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【古城ホテル好きなら、この古城ホテル“ヒキガエルの水溜り”の異名を持つフーゲンポエト城を外せない。】<br /><br />≪ドイツの古城ホテルが大好きだ≫ <br /><br />30代~40代にかけて、二度ドイツに駐在した。日本の城も好きでしたので、ドイツでも同じように休日には城めぐりをよくした。<br /><br />日本とは違うのはドイツのみならず、ヨーロッパには古城ホテルが実に多いことだった。この事を知って驚いたが、滞在してみると街中のホテルに比べて、食事も部屋も十分に満足できて、病みつきになった。<br /><br />例えば、デュッセルドルフを州都するノルトライン・ヴェストファーレン州の古城ホテルは、私がかつて調べてみた数は<27>もあった。<br /><br />本編に登場する、<br />Hotel Schloss Hugenpoet 古城ホテル フーゲンポエト城や、<br />次もしばしば利用した、<br />Parkhotel Wasserburg Anholt古城ホテル アンホルト城、<br />そして、<br />Burghotel Blomberg古城ホテル ブロンベルク城、<br />Schloss Lembeck古城ホテル レンベック城、<br />Sport Schloss Velen古城ホテル フェーレン城、<br />Hotel Schloss Wilkinghege古城ホテル ヴィルキングヘーゲ城、<br />Schloss Auel古城ホテル アウエル城、<br />Schlosshotel Burghaus Kronenburg古城ホテル クローネンブルク城、<br />Burghotel Schnellenberg 古城ホテル シュネレンベルク城、 <br />Burghotel Schwalenberg古城ホテル シュヴァーレンベルク城などがあり、いずれも宿泊、食事などで訪れた。<br /><br />勿論、他の州(旧東独地域)を含めて、古城ホテルと称する数は多く、総数230も超えるであろうか。<br /><br />写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト城で家内の誕生日祝いをした。

古城ホテル好きなら、この古城ホテル“ヒキガエルの水溜り”の異名を持つフーゲンポエト城を外せない。

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2006/05/07 - 2006/05/08

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jijidaruma

jijidarumaさん

【古城ホテル好きなら、この古城ホテル“ヒキガエルの水溜り”の異名を持つフーゲンポエト城を外せない。】

≪ドイツの古城ホテルが大好きだ≫ 

30代~40代にかけて、二度ドイツに駐在した。日本の城も好きでしたので、ドイツでも同じように休日には城めぐりをよくした。

日本とは違うのはドイツのみならず、ヨーロッパには古城ホテルが実に多いことだった。この事を知って驚いたが、滞在してみると街中のホテルに比べて、食事も部屋も十分に満足できて、病みつきになった。

例えば、デュッセルドルフを州都するノルトライン・ヴェストファーレン州の古城ホテルは、私がかつて調べてみた数は<27>もあった。

本編に登場する、
Hotel Schloss Hugenpoet 古城ホテル フーゲンポエト城や、
次もしばしば利用した、
Parkhotel Wasserburg Anholt古城ホテル アンホルト城、
そして、
Burghotel Blomberg古城ホテル ブロンベルク城、
Schloss Lembeck古城ホテル レンベック城、
Sport Schloss Velen古城ホテル フェーレン城、
Hotel Schloss Wilkinghege古城ホテル ヴィルキングヘーゲ城、
Schloss Auel古城ホテル アウエル城、
Schlosshotel Burghaus Kronenburg古城ホテル クローネンブルク城、
Burghotel Schnellenberg 古城ホテル シュネレンベルク城、
Burghotel Schwalenberg古城ホテル シュヴァーレンベルク城などがあり、いずれも宿泊、食事などで訪れた。

勿論、他の州(旧東独地域)を含めて、古城ホテルと称する数は多く、総数230も超えるであろうか。

写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト城で家内の誕生日祝いをした。

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • 生まれて初めて古城ホテルなるものに宿泊したのは、妙なことにドイツではなく、フランスの古城ホテルでした。<br />私が赴任した会社の前任者で、その業務引継ぎ中のイースター休日にフランスまで車で連れてってもらったのだ。<br />ご本人は木材問屋、不動産会社の次男坊で、たいへん恵まれた方でしたが、古城ホテルに泊まる趣味があったのか、さてそこまで聞いていない。<br /><br />だが、思えば、私の古城好きは、この時から始まったことは事実だ。<br /><br /><1974年4月12日(金)~15日(月):3泊4日の旅><br /><br />イースターの休みに、帰国をひかえて業務引継ぎ中であった前任者Nさんにメルセデス・ベンツの3500ccスポーツタイプの最高級車(彼は日本に車を持ち帰って、乗っていた)に乗せてもらい、パリ、モーゼル下りに連れて行ってもらった。<br /><br />参考写真:フランスの古城ホテル ベルティシェール

    生まれて初めて古城ホテルなるものに宿泊したのは、妙なことにドイツではなく、フランスの古城ホテルでした。
    私が赴任した会社の前任者で、その業務引継ぎ中のイースター休日にフランスまで車で連れてってもらったのだ。
    ご本人は木材問屋、不動産会社の次男坊で、たいへん恵まれた方でしたが、古城ホテルに泊まる趣味があったのか、さてそこまで聞いていない。

