2026/02/09 - 2026/02/09
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2026/02/09
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オランダの首都はアムステルダムです。
これから行くデンハーグには国会(ビネンホフ)や最高裁判所や各国の大使館や国際司法裁判所などの機関が集まっています。
だからデンハーグがオランダの政治と行政の中心と言って良いでしょう。
英語ではハーグ、オランダ語ではデンハーグです。
ここではデンハーグとしました。
今日はアムステルダム7泊の予定の6日目です。
首都アムステルダムから政治の中心デンハーグへ日帰り遠足です。
目的はフェルメールとレンブラントがあるマウリッツハイス美術館と「だまし絵」が人気のエッシャー美術館訪問です。
マウリッツハイス美術館は国会(ビネンホフ)の隣にある建物とウィレム5世ギャラリーと呼ばれる建物で構成されています。
月曜は13~18
火曜から日曜は10~18
入場料は21ユーロ
ウィレム5世ギャラリーと共通24ユーロ
事前の日時指定が必要です。
エッシャー美術館とのコンビチケットはチケットショップで購入出来ます21+14.5=35.5ユーロが30ユーロになります。
当初10日(火曜日)に行くつもりが9日(月曜日)になってしまいました。
マウリッツハイスは月曜日は午後からやっていますがエッシャーは残念ながら休館です。
日程が変わってしまい、予約してなくて幸いでした。
冬のオフシーズンということもありチケットは現地で普通に買えました。
遠足と言ってもアムステルダム中央駅からデンハーグ中央駅まではたったの39分です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
-
画面はデンハーグにあるマウリッツハウス美術館のHPです。
チケット購入はこちらからです。 -
チケットの枚数と種類を選びます。
-
日にちは10日です。
(この時は10日の予定でしたが実際は9日に変更しました) -
名前や住所などを入力して注文
支払いに進みます。
ここまで来ましたが、日程が変わりそうなので購入まで進みませんでした。
ひとり旅でも旅の計画はジグソーパズルのようです。 -
実際は日程が9日になりました。
チケットは当日現地で購入出来たし時間予約もうまくいきました。
写真は宿泊ホテルのアムステルダム中央駅の上にあるホテル「イビスアムステルダムセンター」のレストランです。
毎朝シャワーのあとに朝食です。
ここで部屋番号を聞かれます。イビス アムステルダム センター ホテル
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今日はアムステルダム6日目です。
今日もトーストしたパンにハム全種類とスライスチーズ全種類を交互に重ねて作るオリジナルマイサンドです。
左側はシリアルにミルクとヨーグルトにフルーツ
湿度があるのでクロアッサンはカリカリでなくて残念です。 -
今日はデンハーグへ日帰り遠足です。
駅前ホテルを予約したのは日帰り遠足のためです。
到着日はスキポール空港に10時着で電車で15分で中央駅に着いてそのまま隣のこのホテルに入れますから便利です。アムステルダム中央駅 駅
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プラットホームは2bです。
(一つのプラットフォームに2つのホームがあります)
改札階から階段を上がります。
9:20発デンハーグ行き -
早朝9時のアムステルダム中央駅のプラットホームは人も少ない。
観光客は僕ひとりのようでした。 -
現在時刻9:10
デンハーグ行きインターシティ(快速)09:20発あと10分です。 -
車両の行き先表示「Den Haag Central」を一応確認します。
-
スマホのナビ画面
時刻表 -
同じくスマホのナビ画面
マップ表示です。
ハーレムの東側にスキポール空港があるのが見えますか?
