2006/05/06 - 2006/05/06
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jijidarumaさん
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【2006年5月6日デュッセルドルフの旧市街にある「タンテ小母さんのレストラン」で夕食を頂く】
ドイツ駐在中、デュッセルドルフの旧市街では日系の焼き肉店「大都会」やドイツワインの飲み屋レストランWeinkrügerヴァインクルーガーで、ドイツ料理の老舗レストラン“Zum Schiffchenツム・シッフェン”、スペイン料理のEl Amigoエル・アミーゴ、中華料理店といったお店や本編の「タンテ小母さんのレストラン」で食事をする機会が多かった。
記憶と記録が残るのは、1985.01.15.家族の帰国(01.19.)にあたり、家内共々、お世話になった方々(J夫妻、S夫人)を招いて、食事をした思い出の「タンテ小母さんのレストラン」である。
1985年5月末に帰国以来、退職後のドイツの旅で、21年ぶりにデュッセルドルフを再訪した。
2006.05.06.この時は旧市街(飲み屋街)の小さなホテルAlt Düsseldorfアルト・デュッセルドルフに泊まり、近所の懐かしい「タンテ小母さんのレストラン」で夕食をとった。
写真:1985.01.15.家族の帰国にあたり、お世話になった方々(J夫妻、S夫人)を旧市街Weinhaus Tante Annaワインハウス タンテ アンナ に御招待(18時45分~21時半)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
デュッセルドルのAltstadt旧市街は地図のように、500m四方の狭い地域にある。
国際色豊かなレストランがあり、日本からの御客、業務上の付き合い、友人・知人との会食(もちろん家族とも)などにしばしば出かけた。
参考写真:写真:本篇に絡んだデュッセルドル旧市街にあるSt. Andreaskirche聖アンドレアス教会・・・ 旧市街Mapの中央上に6角形の印をつけた。及びアンナ小母さんのワインハウス ・・・ 旧市街Mapの中央上に丸印を記した。 -
2006年の事から、そういえばこんなことがと、記憶を巻き戻すと旧市街での食事のシーンが続けて思い出された。
記憶をたどって、我が家の古いアルバム(1983年11月)をめくっていたら、いつもお世話になっていたJ夫妻、S夫人たちと、旧市街の「大都会」で夕食し、二次会には同じ旧市街にあったワインレストランの「Weinkrügerヴァインクルーガー(ワインの壺)」でドイツワインを楽しんだ場面が出て来た。
そして、続いて1985年1月の写真も出て来た。
これらも懐かしい写真だが、ヘビースモーカーだったS夫人はもう既に鬼籍に入ってしまった。
(尚、2006年に旧市街を訪れたときは、“大都会”(鉄板焼きの日本料理店)はすでに撤退して、イタリア料理店に変わっていた)
写真:1983.11.27.いつもお世話になっていた皆さん(J夫妻、S夫人)と、旧市街の「大都会」で夕食し、二次会はワインレストランの「Weinkrügerヴァインクルーガー」でドイツワインを楽しんだ。 -
【旧市街Weinhaus Tante Annaワインハウス タンテ アンナ】
デュッセルドルフの旧市街にある、この店は20世紀初め、人気者の女将に因んで、名前を“アンナ小母さんのワインハウス”としたそうだ。
古くは1593年、イエズス会修道院の礼拝堂として、建造されたと云う。
店内には1000年の歴史を感じさせる黒く古びた花崗岩の柱がみられ、400年の年月を経たアンティークの家具で飾られた、落ち着いた雰囲気をもつ家庭的料理とワインの店です。
写真:旧市街Weinhaus Tante Annaワインハウス タンテ アンナのロゴ -
1985年1月19日、長女の高校受験に合わせて、家族は先行して日本へ帰国することになった。
帰国が決まっていた私の方は後任者との引継ぎなどを考慮し、5月末に帰国を予定していた。それで帰国前の家内と一緒に、お世話になった方々(J夫妻、S夫人)を招いて、「タンテ小母さんのレストラン」で食事をした。
写真:旧市街Weinhaus Tante Annaワインハウス タンテ アンナ の外観タンテ アンナ 地元の料理
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この時は*Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋で食事をした。
ヤン・ヴェレム公の部屋の手前の*St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋よりも大きく、縦に長く、奥行きのある部屋で、部屋の装飾も見事だった。
・・・・・
*JanWellemヤン・ヴェレムは、この町の市民が親しげに呼ぶ愛称、通称であり、正しくはプファルツ選帝候ヨハン・ヴィルヘルム2世のことである。
通称JJanWellemヤン・ヴェレムの騎馬像は市庁舎傍のマルクト広場に立っているから、旧市街に来るたびに一応敬意を表して挨拶している。
*St. Andreaskiriche聖アンドレアス教会
D- 40213 Düsseldorf 、Andreasstraße 10
