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MOMATコレクション展は、東京国立近代美術館が、1952年の開館以来の活動を通じて収集してきた13,000点超の所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全13室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。2025年11月5日-2026年2月8日のコレクション展から(1)(2)(3)(4)で紹介されていない作品を中心にアップしていきます。<br />MOMATコレクション(1)2021年3月23日-2021年5月16日<br />https://4travel.jp/travelogue/11689733<br />MOMATコレクション(2)2023.3.17-5.14<br />https://4travel.jp/travelogue/11828613<br />MOMATコレクション(3) 2024.4.16-8.25<br />https://4travel.jp/travelogue/11910405<br />MOMATコレクション(4)2025.2.11-6.15<br />https://4travel.jp/travelogue/11972548<br />※作品解説は東京国立近代美術館HPを参照しています。<br />

MOMATコレクション(5)2025年11月5日-2026年2月8日

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2026/01/10 - 2026/01/10

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旅行記グループ MOMATコレクション

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MOMATコレクション展は、東京国立近代美術館が、1952年の開館以来の活動を通じて収集してきた13,000点超の所蔵作品から、会期ごとに約200点を展示する国内最大級のコレクション展です。そして、それぞれ小さなテーマが立てられた全13室のつながりによって、19世紀末から今日に至る日本の近現代美術の流れをたどることができる国内随一の展示です。2025年11月5日-2026年2月8日のコレクション展から(1)(2)(3)(4)で紹介されていない作品を中心にアップしていきます。
MOMATコレクション(1)2021年3月23日-2021年5月16日
https://4travel.jp/travelogue/11689733
MOMATコレクション(2)2023.3.17-5.14
https://4travel.jp/travelogue/11828613
MOMATコレクション(3) 2024.4.16-8.25
https://4travel.jp/travelogue/11910405
MOMATコレクション(4)2025.2.11-6.15
https://4travel.jp/travelogue/11972548
※作品解説は東京国立近代美術館HPを参照しています。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
新幹線
  • マックス・エルンスト「砂漠の花(砂漠のバラ)」1925年<br />エルンストはシュルレアリスムを代表する画家の一人です。シュルレアリスムは、詩人アンドレ・ブルトンが主導した20世紀最大の芸術運動です。1924年に彼が発表した『シュルレアリスム宣言』には、「シュルレアリスム、男性名詞。それを通じて人が、口述、記述、その他あらゆる方法を用い、思考の真の働きを表現しようとする、心の純粋な自動現象(オートマティスム)。理性によるどんな制約もうけず、美学上ないし道徳上のどんな先入主からもはなれた、思考の書き取り」2とあります。当初詩の運動としてスタートしたシュルレアリスムでしたが、まもなくして絵画による実践も試みられるようになります。フロッタージュもその一つで、エルンストはこの技法の発明によって「絵が次々と生れてくるのを、観者として見ることに成功した」3と述べ、オートマティスムとの対応を示しています。<br />フロッタージュによる成果は、『博物誌』(1926)という34葉からなる作品集にまとめられ、そこには奇妙な魚や鳥、馬、人の眼(のような形象)の数々が収められています。《砂漠の花(砂漠のバラ)》は、この時期に描かれた作品です。縦長のキャンバスには、画面向かって左側に右手の人差し指を立てた女性像(らしき形象)、右側に崩れかかった壁、それらの背景に澄んだ空色が広がっています。細部に目を凝らすと、女性像の頭部や身体部分にはフロッタージュによるイメージが用いられており、その一方で、女性像の左胸に添えられた赤いコサージュ(作品のタイトルとも関係がありそうです)は写実的に描かれており、一枚の絵の中でさまざまな表現を試みていることが見て取れます。ブルトンの主著『シュルレアリスムと絵画』(1928)等4にも掲載されてきた本作。シュルレアリスムの絵画において重要な作例の一つであると言えるでしょう。

