臼杵・津久見旅行記(ブログ) 一覧に戻る
日程表〔変更予定〕<br />3月25日(木)延岡07:06→佐伯08:04 にちりん2号<br />       ・・・佐伯城<br />       佐伯11:37→臼杵12:13 JR日豊本線<br />       ・・・臼杵城<br />       ・・・臼杵泊<br />3月26日(金)臼杵06:57→大分07:43 JR日豊本線<br /><br />大分県の続・日本百名城攻略旅2城を攻略します。

続・日本百名城攻略旅・・・佐伯城・臼杵城(大分県)

158いいね!

2026/03/25 - 2026/03/26

12位(同エリア238件中)

旅行記グループ 続日本百名城

0

75

164-165

164-165さん

この旅行記スケジュールを元に

日程表〔変更予定〕
3月25日(木)延岡07:06→佐伯08:04 にちりん2号
       ・・・佐伯城
       佐伯11:37→臼杵12:13 JR日豊本線
       ・・・臼杵城
       ・・・臼杵泊
3月26日(金)臼杵06:57→大分07:43 JR日豊本線

大分県の続・日本百名城攻略旅2城を攻略します。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
JALグループ JR特急 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 3月25日(木)延岡から佐伯までは特急の自由席券を事前に購入していました。

    3月25日(木)延岡から佐伯までは特急の自由席券を事前に購入していました。

  • 佐伯駅<br />延岡07:06→佐伯08:04 にちりん2号 JR日豊本線 大分行き<br />¥2,300-(乗車券とも通常)<br />年寄りは目覚めが早いです。

    佐伯駅
    延岡07:06→佐伯08:04 にちりん2号 JR日豊本線 大分行き
    ¥2,300-(乗車券とも通常)
    年寄りは目覚めが早いです。

    佐伯駅

  • コインロッカーが駅構内にありました。<br />大  ¥800-<br />中  ¥700-<br />小  ¥500-<br />

    コインロッカーが駅構内にありました。
    大  ¥800-
    中  ¥700-
    小  ¥500-

  • 佐伯駅から佐伯城入り口に歩いて行きました。<br />歴史と文学の道を歩いて行きます。<br />通常距離2.0km、25分のコースです。<br />

    佐伯駅から佐伯城入り口に歩いて行きました。
    歴史と文学の道を歩いて行きます。
    通常距離2.0km、25分のコースです。

  • 明神河童<br />臼坪河童公園の河童

    明神河童
    臼坪河童公園の河童

  • 国木田独歩館

    国木田独歩館

    国木田独歩館 美術館・博物館

  • 昔が甦ってくる佇まいを見ることができます。

    昔が甦ってくる佇まいを見ることができます。

  • 井戸が残っています。

    井戸が残っています。

  • 城の入口の石垣です。圧倒されます。

    城の入口の石垣です。圧倒されます。

  • 三の丸櫓門<br />三の丸入口には、その大手門であった櫓門が建っています。佐伯城に唯一、現存する建造物で、大分県の有形文化財に指定されています。

    三の丸櫓門
    三の丸入口には、その大手門であった櫓門が建っています。佐伯城に唯一、現存する建造物で、大分県の有形文化財に指定されています。

    三の丸櫓門 名所・史跡

  • 天保3年(1637)の建築で、寛永14年に創建されたのち二度建て直されました。見る人を威圧する大きな築石をもちいた石垣上に載っています。

    天保3年(1637)の建築で、寛永14年に創建されたのち二度建て直されました。見る人を威圧する大きな築石をもちいた石垣上に載っています。

  • さいき散策マップ<br />駐車場では桜祭りの準備で忙しそうでした。

    さいき散策マップ
    駐車場では桜祭りの準備で忙しそうでした。

  • 佐伯市歴史資料館

    佐伯市歴史資料館

    佐伯市歴史資料館 名所・史跡

  • 続・日本百名城スタンプ設置場所<br />佐伯市歴史資料館(メイン設置場所)<br /> 住    所:大分県佐伯市大手町1丁目2番25号<br /> スタンプ設置:受付前(押印のみなら入館料不要)<br /> 開 館 時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)<br /> 休 館 日 :月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/3)<br /> 駐 車 場 :150台(無料、佐伯市大手町駐車場)