デンハーグの一つ手前の駅が名門大学ライデンで有名なライデンです。 -
車中は空いていました。
デンハーグに向かう車窓風景動画です。
田園風景をお楽しみください。
https://youtu.be/QO62ScPCNNU?si=Es8eDXXI3fmr2R3T
YouTubeにいいねと登録して頂ければ嬉しいです。 -
デンハーグ到着は予定時間10:09通りでした。
デンハーグ中央駅 駅
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デンハーグの中央駅の天井の構造は独特なデザインです。
自然光をたっぷりと取り入れられるよう工夫されています。デンハーグ中央駅 駅
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構内には店が並んでいます。
スムラースというスナックスタンドです。
左に自販機が並んでいてハンバーガーやコロッケが買える。
ドリンクは突き当たりのカウンターで買えます。スムラース (アムステルダム中央駅店) ファーストフード
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駅前の通り
-
アムステルダムと同様にデンハーグも運河の街です。
-
デンハーグの地図です。
駅からビネンホフへ向かうひとり歩き路上風景動画撮りました。
3分超える動画ですのでBGM付けました。
デンハーグの街を歩いてみてください。
https://youtu.be/_J8WCOArRC8?si=f7_nXGrOwlTNdVcb -
歩きながら動画を撮ってビネンホフに到着しました。
ところがビネンホフは改装工事中で入れません。
工事現場の手前にあるハーリング(ニシンの塩漬け)のお店で聞いてみると開店準備中のおじさんからタワーに上れば中が見学出来るとアドバイスもらいました。 -
教わったタワーです。
高さ200mの展望台です。
四角いプレートに
ビネンホフ展望台にようこそ
入場無料
の表示あり。ビネンホフ 城・宮殿
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この光っている金属ボタンを押すと鉄格子のスイングドアのロックが解除されます。
-
階段に滑るので注意の表示。
寒いし、風もあるし、高所恐怖症だし、、、、
でも、せっかくだから上がってみます。 -
階段の踊り場毎に解説プレートがあります。
知ってますか、、、
ビネンホフの床面積は9万m2
部屋数は4千室
もちろん全部の部屋が違っていて同じ部屋はありません。 -
知ってますか、、、
デンハーグの主な建物にはニックネームが付けられています
このビネンホフ展望台にはKijksteigerと名付けられました。
(Kijksteigerとは展望台の意味) -
少し上がって来ました。
工事の足組で囲まれたビネンホフの姿が見えて来ました。 -
知ってますか、、、
ビネンホフにはオランダで初めてのテニスコートが作られました。
通称カエツバーンです
1500年ごろにカスティーリャ王フェリペの命により騎士の館の裏手に作られました。 -
知ってますか、、、
ビネンホフのそばのホフフェイファの池はそもそも自然の砂丘湖でした
14世紀になって長方形に改造されました。
角には馬のための水飲み場がありました。 -
知ってますか、、、
ビネンホフの考古学的調査中にスパイポート門の遺跡が発見されました。
この門は13世紀後半から14世紀初頭に建築された警備用のものです。 -
知ってますか、、、
ビネンホフの前にある池ホフフェイファは生物の多様性の研究に役立っています。 -
知ってますか、、、
1960~70年にかけてビネンホフはいつも満車状態の駐車場でした。
1983以降ビネンホフへの車の乗り入れは禁止となっています。 -
知ってますか、、、
ビネンホフ改修情報センターでは改修についての詳しい情報や資料を閲覧できます。
この展望台から200mの所にあります。 -
知ってますか、、、
ビネンホフはかって運河に囲まれていました。
今回の改修で運河の一部が復元されます。 -
知っていますか、、、
この展望台はビネンホフの改修工事のあと撤去されます。 -
知っていますか、、、
1880~1924年までビネンホフには路面電車が走っていました。
当初は馬車鉄道でしたが、1906年からは電気路面電車になりました。 -
ようやく頂上まで上がって来ました。
風が強く寒いです。
かじかんだ手でスマホを落とさないよう気を付けました。
知っていますか、、、
ビネンホフは現在使用継続され続けている国会としては世界最古のものです。
