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京都の旅2日目は、仏像大好きな妹とともちゃんリクエストの東寺、三十三間堂を中心に周りました。

2026.3 甥っ子のともちゃんと京都へ(3)東寺、智積院、三十三間堂

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2026/03/21 - 2026/03/21

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京都の旅2日目は、仏像大好きな妹とともちゃんリクエストの東寺、三十三間堂を中心に周りました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.5
交通
4.5
同行者
家族旅行
交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄 自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • ホテル部屋からの朝の眺望です。

    ホテル部屋からの朝の眺望です。

  • 朝食は7時から38Fの会場です。

    朝食は7時から38Fの会場です。

  • 琵琶湖大橋も見えます。

    琵琶湖大橋も見えます。

    琵琶湖大橋 名所・史跡

  • ご飯のお供ですね

    ご飯のお供ですね

  • ライブキッチンでオムレツ作ってもらいます。

    ライブキッチンでオムレツ作ってもらいます。

  • メニューは和洋中ありました。

    メニューは和洋中ありました。

  • ドリンク

    ドリンク

  • 朝からたっぷり食べました。

    朝からたっぷり食べました。

  • ホテル前で記念撮影。<br />大津駅まではシャトルバスで送ってもらいます。

    ホテル前で記念撮影。
    大津駅まではシャトルバスで送ってもらいます。

    びわ湖大津プリンスホテル 宿・ホテル

  • 本日のともちゃんのスケジュール。<br />どこまで行けるかな?

    本日のともちゃんのスケジュール。
    どこまで行けるかな?

  • 京都駅から一駅、近鉄に乗ります。

    京都駅から一駅、近鉄に乗ります。

    京都駅ビル 名所・史跡

  • 東寺に到着。これでともちゃん、京都の世界遺産6カ所目です。

    東寺に到着。これでともちゃん、京都の世界遺産6カ所目です。

    東寺(教王護国寺) 寺・神社・教会

  • 毎月21日に行なわれている弘法市が開かれていました。

    毎月21日に行なわれている弘法市が開かれていました。

  • 高さ55m、木造の建物としては日本一の五重塔です。

    高さ55m、木造の建物としては日本一の五重塔です。

  • アオサギです。近づいても逃げません。

    アオサギです。近づいても逃げません。

  • 東寺の本堂の金堂。

    東寺の本堂の金堂。

  • 本尊は、あらゆる病から人々を守ってくれる薬師如来と日光菩薩、月光菩薩です。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    本尊は、あらゆる病から人々を守ってくれる薬師如来と日光菩薩、月光菩薩です。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 東寺の境内は、東西255メートル、南北515メートルの長方形。その寺域のなかで大伽藍が建っているエリアは、東西南北とも255メートルでほぼ正方形です。その中心に講堂は位置しています。

    東寺の境内は、東西255メートル、南北515メートルの長方形。その寺域のなかで大伽藍が建っているエリアは、東西南北とも255メートルでほぼ正方形です。その中心に講堂は位置しています。

  • 国立の寺院だった東寺を託された弘法大師空海は、人生のすべてを注いで、密教という教えを伝えようとしました。密教を伝え広めるために建立された講堂。その教えを、視覚的に表した羯磨曼荼羅、いわゆる立体曼荼羅は、弘法大師空海の手によるものです。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    国立の寺院だった東寺を託された弘法大師空海は、人生のすべてを注いで、密教という教えを伝えようとしました。密教を伝え広めるために建立された講堂。その教えを、視覚的に表した羯磨曼荼羅、いわゆる立体曼荼羅は、弘法大師空海の手によるものです。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 弘法大師空海は、大日如来を中心とした二十一尊の仏さまを講堂の須弥壇に登場させました。曼荼羅の中心に大日如来が描かれているように、東寺の中心に大日如来を安置して、寺域を巨大な曼荼羅にレイアウトしたのです。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    弘法大師空海は、大日如来を中心とした二十一尊の仏さまを講堂の須弥壇に登場させました。曼荼羅の中心に大日如来が描かれているように、東寺の中心に大日如来を安置して、寺域を巨大な曼荼羅にレイアウトしたのです。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 曼荼羅を抜け出した、如来、菩薩、明王、そして天部の二十一尊の仏さまは、弘法大師空海の教えを、いまを生きる私たちに語り続けています。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    曼荼羅を抜け出した、如来、菩薩、明王、そして天部の二十一尊の仏さまは、弘法大師空海の教えを、いまを生きる私たちに語り続けています。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 宝物館は春と秋の年2回開館しますが、丁度、前日より開館となっていました。

    宝物館は春と秋の年2回開館しますが、丁度、前日より開館となっていました。

  • 異国風の顔立ちの仏様<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    異国風の顔立ちの仏様
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • なかでもひときわ存在感を示しているのが、千手観音菩薩です。高さは6メートル弱、千本の手が光背のように全身を覆っていました。平安時代の中頃、醍醐寺を開山した聖宝が食堂の本尊として造立、開眼供養は、宇多天皇が行幸し華々しく行われたと伝えられます。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    なかでもひときわ存在感を示しているのが、千手観音菩薩です。高さは6メートル弱、千本の手が光背のように全身を覆っていました。平安時代の中頃、醍醐寺を開山した聖宝が食堂の本尊として造立、開眼供養は、宇多天皇が行幸し華々しく行われたと伝えられます。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 煩悩即菩提を表す愛染明王<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照<br />

