。
江戸時代には水戸東照宮の祭礼や、明治天皇の水戸巡幸の際にも上演された記録が残るという。 -
そんな伝統を誇る祭礼が行われる別雷皇太神、参拝しておこう。
県道342号線沿いに社頭を構え、一対の石灯籠と鳥居が建てられ、歩道から境内に向け石段が設けられている。
こちらの灯籠、右手のものを見ると竿のない不自然なもので、空襲を物語るものかもしれない。
これ以外に拝殿前の灯籠も同じく竿はなく、基壇の上に笠が載せられたものがある。
不自然さを感じるが、こういう形の灯籠なんだろうと思えるくらい普通に思えてくる。
茨城県神社誌(1973)から由緒を調べてみると、社殿は戦時中の空襲で焼失しており、灯籠はそれを伝える戦争遺構のようだ。 -
社殿全景。
正面に入母屋造で千鳥破風・唐破風向拝が付く拝殿と本殿が続き、右手に境内社が纏められています。
水戸の中心街にある境内に、鶏の朝鳴きの声が聞こえてくる。
当社の創建は第45代聖武天皇神亀元年(724)。
勅命により常陸国主藤原宇合が蝦夷征伐におもむく際、東北地方鎮護の神として、京都の「加茂別雷神社」の御分祀を当地に祀ったことが創始。
現在の水戸地方に鎮座する神社では第一の古社とされる。
由緒によると、この地方を治めた佐竹氏、徳川氏の産土神として信仰され、特に雷難消除、武運長久の守護神として崇敬され「水戸の雷神さま」として関東一円に知られたという。
また、桜田門外の変の水戸浪士たちは別雷皇太神で祈願成就を祈ったともされます。
大正13年東京上野の「電気博覧会」では、会場鎮護の神として、当社の御分祀が祀られ、その後は東京都電気局の守護神として祀られ、当時の市電や市バスには当社の御神札祀られていたという。
現在は、茨城県東海村に遷されて電気、原子力の守護神として祀られている。
当社は昭和20年の水戸戦災により、社殿・社宝・資料のすべてを焼失。
戦後の混乱期に再建されたが狭隘となり、昭和43年に現在の社殿に生まれ変わった。 -
境内右手の境内社。
この一角に聖徳養蠶神社、電気神社、淡島神社が祀られています。
因みに、関東三雷神とは金村別雷神社(茨城県つくば市)、雷電神社(群馬県邑楽郡)と当社 別雷皇太神を指し、北関東一円は雷が多い地域のようだ。
近頃あまり耳にしなくなった「地震・雷・火事・おやじ」。
時代は変わり、巷から雷おやじは消え去ったが「地震・雷・火事」だけは今も消える事はない。
別雷皇太神。
祭神 / 別雷命
所在地 / 茨城県水戸市元山町1-1-57
再び偕楽園へ向かおう、偕楽園表門まではここから約0.7km徒歩10分ほど -
住宅街を抜けた先に偕楽園の表門が現れる。
兼六園、後楽園とならぶ日本三名園のひとつで梅の名所として知られる。 -
11:10。
偕楽園?好文亭表門到着。
切妻茅葺の屋根で全体は黒を基調とした腕木門で通称黒門と呼ばれる。
漆喰の白がアクセントとなり、落ち着いた佇まいの門。
偕楽園は天保十三年(1842)に創設され、その正門になるのがこの黒門。
昭和20年の水戸空襲で園内の好文亭など大半を焼失したが、黒門だけは焼失を免れた。
創設当時は好文亭の表門として必ずここをくぐったものだろうが、現在は駐車場のある偕楽園駅側がメインとなりここを訪れる人は少ない。
門をくぐり、綺麗に手入れされた竹林を左手に進む。 -
好文亭中門。
竹林からクマザサが生い茂る杉木立の先に佇む茅葺き屋根の門、この先に好文亭がある。 -
当日の梅の開花状況、陽当たりの良いところはこうして咲き始め、春の香りを漂わせている。
今でこそ花見といえば桜が代名詞ですが、現在主流のソメイヨシノや彼岸桜など江戸時代に入ってからのこと、往古の花見はこの梅が主役で、道真が好んだというのも頷ける。
見晴らし広場から眺める好文亭、戦災で被災後に再建されたもの。 -
偕楽園内マップ、南側にJR偕楽園駅はあるが、梅祭り期間だけ開かれ、それ以外はクローズなので要注意。
偕楽園
所在地 / 茨城県水戸市元山町2-2-5
ここから東門を抜け、すぐ先に鎮座する東湖神社と常盤神社に参拝。 -
東門茶屋街を抜けた左に鎮座する東湖神社。
常盤神社の摂社で祭神は藤田東湖命を祀る。
5月4日が例祭で、合格祈願、学業成就、事業の繁栄に御利益がある。
東湖神社
祭神 / 藤田東湖命
創建 / 昭和18年(1943)
所在地 / 茨城県水戸市常磐町1-3-1 -
常盤神社(別格官幣社)。
御祭神は高譲味道根命(徳川光圀)、押健男國御楯命(徳川斉昭)。 -
明治6年(1873)に、徳川光圀、徳川斉昭を慕う藩士により創建された神社。
常盤神社
祭神 / 徳川光圀、徳川斉昭
創建 / 明治6年(1873)
所在地 / 茨城県水戸市常磐町1-3-1 -
上は境内から南に続く正参道の眺め、ここを降りて左に向かいます。
写真は偕楽園駅から南にあるJR貨物の集積所。
常盤神社社頭から水戸東照宮までは約2km、30分、一山超えた先の宮町に鎮座します。 -
12:30、県道50号東照宮入口交差点着、水戸東照宮の鳥居はこの交差点の左側に立っています。
所在地 / 茨城県水戸市宮町1-1 -
水戸東照宮社頭。
なんだかゴチャゴチャした一帯の高台にニノ鳥居が立っている。 -