800年ものあいだ使用され続けてきた建物が改修されています。
老朽化した設備の故障や不具合や防火対策や外観の劣化は徹底的改修が必要とされています。 -
デンハーグ市内が眺望出来ます。
晴れていて、もう少し暖かったら最高の気分だと思います。
奥に見える尖頭の建物は多分、聖ヤコブ教会だと思いました。 -
工事中のビネンホフを見下ろしています。
右奥に見えるゴシック建築が騎士の館
建物の左側に見える水面がホフフェイファ池
寒くて高所恐怖症なので退散しましょう。 -
スマホのナビ画面です。
青い丸が現在地です。
今日は休館なのは分かっていますが、エッシャー美術館まで歩いてみます。
500mです。 -
長方形のホフフェイファ池の西側の長辺にいます。
さっき上った黄色い塗装の展望台が右に、真ん中に赤いビネンホフの工事現場が見えます。 -
池のまわりは公園でラジコンの船で遊んでいるお兄さん二人組がいました。
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途中の広場には彫刻作品が並んでいます。
ランゲフォルハウト広場
イギリスの彫刻家トムバッキーの作品
「トルベック記念碑」2017年
政治家JRトルベックを記念した作品 -
この奇妙なポールは、ホフマンアウトドアメディア社がデンハーグ市に設置しているサインボードだという。
-
これは記念碑
サクセンワイマール記念碑
1866年制作
オランダ軍を再編したサクセンワイマール公を顕彰したもの。 -
エッシャー美術館
今日は休みなのは分かっていますが建物の撮影だけでもとやって来ました。
公園を抜けたところにあります。
2002年に開館しています。
特にエッシャーに縁がある建物ではない。
18世紀に建てられたランゲフォルハウト宮殿の一部
で1991年に文化活動に使うことを条件にデンハーグ市に売却された建物です。
マウリッツエッシャー(1898~1972)
だまし絵で有名なオランダ画家
メビウスの輪のような不思議な空間を平面に描いた絵の画家です。
子供の頃の記憶ですが自宅に父の買ったエッシャーの大型の画集があって不思議な世界に見とれました。
もっと近代的なデザインの建物をなんとなく予想していました。
重厚な建物の黒くすすけた壁面はエッシャーにはそぐわないような気がしました。
各所に配置された金が黒との対比で豪華な印象を醸し出しています。エッシャー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
脇の小窓を覗くと従業員は働いていて、ミュージアムショップの様子も見えました。
さて、ランゲフォルハウト公園を抜けてマウリッツハイス美術館へ向かいます。
この公園の幅の広い通り今は冬枯れですが、季節が季節なら素敵な散歩道だと思いました。
背中方向がエッシャー美術館
デンハーグ中央駅は左方向へ1kmです。 -
マウリッツハイス美術館
月曜日13:00~18:00
火曜日から日曜日10:00~18:00
今日は月曜日なので午後からのオープンで、プリンスウィリアムの別館はクローズです。
入場料21ユーロ(プリンスウィリアム付きだと24ユーロ)マウリッツハイス美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
オープンまであと40分ぐらいあるのでホフフェイファ池の端のベンチで休憩しました。
左側のベージュの建物がマウリッツハイス美術館
その奥がビネンホフです。
画像としては手前の自転車が効いていますね。
オランダは自転車の国ですが日本のようなスポーツタイプ車ではなくて、この写真のような無骨なタイプが多いです。大きな運搬カゴのついたものとか、スイスの田舎町でもこの無骨なタイプが多いのですが価格はスポーツ車の2倍以上するようです。
かなりの冷え込みです。
ホッカイロの前後2枚貼りで救われました。 -
寒さに耐えかねて美術館まで戻って来てみると同じような人たちがいました。
奥の階段には夏のようなショートパンツ姿の女性が凍えて座っていました。若さでしょうかね? -
寒空にたなびくフェルメールの『真珠の耳飾りの少女」の幟(のぼり)です。
マウリッツハイス美術館といえばこの作品でしょう。 -
地上階から入場する地下1階へは階段でも行けますが、こんな円形のガラス張りのエレベーターがあります。
帰る時にあっという間の体験ですが乗ってみました。
https://youtube.com/shorts/dMjVuDt28tQ?si=-fWHYYmBPlF_AUc7
壁のマチスを思わせる壁画は
ブラジルの画家ダイアラツカー作の「風のきらめき」 -
地下の玄関エリアです