    煩悩即菩提を表す愛染明王
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 鎖を編んだ鎧を着た兜跋毘沙門天。目を見開いた勇ましい形相は、武装した中央アジアの人物のようです。もともとは、平安京の入口である羅城門の楼上に祀られていたという兜跋毘沙門天。平安末期に人々の手で東寺に運ばれてきました。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    鎖を編んだ鎧を着た兜跋毘沙門天。目を見開いた勇ましい形相は、武装した中央アジアの人物のようです。もともとは、平安京の入口である羅城門の楼上に祀られていたという兜跋毘沙門天。平安末期に人々の手で東寺に運ばれてきました。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 東寺の御朱印。通常バージョンが10種類ありますが、今回は毘沙門天を頂きました。

    東寺の御朱印。通常バージョンが10種類ありますが、今回は毘沙門天を頂きました。

  • 食堂の北側にある北大門から北総門までの参道は、櫛笥小路といい、平安時代以来そのままの幅で残っている京都市内ただひとつの小路です。その小路の東側に建つのが、観智院です。

    食堂の北側にある北大門から北総門までの参道は、櫛笥小路といい、平安時代以来そのままの幅で残っている京都市内ただひとつの小路です。その小路の東側に建つのが、観智院です。

    東寺観智院 寺・神社・教会

  • 国宝の客殿は、江戸時代のはじめ、第10世亮盛が再建しました。唐破風付の車寄せや押板形式の床の間といった中世の住宅様式を残しながら、柱の間隔を畳割りで決めるなど、近世の書院造へと移り変わる様子をうかがい知ることができる貴重な建物です。

    国宝の客殿は、江戸時代のはじめ、第10世亮盛が再建しました。唐破風付の車寄せや押板形式の床の間といった中世の住宅様式を残しながら、柱の間隔を畳割りで決めるなど、近世の書院造へと移り変わる様子をうかがい知ることができる貴重な建物です。

  • 客殿内部は、上段の間、次の間、羅城の間、暗の間、使者の間からなり、上段の間には、宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」が描かれています。

    客殿内部は、上段の間、次の間、羅城の間、暗の間、使者の間からなり、上段の間には、宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」が描かれています。

  • 客殿の前に広がる枯山水庭園は『涅槃禄の庭―長者の庭』と言われ、近年(2017年)に真言宗の1200周年の事業として新たに作庭されたものです。

    客殿の前に広がる枯山水庭園は『涅槃禄の庭―長者の庭』と言われ、近年(2017年)に真言宗の1200周年の事業として新たに作庭されたものです。

  • 客殿の東側には、観智院の本堂があります。本尊は、五大虚空蔵菩薩です。<br />五尊はいずれも蓮の花弁で象かたどられた蓮台に結跏趺坐し、獅子、象、馬、孔雀、迦楼羅かるらという鳥獣の上に鎮座しています。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    客殿の東側には、観智院の本堂があります。本尊は、五大虚空蔵菩薩です。
    五尊はいずれも蓮の花弁で象かたどられた蓮台に結跏趺坐し、獅子、象、馬、孔雀、迦楼羅かるらという鳥獣の上に鎮座しています。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 愛染明王の梵名は、ラーガといい、赤い色という意味です。経典には、人々を招き寄せて煩悩即菩提の境地に入らせる仏さまと書かれています。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    愛染明王の梵名は、ラーガといい、赤い色という意味です。経典には、人々を招き寄せて煩悩即菩提の境地に入らせる仏さまと書かれています。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 本堂の北側に、茶室、楓泉観があります。茶室から庭を眺めると露地には鹿威、石灯籠やつくばいが、季節を彩るつつじ、あじさい、かえでなどの植物とともにレイアウトされ、心を洗われるような空間をつくりあげています。<br /><br />

    本堂の北側に、茶室、楓泉観があります。茶室から庭を眺めると露地には鹿威、石灯籠やつくばいが、季節を彩るつつじ、あじさい、かえでなどの植物とともにレイアウトされ、心を洗われるような空間をつくりあげています。

  • 観智院の御朱印

    観智院の御朱印

  • こちらは観智院のみで頂ける東寺の世界遺産登録30周年限定御朱印。

    こちらは観智院のみで頂ける東寺の世界遺産登録30周年限定御朱印。

  • バスで移動し、智積院と妙法院の間の坂を上っていくと鳥居が現れます。新日吉神宮です。

    バスで移動し、智積院と妙法院の間の坂を上っていくと鳥居が現れます。新日吉神宮です。

  • いまひえじんぐうと読み、後白河法皇が近江の日吉の神を勧請したのがはじまりと伝えられています。

    いまひえじんぐうと読み、後白河法皇が近江の日吉の神を勧請したのがはじまりと伝えられています。

    新日吉神宮 寺・神社・教会

  • 主祭神は日吉山王七神と後白河天皇。日吉山王七神とは、「大山咋命」「加茂玉依比売命」「大己貴命」「田心比売命」「菊理比売命」「大山咋命荒魂」「玉依比売命荒魂」の7柱を指します。