    マックス・エルンスト「砂漠の花(砂漠のバラ)」1925年
    エルンストはシュルレアリスムを代表する画家の一人です。シュルレアリスムは、詩人アンドレ・ブルトンが主導した20世紀最大の芸術運動です。1924年に彼が発表した『シュルレアリスム宣言』には、「シュルレアリスム、男性名詞。それを通じて人が、口述、記述、その他あらゆる方法を用い、思考の真の働きを表現しようとする、心の純粋な自動現象(オートマティスム)。理性によるどんな制約もうけず、美学上ないし道徳上のどんな先入主からもはなれた、思考の書き取り」2とあります。当初詩の運動としてスタートしたシュルレアリスムでしたが、まもなくして絵画による実践も試みられるようになります。フロッタージュもその一つで、エルンストはこの技法の発明によって「絵が次々と生れてくるのを、観者として見ることに成功した」3と述べ、オートマティスムとの対応を示しています。
    フロッタージュによる成果は、『博物誌』(1926)という34葉からなる作品集にまとめられ、そこには奇妙な魚や鳥、馬、人の眼(のような形象)の数々が収められています。《砂漠の花(砂漠のバラ)》は、この時期に描かれた作品です。縦長のキャンバスには、画面向かって左側に右手の人差し指を立てた女性像(らしき形象)、右側に崩れかかった壁、それらの背景に澄んだ空色が広がっています。細部に目を凝らすと、女性像の頭部や身体部分にはフロッタージュによるイメージが用いられており、その一方で、女性像の左胸に添えられた赤いコサージュ(作品のタイトルとも関係がありそうです)は写実的に描かれており、一枚の絵の中でさまざまな表現を試みていることが見て取れます。ブルトンの主著『シュルレアリスムと絵画』(1928)等4にも掲載されてきた本作。シュルレアリスムの絵画において重要な作例の一つであると言えるでしょう。

  • 桂ゆき(ユキ子)「ゴンベとカラス」1966年<br />

    桂ゆき(ユキ子)「ゴンベとカラス」1966年

  • オーギュスト・ロダン「トルソー」不詳<br />

    オーギュスト・ロダン「トルソー」不詳

    東京国立近代美術館 美術館・博物館

  • タイガー立石(立石紘一)「Mao&#39;s Ecstasy」 1970年<br />日本の初期ポップ・アートを牽引した立石による、イタリア移住後の作品。毛沢東や虎など1960年代の代表的モチーフを網羅しつつ、1970年代以降の特徴であるコマ割り絵画の構造を予見させる重要作例。

    タイガー立石(立石紘一)「Mao's Ecstasy」 1970年
    日本の初期ポップ・アートを牽引した立石による、イタリア移住後の作品。毛沢東や虎など1960年代の代表的モチーフを網羅しつつ、1970年代以降の特徴であるコマ割り絵画の構造を予見させる重要作例。

  • 奈良美智「Harmless Kitty」 1994年<br />奈良がドイツに住んでいた頃に描いたもので、タイトルは「悪意のない/罪のない子猫ちゃん」と訳すことができます。画面を見る限りでは性別は不明。猫の着ぐるみは、突飛に見えるかもしれませんが、それがあることにより、私たち、見る側のまなざしが、「Harmless Kitty」のまなざしとストレートに向き合うようになっているわけです。しっぽの部分に見られるように、描き直しが、視認できるように、つまり、半ば意図的に残されているのも、見逃せないポイントです。

    奈良美智「Harmless Kitty」 1994年
    奈良がドイツに住んでいた頃に描いたもので、タイトルは「悪意のない/罪のない子猫ちゃん」と訳すことができます。画面を見る限りでは性別は不明。猫の着ぐるみは、突飛に見えるかもしれませんが、それがあることにより、私たち、見る側のまなざしが、「Harmless Kitty」のまなざしとストレートに向き合うようになっているわけです。しっぽの部分に見られるように、描き直しが、視認できるように、つまり、半ば意図的に残されているのも、見逃せないポイントです。

  • 2室 新か、旧か?<br />山本森之助「曲浦」1908年<br />

    2室 新か、旧か?
    山本森之助「曲浦」1908年

  • 岸田劉生「麗子肖像(麗子五歳之像)」 1918年<br />劉生は生涯に三度、大きく画風を変えました。最初はファン・ゴッホ風、次にひたすら細かく描く「細密描写」、最後に中国や日本の古い絵画を参照した東洋画風です。その三つともが日本近代美術の歴史に大きな影響を与えたのですから驚きです。この作品は細密描写の時期のもので、愛娘、麗子を描く有名なシリーズの最初の1点です。上部にアーチ状の額が描かれていて、よく見ると全体が「『額に入った麗子の絵』を描いた絵」というだまし絵になっているのがわかります。