ここにチケットカウンターがあって当日に入場券購入して(21ユーロ/カードタッチ決済)時間指定もしていませんでしたが普通に入場できました。マウリッツハイス美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
「真珠の耳飾りの少女」は「青いターバンの女」とも呼ばれています。
ーーーーーーーーーー
「真珠の耳飾りの少女」の来日情報
20260821~0927
大阪中之島美術館にやってきます。
先行販売が始まっています。
アクセス集中のため先着販売を取りやめ抽選販売になっています。
入場料3000円高大生1500円小中生500円
申し込みはHPから
https://nakka-art.jp/exhibition-post/vermeer2026/ -
マウリッツハイスはちいさな美術館
(冬のせいか)お客さんが少ない
「おごそか」という言葉の意味を感じさせる美術館です。
美術館を訪ねる旅は寒い時期にしています。
飛行機代もホテル代もいくらか安いですし、来客が少なくて鑑賞を楽しめるからです。
マウリッツハイス美術館は素晴らしい作品が揃っていて
お客さんも少なくて
とても贅沢な気持ちになりました。
夢のようなゼイタクな時を過ごしているなぁという気持ちでした。マウリッツハイス美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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名画が並ぶ上下に並べるのは収蔵作品数の多さからでしょう。
この展示方法はかなり難しいと思います。
写真左側と中央の下段はルーベンス「ローマの勝利:若き皇帝コンスタンティヌスがローマを称える」1622~23年
中央上段はサーバリという16世紀の画家 -
先ほどの中央の下段のルーベンス「ローマの勝利:若き皇帝コンスタンティヌスがローマを称える」のアップです。
板に油彩
完成度が低く感じられるのは下絵だからです。
ルイ13世から依頼されたタペストリー(つずれ織の壁掛け)の為の下絵です。
ルーベンスはアムステルダムの自分の工房に多くの画家を集めひっきりなしに来る注文を分業でこなし大量生産していました。
下絵を描いて得意分野別に弟子たちが分業して仕上げる。
弟子が全て描いてサインだけルーベンスが行う場合もありました。
この絵はルーベンス本人の真筆(弟子の誰かが追筆していない)だと言えると思います。タペストリー職人がこの絵をベースに織り上げました。 -
ロエラントサヴェリー(1576~1639)
「ボヘミアの宿屋の屋外の農民たちの踊り」1610年
アメリカの「ラストベルト(Rust Belt)」の中心都市デトロイトの市立美術館に僕の大好きなブリューゲルが描いた「屋外の結婚式の踊り」1566年 という絵があります。
その絵に描かれた農民の踊りのポーズなんかはそっくりです。
ブリューゲルの長男はブリューゲル2世として父の作品を多量に模作しています。
長男の模作とは違う印象の奇妙な模作なんです。
「この絵はプラハのルドルフ2世が宮廷画家のサヴェリーに描かせたものです」とマウリッツハイス美術館の解説にありました。
この解説でここまであからさまに40年以上前のブリューゲルの「屋外の結婚式の踊り」をサヴェリーが模作した理由が理解出来ました。 -
画面全体の写真です。
ルドルフ2世(1552~1612)神聖ローマ皇帝1576年にプラハに遷都
ピーターブリューゲル(1525~1569)農民画家
ロエラントサヴェリー(1576~1639)1604年にルドルフ2世に招かれプラハで宮廷画家となっています。
3人の時代の関わり具合は上記の通りなんですが、ルドルフ2世は遷都の時に多くの芸術家や優れた学者をウィーンから連れて来ているのです。アルチンボルトやこのサーヴェリーの芸術家たち、天文学のヨハネスケプラーとか多くの錬金術師たちが移住してきてプラハは文化科学芸術の中心として繁栄してゆくのです。 -
農民の踊りの部分のアップです。
ルドルフ2世が一番気に入って画家がブリューゲルでした。彼は一番お気に入りのブリューゲルをブリュッセルからプラハに移住させることは出来ませんでした。
ルドルフ2世のブリューゲルコレクション熱は大変な物でした。
現在ウィーンの美術史美術館にある12枚のブリューゲルの絵はルドルフ2世コレクションの遺産なのです。
ルドルフ2世が自分の宮廷画家であるロエラントサヴェリーに手に入れる事が出来なかった「屋外の結婚式の踊り」を描かせたのは分かりますね。
ルドルフ2世はブリューゲルにしか描けない絵があるのが分かってどう思ったんでしょうか?
