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続・日本百名城攻略旅日程表<br />5月7日(水)湯の川温泉泊<br />5月8日(木)・・・志苔館<br />       函館空港11:45→奥尻空港12:15 JAL2891<br />       奥尻空港12:30→奥尻フェリーターミナル13:00<br />       奥尻港15:00→江差港17:10 奥尻アイランドフェリー<br />       ・・・江差泊<br />5月9日(金)姥神町フェリー前07:20→大留07:42 バス<br />       大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー<br />       ・・・上ノ国勝山館跡<br />       勝山館跡ガイダンス施設→江差フェリーTerminal Taxi<br />       江差港13:00→奥尻港15:10 奥尻アイランドフェリー<br />       奥尻フェリーターミナル→旅館 タクシー<br />       ・・・奥尻泊<br />5月10日(土)津波館<br />宿泊施設 ホテルテトラ湯の川温泉<br />                    住  所	〒042-0932函館市湯川町3丁目12-11<br />                    電話番号	0138-59-4126                    <br />                                         https://yunokawa.e-tetora.com/<br /><br />宿泊施設 江差ホテル<br />       住  所	〒043-0053 北海道 桧山郡江差町新地町52<br />       電話番号	0139-52-3311<br /><br />宿泊施設 丘の宿 優凪<br />       住  所   〒043-1521 北海道奥尻郡奥尻町青苗418‐1<br />       電話番号    01397-2-7577 / FAX 01397-2-7578

南部氏に敗れた安藤氏系の館跡・・・上ノ国勝山館跡・志苔館跡

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2025/05/08 - 2025/05/09

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旅行記グループ 続日本百名城

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164-165

164-165さん

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続・日本百名城攻略旅日程表
5月7日(水)湯の川温泉泊
5月8日(木)・・・志苔館
       函館空港11:45→奥尻空港12:15 JAL2891
       奥尻空港12:30→奥尻フェリーターミナル13:00
       奥尻港15:00→江差港17:10 奥尻アイランドフェリー
       ・・・江差泊
5月9日(金)姥神町フェリー前07:20→大留07:42 バス
       大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー
       ・・・上ノ国勝山館跡
       勝山館跡ガイダンス施設→江差フェリーTerminal Taxi
       江差港13:00→奥尻港15:10 奥尻アイランドフェリー
       奥尻フェリーターミナル→旅館 タクシー
       ・・・奥尻泊
5月10日(土)津波館
宿泊施設 ホテルテトラ湯の川温泉
住  所 〒042-0932函館市湯川町3丁目12-11
電話番号 0138-59-4126
https://yunokawa.e-tetora.com/

宿泊施設 江差ホテル
       住  所 〒043-0053 北海道 桧山郡江差町新地町52
       電話番号 0139-52-3311

宿泊施設 丘の宿 優凪
       住  所   〒043-1521 北海道奥尻郡奥尻町青苗418‐1
       電話番号    01397-2-7577 / FAX 01397-2-7578

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス JALグループ 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 宿泊施設 ホテルテトラ湯の川温泉<br />住  所	〒042-0932北海道函館市湯川町3丁目12-11<br />電話番号	0138-59-4126                <br />

    宿泊施設 ホテルテトラ湯の川温泉
    住  所 〒042-0932北海道函館市湯川町3丁目12-11
    電話番号 0138-59-4126

    ホテルテトラ湯の川温泉 宿・ホテル

  • 6帖和室 バス・トイレ共用 食事 朝食なし 夕食なし<br />¥5,350- by:じゃらん

    6帖和室 バス・トイレ共用 食事 朝食なし 夕食なし
    ¥5,350- by:じゃらん

  • 5月8日(木)<br />昆布干し<br />ホテルから歩いて館へ行きます。<br />晴れていてすがすがしい気分です。

    5月8日(木)
    昆布干し
    ホテルから歩いて館へ行きます。
    晴れていてすがすがしい気分です。

  • 一般国道278号から函館空港に向かい志苔館跡200m<br /><br />志苔館跡へのアクセス<br /> ・JR函館駅から <br /> 函館駅前停留所から函館バスで志海苔停留所下車(約35分)。停留所から徒歩約260m <br /> タクシー等で国道278号線経由,約8.5km <br /> ※史跡志苔館跡には駐車場がありません。<br /><br />

    一般国道278号から函館空港に向かい志苔館跡200m

    志苔館跡へのアクセス
    ・JR函館駅から
     函館駅前停留所から函館バスで志海苔停留所下車(約35分)。停留所から徒歩約260m
     タクシー等で国道278号線経由,約8.5km
     ※史跡志苔館跡には駐車場がありません。

  • 志苔館 慰霊碑<br />コシャマインの戦いで亡くなった、和人、アイヌ人双方の御霊をお祀りしています。

    志苔館 慰霊碑
    コシャマインの戦いで亡くなった、和人、アイヌ人双方の御霊をお祀りしています。

  • 史跡志苔館跡案内板<br />国指定史跡志苔館跡は,函館市東部地区で市の中心部から約9km離れた,標高1725m程の海岸段丘縁に位置し,館跡からは南西側の函館山と市街地および津軽海峡,さらには遠く下北半島などを一望することができます。また,この辺りの海岸線は古くから「宇賀の昆布」という良質昆布の産地でもあって,天然の良港が多く存在しています。

    史跡志苔館跡案内板
    国指定史跡志苔館跡は,函館市東部地区で市の中心部から約9km離れた,標高1725m程の海岸段丘縁に位置し,館跡からは南西側の函館山と市街地および津軽海峡,さらには遠く下北半島などを一望することができます。また,この辺りの海岸線は古くから「宇賀の昆布」という良質昆布の産地でもあって,天然の良港が多く存在しています。

  • 案内板に則り、続・日本百名城スタンプ設置場所に行きました。<br />四阿風の小屋にスタンプが置いてありました。<br />周辺ガイドマップ(一人一枚)も有ります。

    案内板に則り、続・日本百名城スタンプ設置場所に行きました。
    四阿風の小屋にスタンプが置いてありました。
    周辺ガイドマップ(一人一枚)も有ります。

  • 見晴らしが良く、港も近くて絶好な場所です。

    見晴らしが良く、港も近くて絶好な場所です。

  • 郭外遺構 西側の虎口跡<br />開口部・壕

    郭外遺構 西側の虎口跡
    開口部・壕

  • 志海苔漁港<br />

    志海苔漁港

  • 志海苔館縄張り図<br />館跡は,四方に土塁が巡らされたほぼ矩形を呈し,沢地形などを利用して空壕が掘られています。

    志海苔館縄張り図
    館跡は,四方に土塁が巡らされたほぼ矩形を呈し,沢地形などを利用して空壕が掘られています。

  • 郭内遺構<br />14世紀末から15世紀の遺構<br />建物跡7棟、柵、堀、井戸など<br />天気が良くてゴルフ場に来た気分です。ドライバーで打てば越えるかも?

    郭内遺構
    14世紀末から15世紀の遺構
    建物跡7棟、柵、堀、井戸など
    天気が良くてゴルフ場に来た気分です。ドライバーで打てば越えるかも?

  • 井戸跡<br />飲み水は重要です。

    井戸跡
    飲み水は重要です。

  • 建物跡<br />志苔館が記録に登場するのは,松前藩の史書「新羅之記録」中で,小林太郎左衛門良景が居住して、長禄元(1457)年の項と康正2(1456)年からの「コシャマインの戦い」により館が陥落したことが記述されています。<br />コシャマインの戦いは、1457年に発生したアイヌと和人との戦い。アイヌ軍は和人の拠点である花沢と茂別を除く道南十二館の内10までを攻め落とした<br />戦いの後、再び小林氏が館に居住していたが、永正9(1512)年にも,再度アイヌとの戦いにより館が陥落した記述がみられます。<br />

    建物跡
    志苔館が記録に登場するのは,松前藩の史書「新羅之記録」中で,小林太郎左衛門良景が居住して、長禄元(1457)年の項と康正2(1456)年からの「コシャマインの戦い」により館が陥落したことが記述されています。
    コシャマインの戦いは、1457年に発生したアイヌと和人との戦い。アイヌ軍は和人の拠点である花沢と茂別を除く道南十二館の内10までを攻め落とした
    戦いの後、再び小林氏が館に居住していたが、永正9(1512)年にも,再度アイヌとの戦いにより館が陥落した記述がみられます。

  • 建物跡<br />しかしこの後は,館主であった小林氏が松前藩に従属したといわれ,志苔館が記録上に登場することはなくなり,事実上廃館となったものと推定されています。<br /><br />

    建物跡
    しかしこの後は,館主であった小林氏が松前藩に従属したといわれ,志苔館が記録上に登場することはなくなり,事実上廃館となったものと推定されています。

  • 柵址<br />建物を囲う柵や板塀などの遺構も発見されましたが,それぞれ建物との組み合わせや時間的な違いも明らかとなりました。

    柵址
    建物を囲う柵や板塀などの遺構も発見されましたが,それぞれ建物との組み合わせや時間的な違いも明らかとなりました。

  • 建物跡とその周りの柵址<br />発掘調査により、さまざまな遺構が検出されたが、調査終了後、埋め戻し保存をしている。

    建物跡とその周りの柵址
    発掘調査により、さまざまな遺構が検出されたが、調査終了後、埋め戻し保存をしている。

  • 郭内からの函館山<br />土塁と土塁の間が門跡となり、その外側は二重締切です。<br />後方は津軽海峡

    郭内からの函館山
    土塁と土塁の間が門跡となり、その外側は二重締切です。
    後方は津軽海峡

  • 史跡志苔館跡

    史跡志苔館跡

  • 函館空港11:45→奥尻空港12:15 JAL2891<br />奥尻空港12:30→奥尻フェリーターミナル13:00 乗合タクシー ¥1,000-予約<br />      

    函館空港11:45→奥尻空港12:15 JAL2891
    奥尻空港12:30→奥尻フェリーターミナル13:00 乗合タクシー ¥1,000-予約
          

  • 奥尻港15:00→江差港17:10 奥尻アイランドフェリー ¥3,350‐

    奥尻港15:00→江差港17:10 奥尻アイランドフェリー ¥3,350‐

    奥尻港フェリーターミナル 乗り物

  • ホテルニューえさし<br />住所	〒043-0053 北海道 桧山郡江差町新地町52<br />宿泊施設電話番号	0139-52-3311<br />◇禁煙◇シングル(nssg1)、素泊まり<br />1名用禁煙  バス・トイレ(洗浄機能付)、冷暖房完備。 Wi-Fi利用可<br />合計料金	7,640 円(消費税込)<br />

    ホテルニューえさし
    住所 〒043-0053 北海道 桧山郡江差町新地町52
    宿泊施設電話番号 0139-52-3311
    ◇禁煙◇シングル(nssg1)、素泊まり
    1名用禁煙 バス・トイレ(洗浄機能付)、冷暖房完備。 Wi-Fi利用可
    合計料金 7,640 円(消費税込)

    ホテルニューえさし 宿・ホテル

  • 晩飯は近くのレストラン<br />チャイニーズレストラン 美華

    晩飯は近くのレストラン
    チャイニーズレストラン 美華

    チャイニーズレストラン 美華 グルメ・レストラン

  • ビール・鮑煮<br />奥尻産の鮑を冷凍して保存していたそうです。

    ビール・鮑煮
    奥尻産の鮑を冷凍して保存していたそうです。

  • 5月9日(金)姥神町フェリー前07:20→大留07:42 バス<br />       大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー

    5月9日(金)姥神町フェリー前07:20→大留07:42 バス
           大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー

  • 花沢館跡

    花沢館跡

  • 上ノ国八幡宮<br />文明5年(1473)武田信広が勝山館内に館神として創建した社で、北海道神社史上貴重な存在です。<br />本殿は元禄12年(1699)の建立で北海道内に現存する神社建築では最古に属する。

    上ノ国八幡宮
    文明5年(1473)武田信広が勝山館内に館神として創建した社で、北海道神社史上貴重な存在です。
    本殿は元禄12年(1699)の建立で北海道内に現存する神社建築では最古に属する。

    上ノ國八幡宮 寺・神社・教会

  • 大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー¥2,600-

    大留→勝山館跡ガイダンス施設 タクシー¥2,600-

  • 勝山館跡ガイダンス施設<br />住所    北海道檜山郡上ノ国町字勝山<br />電話番号  0139-55-2400<br />アクセス  「大留停留所」 車 8分<br />

    勝山館跡ガイダンス施設
    住所    北海道檜山郡上ノ国町字勝山
    電話番号  0139-55-2400
    アクセス  「大留停留所」 車 8分

    勝山館跡ガイダンス施設 美術館・博物館

  • 開館 10:00~16:00 4月第1土曜日~11月第2日曜日<br />休館(月) 祝日と重なる場合は翌日、祝日の翌日<br />現在8:27 開館迄間があるので先に館跡を散策します。

    開館 10:00~16:00 4月第1土曜日~11月第2日曜日
    休館(月) 祝日と重なる場合は翌日、祝日の翌日
    現在8:27 開館迄間があるので先に館跡を散策します。

  • 勝山館跡ガイダンス施設から南側に登って歩いて行くと中世史跡公園があり、雄大な日本海が望めました。<br />タラの芽が有りました。天婦羅にすると絶品です。

    勝山館跡ガイダンス施設から南側に登って歩いて行くと中世史跡公園があり、雄大な日本海が望めました。
    タラの芽が有りました。天婦羅にすると絶品です。

  • 奥尻島の山に雪が残っています。

    奥尻島の山に雪が残っています。

  • 扇風機のような<br />風力発電機と呼ばれる大きな風車<br />出力2,400kW級の大型風車12基を、標高約150mの夷王山周辺に配置しています。

    扇風機のような
    風力発電機と呼ばれる大きな風車
    出力2,400kW級の大型風車12基を、標高約150mの夷王山周辺に配置しています。

  • 史跡上ノ国館のうち勝山舘跡 石標<br />昭和52年

    史跡上ノ国館のうち勝山舘跡 石標
    昭和52年

  • 夷王山神社

    夷王山神社

  • 夷王山からの日本海

    夷王山からの日本海

  • 勝山館跡ガイダンス施設から北側に降りていきます。

    勝山館跡ガイダンス施設から北側に降りていきます。

  • 夷王山墳墓群のアイヌ墓<br />勝山館の中にアイヌの人たちがいたようです。

    夷王山墳墓群のアイヌ墓
    勝山館の中にアイヌの人たちがいたようです。

  • 勝山館跡

    勝山館跡

    勝山館跡 名所・史跡

  • 空壕跡

    空壕跡

  • 館神八幡宮跡<br />

    館神八幡宮跡

  • 掘立柱建物跡

    掘立柱建物跡

  • 城代の住居跡

    城代の住居跡

  • 大手空堀 

    大手空堀 

  • 中央通路<br />勝山館跡の中央には幅3.6mの通路が有ります。<br />

    中央通路
    勝山館跡の中央には幅3.6mの通路が有ります。

  • 外柵<br />道の両側は住居で、全体を柵で囲っています。

    外柵
    道の両側は住居で、全体を柵で囲っています。

  • 櫓門跡

    櫓門跡

  • 搦手門

    搦手門

  • 続日本百名城スタンプ設置場所・御城印販売場所<br /><勝山館跡ガイダンス施設><br />住所:檜山郡上ノ国町字勝山427番地<br /><br />勝山館の御城印料金	1枚300円

    続日本百名城スタンプ設置場所・御城印販売場所
    <勝山館跡ガイダンス施設>
    住所:檜山郡上ノ国町字勝山427番地

    勝山館の御城印料金 1枚300円

  • 上ノ国勝山館 模型

    上ノ国勝山館 模型

  • この建物の地下にある勝山館の人たちのお墓のうち、火葬墓1、火葬の跡1、屈葬土葬墓5の計7基のお墓が発掘されたそのままに型取りして元の位置に再現されています。

    この建物の地下にある勝山館の人たちのお墓のうち、火葬墓1、火葬の跡1、屈葬土葬墓5の計7基のお墓が発掘されたそのままに型取りして元の位置に再現されています。

  • 土葬墓 3号

    土葬墓 3号

  • 荼毘(だび)の跡と火葬墓

    荼毘(だび)の跡と火葬墓

  • 登城記念写真を撮ってもらえます。

    登城記念写真を撮ってもらえます。

  • ①江戸時代には蝦夷地(北海道)を東西に分け、日本海側は上ノ国と呼び、太平洋側を下ノ国と呼んだ。<br />②1443年、南部義政との戦いの破れ、下の国宗家安藤盛季は夷島に逃げ渡り、その後、攻め返すが、南部氏に敗れ下の国安藤家宗家は断絶した。<br />武田氏は安藤家の家来で、一緒に夷島に渡った<br />③1450年頃、志濃苔から上ノ国に12の館があり、松前守護、下ノ国守護、上ノ国守護を置き、その地域を守った。<br />④コシャマインの攻撃で、十二館は茂別館、花沢館だけ残り、勝った蠣崎氏(武田)が台頭し始めます。<br />⑤1470年頃、蠣崎信弘(武田)は勝山館に本拠を移した。<br />⑥武田氏(蠣崎)・安藤氏系統図

    ①江戸時代には蝦夷地(北海道)を東西に分け、日本海側は上ノ国と呼び、太平洋側を下ノ国と呼んだ。
    ②1443年、南部義政との戦いの破れ、下の国宗家安藤盛季は夷島に逃げ渡り、その後、攻め返すが、南部氏に敗れ下の国安藤家宗家は断絶した。
    武田氏は安藤家の家来で、一緒に夷島に渡った
    ③1450年頃、志濃苔から上ノ国に12の館があり、松前守護、下ノ国守護、上ノ国守護を置き、その地域を守った。
    ④コシャマインの攻撃で、十二館は茂別館、花沢館だけ残り、勝った蠣崎氏(武田)が台頭し始めます。
    ⑤1470年頃、蠣崎信弘(武田)は勝山館に本拠を移した。
    ⑥武田氏(蠣崎)・安藤氏系統図

  • 道の駅 上ノ国もんじゅ<br />タクシーでホテル ¥4,000-<br />

    道の駅 上ノ国もんじゅ
    タクシーでホテル ¥4,000-

    道の駅 上ノ国もんじゅ 道の駅

  • 江差港フェリーターミナル港13:00→奥尻港フェリーターミナル港15:10 奥尻アイランドフェリー<br />¥3、350‐

    江差港フェリーターミナル港13:00→奥尻港フェリーターミナル港15:10 奥尻アイランドフェリー
    ¥3、350‐

  • 奥尻町有バス<br />奥尻フェリーターミナル15:45→望洋台16:26 ¥200-

    奥尻町有バス
    奥尻フェリーターミナル15:45→望洋台16:26 ¥200-

  • 鍋釣岩<br />

    鍋釣岩

    鍋釣岩 自然・景勝地

  • 丘の宿 優凪<br />連絡先	電話: 01397-2-7577<br />      FAX: 01397-2-7578

    丘の宿 優凪
    連絡先 電話: 01397-2-7577
          FAX: 01397-2-7578

    菊地旅館 宿・ホテル

  • 別館	和室、ツインルーム(バス、トイレ付)料金(1泊朝食込み)¥6,000-<br />クレジットカード	不可<br />空港の無料送迎を行ってもらえます。

    別館 和室、ツインルーム(バス、トイレ付)料金(1泊朝食込み)¥6,000-
    クレジットカード 不可
    空港の無料送迎を行ってもらえます。

  • ユニット式バス・トイレ

    ユニット式バス・トイレ

  • 本館1階に居酒屋「波止場」が営業しています。晩飯を食べました。

    本館1階に居酒屋「波止場」が営業しています。晩飯を食べました。

  • 朝食

    朝食

  • 奥尻島津波館<br />1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震 その直後に島を襲った大津波の痛ましい記憶を後世に伝える施設です。<br />奥尻島津波館では、地震当時の生々しい写真や実際に被災した方々の気持ちが綴られている作文などが展示されています。<br />【開館時間】令和7年4月19日~令和7年10月31日(月曜定休日ただし7月、8月と祝日を除く)<br />【開館時間】9:00~17:00<br />【入館料】 大人:660円、小中高生:220円

    奥尻島津波館
    1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震 その直後に島を襲った大津波の痛ましい記憶を後世に伝える施設です。
    奥尻島津波館では、地震当時の生々しい写真や実際に被災した方々の気持ちが綴られている作文などが展示されています。
    【開館時間】令和7年4月19日~令和7年10月31日(月曜定休日ただし7月、8月と祝日を除く)
    【開館時間】9:00~17:00
    【入館料】 大人:660円、小中高生:220円

    奥尻島津波館 美術館・博物館

  • 慰霊碑「時空翔(じくうしょう)」<br />黒御影石でつくられた石碑、その姿は心と海と翼を表現しており、足元の模様は波しぶきを表しています。正面から石碑を眺めると、そこに見えるのは震源地となった南西沖に広がる大海原。そして地震のあった7月12日には、くぼみの中へと沈む夕日を拝むことができます。

    慰霊碑「時空翔(じくうしょう)」
    黒御影石でつくられた石碑、その姿は心と海と翼を表現しており、足元の模様は波しぶきを表しています。正面から石碑を眺めると、そこに見えるのは震源地となった南西沖に広がる大海原。そして地震のあった7月12日には、くぼみの中へと沈む夕日を拝むことができます。

    奥尻島津波館 美術館・博物館

  • 犠牲となった198名の名前が刻まれた壁、天皇陛下の御製碑(御製=天皇陛下の和歌)、奥尻島出身の詩人・麻生直子氏の詩が刻まれた石碑もあります。

    犠牲となった198名の名前が刻まれた壁、天皇陛下の御製碑(御製=天皇陛下の和歌)、奥尻島出身の詩人・麻生直子氏の詩が刻まれた石碑もあります。

  • 津波<br />地震発生直後に大津波が奥尻島を来襲し、稲穂地区や青苗地区などを一瞬にして壊滅的な状態となりました。壊滅した稲穂地区震源に一番近い奥尻島の稲穂地区では地震発生後2~3分後に津波の第一波が押し寄せたと見られており、 津波の最高到達高は西海岸の藻内地区で29mに達しています。<br />津波の高さは23.3m(ビル8階相当)だったと推定されます。また、奥尻島南部に位置する青苗地区は標高2~8mの平地と標高30mほどの高台で構成されています。<br />被害の大きかった中心部は青苗漁港を中心に人家が密集し、漁協や農協、診療所、郵便局、学校をはじめとする公共施設や宿泊施設・飲食店などが数多くあった地区でした。<br /><br />

    津波
    地震発生直後に大津波が奥尻島を来襲し、稲穂地区や青苗地区などを一瞬にして壊滅的な状態となりました。壊滅した稲穂地区震源に一番近い奥尻島の稲穂地区では地震発生後2~3分後に津波の第一波が押し寄せたと見られており、 津波の最高到達高は西海岸の藻内地区で29mに達しています。
    津波の高さは23.3m(ビル8階相当)だったと推定されます。また、奥尻島南部に位置する青苗地区は標高2~8mの平地と標高30mほどの高台で構成されています。
    被害の大きかった中心部は青苗漁港を中心に人家が密集し、漁協や農協、診療所、郵便局、学校をはじめとする公共施設や宿泊施設・飲食店などが数多くあった地区でした。

  • 徳洋記念碑<br />1931年(昭和6年)に建立され、高さ16.7メートル。「洋々美徳」と揮毫(きごう)されたこの記念碑は、北海道南西沖地震により甚大な被害をもたらした津波にも耐え抜き、震災後も青苗岬の象徴となっています。<br />「揮毫(きごう)」とは、「毛筆で文字を書くこと・絵を描くこと」を意味している言葉です。

    徳洋記念碑
    1931年(昭和6年)に建立され、高さ16.7メートル。「洋々美徳」と揮毫(きごう)されたこの記念碑は、北海道南西沖地震により甚大な被害をもたらした津波にも耐え抜き、震災後も青苗岬の象徴となっています。
    「揮毫(きごう)」とは、「毛筆で文字を書くこと・絵を描くこと」を意味している言葉です。

  • 青苗岬灯台

    青苗岬灯台

  • 奥尻島津波館の写真<br />震災で転倒しました。

    奥尻島津波館の写真
    震災で転倒しました。

  • 復興した町

    復興した町

  • 御城印

    御城印

  • 続日本百名城スタンプ

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