デュッセルドルフ旧市街のデュッセルドルフ美術館のすぐ横にあった教会で、ワインハウス タンテ アンナに隣接している教会である。
この教会はかつての宮廷教会でイエズス会の教会でした。
聖アンドレイに捧げられたこの教会は、1622年から1629年にかけて南ドイツ・バロック様式で建設されました。当初は1619年にデュッセルドルフに到着したイエズス会士のために建てられ、 1708年からはノイブルク宮廷伯爵(プファルツ・ノイブルク家)の「宮廷教会」でした。
1773年8月にイエズス会が解散した後、2005年にドミニコ会の修道院教会となるまで、教区教会として利用されてきた。
現在、建物自体はノルトライン・ヴェストファーレン州が所有している。
教会が完成したのは1629年、建物はルネサンス後期と初期バロック様式という、2つの異なる様式が高い次元で融合していて、同じスタイルの教会のなかでも最も美しいといわれている。
中に入ると、天井、柱の装飾が全て、白で統一されていて、とても美しい教会です。聖堂の側面にいるのは等身大の十二使徒だそうです。
・・・・・
参考写真:1985.01.15.家族の帰国にあたり、お世話になった方々を旧市街Weinhaus Tante Annaワインハウス タンテ アンナにご招待・・・店内Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋。 -
さて、二つの名前はこの町にとって大事な名前で、部屋の名もその背景もあって名付けたのだろう。支配者の名と教会の名と、なんとなくその区別は分かる。
そして二つの部屋の差は、写真のように白いテーブルクロスが敷かれているかどうかだ。初めて駐在した際に、「できるだけ白いテーブル席のあるレストランに入るべし」と、先輩社員に教えられた。
例えば、ビールとワインの差のように、少し格の差があるのだ。
S夫人に予約を頼んだだけに、奥の部屋になっていた。
私共もそれなりの装いで出かけたわけだ。
長い歴史を感じさせる、黒く古びた花崗岩の柱が、二つの部屋の境にどっしりとあり、私たちはヤン・ヴェレム公の部屋に招じられた。
写真:1985.01.15.家族の帰国にあたり、お世話になった方々(J夫妻、S夫人)を旧市街Weinhaus Tante Anna に御招待(18時45分~21時半)・・・Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋 -
イチオシ
残念ながら、当時は旅行でもないので、料理の写真を詳細にとることもなく、何を食べたのかも覚えていないのだ。
ともあれ、集いの写真はいまだに色あせることもなく、残っていて、当時の楽しい雰囲気を伝えてくれる。
写真:1985.01.15.家族の帰国にあたり、お世話になった方々(J夫妻、S夫人)を旧市街Weinhaus Tante Anna に御招待(18時45分~21時半)・・・Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋 -
<2006.5.:“ドイツ ライン・モーゼル周遊>
期間 : 2006年5月5日(金)~5月19日(金)15日間
今回の旅の目的地は二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”が第一です。そして週末や休暇の帰途に、何度も立ち寄った“ライン・モーゼル川の流域等”を旅するものです。
レンタカーはメルセデス・ベンツのC-220-D 2200CC ディーゼル オートマチックで、久しぶりに気持ちよく、ドイツのアウトバーンも走った。
写真:2006年ドイツ懐かしの地再訪 行程図 -
イチオシ
Hofgartenホフガルテンから Kö・Centerケー・センターにある “Café Heinemann”カフェ・ハイネマンにやって来て休憩です。当地一番の、定評あるチョコレートのお店で、1階がチョコレートの販売、2階がCaféになっている。
2階の奥まった車道の見える席について、早速“リンゴのトルテ”を紅茶で頂きました。店内の席は年配のドイツ人達で占められ、ケーで見かけた何組かの日本人もいません。
私共のように旅行者然とした格好の人は誰もいませんし、私共にとっては奇妙で、不思議な空間に座っていた思いでした。(Euro14)
お腹が落ち着き、充分休みを取って、1階のチョコレート売り場に。
ここのチョコレート菓子の中でも“シャンパン・トリフ”が私は大好物だ。食べるとシャンパンが口の中に溶け出て、たいへん美味しい味で感心する。残念ながら空港で、購入できないので、旅の初めだが、お土産にと大袋一杯に買う事になりました。日本まで溶けないように祈るのみです。(Euro65.22)
旧市街からスタートし、Hofgartenホフガルテンから Köケ―といった懐かしい通りを結構な時間を歩きまわったので、ホテルに戻り、17時から1時間半ほど休む。
写真:2006.05.06.Hofgartenホフガルテン、Kö・Centerケー・センターにある “Café Heinemann”カフェ・ハイネマンで休憩。カフェ ハイネマン (フェラインスバンク パッサージュ店) スイーツ
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デュッセルドルフの旧市街にはその歴史を語る二つの彫刻を見ることができる。