    岸田劉生「麗子肖像(麗子五歳之像)」 1918年
    劉生は生涯に三度、大きく画風を変えました。最初はファン・ゴッホ風、次にひたすら細かく描く「細密描写」、最後に中国や日本の古い絵画を参照した東洋画風です。その三つともが日本近代美術の歴史に大きな影響を与えたのですから驚きです。この作品は細密描写の時期のもので、愛娘、麗子を描く有名なシリーズの最初の1点です。上部にアーチ状の額が描かれていて、よく見ると全体が「『額に入った麗子の絵』を描いた絵」というだまし絵になっているのがわかります。

  • 梅原龍三郎「ナルシス」1913年<br />

    梅原龍三郎「ナルシス」1913年

  • 坂本繁二郎「三月頃の牧場」1915年

    坂本繁二郎「三月頃の牧場」1915年

  • 荻原守衛「女」1910年<br />両膝をつき、胴体を右にひねり、顔はさらに右にひねって上を向く。身体全体が螺旋を描いて上昇する作りになっているのがわかります。守衛はフランスの彫刻家、オーギュスト・ロダンの影響を日本にもたらした作家の一人です。ダイナミックなひねりの運動がその最大の特徴です。ちなみに守衛は、新宿中村屋の女主人、相馬黒光(1876?1955)をひそかに慕っていたと伝えられます。遺作となったこの作品には、黒光の面影があるとも言われます。

    荻原守衛「女」1910年
    両膝をつき、胴体を右にひねり、顔はさらに右にひねって上を向く。身体全体が螺旋を描いて上昇する作りになっているのがわかります。守衛はフランスの彫刻家、オーギュスト・ロダンの影響を日本にもたらした作家の一人です。ダイナミックなひねりの運動がその最大の特徴です。ちなみに守衛は、新宿中村屋の女主人、相馬黒光(1876?1955)をひそかに慕っていたと伝えられます。遺作となったこの作品には、黒光の面影があるとも言われます。

  • 関根正二「婦人像」1918年頃

    関根正二「婦人像」1918年頃

  • 木村荘八「自画像」1913年

    木村荘八「自画像」1913年

  • 3室 キュビスム再考<br />ホアン・グリス「円卓」1921年<br />伝統的な西洋美術の規範から離れ、多視点で捉えたモティーフを線や面を用いてあらわそうとした、革新的な美術様式キュビスム。1900年代初めにパリで起こったこの前衛芸術運動は、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが先導し、やがて『キュビスムについて』(1912年)の著者の一人アルベール・グレーズや、ホアン・グリス、ロシア・アヴァンギャルドの中心的存在ナターリア・ゴンチャローヴァなど、数多の追随者によって展開されました。

    3室 キュビスム再考
    ホアン・グリス「円卓」1921年
    伝統的な西洋美術の規範から離れ、多視点で捉えたモティーフを線や面を用いてあらわそうとした、革新的な美術様式キュビスム。1900年代初めにパリで起こったこの前衛芸術運動は、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが先導し、やがて『キュビスムについて』(1912年)の著者の一人アルベール・グレーズや、ホアン・グリス、ロシア・アヴァンギャルドの中心的存在ナターリア・ゴンチャローヴァなど、数多の追随者によって展開されました。

  • ジョルジュ・ブラック「女のトルソ」1910-11年<br />ブラックはピカソとともに、20世紀でもっとも重要な美術動向の一つ、「キュビスム」を創始しました。キュビスムは、二次元の絵画平面上に三次元の奥行きを表すヨーロッパ絵画の遠近法や明暗表現を、根本から問い直しました。この作品は、ブラックのキュビスム期の作品の中でももっとも充実したものの一つです。いくつもの開かれた面に分解された女性の上半身は、さまざまな角度から見た像をつなぎ合わせたように絶えず揺らいで見えます。

    ジョルジュ・ブラック「女のトルソ」1910-11年
    ブラックはピカソとともに、20世紀でもっとも重要な美術動向の一つ、「キュビスム」を創始しました。キュビスムは、二次元の絵画平面上に三次元の奥行きを表すヨーロッパ絵画の遠近法や明暗表現を、根本から問い直しました。この作品は、ブラックのキュビスム期の作品の中でももっとも充実したものの一つです。いくつもの開かれた面に分解された女性の上半身は、さまざまな角度から見た像をつなぎ合わせたように絶えず揺らいで見えます。

  • アルベール・グレーズ「二人の裸婦の構成」1921年<br />キュビスムの画家アルベール・グレーズは、理論家としても知られ、1912年の共著書『キュビスムについて』は、日本人を含む多くの芸術家に影響を与えました。