    だが、思えば、私の古城好きは、この時から始まったことは事実だ。

    <1974年4月12日(金)~15日(月):3泊4日の旅>

    イースターの休みに、帰国をひかえて業務引継ぎ中であった前任者Nさんにメルセデス・ベンツの3500ccスポーツタイプの最高級車(彼は日本に車を持ち帰って、乗っていた)に乗せてもらい、パリ、モーゼル下りに連れて行ってもらった。

    参考写真:フランスの古城ホテル ベルティシェール

  • その際、フランス・パリの北西(車で50分)にあるフランスのchâteau Hotel de Berticheres古城ホテル ベルティシェール城に生まれて初めて宿泊した。<br /><br />ベルティシェール城は16世紀にルネサンス様式で建設された。その後、度々改装を加えられたが、1999年歴史的建造物として登録されている。<br />かつてブルボン家の支流・コンデ公爵(ルイ14世の兄弟)の住居であった。<br />当時のパンフレットを見ると、3星の古城ホテルで、1968年にホテル開業とある。<br /><br />参考写真:古城ホテル ベルティシェールの俯瞰

    その際、フランス・パリの北西(車で50分)にあるフランスのchâteau Hotel de Berticheres古城ホテル ベルティシェール城に生まれて初めて宿泊した。

    ベルティシェール城は16世紀にルネサンス様式で建設された。その後、度々改装を加えられたが、1999年歴史的建造物として登録されている。
    かつてブルボン家の支流・コンデ公爵(ルイ14世の兄弟)の住居であった。
    当時のパンフレットを見ると、3星の古城ホテルで、1968年にホテル開業とある。

    参考写真:古城ホテル ベルティシェールの俯瞰

  • 1974年12月10日に念願のドイツの運転免許証を取得した。<br />そして1975年1月24日、待望の新車を購入した。<br />新車のオペルはOpel Rekord L 2000CC Automatik (D-EP534:DM13,600)オペル レコルド オートマチックの新車価格は凡そ136万円でした。<br />会社から、当初の設営資金としてDM20,000を借入し、車代、住居の家具代に充てたものです。最低3年、駐在しないと借金は返せない感じでした。<br /><br />この車は当時のヨーロッパ市場では良く売れていた車でした。会社の先輩連中は皆、メルセデスやアウディの中古を買っていましたが、私はどうせ駐在も長くなりそうだし、車音痴には新車がベストと思ったものです。<br /><br />生まれて初めて車に乗った喜びもあり、休みの日は家族を乗せて近郊をよく走ったものです。<br />私共にとり、オペル車はドイツ生活を一変させるものでした。通勤はもちろん、買物、週末の遠出、夏の休暇旅行と・・・こんなに車のある生活が楽しいものなのか!!と当時はよく思ったものです。<br /><br />そうして始まった古城ホテル巡りも、駐在地のデュッセルドルフの近郊エッセン・ケットヴィヒの森の中にあった“古城ホテル フーゲンポエト(写真の上の2枚)” が気に入り、よく訪れました。<br /><br />3月になると、フーゲンポエト城に1kmと近い、ルール川の眺望が良いEssen-Kettwickエッセン・ケットヴィヒの丘にあったカフェを訪れ、美味しいケーキを注文し、ジュースや紅茶、コーヒーを飲んで、ゆったりとした時間を過ごしたものです。<br />また、時にはアウトバーンに乗り出し、途中の休憩地などでオペルとの写真(写真の下の2枚)を撮っている。<br /><br />写真:新車のオペル・レコルド2000ccで古城ホテル フーゲンポエト(上の左右)にでかけ、3月にはエッセン・ケットヴィヒの丘やアウトバーンの休憩地でオペルとの写真を撮っている。

    1974年12月10日に念願のドイツの運転免許証を取得した。
    そして1975年1月24日、待望の新車を購入した。
    新車のオペルはOpel Rekord L 2000CC Automatik (D-EP534:DM13,600)オペル レコルド オートマチックの新車価格は凡そ136万円でした。
    会社から、当初の設営資金としてDM20,000を借入し、車代、住居の家具代に充てたものです。最低3年、駐在しないと借金は返せない感じでした。

    この車は当時のヨーロッパ市場では良く売れていた車でした。会社の先輩連中は皆、メルセデスやアウディの中古を買っていましたが、私はどうせ駐在も長くなりそうだし、車音痴には新車がベストと思ったものです。

    生まれて初めて車に乗った喜びもあり、休みの日は家族を乗せて近郊をよく走ったものです。
    私共にとり、オペル車はドイツ生活を一変させるものでした。通勤はもちろん、買物、週末の遠出、夏の休暇旅行と・・・こんなに車のある生活が楽しいものなのか!!と当時はよく思ったものです。

    そうして始まった古城ホテル巡りも、駐在地のデュッセルドルフの近郊エッセン・ケットヴィヒの森の中にあった“古城ホテル フーゲンポエト(写真の上の2枚)” が気に入り、よく訪れました。

    3月になると、フーゲンポエト城に1kmと近い、ルール川の眺望が良いEssen-Kettwickエッセン・ケットヴィヒの丘にあったカフェを訪れ、美味しいケーキを注文し、ジュースや紅茶、コーヒーを飲んで、ゆったりとした時間を過ごしたものです。
    また、時にはアウトバーンに乗り出し、途中の休憩地などでオペルとの写真(写真の下の2枚)を撮っている。

    写真:新車のオペル・レコルド2000ccで古城ホテル フーゲンポエト(上の左右)にでかけ、3月にはエッセン・ケットヴィヒの丘やアウトバーンの休憩地でオペルとの写真を撮っている。