    続・日本百名城スタンプ設置場所
    佐伯市歴史資料館(メイン設置場所)
     住    所:大分県佐伯市大手町1丁目2番25号
     スタンプ設置:受付前(押印のみなら入館料不要)
     開 館 時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
     休 館 日 :月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29~1/3)
     駐 車 場 :150台(無料、佐伯市大手町駐車場)

  • 毛利家御居間 佐伯市指定有形文化財<br />昭和50年(1975)御居間と次の間は建て替えされました。

    毛利家御居間 佐伯市指定有形文化財
    昭和50年(1975)御居間と次の間は建て替えされました。

  • 佐伯市歴史資料館付近から見る佐伯城の石垣<br />これから『独歩碑の道』を登っていきます。一番緩やかな、登りやすいコースです。

    佐伯市歴史資料館付近から見る佐伯城の石垣
    これから『独歩碑の道』を登っていきます。一番緩やかな、登りやすいコースです。

  • 佐伯城 雛壇状石垣(ひなだんじょういしがき)<br />享保19年(1734)の風雨で崩れた斜面を復旧・保護するための、合計4段の雛壇状石垣です。

    佐伯城 雛壇状石垣(ひなだんじょういしがき)
    享保19年(1734)の風雨で崩れた斜面を復旧・保護するための、合計4段の雛壇状石垣です。

  • 本丸付近からの旧城下町である市街地を一望

    本丸付近からの旧城下町である市街地を一望

  • 天守台<br />築城時には『三重、南向き』の天守があったと伝わりますが、詳細な資料はありません。遅くとも18世紀以降は現在のような天守台のみとなっていました。<br />しかし、城の修理に関わる儀式の場として使用されるなど、重要な場所でした

    天守台
    築城時には『三重、南向き』の天守があったと伝わりますが、詳細な資料はありません。遅くとも18世紀以降は現在のような天守台のみとなっていました。
    しかし、城の修理に関わる儀式の場として使用されるなど、重要な場所でした

  • 関ヶ原の戦い後、徳川方の毛利高政は海部郡に2万石を与えられ、6年の歳月をかけて築城し、1606年(慶長11年)にはおおよそ完成したが。1617年(元和3年)、二の丸より失火して、本丸と天守を焼失した。<br />

    関ヶ原の戦い後、徳川方の毛利高政は海部郡に2万石を与えられ、6年の歳月をかけて築城し、1606年(慶長11年)にはおおよそ完成したが。1617年(元和3年)、二の丸より失火して、本丸と天守を焼失した。

  • 若宮の道下り口<br />他にも『翠明の道』『登城の道』『独歩碑の道』があります。

    若宮の道下り口
    他にも『翠明の道』『登城の道』『独歩碑の道』があります。

  • 北出丸方向に歩いて行きます。

    北出丸方向に歩いて行きます。

  • 北出丸跡

    北出丸跡

  • 北出丸の石垣<br />地形上の制約がある山頂で、石垣を使って面積を確保する工夫がされています。<br />

    北出丸の石垣
    地形上の制約がある山頂で、石垣を使って面積を確保する工夫がされています。

  • 廊下橋跡<br />江戸時代には本丸への唯一の入口の廊下橋(屋根と塀を持つ橋)です。

    廊下橋跡
    江戸時代には本丸への唯一の入口の廊下橋(屋根と塀を持つ橋)です。

  • 二の丸<br />宝永6年(1709年)に6代毛利高慶によって天守以外の建物が復旧、修復されています。

    二の丸
    宝永6年(1709年)に6代毛利高慶によって天守以外の建物が復旧、修復されています。

  • 獨歩文学碑

    獨歩文学碑

  • 西出丸<br />西出丸南西の二重櫓跡は、石垣がクランク状に曲がっています。<br />安政元年(1854)の大地震で石垣を支える岩盤が崩れ、櫓を内側に移動させ、現在の形になりました。

    西出丸
    西出丸南西の二重櫓跡は、石垣がクランク状に曲がっています。
    安政元年(1854)の大地震で石垣を支える岩盤が崩れ、櫓を内側に移動させ、現在の形になりました。