    アルベール・グレーズ「二人の裸婦の構成」1921年
    キュビスムの画家アルベール・グレーズは、理論家としても知られ、1912年の共著書『キュビスムについて』は、日本人を含む多くの芸術家に影響を与えました。

  • 萬鉄五郎「もたれて立つ人」1917年<br />直線と円でできたロボットのような人体(ちなみに女性)です。パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始した「キュビスム」と呼ばれる動向の影響を日本でいち早く示した、記念すべき作例とされます。では、どうやってこんなに人間離れした身体ができたのでしょう。女性のおへそを見て下さい。画面のちょうど中心にあるのがわかります。この一点を動かさず、あとは絵画の四角い枠で上下左右から身体をぎゅっと押しつぶします。すると、がくんと垂れた大きな頭、蛇腹状に折れて重なった肩や腰、脚のかたちができるというわけです。ちなみにこの人物、一体何に「もたれて」立っているのでしょうう。答えは……四角い画面の左側の枠なのです。

    萬鉄五郎「もたれて立つ人」1917年
    直線と円でできたロボットのような人体(ちなみに女性)です。パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始した「キュビスム」と呼ばれる動向の影響を日本でいち早く示した、記念すべき作例とされます。では、どうやってこんなに人間離れした身体ができたのでしょう。女性のおへそを見て下さい。画面のちょうど中心にあるのがわかります。この一点を動かさず、あとは絵画の四角い枠で上下左右から身体をぎゅっと押しつぶします。すると、がくんと垂れた大きな頭、蛇腹状に折れて重なった肩や腰、脚のかたちができるというわけです。ちなみにこの人物、一体何に「もたれて」立っているのでしょうう。答えは……四角い画面の左側の枠なのです。

  • フェルナン・レジェ「女と花」1926年<br />

    フェルナン・レジェ「女と花」1926年

  • 東郷青児「サルタンバンク」1926年

    東郷青児「サルタンバンク」1926年

  • 黒田重太郎「港の女」1922年

    黒田重太郎「港の女」1922年

  • ナターリア・ゴンチャローヴァ「スペイン女」1916-20年頃

    ナターリア・ゴンチャローヴァ「スペイン女」1916-20年頃

  • 5室 1930年代の絵画:現実の彼方へ、幻影の手前で<br />望月晴朗「同志山忠の思い出」1931年<br />主に1934年以降の作品を紹介します。1920年代より展開されたプロレタリア芸術(社会主義・共産主義の思想から生まれた左翼的運動)は、しばしば国から弾圧されてきましたが、1934年は運動へ大弾圧が行われた年です。これ以降、社会は閉塞感を深め、戦争へと向かっていくことになります。眼前の厳しく、苦しい現実に、芸術家はどのように反応し、表現として提示したのでしょうか。<br /><br />

    5室 1930年代の絵画:現実の彼方へ、幻影の手前で
    望月晴朗「同志山忠の思い出」1931年
    主に1934年以降の作品を紹介します。1920年代より展開されたプロレタリア芸術(社会主義・共産主義の思想から生まれた左翼的運動)は、しばしば国から弾圧されてきましたが、1934年は運動へ大弾圧が行われた年です。これ以降、社会は閉塞感を深め、戦争へと向かっていくことになります。眼前の厳しく、苦しい現実に、芸術家はどのように反応し、表現として提示したのでしょうか。

  • 山下菊二「鮭と梟」1939年

    山下菊二「鮭と梟」1939年

  • 福沢一郎「二重像」1937年<br />福沢 一郎は、日本の洋画家。日本にシュルレアリスムを紹介した画家として知られます。

    福沢一郎「二重像」1937年
    福沢 一郎は、日本の洋画家。日本にシュルレアリスムを紹介した画家として知られます。

  • 福沢一郎「人」1936年

    福沢一郎「人」1936年

  • 香月泰男「釣り床」1941年

    香月泰男「釣り床」1941年

  • 山口薫「古羅馬の旅」1937年

    山口薫「古羅馬の旅」1937年

  • 北脇昇「空港」1937年

    北脇昇「空港」1937年

  • 坂本繁二郎「水より上る馬」1937年

    坂本繁二郎「水より上る馬」1937年

  • 靉光「眼のある風景」1938年<br />この印象的な眼をもつ塊は何でしょう。よく見ると、空との間の境界を何度も修整しているのがわかります。そして流れるような曲線の重なりや、絵具を削ったりした跡も認められるでしょう。描きかけのようにも見えるけれども、右下にサインが入っているので、作者にとっては、この形はまさにこうでなければならなかったのです。名づけることのできない「何か」。その正体を見極めようと、じっと画面を見つめていると、次第にいろいろなイマジネーションが湧いてくるでしょう。それは長時間にわたる作者と絵との格闘を追体験することでもあります。