  • 古城ホテルは古風な佇まいは勿論、ホテル内のアンチークな調度、狩の獲物、甲冑、武具の飾りなど、気持ちをワクワクさせるものがある。<br /><br />レストランもグルメ・レストランもあり、郷土料理のレストランもありと、滞在するお客の様々な要望に対応している。<br />最近多くなったが、Rittertafelリッターターフェル(騎士の宴・食事)も体験できるのも好ましい。<br /><br />その城の歴史を読み解くと、世界史上の有名人から、田舎領主までが登場し、城にまつわる伝説がまた興味深く、訳してみるのも楽しい。Schloss-Gesitシュロスガイスト(城の幽霊)にも会えるような古城の雰囲気もさらによい。<br /><br />山上の古城ホテルから、森の中の古城ホテル、川辺に立ち、川を見下ろす岸壁上の古城ホテル、そして掘割をめぐらした水城が古城ホテルとなっているものもあって、実に魅力的なのだ。<br /><br />参考写真:2006.5.07.Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエトの前景

    古城ホテルは古風な佇まいは勿論、ホテル内のアンチークな調度、狩の獲物、甲冑、武具の飾りなど、気持ちをワクワクさせるものがある。

    レストランもグルメ・レストランもあり、郷土料理のレストランもありと、滞在するお客の様々な要望に対応している。
    最近多くなったが、Rittertafelリッターターフェル(騎士の宴・食事)も体験できるのも好ましい。

    その城の歴史を読み解くと、世界史上の有名人から、田舎領主までが登場し、城にまつわる伝説がまた興味深く、訳してみるのも楽しい。Schloss-Gesitシュロスガイスト(城の幽霊)にも会えるような古城の雰囲気もさらによい。

    山上の古城ホテルから、森の中の古城ホテル、川辺に立ち、川を見下ろす岸壁上の古城ホテル、そして掘割をめぐらした水城が古城ホテルとなっているものもあって、実に魅力的なのだ。

    参考写真:2006.5.07.Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエトの前景

    シュロスホテル フーゲンポエト ホテル

  • 例えば、2014年ドイツの春・北方二州を巡る旅では、旅行の宿泊は機中1泊+ホテル13泊であったが、ブレーメンの友人宅の2泊をのぞく、11泊の内10泊がピンからキリまでの、様々な古城ホテルに宿泊する事があった。<br /><br />駐在当時より、三十数年が経ってみると、現在の古城ホテルの数はさらに増えているように思える。駐在当時、旧東独の古城ホテルの体験は全くなかっただけに、今回、訪れた旧東独地域にも侮りがたい古城ホテルが多い事に驚いた。<br /><br />当時、休暇でフランス、ベルギー、イギリスなどにも、車で出かけたが、町中は避けて、好んで古城ホテルを探し、泊った。パリにも何度か出かけたが、町中に泊った事がない。凡そ30km離れた田舎町にあった古城ホテルだった。<br /><br />フランスの“Relais et Chateuxルレ・エ・シャトー”の1984年版(29カ国337のメンバー)、ドイツの“Gast im Schlossガスト・イン・シュロス古城での滞在”の1977・78年版(ドイツ国内のみ53のメンバー)が手元にある。<br />いささか古びて、よく使った所為か、汚れてしまっている。<br /><br />これらは今も組織としては健在だが、最近入手した“Gast im Schloss”はメンバーも減って20、それも東西統一後でありながら、西ドイツにある古城ホテルばかりになっている。多分、その後に様々なホテル紹介機関が出来て、分散されてしまったのだろう。<br /><br />参考写真:1979年7月15日、古城ホテルSchloss Hugenpoetフーゲンポエトの冊子から:Mapや城内の部屋など。

    例えば、2014年ドイツの春・北方二州を巡る旅では、旅行の宿泊は機中1泊+ホテル13泊であったが、ブレーメンの友人宅の2泊をのぞく、11泊の内10泊がピンからキリまでの、様々な古城ホテルに宿泊する事があった。

    駐在当時より、三十数年が経ってみると、現在の古城ホテルの数はさらに増えているように思える。駐在当時、旧東独の古城ホテルの体験は全くなかっただけに、今回、訪れた旧東独地域にも侮りがたい古城ホテルが多い事に驚いた。

    当時、休暇でフランス、ベルギー、イギリスなどにも、車で出かけたが、町中は避けて、好んで古城ホテルを探し、泊った。パリにも何度か出かけたが、町中に泊った事がない。凡そ30km離れた田舎町にあった古城ホテルだった。

    フランスの“Relais et Chateuxルレ・エ・シャトー”の1984年版(29カ国337のメンバー)、ドイツの“Gast im Schlossガスト・イン・シュロス古城での滞在”の1977・78年版(ドイツ国内のみ53のメンバー)が手元にある。
    いささか古びて、よく使った所為か、汚れてしまっている。

    これらは今も組織としては健在だが、最近入手した“Gast im Schloss”はメンバーも減って20、それも東西統一後でありながら、西ドイツにある古城ホテルばかりになっている。多分、その後に様々なホテル紹介機関が出来て、分散されてしまったのだろう。

