2006/05/08 - 2006/05/09
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jijidarumaさん
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2006.5.:“ドイツ ライン・モーゼル周遊
期間 : 2006年5月5日(金)~5月19日(金)15日間
今回の旅の目的地は二度目のドイツ駐在を終え、1985年5月31日に帰国して以来、21年ぶりとなる“デュッセルドルフ訪問”が第一です。そして週末や休暇の帰途に、何度も立ち寄った“ライン・モーゼル川の流域等”を旅するものです。
レンタカーはメルセデス・ベンツ C-220-D 2200CC ディーゼル オートマチック
<ライン下流地方巡り>
2006年5月8日(月) 快晴 23℃、 走行距離293km
9:50古城ホテル フーゲンポエ城、A3・E35=>80km、下ラインRees、B67=>14km、B57=>16km Kleve:“Schwanenburg白鳥の城”、白鳥の騎士伝説、 歴史・地質博物館、B57=>8km Schloss Moylandモイランド城、B57=>4km、中世の街並みが残るKalkar:マルクト広場、市庁舎、博物館、ゴシック様式のニコライ教会、昼食、風車、B57=>4kkm、B67=>14km Rees、B317=>5km、Isselburg・Anholt水城、お茶、B317=>5km、B67=>14km Rees、B57=>4km Kalkar、B67=>14km Goch、A57=>45km Moers、11lm Krefeld、6km Meerbusch、A44=>23km、Mönchengladbach A52=>14km、Niederkruechten B221=>15km、 Wassenberg17:30に到着。
夕食:19時、ホテル”Kamin Restaurant-Graf Gerhard”
この旅では、旅行中の13泊の内、以下の8つの様々な古城ホテルに10泊した。ヴァッセンベルク城は2つ目になる。
Hotel Schloss Hugenpoet(Essen-Kettwig)、
Hotel Burg Wassenberg(Wassenberg)、
Schlosshotel Kurfürstliches Amtshaus(Daun-Vulkaneifel)、
Historische Schlossmühle(Horbruch-Hunsrueck)、
Schloss-Hotel-Petry(Treis-Karden)、
Burghotel Stromburg(Johann Lafer)(Stromberg)、
Burghotel Auf Schönburg(Oberwesel/Rhein)、
Schloss-Hotel Braunfels(Braunfels ob der Lahn)。
写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の外観とレストラン
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ライン川はボンから下流370kmを“Der Niderrhein下ライン”と呼んでいる。
Wasserburg Anholtアンホルト水城から、アウトバーンなどを走る。ライン川の西側は交通量も少なく、比較的走り易い。Mönchengladbachメンヒェングラートバッハ経由し、Niederkrüchtenニーダークレヒテンの出口で国道へ下りる。 B221号線を15kmで、 Wassenbergヴァッセンベルクに、予定に二分遅れの17:32に到着した。
参考写真:Aral Auto (1974~75年)Map (Wassenbergヴァッセンベルク、Aachenアーヘン) -
Die Rurルール川(全長165km)沿いの高台にヴァッセンベルク城があり、Bergfried天守からは遠くオランダやEifelアイフェル地方まで見渡すことができる。
ローマ人(ローマ軍団の兵士)はすでにOrsbeckオルスベックのルール川の渡しを監視するために、ここの高地を利用していた可能性がある。
ここでは11世紀の「Hochmotte高地のモット」が確認されていると云う。
モットとは主に木で建てられた「塔のある丘の砦」のことだそうだ。
参考写真:Wassenbergヴァッセンベルクの17世紀頃の町(円型城塞都市) -
【古城ホテル好きが独蘭国境に近い古城ホテル ヴァッセンベルク城で、旬のシュパーゲル料理を頂く。】
ヴァッセンベルクは、ノルトライン・ヴェストファーレン州(州都はデュッセルドルフ)のKreis Heinsbergハインスベルク郡にあるオランダとの国境に位置する都市である。
人口は19,560人(2024年時点)と比較的多く感じるが、それでも郡内で最も小さい町だと云う。