    主祭神は日吉山王七神と後白河天皇。日吉山王七神とは、「大山咋命」「加茂玉依比売命」「大己貴命」「田心比売命」「菊理比売命」「大山咋命荒魂」「玉依比売命荒魂」の7柱を指します。

  • 酒造、医薬、縁結びの神として信仰があります。<br />祭神は後白河天皇であり、神宮を名乗っています。

    酒造、医薬、縁結びの神として信仰があります。
    祭神は後白河天皇であり、神宮を名乗っています。

  • 新日吉神宮では神の使いとして「猿」を大切にしており、いつのころからか魔除けとして取り扱われるようになりました。この「日吉山王七神」の使いは「真猿」(まさる)と呼ばれ、狛猿も境内に鎮座。他にも本殿の装飾に、猿が題材として用いられています。

    新日吉神宮では神の使いとして「猿」を大切にしており、いつのころからか魔除けとして取り扱われるようになりました。この「日吉山王七神」の使いは「真猿」(まさる)と呼ばれ、狛猿も境内に鎮座。他にも本殿の装飾に、猿が題材として用いられています。

  • 新日吉神宮の御朱印

    新日吉神宮の御朱印

  • 智積院です。真言宗智山派の総本山。もとは文禄元年(1592)に豊臣秀吉が愛児鶴松のために創建した祥雲寺があったところで、慶長6年(1601)に玄宥僧正が徳川家康から寺地をもらい受けて建立しました。

    智積院です。真言宗智山派の総本山。もとは文禄元年(1592)に豊臣秀吉が愛児鶴松のために創建した祥雲寺があったところで、慶長6年(1601)に玄宥僧正が徳川家康から寺地をもらい受けて建立しました。

    智積院 寺・神社・教会

  • 境内図、かなり広いです。

    境内図、かなり広いです。

  • 私は何度か参拝していますが、妹さんは初めてということで楽しみにしていた智積院。<br />

    私は何度か参拝していますが、妹さんは初めてということで楽しみにしていた智積院。

  • 桜も咲いています

    桜も咲いています

  • 目的はこちら。宝物館に長谷川一派の筆による障壁画が陳列されており、長谷川等伯と息子久蔵が描いた「楓図」「桜図」をはじめとし、全て国宝に指定されています。

    目的はこちら。宝物館に長谷川一派の筆による障壁画が陳列されており、長谷川等伯と息子久蔵が描いた「楓図」「桜図」をはじめとし、全て国宝に指定されています。

  • 智積院の御朱印

    智積院の御朱印

  • 京都観光最後は三十三間堂です。

    京都観光最後は三十三間堂です。

  • 正式には蓮華王院。長寛2年(1164)、後白河上皇の法住寺殿の一画に平清盛が建立したのがはじまり。その後焼失しましたが、文永3年(1266)に現在の本堂が再建されました。内陣の柱と柱の間が33ある本堂は南北約125m、東西約22mの細長い造りとなっています。

    正式には蓮華王院。長寛2年(1164)、後白河上皇の法住寺殿の一画に平清盛が建立したのがはじまり。その後焼失しましたが、文永3年(1266)に現在の本堂が再建されました。内陣の柱と柱の間が33ある本堂は南北約125m、東西約22mの細長い造りとなっています。

  • 千躯の等身大千手観音立像がずらりと並ぶ様子は圧巻。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    千躯の等身大千手観音立像がずらりと並ぶ様子は圧巻。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 中央の須弥壇には鎌倉時代の仏師湛慶が手がけた丈六千手観音坐像<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    中央の須弥壇には鎌倉時代の仏師湛慶が手がけた丈六千手観音坐像
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • ともちゃん「すごいねー」と感動した様子。<br />※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

    ともちゃん「すごいねー」と感動した様子。
    ※堂内は撮影禁止の為、資料から参照

  • 三十三間堂の御朱印

    三十三間堂の御朱印

  • ランチは京都駅ポルタ内にある韓国酒場コッキオに行きました。

    ランチは京都駅ポルタ内にある韓国酒場コッキオに行きました。

    京都ポルタ ショッピングモール

  • 私はハイボール、妹は生ビールでお疲れ様~

    私はハイボール、妹は生ビールでお疲れ様~

  • 目的は釜山で食べて美味しかった「ナッコプセ」。エビ、たこのプリプリ感、ホルモンの旨味を辛さが食欲をそそる一品です。

    目的は釜山で食べて美味しかった「ナッコプセ」。エビ、たこのプリプリ感、ホルモンの旨味を辛さが食欲をそそる一品です。

  • キムチ、もやし、ニラなどをたっぷりのせ

    キムチ、もやし、ニラなどをたっぷりのせ

  • ご飯にかけて食べます。結構辛いんですが、ともちゃんんも夢中で食べました。

    ご飯にかけて食べます。結構辛いんですが、ともちゃんんも夢中で食べました。

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