    参考写真:1979年7月15日、古城ホテルSchloss Hugenpoetフーゲンポエトの冊子から:Mapや城内の部屋など。

  • 田舎の古城ホテルはとりわけ、古城らしい趣があって、実に良かった。<br />そこで出会った人たちは、日本人と初めて話を交わした人たちで、親しみやすい人々ばかりでした。<br />よくぞ、こんな田舎の古城ホテルにおいで頂いたとばかりに、ホテル内を隈なく案内し、説明してくださった。<br /><br />つまるところドイツの古城ホテルの良さはこんな感じでしょう。<br /><br />【歴史と文化が凝縮した古城ホテルは都市の立派で、モダンなホテルよりも魅力的だという事でしょう。<br />豊かなドイツの朝食、緑豊かな、静かな環境は申し分がなく、十分に清潔であり、たとえ日本人の好きな浴室がなくても、シャワーだけの設備でも、暖かい湯が十分に出れば、満足な気持ちになるのです。そして、古城ホテルで親切な心づかいを受ければ、何にもまして豊かな気持ちになれるのです。】<br /><br />参考写真:1979年7月15日古城ホテル フーゲンポエトの冊子

    田舎の古城ホテルはとりわけ、古城らしい趣があって、実に良かった。
    そこで出会った人たちは、日本人と初めて話を交わした人たちで、親しみやすい人々ばかりでした。
    よくぞ、こんな田舎の古城ホテルにおいで頂いたとばかりに、ホテル内を隈なく案内し、説明してくださった。

    つまるところドイツの古城ホテルの良さはこんな感じでしょう。

    【歴史と文化が凝縮した古城ホテルは都市の立派で、モダンなホテルよりも魅力的だという事でしょう。
    豊かなドイツの朝食、緑豊かな、静かな環境は申し分がなく、十分に清潔であり、たとえ日本人の好きな浴室がなくても、シャワーだけの設備でも、暖かい湯が十分に出れば、満足な気持ちになるのです。そして、古城ホテルで親切な心づかいを受ければ、何にもまして豊かな気持ちになれるのです。】

    参考写真:1979年7月15日古城ホテル フーゲンポエトの冊子

  • 参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトのMap

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトのMap

  • <Hotel Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエト><br />D-45219 Essen-Kettwig 、August-Thyssen-Str.51<br />http://www.hugenpoet.de/startseite.html<br /><br />この城の歴史は778年にまで遡る。Hugenpoetフーゲンポエトとは“ヒキガエルの水溜り”という意味で、この古城ホテルは大変珍しい名前がついている。Ruhrルール川に沿った沼地に建てられた水城でした。<br /><br />現在の城館は1650年の頃に建てられたもので、1955年にホテル・レストランに改築され、現在に至っている。ルール工業地帯と、一大商業都市デュッセルドルフの繁栄を背景に、ドイツを代表するスノビィッシュな最高級古城ホテルとなっている。<br /><br />写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト・・・5年余の駐在を終えて、8月の日本帰国前、家内の36歳の誕生日祝いで夕食に訪れた。

    イチオシ

    <Hotel Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエト>
    D-45219 Essen-Kettwig 、August-Thyssen-Str.51
    http://www.hugenpoet.de/startseite.html

    この城の歴史は778年にまで遡る。Hugenpoetフーゲンポエトとは“ヒキガエルの水溜り”という意味で、この古城ホテルは大変珍しい名前がついている。Ruhrルール川に沿った沼地に建てられた水城でした。

    現在の城館は1650年の頃に建てられたもので、1955年にホテル・レストランに改築され、現在に至っている。ルール工業地帯と、一大商業都市デュッセルドルフの繁栄を背景に、ドイツを代表するスノビィッシュな最高級古城ホテルとなっている。

    写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト・・・5年余の駐在を終えて、8月の日本帰国前、家内の36歳の誕生日祝いで夕食に訪れた。

  • 写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト・・・当時はカメラしか持っていなかったが、レストランで食事の品々を撮る習慣はなく、一つも残っていない。<br /><br />

    イチオシ

    写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエト・・・当時はカメラしか持っていなかったが、レストランで食事の品々を撮る習慣はなく、一つも残っていない。

  • 夕食後、レストランや古城入口で写真を撮った。<br />因みに右の写真は冊子にあったが、5星ホテルらしい送迎車である。<br /><br />写真:1979年7月15日古城ホテル フーゲンポエト・・・帰国前に家内の誕生日祝いをした。

    夕食後、レストランや古城入口で写真を撮った。
    因みに右の写真は冊子にあったが、5星ホテルらしい送迎車である。

    写真:1979年7月15日古城ホテル フーゲンポエト・・・帰国前に家内の誕生日祝いをした。

  • 古城ホテル フーゲンポエトの冊子には、左にポーターが持つ客のカバン、通常、車で移動するからこうしたカバンを使用する。<br />右にロビー、16世紀の寝台がいまだ現役の客室、各都市からホテルまでの距離やか客室数、レストラン数などが見られる。<br /><br />参考写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエトの冊子

    古城ホテル フーゲンポエトの冊子には、左にポーターが持つ客のカバン、通常、車で移動するからこうしたカバンを使用する。
    右にロビー、16世紀の寝台がいまだ現役の客室、各都市からホテルまでの距離やか客室数、レストラン数などが見られる。

    参考写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエトの冊子

  • 古城ホテル フーゲンポエトの冊子には、様々に用途に応じた7つのレストランがあり、最大120名が利用可能なレストランがある。<br />右はホテルのマスコットはカエル様!<br /><br />参考写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエトの冊子

    古城ホテル フーゲンポエトの冊子には、様々に用途に応じた7つのレストランがあり、最大120名が利用可能なレストランがある。
    右はホテルのマスコットはカエル様!