ヴァッセンベルク市は、2024年末に「Luftkurortルフトクアオルト(保養地)」としての国家認定を受けた。
ここはオランダ領Roermondロールモントから約15km、ドイツのMönchengladbachメンヒェングラートバッハから約25kmの距離にある。
また、ヴァッセンベルクは国際自然公園マース・シュヴァルム・ネッテおよびNaturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園(後述)に位置する。
参考写真:2006.5.08.古城ホテル・ヴァッセンベルク城の前面、右手にある銅像はKriegerdenkmal戦士記念碑である。 -
ヴァッセンベルク城はヴァッセンベルク市(キルヒ通り/ブルク通り)の標高92mの「Burgbergブルクベルク」にある Höhenburg山城です。
ヴァッセンベルク城とヴァッセンベルク市の歴史は密接に結びついている。1020年、Kaiser Heinrich II皇帝ハインリヒ2世はヴァッセンベルク城とその領地をGerardus von Antoingアントアンのゲラルドゥスに贈った。
ゲラルドゥスはそれ以降、Gerhard Graf von Wassenberg ゲルハルト・フォン・ヴァッセンベルク伯と名乗り、これによりヴァッセンベルク伯爵家を創設した。
その家系は4代後、ヴァッセンベルク城を拠点にしてGrafentum Geldern ゲルデン伯領を設立した。
参考写真:2006.5.08.古城ホテル ヴァッセンベルク城の玄関口 -
しかし、ヴァッセンベルク城は古い歴史を持っていて、おそらくローマ時代の防御施設(砦)だったと云う。
ヴァッセンベルクのゲルハルト3世伯爵が十字軍遠征に参加した後、彼はSt.-Georgs-Basilika聖ゲオルク大聖堂とそれに付随する修道院を寄贈した。
ヴァッセンベルクは1273年に都市権を得た。
参考写真:2006.5.08.古城ホテル ヴァッセンベルク城の玄関口・・・傾斜した道を上がる。 -
今日、高台に残る市城壁は、すべて1420年頃のものである。丘の上に立つ15世紀前半の四階建て、四角形の Bergfried天守閣はレンガで築かれており、現在はルール川渓谷を見下ろす展望塔として使われている。
十数メートルの展望塔には翌朝、周囲を見渡したくて、ホテルから扉の鍵を借り、開けて登った。
参考写真:Burg Wassenberg&Bergfriedヴァッセンベルク城と四角い天守閣 -
参考写真:木々に隠れたヴァッセンベルク城の十数mの天守閣
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イチオシ
Das Gute liegt so nah.良いものは、こんなに近くにあります。
【(1泊)Hotel Burg Wassenberg 古城ホテル ヴァッセンベルク城】
D-41849 Wassenberg、 Auf dem Burgberg 1
4星・全30室、私共は2号室(Euro 140)
Wassenbergヴァッセンベルクはオランダ・ドイツの国境の小さな町である。
435平方kmという広大な*Naturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園の中にあり、古城ホテルは高台に在って、眺望も良い。
ヴァッセンベルグには、古代ローマ時代に既にローマ軍の城塞(砦)が建てられていたらしい。最初の城は11世紀頃に築かれたとされ、その1000年の歴史をもつ城跡が1961年にホテルを開業し、1985年には地域随一のグルメ・レストランを持った。そのKamin Restaurant暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」はアラル評価で12.5点だと云う。
ヴァッセンベルク城の丘の上に古びた塔(天守閣)が建ち、その下にホテル・レストランの建物がある。玄関先に大砲が置かれ、レセピション、ロビー、暖炉の間には古城ホテルらしい、装飾がなされ、クラシックな家具が置かれている。
だが、ホテルの部屋は思っていた以上に現代的でした。
手違いで、タオルがワンセットしか、用意されていなかった為、クレームする。
城の正面をみて、右手の2号室が我々の部屋です。
目の前は鬱蒼とした木々に遮られて、遠望はできないが、直ぐ下は公園があり、騎馬像(戦士記念碑)が立っているのが見える。
写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の外観(窓の外にライラックが満開だ)とKamin Restaurantレストラン暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」 -
Ein Haus wie kein Anderes!他のどのホテル(料理)とも違う、私共のホテル(料理)は誇れるもの!