デトロイト旅行記は下記です。
ご関心あれば覗いてください。
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11227918/ -
ルーベンス「ろうそくを持つ老婆と少年」1616~17
画家ルーベンスはこの絵をいたく気に入っていて手放そうとはしなかったという「言い伝え」がわかる絵だと思った。
劇的な画面構成を好むルーベンスにしては落ち着いた静けさがあります。
右の男性は引き込まれるように作品の前で立ちつくしていました。
作品とそれを見る人を一緒に撮影するのが好きです。
画集で作品を見るのとは違う「共鳴感」が撮影できると思っています。 -
同じくアップです。
額装のガラスに室内のシャンデリアが映り込んでしまっていますのでそこは割り引いて鑑賞してください。
画家の組合である聖ルカ組合で親方(マスター)の資格を取ると正式に画家として作品を受注し販売できるようになります。
ルーベンスと同世代のレンブラントは晩年に破産してしまいますがマスター資格を失って息子の考えた特別なルートで作品を販売しています。
1598年にルーベンスはアントワープの聖ルカ組合でマスター資格を得ています。
アントワープの聖ルカ組合に入るとイタリアへの画業習得旅行へいけるという習慣がありました。
アントワープの聖ルカ組合の大先輩であるブリューゲルは1551年の加入です。
ブリューゲルの作品に「バベルの塔」という2作品がありますが、これはイタリア旅行の時に寄ったローマのコロセウムのスケッチが建物の構想に使われています。
ルーベンスの場合は当時のローマで大人気のカラヴァッジョ(7歳年上)の明暗差を強調した画法「テネブリズム」を学んでいます。
この作品は1616年頃ルーベンス40歳イタリア旅行後18年の制作です。 -
老婆と少年の表情の部分のアップ
(アムステルダムに黄金の工房と呼ばれる多くの弟子達を雇いルーベンスは大量生産方式で作品を分業で制作していましたが)この絵はルーベンス個人の真作だと思います。
ろうそくの光に下から照らされた老婆の表情、特に眼球の表現に注目です。 -
ろうそくの火の部分のアップです。
この作品はアントワープのルーベンスの工房で弟子たちへの教材としても使われたと伝えられています。
確かにろうそくの火のゆらめきがかざした指を通して指が赤く見える様子は素晴らしいですね。
作品の寓意としては老婆(人生の終盤)から少年(新しく花開く未来)へ「火」(いのちや智慧)が伝えられるということになります。 -
次の作品です。
ヤンブリューゲルとヘンドリックファンバーレンの共作「四季の精から贈り物を受け取るケレスとそれを取り巻く果実の花輪」1620~22年頃
ブリューゲルには2人の息子と娘がいました。
長男はブリューゲル2世として父の作品の模作を行ったことで知られています。
(写真技術とカラー印刷技術がなかった当時は模写作品には高い値段で取引されました)
次男は長男より創造性に優れていてヤンブリューゲルを名乗り制作します。
先ほどのルーベンスのアントワープの工房でも花を描かせたら一番の画家として採用されています。
ロンドンのコートルド美術館にはルーベンスの描いた「ヤンブリューゲル家族の肖像」がありますが、これを見るとヤンとルーベンスが単なる師弟関係にはとどまらず親密な家族ぐるみの付き合いがあったことがわかります。 -
中央部分のアップです。
花の部分はヤンブリューゲル
人物の部分はヘンドリック
ふたりとも同じアントワープの聖ルカ組合に所属していました。
絵画が絵を制作することが「自己表現」だと画家が考え始めるのは長い絵画の歴史の中ではつい最近の印象派の時代くらいからだと言っていいでしょう。
注文主(教会や国王や貴族たち)から依頼された絵を
工房のメンバーの中で得意分野別に分業する
納期対応で分業する
などの分業作業は当時の工房(今ならアトリエ)でごく普通のことでした。
現代でも前衛的な絵画でも漫画でもやアート作品でもご存じのようにアトリエの弟子たちが下請けして制作するのは当たり前のことですね。 -