    参考写真:1979年7月15日、古城ホテル フーゲンポエトの冊子

  • 参考写真:古城ホテル フーゲンポエトの古い絵葉書(1908年)

    参考写真:古城ホテル フーゲンポエトの古い絵葉書(1908年)

  • <2006年5月 ドイツ ライン・モーゼル周遊の旅><br />(2006年5月5日~19日 15日間)<br /><br />2006年5月7日に古城ホテル フーゲンポエトに1泊した。<br />この年は帰国以来21年ぶりのドイツ再訪で、とりわけ駐在したDüsseldorfデュッセルドルフは“懐かしの地を再訪する旅”の第一目標にしていた。<br />退職後の「ドイツ感傷旅行」ということで、この機会に1泊したのだった。<br /><br />この古城ホテル フーゲンポエトは、Düsseldorf デュッセルドルフから近いこともあって、駐在中に夕食やお茶に何度か来たが、泊まった事は一度もなかった。<br /><br />今回の旅の目的地は二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”が第一で、また、週末や休暇の帰途に、何度も立ち寄った“ライン・モーゼル川の流域等”を旅することだった。<br /><br />デュッセルドルフは“ライン川畔の小パリ”と言われるおしゃれな街並みをもち、ドイツで人口の最も多い州である、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都です。人口57万人。ドイツの重工業の中心を担う、ルール工業地帯の中心にあって、緑豊かな、ドイツ一の大商業都市です。<br />日系企業のヨーロッパ基地として、人口の1%が日本人という。<br /><br />参考写真:古城ホテル フーゲンポエトの俯瞰・・・城の背後は深い森だ。

    <2006年5月 ドイツ ライン・モーゼル周遊の旅>
    (2006年5月5日~19日 15日間)

    2006年5月7日に古城ホテル フーゲンポエトに1泊した。
    この年は帰国以来21年ぶりのドイツ再訪で、とりわけ駐在したDüsseldorfデュッセルドルフは“懐かしの地を再訪する旅”の第一目標にしていた。
    退職後の「ドイツ感傷旅行」ということで、この機会に1泊したのだった。

    この古城ホテル フーゲンポエトは、Düsseldorf デュッセルドルフから近いこともあって、駐在中に夕食やお茶に何度か来たが、泊まった事は一度もなかった。

    今回の旅の目的地は二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”が第一で、また、週末や休暇の帰途に、何度も立ち寄った“ライン・モーゼル川の流域等”を旅することだった。

    デュッセルドルフは“ライン川畔の小パリ”と言われるおしゃれな街並みをもち、ドイツで人口の最も多い州である、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都です。人口57万人。ドイツの重工業の中心を担う、ルール工業地帯の中心にあって、緑豊かな、ドイツ一の大商業都市です。
    日系企業のヨーロッパ基地として、人口の1%が日本人という。

    参考写真:古城ホテル フーゲンポエトの俯瞰・・・城の背後は深い森だ。

  • 今日はレンタカーを借りて、駐在中の旧居3ヶ所や日本人学校、近郊をドライブする予定です。<br /><br />ルール川沿いに走る。Haus Seeblickハウス・ゼーブリック(眼下にルール川を望む絶好の高台)のある高台への道を登る。着いた15:30時頃は、コーヒータイムで、駐車場は一杯で停められず。休日の午後を楽しむ人で混雑している。<br />これは無理だと思い、1kmほどと近い、古城ホテル フーゲンポエトに直行することにする。<br /><br />懐かしい城への道が出てきました。16時過ぎにカスターニアン(栗の一種)の大きな並木を通り、掘割の上の跳ね橋をくぐり抜けて、古城ホテルに着く。<br />城の前庭にはいつものようにメルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMWの高級車ばかり、数台が停まっている。<br /><br />写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトで・・・<br /><使用レンタカー><br />デュッセルドルフ空港で借りた車はメルセデス・ベンツ C-220-D 2200CC ディーゼル オートマチック 、KI―NE 772 がその番号でした。<br />

    今日はレンタカーを借りて、駐在中の旧居3ヶ所や日本人学校、近郊をドライブする予定です。

    ルール川沿いに走る。Haus Seeblickハウス・ゼーブリック(眼下にルール川を望む絶好の高台)のある高台への道を登る。着いた15:30時頃は、コーヒータイムで、駐車場は一杯で停められず。休日の午後を楽しむ人で混雑している。
    これは無理だと思い、1kmほどと近い、古城ホテル フーゲンポエトに直行することにする。

    懐かしい城への道が出てきました。16時過ぎにカスターニアン(栗の一種)の大きな並木を通り、掘割の上の跳ね橋をくぐり抜けて、古城ホテルに着く。
    城の前庭にはいつものようにメルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMWの高級車ばかり、数台が停まっている。

    写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトで・・・
    <使用レンタカー>
    デュッセルドルフ空港で借りた車はメルセデス・ベンツ C-220-D 2200CC ディーゼル オートマチック 、KI―NE 772 がその番号でした。