  • 西出丸からの市街地

    西出丸からの市街地

  • シャガが咲いていました。

    シャガが咲いていました。

  • 廊下橋跡を渡り、本丸へきました。

    廊下橋跡を渡り、本丸へきました。

  • 本丸跡で記念撮影<br />1871年(明治4年)7月に、佐伯県庁が置かれ佐伯城は廃城とされました。

    本丸跡で記念撮影
    1871年(明治4年)7月に、佐伯県庁が置かれ佐伯城は廃城とされました。

  • 降りてきました。<br />佐伯市城下町 観光交流館<br />昭和11年の建築とされる。「つたや旅館」の建物を使用しています。<br />

    降りてきました。
    佐伯市城下町 観光交流館
    昭和11年の建築とされる。「つたや旅館」の建物を使用しています。

    佐伯市城下町 観光交流館 グルメ・レストラン

  • 佐伯城御城印<br />販売場所	【佐伯市城下町 観光交流館】<br />時間:9時~18時<br />休日:12月31日~1月3日<br />料金	1枚300円

    佐伯城御城印
    販売場所 【佐伯市城下町 観光交流館】
    時間:9時~18時
    休日:12月31日~1月3日
    料金 1枚300円

  • 飲料やお菓子、御城印、各種土産物などの販売。マンホールカードの配布。レンタサイクルの貸し出しや、部屋のレンタルなども、行ってます。

    飲料やお菓子、御城印、各種土産物などの販売。マンホールカードの配布。レンタサイクルの貸し出しや、部屋のレンタルなども、行ってます。

  • 佐伯市観光案内所<br />レンタルバイクの貸し出しも行っていました。佐伯城のパンフレットを頂きました。

    佐伯市観光案内所
    レンタルバイクの貸し出しも行っていました。佐伯城のパンフレットを頂きました。

    佐伯市観光案内所 名所・史跡

  • 佐伯11:37→臼杵12:13 JR日豊本線 大分行き ¥660-(通常運賃)

    佐伯11:37→臼杵12:13 JR日豊本線 大分行き ¥660-(通常運賃)

  • 臼杵駅

    臼杵駅

    臼杵駅

  • 駅前の臼杵石仏レプリカ

    駅前の臼杵石仏レプリカ

  • クレドホテル臼杵<br />住  所	大分県臼杵市海添2573-10<br />アクセス	JR臼杵駅より徒歩1分<br />ホテルに荷物を置いて登城します。

    クレドホテル臼杵
    住  所 大分県臼杵市海添2573-10
    アクセス JR臼杵駅より徒歩1分
    ホテルに荷物を置いて登城します。

    クレドホテル臼杵 宿・ホテル

  • 卯寅口門

    卯寅口門

  • 臼杵城 卯寅口門脇櫓<br />駅から真っ直ぐ北に向かって歩いて行くと見えてきます。

    臼杵城 卯寅口門脇櫓
    駅から真っ直ぐ北に向かって歩いて行くと見えてきます。

  • 現存する畳櫓(右)と推定復元された大門櫓(左)

    現存する畳櫓(右)と推定復元された大門櫓(左)

  • 臼杵市観光交流プラザ<br />

    臼杵市観光交流プラザ

    臼杵市観光交流プラザ 名所・史跡

  • 臼杵城の続日本100名城スタンプは「臼杵市観光交流プラザ」に設置されています。

    臼杵城の続日本100名城スタンプは「臼杵市観光交流プラザ」に設置されています。

  • 臼杵城の御城印<br />販売場所	臼杵市観光交流プラザ<br />所在地	大分県臼杵市臼杵丹生島91-1<br />TEL	0972-63-1715<br />開館時間:9時~18時<br />料金	1枚300円&500円

    臼杵城の御城印
    販売場所 臼杵市観光交流プラザ
    所在地 大分県臼杵市臼杵丹生島91-1
    TEL 0972-63-1715
    開館時間:9時~18時
    料金 1枚300円&500円

  • 臼杵城跡の碑    臼杵城 古橋口<br /><br />鐙坂        臼杵城 中門櫓跡

    臼杵城跡の碑    臼杵城 古橋口

    鐙坂        臼杵城 中門櫓跡

  • 臼杵城 畳櫓<br />「畳櫓」床面積34・76平方メートル、江戸時代後期に再築され、以前の調査で敵を監視・攻撃する銃眼「隠し 狭間 」が見つかった。

    臼杵城 畳櫓
    「畳櫓」床面積34・76平方メートル、江戸時代後期に再築され、以前の調査で敵を監視・攻撃する銃眼「隠し 狭間 」が見つかった。

  • 臼杵城 大門櫓<br />17世紀初頭、臼杵藩の藩主であった稲葉氏入城直後に建てられました。<br />宝暦13年の大火で焼失したあと、5年後再建されたものの明治初年の廃城によって取り壊されたましたが、平成13年、古絵図や写真を基に地元の職人が伝統工法を駆使して可能な限り江戸末期の姿となるよう復元されました。