花と果物と人物の共作の状態のアップ写真です。
人物と花の部分は違う画家が描いたのに上手に協業されているのが分かります。 -
絵画を補修するのは美術館の大きな責任のある仕事の一つです。
マウリッツハイス美術館でも最近流行の(見せる修復)をやっていました。
パウルスポッター 「雄牛」1625~54年 -
この絵はこの美術館で一番大きな作品です。
-
絵具を保護するために塗られたニスが黄変しているので除去する
過去の修復で相応しくない加筆部分の除去をする -
次の絵です。
ここは人が集まっていて動きません。
皆さん絵に吸い込まれたように鑑賞されていて静かで緊張した空気が流れています。
レンブラントの集団肖像画の一枚です。
「ニコラステュルプ博士の解剖学講義」1632年(レンブラントは僅か25歳の時の作品) -
作品全体の撮影です。
レンブラントがアムステルダムの外科医たちの肖像画の注文を受けたの25歳の時でした。
レンブラントハウスの旅行記でも書きましたがレンブラント以前の集団肖像画は小学校の卒業写真のような正面を向いたメンバーの顔を平等に並べるような画面構成でした。
レンブラントは依頼者(自警団とか繊維組合とか)が仕事している様子を肖像画に構成することを発明したのです。
デュルプ博士はアムステルダム医師会で毎年1回処刑された犯罪者の遺体を使って公開解剖を行なっていました。医学生や同僚の学者がある金額を支払って見学しました厳粛な講義であり正装が参加条件だった。
筋肉を正確に表現するためレングラントは医学書を学習しました。
ちなみに、レンブラントの200年前先輩に当たる画家のダヴィンチ(モナリザの画家)の場合は遺体30体をみずから解剖してそれを750枚以上の詳細なスケッチと手稿にしています。 -
レンブラント「笑う男」1629~30年
15cmx12cmという小さな作品です。
銅版に油彩されていますが笑っている動きを表現するために荒れた筆跡を強調するために板ではなく金属板を選んでいます。
先ほどの集団肖像画でも(~しているところ)の表現にレンブラントはこだわっていますと言いましたが個人の肖像画の場合でもレンブランドが心惹かれたのは(~しているところ)だったと思います。
この場合は大笑い(~しているところ)が制作のテーマです。
見たものをあるがままに描くことよりも(~しているところ)を描くことは数段難しいことです。そんな表現ができるのは名人は俺だけさとレンブラントは考えていたのではないでしょうか? -
しばらくレンブラントが続いて展示されています。
レンブラントの天才を楽しんでいきましょう。
レンブラント「スザンナ」1636年
旧約聖書のダニエル書に記述されている貞淑な妻スザンナと陰湿な2人の長老の物語を主題にしています。
庭の泉で水浴びをするスザンナを覗き見していた2人の長老は見つかると逆ギレしてスザンナを姦淫の罪を着せようとしますが、スザンナの夫のダニエルの機転で裁判を勝ち取り敗訴した長老2人には石打ちの罰が与えられた。
ティントレットやフランチェスコアイエツやレンブラントに絵を教えた先生だったラストマンも選んでいる主題です。
レンブラントがこの主題で描いた作品はこの後2枚残されていますがいずれも話の前段の水浴びを覗き見されるシーンです。 -
同上作品のスザンナの描写の部分です。
誰かに覗かれていることに気がつき脱ぎかけの服を押さえるスザンナ
黒と金の対比が効果的に使われています。
スザンナの金髪、金のネックレスと腕飾り
傍に置かれた金のテーブルと金の壺 -
レンブラント「アンドロメダ」1630年
ギリシャ神話にでくる物語です。
エチオピアの女王カシオペアは自分の美しさに自惚れ海の神の怒りをかい海の怪物が攻めてきます、王女カシオペアの娘のアンドロメダは怒りをおさめる生贄として海岸にさらされます、そこにペルセウスが現れアンドロメダを救うというストーリーです。 -
生贄にされ恐怖するアンドロメダの描写です。