A)Stadterhebungsmonumentシュタッダーヘーブングスモニュメント(デュッセルドルフが都市特権を得たことを記念するモニュメント)
D- 40213 Düsseldorf、Müller-Schlösser-Gasse
1288年に「Schlacht von Worringenヴォリンゲンの戦い」でデュッセルドルフが勝利し、都市特権を得たことを記念するブロンズ製の彫刻のことである。
この彫刻は聖ランベルトゥス教会の近くにある。
この彫刻は都市の設立(都市特権を得た)と、デュッセルドルフの住民とケルン大司教の間の歴史的な戦いを表しており、石と金属の作品は一種の「歴史の教訓」の表現である。
この作品は1988年(ヴォリンゲンの戦いで勝利した700年周年記念)になって、旧市街の中に作られた。
・・・・・
B)Radschlägerbrunnenラートシュレーガーブルンネン(側転像と噴水)
D-40213 Düsseldorf、Burgpl. 13
デュッセルドルフ旧市街のブルク広場の中心にあるラートシュレーガーブルンネン“側転”像と噴水はこの町の重要な歴史的シンボルでもある。
Stadterhebungsmonumentシュタッダーヘーブングスモニュメントからライン川に向かって、18mほど離れたブルク広場にある。
1288 年のヴェリンゲンの戦いで、デュッセルドルフの領主アドルフ フォン ベルク伯爵がケルン大司教に対して決定的な勝利を収めたことを記念するものです。
この勝利はデュッセルドルフに都市特権を与え、市の歴史における政治的転換点となったため、非常に重要でした。
この勝利を祝って、凱旋する兵を子供たちが“側転”をして出迎えたという故事に因んだもので、プラタナスの樹の下に“側転”像と噴水がある。
・・・・・
写真:デュッセルドルフ旧市街の側転の泉、“Worringenヴォリンゲンの戦いに勝利した像”と“アンナ小母さんのワインハウス -
写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Annaレストラン タンテ・アンナ小母さんで夕食・・・ 外見
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写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Annaレストラン タンテ・アンナ小母さんの説明文
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デュッセルドルフの旧市街にある、この店は20世紀初め、人気者の女将に因んで、名前を“アンナ小母さんのワインハウス”としたそうだ。
古くは1593年、イエズス会修道院の礼拝堂として、建造されたと云う。
店内には1000年以上の歴史を感じさせる黒く古びた花崗岩の柱がみられ、400年の年月を経たアンティークの家具で飾られた、落ち着いた雰囲気をもつ家庭的料理とワインの店です。
写真:2006.05.06.Restaurant Tante Annaで夕食・・・デュッセルドルフ旧市街:レストラン タンテ・アンナ小母さんの説明書 -
イチオシ
【夕食、Weinhaus Tante Annaワインハウス・タンテ・アンナで】
19~21時;夕食代はEuro97=14,000円
愛想の良いオーナーに案内される。
予約席は入口を入って直ぐ、17世紀初頭のニュールンベルグ風タイル張りに飾られた立派な暖炉の前の特等席でした。・・・が、先述したが、St.Andeas-Zimmer聖アンデアスの部屋という事になる。
やはり、気軽な軽装したお客という事なのだろう(苦笑)。
ただ、特等席だと感じたのも、この部屋では一番落ち着く、趣のある、良い席であったのは間違いはない。
どっしりした樫の木製のテーブルに座り、辺りを眺めると金の飾りのある格天井、真鍮の大きな飾り皿、古い大砲、巨大な乗馬靴、鎧の胸当て、黒ずんでしまった連帯旗等、ユニークで、統一性の無い品々が並び、この部屋を古き時代に誘うように飾られている。
写真:2006.05.06.Restaurant Tante Annaで夕食・・・St.Andeas-Zimmer聖アンデアスの部屋 -
早速、Frankenheim Altフランケンハイマー・アルト ビールで喉を潤し、没後150年のSchuman-Festivalシューマン・フェスティバルに因んだ、今夜のメニュー「シューマン・メニュー(クララ夫人の料理レシピから採った。)Euro29.5」を二人とも注文する事にしました。
この3品メニューは
1)スープが“パセリ・ニクズク入りアスパラスープ”、
2)メインは“人参・アブラナの野菜をあわせた、肉汁一杯の子牛の胸肉料理”、
3)デザートには“レーズン入りのプディン”が出てきました。
写真:2006.05.06.Restaurant Tante Annaで夕食・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋 -
メインは写真のようなものでした。
“人参・アブラナの野菜をあわせた、肉汁一杯の子牛の胸肉料理”で、味も美味しく、量も丁度良く、クララ夫人の料理レシピから採ったと宣伝文句にふさわしかったようです。
写真:2006.05.06.Restaurant Tante Annaで夕食・・・・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋で、ドイツ・デュッセルドルフで最も有名な*シューマンの名を冠したメニューを食べた。 -