  • <(1泊) Hotel Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエト>      <br />D-45219 Essen-Kettwig 、August-Thyssen-Str.51、<br />16号室   Euro 235 ; 全25室、5星<br /><br />この城の歴史は778年にまで遡る。Hugenpoetフーゲンポエトとは“ヒキガエルの水溜り”という意味で、この古城ホテルは大変珍しい名前がついています。<br />Ruhrルール川に沿った沼地に建てられた水城でした。現在の城館は1650年の頃に建てられたもので、1955年にホテル・レストランに改築されて、昨年はちょうど、50周年の区切りの年を迎え、現在に至る。ルール工業地帯の繁栄を背景に、ドイツを代表するスノビィッシュな高級古城ホテルとなっている。<br /><br />パンフレットを見てみると、4/7・4/29と食事つきのコンサートが、5/14にはドイツ料理界に名高いシェフD.Kaufmann(“Zur Traube”)達が集まり、城内でKüchenparty料理パーティなる催しが行われるようだ。<br />メインレストランは2006年版のミシュラン(b)、ゴー・ミョー(13点)となっている。<br /><br />重々しい黒光りの大理石門がレセプションとの境に設けられている。にこやかに歓迎の言葉をかけられながら、レセプションで手続きし、階段を上がる。<br /><br />参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・黒光りの大理石門があるレセプション

    <(1泊) Hotel Schloss Hugenpoet古城ホテル フーゲンポエト>      
    D-45219 Essen-Kettwig 、August-Thyssen-Str.51、
    16号室   Euro 235 ; 全25室、5星

    この城の歴史は778年にまで遡る。Hugenpoetフーゲンポエトとは“ヒキガエルの水溜り”という意味で、この古城ホテルは大変珍しい名前がついています。
    Ruhrルール川に沿った沼地に建てられた水城でした。現在の城館は1650年の頃に建てられたもので、1955年にホテル・レストランに改築されて、昨年はちょうど、50周年の区切りの年を迎え、現在に至る。ルール工業地帯の繁栄を背景に、ドイツを代表するスノビィッシュな高級古城ホテルとなっている。

    パンフレットを見てみると、4/7・4/29と食事つきのコンサートが、5/14にはドイツ料理界に名高いシェフD.Kaufmann(“Zur Traube”)達が集まり、城内でKüchenparty料理パーティなる催しが行われるようだ。
    メインレストランは2006年版のミシュラン(b)、ゴー・ミョー(13点)となっている。

    重々しい黒光りの大理石門がレセプションとの境に設けられている。にこやかに歓迎の言葉をかけられながら、レセプションで手続きし、階段を上がる。

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・黒光りの大理石門があるレセプション

  • 今回は良いチャンスと早々とRelais&amp;Châteauxルレ・エ・シャトー経由で予約をしました。今回、初めての宿泊である。<br />城館の入口を入ると左手に見事なレリーフが彫り込まれた立派な暖炉があり、右手にはレセプション、メインロビーがある。<br /><br />参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトの立派な暖炉のあるロビー

    今回は良いチャンスと早々とRelais&Châteauxルレ・エ・シャトー経由で予約をしました。今回、初めての宿泊である。
    城館の入口を入ると左手に見事なレリーフが彫り込まれた立派な暖炉があり、右手にはレセプション、メインロビーがある。

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトの立派な暖炉のあるロビー

  • パーティや会議に使われる大きな部屋の前を通り、奥まった、広い16号室に至る。この部屋は正面左の塔の2階に在りました。<br />庭に面した大きな部屋で、天井は高く、クラシックな調度が置かれ、立派な絵画が飾られている。オーナーからの歓迎メッセージとフルーツやチョコレート、お菓子がテーブルに置かれている。<br />嬉しい事にミネラル水までサービスされていた。<br /><br />お昼代わりにフルーツなどを食べて一休みです。<br /><br />参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・古城らしいSchlosszimmer寝室に満足した。16世紀のものがいまだに現役で使用されている寝台がすごい。

    パーティや会議に使われる大きな部屋の前を通り、奥まった、広い16号室に至る。この部屋は正面左の塔の2階に在りました。
    庭に面した大きな部屋で、天井は高く、クラシックな調度が置かれ、立派な絵画が飾られている。オーナーからの歓迎メッセージとフルーツやチョコレート、お菓子がテーブルに置かれている。
    嬉しい事にミネラル水までサービスされていた。

    お昼代わりにフルーツなどを食べて一休みです。

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・古城らしいSchlosszimmer寝室に満足した。16世紀のものがいまだに現役で使用されている寝台がすごい。

  • 夕食まで時間もあり、城の庭園に行ってみる。先ほどの荷物を運んでくれたポーターにお願いして、一般の方は入れぬようにしている庭園への入口を開けてもらう。<br /><br />ボーイさんは20歳、イギリス人だと言う。ドイツのホテル研修で、ここに来ているとのことだ。まだ3ヶ月が経ったばかりとか、ドイツ語は今習得中なので、英語で話していただくと有りがたいと言っていた。<br /><br />見事な菩提樹の大木などの森に囲まれた庭は、八重桜やライラックの花が咲き誇って、5月のドイツは美しいものです。<br />少し離れた所にテニスコートもあって、男性2人がプレーしている。<br /><br />写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・夕食前の散策

    夕食まで時間もあり、城の庭園に行ってみる。先ほどの荷物を運んでくれたポーターにお願いして、一般の方は入れぬようにしている庭園への入口を開けてもらう。

    ボーイさんは20歳、イギリス人だと言う。ドイツのホテル研修で、ここに来ているとのことだ。まだ3ヶ月が経ったばかりとか、ドイツ語は今習得中なので、英語で話していただくと有りがたいと言っていた。