夕食は19時にホテルのレストランKamin Restaurant-Graf Gerhard:ゲルハルト伯爵の暖炉のあるレストランで頂く。
この古城ホテルは駐在時から名前は知っていましたが、初めての宿泊です。
期待も有って、ちょっと早めにレストランに入ってみました。
参考写真:2006.5.08.古城ホテル ヴァッセンベルク城のTeamburgチームブルク -
イチオシ
常に使用しているようで、煙で黒光りした立派な暖炉があり、その横には大きなワインボックスが並んでいる。がっしりした天井、広い室内、窓からの眺めの良いこと、古城ホテルらしい雰囲気も素晴らしい。
ビックリな事に、なんと私共だけがお客の様子です。見るからに、人の良さそうな係りの小母さんが出てきたので、聞いてみるとなにやら後から団体が来るらしい。暖炉の前に20名ぐらいの席が用意されているようだ。
我々だけのレストランは何時の旅でも度々、経験したことなので、慣れたこととはいえ、幾分ホッとする。
どちらの席でもどうぞとの事で、見事なライラックの花が窓の外に見える席を選ぶ。
今日が勤めて三日目と言う、小母さんに注文する。
写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城・・・時計回りに右から、Kamin Restaurant暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」の準備万端となっているテーブル、太い地場産で旬のシュパーゲル(白アスパラ)料理に鮭のソテイ添え、子海老のマリネ、新鮮なジャガイモ、そして定番のオランダ風ソースかけ(家内分:Euro24.5)。
尚、写真に撮らなかったが、緑と白のシュパーゲル入りスープ(Euro8.5)が最初に出て来た。 -
暖炉の前のテーブルに団体が遅れて入ってきました。
会社のパーティのようです。中に一組のアジア人のご夫婦が参加していましたので、多分、韓国系自動車のディーラーの集まりかと思われました・
どうだったでしょうか?!
参考写真:Restaurant・Graf-Gerhard暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」の食卓 -
イチオシ
メニューにはシェフのお奨めとして、春の旬“シュパーゲル(白アスパラ)料理”が出ている。今夕はこれに決めました。
食前酒に辛口のシェリーを飲んでいると、シェフからのご挨拶、“イタリア生ハム、マッシュルームとミニトマトにクワーク(擬乳チーズ)を詰めたもの、オリーブの一皿”が出てきました。
次のスープは“白と緑のアスパラのスープは小さくきられたアスパラが入ったもの”。
メインの前に、フランケン(白)を希望したが、在庫なしで断念。
更に、分厚いワインリストをのぞいて、BadenのOberrotweiler Eichberg、Grauerburgunder, Kabinett,Trocken.2005年をお願いする。
(Freiburgからライン川右岸にかけた地方Kaiserstuhlカイザーシュトゥール地区の白ワイン。辛口、果実味豊かな、パワフルなワインです。Oberrotweilerはフライブルグの西26kmにあり、カイザーシュトゥール地区のほぼ真ん中に位置し、ライン川を挟んで、食卓のワインと称されるアルザスワインの中心、フランス領Colmarコルマールにも近い。:Euro34.50)
写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城・・・時計回りに右上から、頂いたホテル ヴァッセンブルク城の絵葉書、暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」の前で、家内が注文したイチゴのパフェ(ロマノフ風)にバニラアイス(家内分:Euro6.5)、太い地場産で旬のシュパーゲル(白アスパラ)料理に子牛のフィレ添え、イチゴソース、新鮮なジャガイモ、オランダ風ソースかけ(私の分:Euro27.5) -
さて,メインですが、
私は“シュパーゲルにオランダ風ソース、シェリーとイチゴのソースをかけた子牛のフィレ肉、新ジャガ添え”、
家内は“シュパーゲルにオランダ風ソース、鮭のソテー、子海老のマリネ、新ジャガ添え”を選びました。
デザートは“大きなグラスに一杯入ったイチゴのパフェ(ロアノフ風)にバニラアイスを添えたもの”でした。
ボリュームたっぷりのシュパーゲルは太く、長いもので、一皿8本もあって、充分に食べた思いになる。ちょっぴり、言わせて頂くならば、オランダソースは少々塩気が物足りない味でした。
参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の客室の写真を撮っていない(こちらの写真はHPにある最近の客室で、改装されている) -
参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の玄関先には大砲が置かれている。
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参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城のレストラン暖炉の間
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2006年5月9日(火) 本日も快晴です。 26℃ 、 走行距離168km
気持ちの良い朝です。
