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2011(平成23)年の京都の春の旅の2日目です。京の桜の隠れ里の原谷苑、仁和寺、金閣寺などを参拝しました。<br />※14年ぶりの旅行記を書いています。

2011.4 京都春の旅(2)~原谷苑、仁和寺、金閣寺他

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2011/04/17 - 2011/04/17

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2011(平成23)年の京都の春の旅の2日目です。京の桜の隠れ里の原谷苑、仁和寺、金閣寺などを参拝しました。
※14年ぶりの旅行記を書いています。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 新幹線
  • 2011(平成23)年の京都の春の旅の2日目は原谷苑からスタートです。

    2011(平成23)年の京都の春の旅の2日目は原谷苑からスタートです。

    原谷苑 花見

  • 「原谷苑」は、金閣寺の北の大文字山の西の原谷という谷間の集落にあります。バスは通ってるものの、本数は少なく、決して行きやすい場所ではありません。北大路まで地下鉄で行き、そこからタクシーで向かいました。

    「原谷苑」は、金閣寺の北の大文字山の西の原谷という谷間の集落にあります。バスは通ってるものの、本数は少なく、決して行きやすい場所ではありません。北大路まで地下鉄で行き、そこからタクシーで向かいました。

  • 北山杉などの木材を取り扱う村岩農園所有の桜苑。桜の開花時季に合わせて公開されます。

    北山杉などの木材を取り扱う村岩農園所有の桜苑。桜の開花時季に合わせて公開されます。

  • ここの入苑料は変動相場制で、桜の開花状況に合わせて300円からピーク時の土日の1,500円まで変化します。この日は1,500円。

    ここの入苑料は変動相場制で、桜の開花状況に合わせて300円からピーク時の土日の1,500円まで変化します。この日は1,500円。

  • 満開の桜です。<br /><br />

    満開の桜です。

  • しだれ桜や普賢象桜などさまざまな種類の桜が楽しめるのもポイント。

    しだれ桜や普賢象桜などさまざまな種類の桜が楽しめるのもポイント。

  • 空を覆いつくすほどの桜のスコール。

    空を覆いつくすほどの桜のスコール。

  • 原谷苑は、昭和32年から花好きの苑主が、景色のよい丘に、数百本の桜や紅葉を植樹したことに始まり、最初は身内だけの花見でしたが、評判が広がり、現在は桜のシーズンと紅葉シーズンに一般公開されています。

    原谷苑は、昭和32年から花好きの苑主が、景色のよい丘に、数百本の桜や紅葉を植樹したことに始まり、最初は身内だけの花見でしたが、評判が広がり、現在は桜のシーズンと紅葉シーズンに一般公開されています。

  • 天気良く桜のピンクが映えます。

    天気良く桜のピンクが映えます。

  • 原谷苑の桜のメインは八重紅枝垂桜です。

    原谷苑の桜のメインは八重紅枝垂桜です。

  • 100本以上ある紅しだれ桜に、ユキヤナギやレンギョウ、木瓜が色を添え、まさに百花繚乱。

    100本以上ある紅しだれ桜に、ユキヤナギやレンギョウ、木瓜が色を添え、まさに百花繚乱。

  • 原谷苑からシャトルバスで金閣寺まで降ります。<br /><br />

    原谷苑からシャトルバスで金閣寺まで降ります。

  • 足利義満が舎利殿(金閣)を中心に創建。義満の死後、夢窓国師を開祖としました。

    足利義満が舎利殿(金閣)を中心に創建。義満の死後、夢窓国師を開祖としました。

    鹿苑寺(金閣寺) 寺・神社・教会

  • 1950年(昭和25年)に放火により焼失し、1955年(昭和30年)に再建されました。

    1950年(昭和25年)に放火により焼失し、1955年(昭和30年)に再建されました。

  • 金閣寺の御朱印<br />

    金閣寺の御朱印

  • 龍安寺とは、応仁の乱の東軍総大将「細川勝元」が開創した禅寺です。エリザベス2世が公式訪問されたことで世界的に知名度を上げ、世界遺産「古都京都の文化財」にも登録されています。

    龍安寺とは、応仁の乱の東軍総大将「細川勝元」が開創した禅寺です。エリザベス2世が公式訪問されたことで世界的に知名度を上げ、世界遺産「古都京都の文化財」にも登録されています。

    龍安寺 寺・神社・教会

  • 龍安寺が創建された室町時代は、この世の一切の執着を捨てる禅の文化が大きく栄えた時代でした。そのため、室町時代に創建された寺院の多くには枯山水庭園が作庭されており、龍安寺もその1つです。

    龍安寺が創建された室町時代は、この世の一切の執着を捨てる禅の文化が大きく栄えた時代でした。そのため、室町時代に創建された寺院の多くには枯山水庭園が作庭されており、龍安寺もその1つです。

  • 白砂と15の石で構成される石庭に、土塀から顔をだすように紅しだれ桜が咲き誇ります。

    白砂と15の石で構成される石庭に、土塀から顔をだすように紅しだれ桜が咲き誇ります。

  • 仁和寺へ路線バスで移動<br />仁和寺は、888年に創建された真言宗御室派の総本山です。鎌倉時代に隆盛したのち、応仁の乱でほとんどが焼失しましたが、1634年に徳川将軍家光の支援により再興されました。