    見事な菩提樹の大木などの森に囲まれた庭は、八重桜やライラックの花が咲き誇って、5月のドイツは美しいものです。
    少し離れた所にテニスコートもあって、男性2人がプレーしている。

    写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・夕食前の散策

  • 水城を囲む掘割があり、ホテルのメインレストランのテラスから庭園には橋が架かり、庭に直接、下りられるようになっている。<br />庭園の大きなパラソルの下に設けられたテーブル席の為に、男女の給仕達が忙しげに立ち働いている。<br />テーブルではなにやら着飾ったドイツ人たちが飲みながら談笑しています。端の方にはテントが設けられて、結婚披露のパーティが行われるようである。<br /><br />ポロシャツ姿で周りを歩き、写真を撮っているアジア人はやはり、気になるらしく、チラチラ見ている人もいる。<br />スノビィッシュな空間に多分?!異質なものを感じているのでしょう。<br /><br />写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・夕食前の散策

    水城を囲む掘割があり、ホテルのメインレストランのテラスから庭園には橋が架かり、庭に直接、下りられるようになっている。
    庭園の大きなパラソルの下に設けられたテーブル席の為に、男女の給仕達が忙しげに立ち働いている。
    テーブルではなにやら着飾ったドイツ人たちが飲みながら談笑しています。端の方にはテントが設けられて、結婚披露のパーティが行われるようである。

    ポロシャツ姿で周りを歩き、写真を撮っているアジア人はやはり、気になるらしく、チラチラ見ている人もいる。
    スノビィッシュな空間に多分?!異質なものを感じているのでしょう。

    写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・夕食前の散策

  • <夕食:Gourmet Restaurant-Nesselrodeグルメ・レストラン・ネッセルローデ><br />(19~22時:Euro225)<br /><br />グルメ・レストラン・ネッセルローデにちょっと、緊張気味に参りました。<br />重厚な、且つエレガントな趣のあるレストランです。数組の年配のご夫婦がゆったりと食前酒を飲み、メニューを給仕頭に相談しています。<br /><br />案内された席は正面に広々と前庭が見渡せる一番の席でした。事前にHPで調べていたメニューを持参したが、残念にも月変わりになっていて、広げたメニューの品目は違っているではないか!<br /><br />とりあえず、ドライ・シェリー(Euro13)を頼み、メニューを検討することにする。品は変わっていたが、日本で決めてきたメニュー「Degunstationsmenüのドイツ語訳は味見、鑑定の意」、提示されている品を4品或いは6品を選択できるものと言う。<br />私共は少な目のメニュー4品:Euro76(6品だとEuro98)のコースにしました。<br /><br />①最初に出てきたのは“ウサギ肉のテリーヌがのったカナッペ”、<br />②そして、シェフから御挨拶は“アスパラの湯で汁に鮭の細片、小海老が入った椀”---これは美味しい。<br />ワインはBadenバーデンの白:2004年Ikarus辛口をグラスで頼み(Euro23)、<br /><br />③前菜は家内が「パプリカ、小さなトウモロコシを添え、グリルした赤肌の魚・直訳だと赤ニゴイ」を注文する。パリッとした赤い皮が美味しそうである。<br />私の方は「ソラマメをムースにしたものに、リンボクのリキュールに漬けた山羊のチーズ、ニンニク漬けの猪肉のハム」 が一皿に載って出てきました。<br />其々に匂いもあって、面白いアレンジです。<br /><br />④二品目は二人とも、「葱のスープの中に、ザリガニの身が入った一皿」です。この味は二重マルでした。<br /><br />次の赤ワインはPfalzファルツ2003年をグラスで(Euro27)。<br /><br />⑤メインはドイツ語表現が長く、知らない単語ばかりだ。現物を見ると、「とろ火でよく煮た雄牛の頬肉に、地中海の野菜、小さなパルメザンのラビオリを添えた品」というものでしたが、まろやかさにやや欠けたこの味はいささか納得しにくいものでした。<br /><br />⑥デザートは「パイナップルとチョコレートを泡立てた上にのった、下部がチョコレートで、上がバナナ・ムースの柱、それに口直しのパイナップルのシャーベット」見た目ほど味は明確ではなく、残念です。<br /><br />気配り上手の給仕頭に今夜のメニューを頂いて、ミシュラン一つ星に今一つの(b)の夕食は終了です。   <br /><br />《ドイツ料理を主体として、フレンチ的な趣を志向しているようですが、日本で見たHPのメニューの方が本日のものより、正統的なものに思えましたが。<br />たいへん素晴らしい雰囲気のレストランの割に、ミシュラン、ゴー・ミョーのポイントが高くないのもなんとなく、分かる気がしたものです。》<br /><br />写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトの夕食

    イチオシ

    <夕食:Gourmet Restaurant-Nesselrodeグルメ・レストラン・ネッセルローデ>
    (19~22時:Euro225)

    グルメ・レストラン・ネッセルローデにちょっと、緊張気味に参りました。
    重厚な、且つエレガントな趣のあるレストランです。数組の年配のご夫婦がゆったりと食前酒を飲み、メニューを給仕頭に相談しています。

    案内された席は正面に広々と前庭が見渡せる一番の席でした。事前にHPで調べていたメニューを持参したが、残念にも月変わりになっていて、広げたメニューの品目は違っているではないか!