朝食は城の内庭に設けられたテラスレストランで頂く。このホテルも充分すぎるほどの品々で嬉しく、ツイツイ食べてしまう。果物を少しいただいて帰る。
朝食後、城の塔に登ってみる。レセプションで鍵を借りて、行ってみると、鳩の夫婦に歓迎される?!十数mの塔の上は見晴台になっており、菩提樹に囲まれた城塞、レンガ色の屋根をした小さな町、春爛漫の季節にふさわしく、郊外の真黄色な菜の花畑が見渡せます。
城の周囲を散歩してから、この城ともお別れです。
ヴァッセンベルグを珍しく遅い10:00に出発し、アーヘンに向かう。
写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城・・・時計回りに右上から、玄関先の中庭に大砲が置かれ、テラスレストランでドイツの美味しい朝食を頂く、暖炉の間でしばし休憩したが、Gemütlichゲミュートリッヒ(独語の意味は「居心地よい」)な時間だ。そしてヴァッセンベルクの町を望む。 -
参考写真:Wassenberg mit Burg 19世紀の初期のヴァッセンベルクの景観
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参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城から見るSt.-Georgs-Basilika聖ゲオルク大聖堂の景観
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参考写真:ヴァッセンベルク城と天守閣
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参考写真:ヴァッセンベルクのWehrturm_und_kirche見張り塔(防衛塔)と教会
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参考写真:ヴァッセンベルクのRosstorロストアー(馬小屋の意)と称する建物
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参考写真:ヴァッセンベルクのSpargelfestシュパーゲル祭り
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参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の前面
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参考写真:暖炉の間「Graf Gerhardゲルトハルト伯爵」は結婚式用に装いをして
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参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の客室
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参考写真:古城ホテル ヴァッセンベルク城の客室
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<Naturpark am Niederrheinニーダーライン自然公園>
1965年に設立されたNaturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園は、ノルトライン・ヴェストファーレン州の最西端、オランダの国境沿いに位置し、広さは435平方キロメートル、Kreis Kleveクレーフェ郡からKreis Viersenフィアーゼン郡、Kreis Heinsbergハインスベルク郡、そしてStadt Mönchengladbachメンヒェングラートバッハ市の一部を占めるものである。
(1976年以来、ドイツ・オランダ共同のMaas-Schwalm-Netteマース・シュヴァルム・ネッテ自然公園の一部となっている)
参考写真:Aral Auto (1974~75年)Map・・・Naturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園 -
自然公園の典型的なニーダーライン地方の風景は、水によって特徴付けられている。つまり湖や川、小川、湿地帯があり、また、周辺に原始的な森林、牧草地、畑地、ヒースの景観もあって、それらが一体化した自然がある。
参考写真:Naturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園・・・Niederrhein-Dewittseeニーダーライン・デウィットゼー -
参考写真:Naturpark Schwalm-Netteシュヴァルム・ネッテ自然公園・・・Steelenweg ”Brachter Wald“ステーレンヴェーク「ブラヒターの森」
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参考写真:デュッセルドルフの小冊子に掲載されていたレストラン(ツア トラウベ、ブルク ヴァッセンベルク)をおまけした。前者は後にミシュラン2星のレストランになった。
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(2026年04月04日Wiki/HP参考、訳・編集追記)
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