    靉光「眼のある風景」1938年
    この印象的な眼をもつ塊は何でしょう。よく見ると、空との間の境界を何度も修整しているのがわかります。そして流れるような曲線の重なりや、絵具を削ったりした跡も認められるでしょう。描きかけのようにも見えるけれども、右下にサインが入っているので、作者にとっては、この形はまさにこうでなければならなかったのです。名づけることのできない「何か」。その正体を見極めようと、じっと画面を見つめていると、次第にいろいろなイマジネーションが湧いてくるでしょう。それは長時間にわたる作者と絵との格闘を追体験することでもあります。

  • 藤島武二「港の朝陽」1934年

    藤島武二「港の朝陽」1934年

  • 瑛九「赤の中の小さな白」1937年頃

    瑛九「赤の中の小さな白」1937年頃

  • ワシリー・カンディンスキー「全体」1940年<br />

    ワシリー・カンディンスキー「全体」1940年

  • 吉原治良「作品2」 1934年頃

    吉原治良「作品2」 1934年頃

  • 長谷川三郎「アブストラクション」1936年

    長谷川三郎「アブストラクション」1936年

  • 6室 戦時の女性たち<br />鈴木良三「患者後送と救護班の苦心」1943年<br />日中戦争から太平洋戦争にかけて日本では総力戦体制が敷かれ、「前線で戦う男性」と「銃後を守る女性」という構図が美術や文学、雑誌など、あらゆるメディアを通じて浸透していきました。良妻賢母として家庭を支える女性たちの姿は、しばしば戦時下の典型的なジェンダーロールとして受け入れられました。一方で、この時代には軍需工場で武器を製造したり、応召して従軍看護師として戦場に赴いたりする女性たちも存在していました。この部屋では、絵画や雑誌に登場する女性たちのイメージを通して、日常と戦争が隣り合わせにあった当時の暮らしと社会における女性の多様な役割を紹介します。

    6室 戦時の女性たち
    鈴木良三「患者後送と救護班の苦心」1943年
    日中戦争から太平洋戦争にかけて日本では総力戦体制が敷かれ、「前線で戦う男性」と「銃後を守る女性」という構図が美術や文学、雑誌など、あらゆるメディアを通じて浸透していきました。良妻賢母として家庭を支える女性たちの姿は、しばしば戦時下の典型的なジェンダーロールとして受け入れられました。一方で、この時代には軍需工場で武器を製造したり、応召して従軍看護師として戦場に赴いたりする女性たちも存在していました。この部屋では、絵画や雑誌に登場する女性たちのイメージを通して、日常と戦争が隣り合わせにあった当時の暮らしと社会における女性の多様な役割を紹介します。

  • 鈴木誠「皇土防衛の軍民防空陣」1945年

    鈴木誠「皇土防衛の軍民防空陣」1945年

  • 伊原宇三郎「特攻隊内地基地を進発す(一) 」1944年

    伊原宇三郎「特攻隊内地基地を進発す(一) 」1944年

  • 桂ゆき(ユキ子)「作品」1940年<br />1940(昭和15)年、当時の日本では初代天皇とされる神武天皇の即位から2600年にあたるとして各地で記念イベントが行われました。この作品は、そのひとつの美術展に「賀象」という題名で出品されています。イメージや形を寿ぐという意味でしょう。確かに画面上部にはめでたいとされるおしどりが描かれた袱紗のようなものが見えます。でもそれはあくまでも木片やつぎはぎのある写真などの断片の山の一部。作者は当時の時勢をどのように捉えていたのでしょうか。

    桂ゆき(ユキ子)「作品」1940年
    1940(昭和15)年、当時の日本では初代天皇とされる神武天皇の即位から2600年にあたるとして各地で記念イベントが行われました。この作品は、そのひとつの美術展に「賀象」という題名で出品されています。イメージや形を寿ぐという意味でしょう。確かに画面上部にはめでたいとされるおしどりが描かれた袱紗のようなものが見えます。でもそれはあくまでも木片やつぎはぎのある写真などの断片の山の一部。作者は当時の時勢をどのように捉えていたのでしょうか。