    仁和寺へ路線バスで移動
    仁和寺は、888年に創建された真言宗御室派の総本山です。鎌倉時代に隆盛したのち、応仁の乱でほとんどが焼失しましたが、1634年に徳川将軍家光の支援により再興されました。

  • 毎年春、仁和寺は満開の桜で飾られます。金堂前の染井吉野、鐘楼前のしだれ桜などが競って咲き誇ります。

    毎年春、仁和寺は満開の桜で飾られます。金堂前の染井吉野、鐘楼前のしだれ桜などが競って咲き誇ります。

  • その中でも中門内の西側一帯に「御室桜」と呼ばれる遅咲きで有名な桜の林があります。古くは江戸時代の頃から庶民の桜として親しまれ、数多くの和歌に詠われております。

    その中でも中門内の西側一帯に「御室桜」と呼ばれる遅咲きで有名な桜の林があります。古くは江戸時代の頃から庶民の桜として親しまれ、数多くの和歌に詠われております。

    仁和寺 寺・神社・教会

  • 御室桜は遅咲きで、背丈の低い桜です。近年までは桜の下に硬い岩盤があるため、根を地中深くのばせないので背丈が低くなったと言われていましたが、現在の調査で岩盤ではなく粘土質の土壌であることが解りました。

    御室桜は遅咲きで、背丈の低い桜です。近年までは桜の下に硬い岩盤があるため、根を地中深くのばせないので背丈が低くなったと言われていましたが、現在の調査で岩盤ではなく粘土質の土壌であることが解りました。

  • 仁和寺の庭園は南庭と北庭の2つから成り、南庭は左近の桜・右近の橘、白砂と松などで構成されています。対して北庭は、石橋が架けられた池を前面に、池越しに「飛濤亭」や「五重塔」を望むことができます。

    仁和寺の庭園は南庭と北庭の2つから成り、南庭は左近の桜・右近の橘、白砂と松などで構成されています。対して北庭は、石橋が架けられた池を前面に、池越しに「飛濤亭」や「五重塔」を望むことができます。

  • 仁和寺の御朱印

    仁和寺の御朱印

  • 続いては妙心寺。臨済宗妙心寺派の大本山です。広大な敷地には46の塔頭寺院が立ち並び「雲竜図・日本最古の名梵鐘・明智風呂」など、多数の見所があります。

    続いては妙心寺。臨済宗妙心寺派の大本山です。広大な敷地には46の塔頭寺院が立ち並び「雲竜図・日本最古の名梵鐘・明智風呂」など、多数の見所があります。

    妙心寺 寺・神社・教会

  • 妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。境内には、国宝「瓢鮎図」(模本)や史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑」などがあります。

    妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。境内には、国宝「瓢鮎図」(模本)や史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑」などがあります。

    退蔵院 寺・神社・教会

  • 満開の桜

    満開の桜

  • 余香苑は昭和38~40年(1963~65年)にかけて、造園家・庭園研究家として名高かった中根金作氏の設計・施工で作られました。

    余香苑は昭和38~40年(1963~65年)にかけて、造園家・庭園研究家として名高かった中根金作氏の設計・施工で作られました。

  • 妙心寺の塔頭、大心院。

    妙心寺の塔頭、大心院。

  • コケの美しい「阿吽庭」は書院前にあり、三尊石を中心に苔と白砂と十七個の岩で編成された心やすらぐ枯山水庭園が美しい。

    コケの美しい「阿吽庭」は書院前にあり、三尊石を中心に苔と白砂と十七個の岩で編成された心やすらぐ枯山水庭園が美しい。

    妙心寺 大心院 寺・神社・教会

  • 妙心寺・大心院の御朱印

    妙心寺・大心院の御朱印

  • 最後は法金剛院

    最後は法金剛院

  • 極楽浄土を模した庭で名高い律宗の寺院。平安初期に清原夏野が山荘を建てた場所で、双丘寺が営まれていたが、のちに文徳天皇が大伽藍を建てて天安寺としたのを、大治5年(1130)、鳥羽天皇の中宮待賢門院が復興し法金剛院としました。

    極楽浄土を模した庭で名高い律宗の寺院。平安初期に清原夏野が山荘を建てた場所で、双丘寺が営まれていたが、のちに文徳天皇が大伽藍を建てて天安寺としたのを、大治5年(1130)、鳥羽天皇の中宮待賢門院が復興し法金剛院としました。

    法金剛院 寺・神社・教会

  • 桜、蓮、紅葉など四季折々に美しく、その美観は西行の歌にも詠まれた。西行が美貌の待賢門院を深く思慕していたことも知られています。

    桜、蓮、紅葉など四季折々に美しく、その美観は西行の歌にも詠まれた。西行が美貌の待賢門院を深く思慕していたことも知られています。

  • 法金剛院の御朱印

    法金剛院の御朱印

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