    臼杵城 大門櫓
    17世紀初頭、臼杵藩の藩主であった稲葉氏入城直後に建てられました。
    宝暦13年の大火で焼失したあと、5年後再建されたものの明治初年の廃城によって取り壊されたましたが、平成13年、古絵図や写真を基に地元の職人が伝統工法を駆使して可能な限り江戸末期の姿となるよう復元されました。

  • 臼杵城 大門櫓(復元)<br />城内からの門と市街地

    臼杵城 大門櫓(復元)
    城内からの門と市街地

  • 二の丸西南端に築かれた井楼櫓の櫓台石垣

    二の丸西南端に築かれた井楼櫓の櫓台石垣

  • 大門櫓と畳櫓

    大門櫓と畳櫓

  • 時鐘櫓の跡

    時鐘櫓の跡

  • 会所櫓跡

    会所櫓跡

  • 臼杵城 井楼櫓跡

    臼杵城 井楼櫓跡

  • 西之丸御殿跡

    西之丸御殿跡

    臼杵公園 公園・植物園

  • 臼杵城 埋門前櫓跡

    臼杵城 埋門前櫓跡

  • 本丸跡<br />キリシタン大名として有名な大友宗麟の居城だったため、石垣にはアルファベットの様な文字が刻まれ、城内には礼拝所が、城下にはキリシタンの修練所があったそうです。築城当時は丹生嶋と呼ばれる孤島上の城郭で、周囲の海が天然の要害となり、堅固な守りを誇っていました。<br />大友氏以降、福原直高、太田一吉が城主を務めたのち、慶長5年(1600年)からは、美濃から入封した稲葉氏が廃藩置県まで15代にわたってこの城を居城とし臼杵藩の支配にあたっていました。廃藩置県後、明治6年(1873年)に臼杵城は廃城と決定され取り壊されました。

    本丸跡
    キリシタン大名として有名な大友宗麟の居城だったため、石垣にはアルファベットの様な文字が刻まれ、城内には礼拝所が、城下にはキリシタンの修練所があったそうです。築城当時は丹生嶋と呼ばれる孤島上の城郭で、周囲の海が天然の要害となり、堅固な守りを誇っていました。
    大友氏以降、福原直高、太田一吉が城主を務めたのち、慶長5年(1600年)からは、美濃から入封した稲葉氏が廃藩置県まで15代にわたってこの城を居城とし臼杵藩の支配にあたっていました。廃藩置県後、明治6年(1873年)に臼杵城は廃城と決定され取り壊されました。

    臼杵城跡(臼杵公園) 名所・史跡

  • 臼杵城 空濠

    臼杵城 空濠

  • 鉄門櫓跡

    鉄門櫓跡

  • 築石や角石が城内の石垣で一番大きく、江戸時代初期(1610年代)に造られたとされています。<br />現在は南半分が残っています。

    築石や角石が城内の石垣で一番大きく、江戸時代初期(1610年代)に造られたとされています。
    現在は南半分が残っています。

  • 本丸跡付近からの景色<br />津久見島や海が見えます。文禄3年(1594)太田一吉が大友氏に代わって入城したころは直ぐ目の前が海だったようです。その後も埋め立てや改修が進んで、海が後退していきました。

    本丸跡付近からの景色
    津久見島や海が見えます。文禄3年(1594)太田一吉が大友氏に代わって入城したころは直ぐ目の前が海だったようです。その後も埋め立てや改修が進んで、海が後退していきました。

  • 最初に見た卯寅口門脇櫓

    最初に見た卯寅口門脇櫓

  • 井戸跡

    井戸跡

  • 義太夫前櫓跡

    義太夫前櫓跡

  • 佛狼機(フランキー)砲(別名:国崩)<br />天正14年(1586年)、島津軍は大友氏の本拠地である豊後府内を攻略した。この時、丹生島城(のちの臼杵城)に籠城していた宗麟はこの大砲・国崩し(フランキ砲)を使って丹生島城を守った[