  • 朝倉摂「うえかえ」1941年

    朝倉摂「うえかえ」1941年

  • 丸木俊(赤松俊子)「解放され行く人間性」1947年<br />「解放され行く人間性」という言葉は、今日では少し観念的に思えるかもしれません。しかしこの絵が発表された1947(昭和22)年当時は、切実な響きをもっていたことでしょう。敗戦後、日本では連合国軍によって民主化や女性の解放が進められたため、堂々と佇む女性の姿に新しい時代への希望を重ね合わせることもできます。しかし、赤松は「明るい健康な日本人の顔」を描こうとしたもののうまくいかず、本作の翌年に「原爆の絵を描かねば、と思いたった」(『女絵かきの誕生』2000年)と振り返っています。

    丸木俊(赤松俊子)「解放され行く人間性」1947年
    「解放され行く人間性」という言葉は、今日では少し観念的に思えるかもしれません。しかしこの絵が発表された1947(昭和22)年当時は、切実な響きをもっていたことでしょう。敗戦後、日本では連合国軍によって民主化や女性の解放が進められたため、堂々と佇む女性の姿に新しい時代への希望を重ね合わせることもできます。しかし、赤松は「明るい健康な日本人の顔」を描こうとしたもののうまくいかず、本作の翌年に「原爆の絵を描かねば、と思いたった」(『女絵かきの誕生』2000年)と振り返っています。

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 飛行士 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 飛行士 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 紙芝居 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 紙芝居 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 旗屋 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より 旗屋 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より サラリーマン 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第1輯」より サラリーマン 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より 女髪結ひ 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より 女髪結ひ 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より 保母 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より 保母 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より ガソリンサービス 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より ガソリンサービス 1939-41年

  • 和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より ダンサー 1939-41年

    和田三造「昭和職業絵尽 第2輯」より ダンサー 1939-41年

  • 7室 アクション前夜<br />中野淳「食卓」1956年<br />「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展(12月16日~2026年2月8日)の関連企画です。「アンチ・アクション」展は、力強い身振りを想起させる「アクション」をキーワードに、1950~60年代の抽象的な美術表現を再考するものです。この部屋では、「アクション前夜」と題し、終戦から1950年代半ばにかけての表現傾向をいくつかピックアップし、「アクション・ペインティング」など海外の動向が流入してくることになる日本の美術状況を紹介します。

    7室 アクション前夜
    中野淳「食卓」1956年
    「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展(12月16日~2026年2月8日)の関連企画です。「アンチ・アクション」展は、力強い身振りを想起させる「アクション」をキーワードに、1950~60年代の抽象的な美術表現を再考するものです。この部屋では、「アクション前夜」と題し、終戦から1950年代半ばにかけての表現傾向をいくつかピックアップし、「アクション・ペインティング」など海外の動向が流入してくることになる日本の美術状況を紹介します。

  • 鶴岡政男「転がっている首」1950年

    鶴岡政男「転がっている首」1950年

  • 河原温「孕んだ女」1954年<br />お皿、瓶、腕や首が浴室の中を漂っています。上下左右もはっきりしない狭苦しい空間を見ていると、落ち着かない気分になります。その原因は、タイルの目にあります。人は、体のバランスを保つ平衡感覚に基づいて、垂直、水平な線に安定した心地よさを感じます。しかしここではタイルの升目が作る縦、横の線が、絵のフレームの垂直、水平線から斜めにズレています。中央の妊婦が手にする器具の先端が特に明るく描かれています。この球を軸に絵の中の空間は回転し始め、人も物もばらばらにしてしまうかのよう。当時の社会が抱えていた精神状態を表現したとも言われる、この絵が呼び起こす不安さの裏には、こんな造形的工夫も隠されています。

    河原温「孕んだ女」1954年
    お皿、瓶、腕や首が浴室の中を漂っています。上下左右もはっきりしない狭苦しい空間を見ていると、落ち着かない気分になります。その原因は、タイルの目にあります。人は、体のバランスを保つ平衡感覚に基づいて、垂直、水平な線に安定した心地よさを感じます。しかしここではタイルの升目が作る縦、横の線が、絵のフレームの垂直、水平線から斜めにズレています。中央の妊婦が手にする器具の先端が特に明るく描かれています。この球を軸に絵の中の空間は回転し始め、人も物もばらばらにしてしまうかのよう。当時の社会が抱えていた精神状態を表現したとも言われる、この絵が呼び起こす不安さの裏には、こんな造形的工夫も隠されています。