    とりあえず、ドライ・シェリー(Euro13)を頼み、メニューを検討することにする。品は変わっていたが、日本で決めてきたメニュー「Degunstationsmenüのドイツ語訳は味見、鑑定の意」、提示されている品を4品或いは6品を選択できるものと言う。
    私共は少な目のメニュー4品:Euro76(6品だとEuro98)のコースにしました。

    ①最初に出てきたのは“ウサギ肉のテリーヌがのったカナッペ”、
    ②そして、シェフから御挨拶は“アスパラの湯で汁に鮭の細片、小海老が入った椀”---これは美味しい。
    ワインはBadenバーデンの白:2004年Ikarus辛口をグラスで頼み(Euro23)、

    ③前菜は家内が「パプリカ、小さなトウモロコシを添え、グリルした赤肌の魚・直訳だと赤ニゴイ」を注文する。パリッとした赤い皮が美味しそうである。
    私の方は「ソラマメをムースにしたものに、リンボクのリキュールに漬けた山羊のチーズ、ニンニク漬けの猪肉のハム」 が一皿に載って出てきました。
    其々に匂いもあって、面白いアレンジです。

    ④二品目は二人とも、「葱のスープの中に、ザリガニの身が入った一皿」です。この味は二重マルでした。

    次の赤ワインはPfalzファルツ2003年をグラスで(Euro27)。

    ⑤メインはドイツ語表現が長く、知らない単語ばかりだ。現物を見ると、「とろ火でよく煮た雄牛の頬肉に、地中海の野菜、小さなパルメザンのラビオリを添えた品」というものでしたが、まろやかさにやや欠けたこの味はいささか納得しにくいものでした。

    ⑥デザートは「パイナップルとチョコレートを泡立てた上にのった、下部がチョコレートで、上がバナナ・ムースの柱、それに口直しのパイナップルのシャーベット」見た目ほど味は明確ではなく、残念です。

    気配り上手の給仕頭に今夜のメニューを頂いて、ミシュラン一つ星に今一つの(b)の夕食は終了です。   

    《ドイツ料理を主体として、フレンチ的な趣を志向しているようですが、日本で見たHPのメニューの方が本日のものより、正統的なものに思えましたが。
    たいへん素晴らしい雰囲気のレストランの割に、ミシュラン、ゴー・ミョーのポイントが高くないのもなんとなく、分かる気がしたものです。》

    写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエトの夕食

  • 参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・赤の間

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・赤の間

  • 参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・レストランNesselrodeネッセルローデ

    参考写真:2006.5.07.古城ホテル フーゲンポエト・・・レストランNesselrodeネッセルローデ

  • 参考写真:2006.5.08.古城ホテル フーゲンポエト・・・朝食

    参考写真:2006.5.08.古城ホテル フーゲンポエト・・・朝食

  • 昨夜のレストランの部屋にて朝食です。通常のホテルの朝食と違って、席に座ったままで、希望の品をオーダーするというものでした。<br /><br />ゆったりとした、実に贅沢な朝食をした後、レセプションの女性達の笑顔に送られて、9:50フーゲンポエト城をスタートする。<br /><br />ライン川はボンから下流370kmを<Der Niderrhein下ライン>と呼んでいる。<br />今日の予定は、その下ラインの右側を走るA3・E35をオランダ国境へ向かう。<br /><br />写真:2006.5.08.古城ホテル フーゲンポエト・・・朝食そして出発<br /><br />尚、本編は1979年、2006年の2回分のみに纏め、他の年の分は外し、追記を行い、構成もしなおした。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”をした。<br />60歳でもう宮仕えはいいやと退職したので、漸く懐かしのドイツ再訪ができたのだ。<br />この頃は、その後十数回もドイツなどを走り周る事になるとは思いもしなかった。<br /><br />2019年を最後に、コロナ禍、ロシア侵略の始まりで、ドイツの旅は終わってしまったが、それでもお気に入りの古城ホテル フーゲンポエトには、2006年以降も2014年、2015年と続けて訪れることができた。<br />古城ホテル好きとしても良い思い出となっている。<br /><br />      (2026年04月18日Wiki・HP参考、訳・編集追記)<br /><br />

    昨夜のレストランの部屋にて朝食です。通常のホテルの朝食と違って、席に座ったままで、希望の品をオーダーするというものでした。

    ゆったりとした、実に贅沢な朝食をした後、レセプションの女性達の笑顔に送られて、9:50フーゲンポエト城をスタートする。

    ライン川はボンから下流370kmを<Der Niderrhein下ライン>と呼んでいる。
    今日の予定は、その下ラインの右側を走るA3・E35をオランダ国境へ向かう。

    写真:2006.5.08.古城ホテル フーゲンポエト・・・朝食そして出発

    尚、本編は1979年、2006年の2回分のみに纏め、他の年の分は外し、追記を行い、構成もしなおした。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”をした。
    60歳でもう宮仕えはいいやと退職したので、漸く懐かしのドイツ再訪ができたのだ。
    この頃は、その後十数回もドイツなどを走り周る事になるとは思いもしなかった。

    2019年を最後に、コロナ禍、ロシア侵略の始まりで、ドイツの旅は終わってしまったが、それでもお気に入りの古城ホテル フーゲンポエトには、2006年以降も2014年、2015年と続けて訪れることができた。
    古城ホテル好きとしても良い思い出となっている。

          (2026年04月18日Wiki・HP参考、訳・編集追記)

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