東照宮に続く参道右側は飲食店が連なり、その横に東照宮の社号標があり、そこから石段が上に伸びている。
-
水戸市内を見下ろす高台に築かれた境内の社殿の眺め。
後方は壁のように集合住宅が聳え、街中の神社の典型的なものかもしれない。
社殿は唐門と拝殿・幣殿・本殿が繫ながるもので、元和七年(1621)に水戸初代藩主徳川頼房が、父の徳川家康の霊をこの地に祀ったのがはじまり。 -
唐門から拝殿の眺め、東照宮としては控え目な意匠ですが、黒漆塗り?の柱に金の三つ葉葵の紋、天井には梅の絵が施されるなど贅沢さは隠せない。
社殿は水戸東照宮は元和七年(1621)、水戸初代藩主徳川頼房公が、父徳川家康公の御霊をこの地に祀ったことにはじまる。
趣のある国宝の社殿は空襲で焼失し、現在の社殿は昭和三十七年に再建されたものの、東日本大震災で被災し復旧されたものが現在の社殿。 -
水戸東照宮は現在も工事が行われており、境内東側には鐘楼が作られており、ビニールシートで覆われた梵鐘「常葉山時鐘」が吊るされていた。
もともとは水戸城で時を知らせる太鼓に変わり、寛文7年(1667)に徳川光圀が鋳造させたもので、後に鐘から太鼓に戻された宝永元年(1704)、東照宮に遷された。
更に時は流れ、明治に入ると、政府の命で1872年から4年間、旧県庁で時を知らせた。
しかし、2011年の東日本大震災で鐘楼を失い、梵鐘が鳴る事はなかったが、この楼門が完成すれば水戸の町に「常葉山時鐘」が再び鳴る事になる。
この工事中の楼門から東に出た権現さん通りの国道50号線脇に写真の派手な鳥居が建てられていた。
今も尚、改修の手がやまない水戸東照宮です。 -
水戸東照宮
祭神 / 徳川家康、徳川頼房
創建 / 元和七年(1621)
所在地 / 茨城県水戸市常磐町1-3-1
12:30、参拝を終え、昼食のため怪しいお店に向かう、国道50号線沿いに左に向かう。
南町1丁目の信号の角にある雑居ビルの二階、細くて暗くて急な階段を上った先の黄門そば。 -
TVの「思うまい店」で紹介されたうどんと蕎麦の店、怖いもの見たさで訪れたものの、ビルの入口もさることながら、メニューも想像以上に怖いものだった。
自分は普通盛のざるそば(@900)、これが普通。 -
これはかみさんが頼んだけんちんそば、これで小盛である。
とにかく量が多い、かみさんに至っては野菜ゴロゴロのけんちん汁ですら強敵。
この汁の中に麺を漬けて食べるのが流儀なんだが。
麺は蕎麦の風味の欠片もなく、ひたすら空腹を満たす分にはいいのかもしれない。
蕎麦のつけ汁は薄口で、この量を食べるにはもう少し薬味と濃いつけ汁が欲しい。
1000円以内で腹を満たせないご時世、これ一杯食べれは晩御飯抜きでもいけそうな感じ。
お勧めはしないが、笑いたい方、とにかく腹を満たしたい方には向いているのかも。
黄門そば
所在地 / 茨城県水戸市南町1-3-11
この麺はかなりの強敵。
ここから水戸駅まで約10分ほどあるが、そんなものでは腹ごなしにもならない。 -
13:30、JR水戸駅北口デッキ到着。
黄門さま御一行に挨拶して茨城の旅を終え、東京から新幹線に乗り名古屋に向かう。
・・・ところがこの日は午前7時ごろ上野で起きた停電により、常磐線は運休となり14:00運転再開見込みとのこと、急ぎの旅でもないのでまあ慌てる事もない。
かみさんが混みあうJR窓口で問い合わせと新幹線のチケットを買い求める間、隣にある角打ちで軽く一杯ひっかけながら待つ。
所在地 / 茨城県水戸市宮本1-1 -
15:30、ホームに降りる。
ホームは運転再開を待つ乗客と、動くに動けない列車が連なっている。
右手に乗るべき電車は見えている、寒いホームで待たせるなら車内に入れてくれればいいのだが。
つい最近もJR東日本やらかしていただけに、人出不足や人材の技量など、インフラの機能確認が後手に回っているのは明らかだろう、老朽化する都市インフラは益々形を変え牙をむいてくるのだろう。
何時だったかな、左の特急が走り去り、右の車両が滑り込み、やっと暖かい車中に座ることができた。
後は東京まで辿り着けばいい。
東京駅で土産と崎陽軒のシュウマイ弁当を買い求め「のぞみ」に乗車、名古屋まで寝ていけばいい。
DAY3移動ルートは?こちら?。 -
自宅に辿り着き、遅い晩御飯はシュウマイ弁当。
出張の際には良くお世話になり、シュウマイも土産に持ち帰ったものだが、シュウマイ弁当を食べた事のないかみさんは、帰りに買っていくものリストに上がっていたものだ。
まだ、胃の中に奴がいるが、せっかくなので美味しく頂く。
それにしても今回の一之宮巡り、昨年もう一泊して潰しておけば良かったのかも。
あの時、かみさんは打診したというが、自分がいい返事をしなかったという。
心境は覚えちゃいないが、大洗まで片道200kmの道のりを考えると、遠いなぁということくらいか。
blogも下総国一宮・常陸国一宮巡拝の三日分書き終えて漸く旅も終わった。
だんだんと遠くなる。
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旅行記グループ 下総国一宮・常陸国一宮巡拝
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