    佛狼機(フランキー)砲(別名:国崩)
    天正14年(1586年)、島津軍は大友氏の本拠地である豊後府内を攻略した。この時、丹生島城(のちの臼杵城)に籠城していた宗麟はこの大砲・国崩し(フランキ砲)を使って丹生島城を守った[

  • 大友宗麟公碑<br />大友 義鎮(おおとも よししげ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。大友氏の21代当主。宗麟(そうりん)の法号で知られている。<br />永禄2年(1559)頃は大友氏が北九州の大半を押さえ最盛期を迎えるなか、島津氏が薩摩を押さえ、九州統一に乗り出し、天正6年(1578)に高城川の戦いで大友氏が敗れ、ほぼ失領に追い込まれた。<br />そうした中、大友宗麟は秀吉に救援を要請し、天正15年(1587)秀吉と秀長に寄り島津勢は全面降伏するのでした。窮地に陥っている大友氏は救われました。

    大友宗麟公碑
    大友 義鎮(おおとも よししげ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。大友氏の21代当主。宗麟(そうりん)の法号で知られている。
    永禄2年(1559)頃は大友氏が北九州の大半を押さえ最盛期を迎えるなか、島津氏が薩摩を押さえ、九州統一に乗り出し、天正6年(1578)に高城川の戦いで大友氏が敗れ、ほぼ失領に追い込まれた。
    そうした中、大友宗麟は秀吉に救援を要請し、天正15年(1587)秀吉と秀長に寄り島津勢は全面降伏するのでした。窮地に陥っている大友氏は救われました。

  • クレドホテル臼杵<br />大分県臼杵市海添2573-10<br />https://www.credo-hotel.com/<br /><br /> 臼杵駅から徒歩1分

    クレドホテル臼杵
    大分県臼杵市海添2573-10
    https://www.credo-hotel.com/

    臼杵駅から徒歩1分

    クレドホテル臼杵 宿・ホテル

  • 洋室、シングル、禁煙、食事なし ¥7,600-<br />広さ;約12m?、ベッドサイズ;ワイドシングルベッド(幅110cm)

    洋室、シングル、禁煙、食事なし ¥7,600-
    広さ;約12m?、ベッドサイズ;ワイドシングルベッド(幅110cm)

  • 部屋からの景色

    部屋からの景色

  • ホテル内食事場所で夕食を食べました<br />食事処「豊蘭」<br />営業時間[夕食] 17:30~21:00<br /><br />晩酌セット ¥1,400-

    ホテル内食事場所で夕食を食べました
    食事処「豊蘭」
    営業時間[夕食] 17:30~21:00

    晩酌セット ¥1,400-

  • 野菜炒め定食 ¥1,210-

    野菜炒め定食 ¥1,210-

  • 【予定】<br />3月26日(金)・・・臼杵城<br />  臼杵11:15→大分12:03 JR日豊本線<br />【実際】<br />臼杵城は前日登城したので、朝から角牟礼城に向います。<br />  臼杵06:57→大分07:43 JR日豊本線

    【予定】
    3月26日(金)・・・臼杵城
      臼杵11:15→大分12:03 JR日豊本線
    【実際】
    臼杵城は前日登城したので、朝から角牟礼城に向います。
      臼杵06:57→大分07:43 JR日豊本線

  • 御城印<br />佐伯城の御城印は築城主で歴代城主であった毛利氏の家紋「丸に矢筈(やはず)」の朱印をあしらったデザイン。<br />臼杵城の御城印は大友氏の家紋「杏葉紋」と、稲葉氏の家紋「折敷に三文字紋」家紋の両方入った御城印を購入しました。

    御城印
    佐伯城の御城印は築城主で歴代城主であった毛利氏の家紋「丸に矢筈(やはず)」の朱印をあしらったデザイン。
    臼杵城の御城印は大友氏の家紋「杏葉紋」と、稲葉氏の家紋「折敷に三文字紋」家紋の両方入った御城印を購入しました。

  • 続日本百名城スタンプ

    続日本百名城スタンプ

158いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

続日本百名城

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったホテル

この旅行で行ったスポット

この旅行で行ったグルメ・レストラン

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP