2025/12/03 - 2025/12/03
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工程表[予定]
四国の続・日本百名城3城を攻略し、淡路島から本州に戻り,岸和田に向かいます。
12月3日(水)徳島駅前09:00→洲本バスセンター10:29 淡路交通
・・・洲本城
洲本バスセンター12:03→洲本IC12:18 淡路交通
洲本IC12:33→関西空港14:30
関西空港14:39→岸和田
・・・岸和田城
・・・岸和田泊
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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12月3日(水)
ビジネスホテル アバァンティ(AVANTI)
2泊で8千円は安かった。ビジネスホテル アバァンティ(AVANTI) 宿・ホテル
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徳島駅前09:00→洲本バスセンター10:29 淡路交通淡路・徳島線 ¥2,120-
少ない乗客で伸び伸び座ることができました。 -
神戸淡路鳴門自動車道撫養橋南高架橋&撫養橋
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小鳴門橋
小鳴門橋 名所・史跡
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本日のルート略図
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洲本バスセンターより洲本城跡 駐車場 タクシー
タクシーから降りると既に城内です。 -
見事な石垣が築かれています。
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洲本城(上の城)は、戦国時代の大永6年(1526)に淡路水軍を率いた三好氏の重臣安宅(あたぎ)氏の築城に始まり、その後、天正13年(1585)に入城した脇坂安治によって、今に残る総石垣の城に改修されました。脇坂氏が伊予大洲に移った慶長14年(1609)、事実上の廃城となりました。
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見ごたえのある石垣です。
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天正末期から文禄・慶長期の石垣が良好に残っています。
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大阪湾が見渡せます。
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見事な石垣です。
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本丸への大石段
本丸南の虎口へと通じる。広く大きいつくりの石段。洲本城の威風を感じることができます。 -
紅葉が盛りです。
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模擬天守
洲本城跡には現存する建物はありません。天守台にある建物は復元したものではなく、昭和4年に建造された模擬天守です。
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以前は展望施設として模擬天守内に登ることができましたが、老朽化により安全性を十分に確保できなくなったため、現在は登ることができません。
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洲本の街が見渡せます。
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天守下より見る眺望
城下のみならず、海上を一望できる。かつては水軍の城として築かれた洲本城ならではであろう眺めは、現在、洲本八景の一つとして数えられています。 -
修理中の石垣
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昔の御年配の方は登れたのだろうかとふと疑問が湧いてきました。
手摺りは必要ないのだろうか?年寄りは必要なしか? -
戻りは歩いて下ります。
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八王子木戸
大永6年(1526)、安宅隠岐守治興が、洲本城を構築の際勧進したもの。炬口の戎神社とともに洲本城の鎮守の神社です。 -
西の登り石垣
登り石垣は、西と東の二箇所存在している。この登り石垣は、全国でもわずか三箇所しか残っていないため、貴重なものです。 -
三熊山登山口
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夢海游 淡路島の間が登城道となっています。
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洲本城は、山頂の城だけでなく、山のふもとの市街地にも洲本城(下の城)があります。
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稲畑汀子の句碑
海見えて
風花光る
ものとなる -
お登勢の像
お登勢』(おとせ)は、船山馨の小説
庚午事変(こうごじへん)は明治3年(1870年)に当時の徳島藩淡路洲本城下で洲本在住の蜂須賀家臣の武士が、筆頭家老稲田邦植の別邸や学問所などを一方的に襲った事件、その騒動に巻き込まれた娘を描いたもの -
山のふもとの洲本城(下の城)
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現存する石垣とお堀は、寛永年間(1630年代)以降、徳島藩・蜂須賀氏が淡路支配の拠点として築いたものです。
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今ここは洲本市立淡路文化史料館、裁判所、神戸地検などに利用されています。
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洲本市立淡路文化資料館
淡路文化史料館 美術館・博物館
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続・日本百名城スタンプ設置場所
洲本市立淡路文化資料館
住所 〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷1272-2
開館時間 AM9:00~PM5:00(入館はPM4:30まで)
休館日 月曜日と祝日の翌日 -
洲本城の御城印販売場所
洲本市立淡路文化史料館
販売時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
定休日 :月曜日(祝休日の場合は、翌平日)、12月28日~1月4日、臨時休館
料金 1枚200円 -
洲本バスセンター12:03→洲本インター12:18 淡路交通 福良行き ¥190-
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洲本インターチェンジ12:33→関西空港 関西空港交通¥4,000-
少ない乗客で採算が心配です。 -
関西空港
関西空港(KIX)G30 専門店
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素通りです。
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関西空港14:56→岸和田15:14 南海本線急行難波行き ¥650-
岸和田駅 駅
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岸和田城へ向かいます。
南海本線岸和田駅から徒歩16分、1.1km -
城と言うと石垣と堀です。
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本丸に再建された櫓門と後方の天守、および右角の多聞櫓・隅櫓
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多聞櫓・隅櫓(再建)
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櫓門(再建)
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現天守閣は、昭和29年に建造された3層3階の天守です。本来は5 層天守であったことが絵図などで確認されています。
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岸和田城
絵図
アパホテル関空岸和田の宿泊者用無料券が有り、
岸和田城、きしわだ自然資料館、岸和田だんじり会館の入場が無料になりました。
入場料(天守閣)大人300円、3館共通券700円岸和田城 名所・史跡
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岸和田城の続日本百名城スタンプ
岸和田城の天守閣にある入場券販売場 -
国指定名勝 岸和田城庭園(八陣の庭)
昭和28年に作庭家の重森三玲(しげもりみれい)氏によって、作庭されました。
諸葛孔明の八陣法をテーマにデザインされています。 -
説明板
庭園の底面は、三重の屈曲線で仕切られた上・中・下三段で構成されています。
大将の下に、中段「虎、風」の各陣を配置し、下段に「天,地、雲、竜、鳥、蛇」の各陣を配置しています。 -
天守からの眺め。
岸和田城は、大阪と和歌山を結ぶ紀州街道の要衝として築かれた城です。南北朝時代に楠木正成が和泉の守護職となり、一族の和田高家を代官としたことから、「岸の和田」と呼ばれたことがこの地の由来らしい。 -
岸和田市二の丸広場観光交流センター
天守閣は文政10(1827)年に落雷で焼失、維新期には櫓・門など城郭施設を自ら破壊したため、近世以前の構造物は堀と石垣以外には残存していません。岸和田市二の丸広場観光交流センター 名所・史跡
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御城印
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二之丸西高麗門跡
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城は伝承では、建武新政期(1334年~1336年)に楠木正成(楠正成)の一族、和田高家が築いたといわれています。天正13(1585)年、羽柴秀吉は紀州根来寺討滅の討滅後、叔父小出秀政を城主とし、秀政によって城郭整備され、天守閣もこの時に築かれました。
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天正13年(1585)に小出秀政が入城、岸和田城は、近世の城として大改修され、慶長2年(1597)五層の天守が完成する。吉政・吉英、松平(松井)康重・康映をへて元和5年(1619)、松平康重が入封し城下町の整備を行なった。
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寛永17年(1631年)、高槻城より岡部宣勝が入城し、6万石の城主となり、以後岡部長職の時代まで岡部氏13代の居城となりました。
岸和田城は大坂城と和歌山城の中間地点にあり、通説では岡部宣勝は徳川家康の妹の子で、紀州藩の監視の意味もあったとされています。 -
城は文政10年(1827年)に天守を焼失。以降再建されないまま、明治4年(1871年)に廃城とされ、まもなく破却された。
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岸和田城 内堀
天守と小天守は昭和29年(1954)に市民の寄附により再建された。その後も昭和44年(1969)に多聞櫓と隅櫓が再建された。 -
岸和田城 内堀
岸和田と言えば毎年9月に行われる『岸和田だんじり祭』です。
だんじり祭りは元禄16年(1703年)、時の岸和田藩主岡部長泰(おかべながやす)公が、京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米や麦、豆、あわやひえなどの5つの穀物がたくさん取れるように(五穀豊穣)祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。320年以上の歴史と伝統を誇ります。 -
犬走り
本丸の石垣には南東および南西側下部に周堤帯が有り、これを犬走りと呼びます。城の防衛という見地から見ると非常に不利であるが、脆い泉州砂岩で造られた石垣が崩れるのを防ぐためという説が有力です。 -
アパホテル 関空岸和田
アパホテル 関空岸和田 宿・ホテル
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洋室、シングル、禁煙、広さ;12平方メートル、食事なし
¥5,300- -
問題なしの、いい部屋でした。
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部屋からの眺め
明日は奈良県の続・日本百名城を攻略します。 -
御城印
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