  • 朝倉摂「黒人歌手ポール・ロブソン」1959年

    朝倉摂「黒人歌手ポール・ロブソン」1959年

  • 山下菊二「あけぼの村物語」1953年<br />この作品は、山梨県で実際に起きた事件が主題です。3つの消失点に対応しつつ、場面は概ね4つに分けられます。画面右から、銀行倒産のために自殺した老婆とその孫娘、農道敷設によって自分の麦畑が潰されたことに抗議する村娘、地主への抗議及び襲撃の先導に立った人物を背負籠に入れて運ぶ男、そして画面の下辺には赤い川で溺死する事件の主導者が描かれています。圧政に耐えかねた村民たちが地主宅を襲撃したという事件そのものは描かれませんが、周辺事情を通じてその因果関係が浮かび上がります。寄り目や斜視の犬によって表された人物描写は、土俗的な雰囲気を高めています。

    山下菊二「あけぼの村物語」1953年
    この作品は、山梨県で実際に起きた事件が主題です。3つの消失点に対応しつつ、場面は概ね4つに分けられます。画面右から、銀行倒産のために自殺した老婆とその孫娘、農道敷設によって自分の麦畑が潰されたことに抗議する村娘、地主への抗議及び襲撃の先導に立った人物を背負籠に入れて運ぶ男、そして画面の下辺には赤い川で溺死する事件の主導者が描かれています。圧政に耐えかねた村民たちが地主宅を襲撃したという事件そのものは描かれませんが、周辺事情を通じてその因果関係が浮かび上がります。寄り目や斜視の犬によって表された人物描写は、土俗的な雰囲気を高めています。

  • ジャン・デュビュッフェ「土星の風景」1952年<br />

    ジャン・デュビュッフェ「土星の風景」1952年

  • 岡本太郎「夜明け」1948年<br />怪物、というより「かいじゅう」と呼びたくなるような中央の生き物。三角形を組み合わせた両脇の人物像はまるで幼児の落書きです。これらの要素は、後に岡本が「うまい」「きれい」「ここちよい」という価値の否定としてまとめる前衛の態度表明の体現であるとともに、前衛芸術を大衆化する彼の理想を示してもいます。作品と言葉を駆使する岡本の実践は、芸術家を目指す若者たちを大いに鼓舞し、前衛芸術観を一般に普及しました。

    岡本太郎「夜明け」1948年
    怪物、というより「かいじゅう」と呼びたくなるような中央の生き物。三角形を組み合わせた両脇の人物像はまるで幼児の落書きです。これらの要素は、後に岡本が「うまい」「きれい」「ここちよい」という価値の否定としてまとめる前衛の態度表明の体現であるとともに、前衛芸術を大衆化する彼の理想を示してもいます。作品と言葉を駆使する岡本の実践は、芸術家を目指す若者たちを大いに鼓舞し、前衛芸術観を一般に普及しました。

  • 草間彌生「集積の大地」1950年<br />

    草間彌生「集積の大地」1950年

  • 池田龍雄「見張り(「禽獣記」シリーズ)」1957年

    池田龍雄「見張り(「禽獣記」シリーズ)」1957年

  • 8室 「…アクション!」&「…カット!」<br />堂本尚郎「作品 60-2」 1960年<br />1階で開催の「アンチ・アクション」展(12月16日~2026年2月8日)は、力強い身振りを想起させる「アクション」をキーワードに、1950~60年代の抽象的な美術表現を再考するものです。この部屋では、アンチ(「反対」や「反抗」)の対象であるところの「アクション」に関わる作品を紹介します。1950~60年代の美術における「アクション」とは、作家の躍動的な身振りが強調された絵画について、アメリカの批評家ハロルド・ローゼンバーグが1952年に提唱した「アクション・ペインティング」という概念に端を発するものです。ヨーロッパでほぼ同時期に展開された「アンフォルメル(非定形)」と立て続けに日本に流入し、美術界を席巻します。<br />

    8室 「…アクション!」&「…カット!」
    堂本尚郎「作品 60-2」 1960年
    1階で開催の「アンチ・アクション」展(12月16日~2026年2月8日)は、力強い身振りを想起させる「アクション」をキーワードに、1950~60年代の抽象的な美術表現を再考するものです。この部屋では、アンチ(「反対」や「反抗」)の対象であるところの「アクション」に関わる作品を紹介します。1950~60年代の美術における「アクション」とは、作家の躍動的な身振りが強調された絵画について、アメリカの批評家ハロルド・ローゼンバーグが1952年に提唱した「アクション・ペインティング」という概念に端を発するものです。ヨーロッパでほぼ同時期に展開された「アンフォルメル(非定形)」と立て続けに日本に流入し、美術界を席巻します。