ワインは2003年のBadenバーデン(Mimus、Spätburgunder、 Q.b.A /Trocken 、Dr.Heger醸造所・Ihringen ---北はハイデルベルグ、南はスイス国境に至るライン川東岸に広がる細長いワイン産地であるBaden地方のみならず、ドイツ最高の醸造所の一つであると高く評価されている。:Euro24)のコクある、濃縮感がうれしい赤を一本、楽しみました。
満足した夕食を終わって、オーナーに握手で送られて、漸く暗くなった外に出ると、人々が道に置かれたテーブルに座り、ビール片手に飲んでいます。
老若男女で混雑した旧市街をライン川畔まで歩いて行くと、ブルグ広場に人だかりが。なにやら日本流の太鼓と空手のような演舞をやっている。ホテルに戻ってくると、ホテルの前も飲み客で一杯だ。
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参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋 -
デュッセルドルフの有名人の中でも詩人Heinrich Heineハインリヒ・ハイネ(1797年~1856年)は“アルトシュタッドの息子”と呼ばれ、親しまれている。
ハイネの生家はこの旧市街の真ん中にあり、家の壁に記念の石版が張られてあるだけだが・・・。
もう一人の有名人は Robert Schumannロベルト・シューマン(1810年~1856年)だが、彼は1854年精神を病んで、ライン川に身を投じるという事件を起こし、その2年後にボンで死去した。妻のクララと2年間(1852~54年)住んだ住居が旧市街にあり、ここにも生誕175年記念の石版とクララのレリーフが埋め込まれている。
シューマンの親友ブラームス、メンデルスゾーンも旧市内に住んでいたという。
写真:2006.05.06.Restaurant Tante Annaで夕食・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋アルトデュッセルドルフ ホテル
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*2006年にドイツ 懐かしの地再訪と称してデュッセルドルフを訪れたが、その後も2013年10月に久しぶりに訪れ、さらに2014年5月、2015年7月、2016年10月と4年連続してANAのデュッセルドルフ=>成田を選択した。
ANAの直行便が、乗り入れたことがその背景にある。
参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・タンテ・アンナ小母さんの肖像画が掲げられた部屋・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋 -
参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・タンテ・アンナ小母さんの肖像画・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋
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参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋は明るく見やすい。
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参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・St. Andreas-Zimmer聖アンドレアスの部屋
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少々格式のある ヤン・ヴェレム公の部屋は今はこのようになっているらしい。
参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋 -
少々格式のある ヤン・ヴェレム公の部屋は奥行きのある部屋だ。
参考写真:2006.5.06.Weinhaus Tante Anna 店内・・・Jan・Wellem-zimmer ヤン・ヴェレム公の部屋 -
7年後の2013年秋、旧市街のタンテ小母さんのレストラン前で、記念に写真を撮って残した。
写真:2013.10.20.Weinhaus Tante Anna の店をバックに
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(2026年04月12日Wiki/HP参考、訳・編集追記)
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2006年ドイツの春:ライン・モーゼル・ラーン周遊
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この旅行で行ったホテル
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アルトデュッセルドルフ
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