  • 今井俊満「作品」1962年

    今井俊満「作品」1962年

  • 菅井汲「低い雲(NUAGE BAS)」1961年<br />

    菅井汲「低い雲(NUAGE BAS)」1961年

  • 篠田桃紅「風」1972年

    篠田桃紅「風」1972年

  • ウィレム・デ・クーニング「風景の中の女」1966年

    ウィレム・デ・クーニング「風景の中の女」1966年

  • 白髪一雄「天慧星拚命三郎(水滸伝豪傑の内)」 1964年

    白髪一雄「天慧星拚命三郎(水滸伝豪傑の内)」 1964年

  • 元永定正「作品」1961年<br />

    元永定正「作品」1961年

  • 吉原治良「黒地に白」1965年

    吉原治良「黒地に白」1965年

  • 沢居曜子「Line Work V-79-1」 1979年<br />

    沢居曜子「Line Work V-79-1」 1979年

  • 10室(後期) 1950-60年代:有機的な彫刻<br />ジャン(ハンス)・アルプ「古典的彫刻」1970年代<br />ジャン(ハンス)・アルプ(1886?1966)の彫刻制作過程でつくられた石膏複製と、1950~60年代に制作された彫刻を、有機的な形という観点からご紹介します。多くの生命が失われ、物理的・精神的に荒廃した戦争の後、有機的な形の探求へとアーティストが向かったのは、日本にも、ヨーロッパにも見られる特徴です。

    10室(後期) 1950-60年代:有機的な彫刻
    ジャン(ハンス)・アルプ「古典的彫刻」1970年代
    ジャン(ハンス)・アルプ(1886?1966)の彫刻制作過程でつくられた石膏複製と、1950~60年代に制作された彫刻を、有機的な形という観点からご紹介します。多くの生命が失われ、物理的・精神的に荒廃した戦争の後、有機的な形の探求へとアーティストが向かったのは、日本にも、ヨーロッパにも見られる特徴です。

  • ジャン(ハンス)・アルプ「鳥の骨格」1968-74年頃

    ジャン(ハンス)・アルプ「鳥の骨格」1968-74年頃

  • ジャン(ハンス)・アルプ「地中海群像」1941-65年

    ジャン(ハンス)・アルプ「地中海群像」1941-65年

  • 豊福知徳「立像」1960年

    豊福知徳「立像」1960年

  • 辻晋堂「樹」1956年<br />

    辻晋堂「樹」1956年

  • 勅使河原蒼風「ジャリ」1959年

    勅使河原蒼風「ジャリ」1959年

  • バーバラ・ヘップワース「待っている四人」1968年<br />広場のような台座の上に4つのくさび型が並び、うち1つは中心に穴が開いています。台座の上に複数の形が置かれる構成、空洞のある形象はいずれも、1930年代からヘップワースが取り組んできた要素です。原題にある「figure」は、広く「形象」を意味しますが、似た形が角度を変えて配置されているさまは、より具体的に「人の姿」という意味に解釈できそうです。金色のブロンズは、隣り合うくさび型、周りの鑑賞者、風景を写し込み、「待っている」対象が何なのか、さまざまな連想を呼び起こします。

    バーバラ・ヘップワース「待っている四人」1968年
    広場のような台座の上に4つのくさび型が並び、うち1つは中心に穴が開いています。台座の上に複数の形が置かれる構成、空洞のある形象はいずれも、1930年代からヘップワースが取り組んできた要素です。原題にある「figure」は、広く「形象」を意味しますが、似た形が角度を変えて配置されているさまは、より具体的に「人の姿」という意味に解釈できそうです。金色のブロンズは、隣り合うくさび型、周りの鑑賞者、風景を写し込み、「待っている」対象が何なのか、さまざまな連想を呼び起こします。

  • ジェルメーヌ・リシエ「砂時計Ⅲ」 1953年<br />

    ジェルメーヌ・リシエ「砂時計Ⅲ」 1953年

  • 昆野恆「生長の形態 No.1」 1954年

    昆野恆「生長の形態 No.1」 1954年

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