多くの画家が好んで描いた主題ですが、アンドロメダは豊満で美しさを誇示して描く構成が多いいのですが、レンブラントはそこを敢えて普通の女性で描いています。 -
レンブラント「シメオンの賛歌」1631年
ルカの福音書(2章25-33)の記述が主題です。
シメオンは救世主を見ずに死ぬことはないと教えられてきたが、ようやく幼子の救世主イエスと巡り合いイエスを抱きしめて賛歌を歌うという劇的なシーンです。
写真の上のところに円形状に9つのライトがありますが僕の撮影がいい加減なせいで展示室の天井のライトと左右に展示室の窓が映り込んでいます。
画面中央の明るい部分といかにもレンブラント好みの荘厳なゴツゴツした神殿の暗部部分との対比がこの感動的なシーンを演出しています。 -
真ん中の明るい部分のアップです。
救世主幼子イエスの描写は照らされて明るくなっているのではなくて、自ら発光して周囲を照らしています。 -
レンブラント「首あてをつけた自画像」1629年
この絵はレンブラントの真筆ではありません。
絵の右側にある作品解説プレートには
Rembrandt 1606~1669 (studio copy)
とありました。
工房で誰かが描いた模写作品という表示でした。 -
レンブラントは40枚の油彩自画像を描いています。
真筆はニュルンベルグのゲルマン美術館にあります。
アムステルダムに出てくる前にライデンで描かれた自画像です。
以前はマウリッツハウスが真筆でゲルマンは模写とされていましたが、1998年の化学的検証で逆転しゲルマンが真筆、マウリッツハウスが模写との判定が出ています。
レンブラント工房の誰かについては弟子のうちの何名かの名前が上がっていますが、レンブラント本人による模写という意見もあるようです。
騎士の甲冑を着ています。
甲冑の質感の表現
金の首飾り
絹のスカーフ
どなたの筆によるものでしょうか?
高い描画技術の持ち主であることは間違いありません。 -
レンブラント「老人のトロニー」1630年
「トロニー」とは人物を描いた肖像画ではなくて、表情とか表現を確認するために描かれた作品のことです。
下絵は本番の作品のための検討とか確認の絵ですが、「トロニー」はオランダ絵画に特有な絵画ジャンルであり呼称です。
作品として完成し流通されるものを意味しています。
フェルメールの「真珠の首飾りの少女」も「トロニー」に分類されます。 -
レンブラント「自画像」1669年(亡くなった年の作品)
レンブラントの頭の部分の円形に並ぶ9個のライトは展示室の天井のライトです。
レンブラントは1669年10月4日にアムステルダムで死去享年63歳。
死因の記録は残っていない。
65x60cmの画面にこれだけの力強い絵を描けたということは不幸続きの晩年も何のそのレンブラントは絵画に対する熱情も体力も充分モリモリだったと思います。
そう思うと死因はぽっこり死ぬ例えば脳溢血などだったのかと思います。
有り余る天才と社会的名声と人気作家としてのとてつもない高収入やアムステルダムの市長の娘サスキアとの結婚で地位と名声と幸福の絶頂から20年余の間に全てを失っていきます。
それにも関わらず、絵に対する自身の矜持はますます高まり制作を続けていきます。 -
1656年には自己破産し、集めた収集品は競売され、自宅(兼アトリエ今はレンブラントハウスという名前で美術館として公開中)からも追い出されて、致命的なのは当時の画家としては注文と販売の窓口だった聖ルカ組合のマスター資格も略奪され収入も途絶えました。
父親思いの息子の知恵で画商を作ってそこから注文と販売出来るようになりますが、その最愛の息子もこの絵を描いた前年1668年には亡くなってしまいます。
満身創痍、天涯孤独のなかでも一貫して絵に対する姿勢は変わらなかったし、熱情は盛り上がっていたようです。
その人生に脱帽し敬意を表したいと思いました。 -
アムステルダムにアンネフランクの家があります。
アンネが隠れ家生活を送っている時に近くの教会の鐘の音が彼女の救いだったようです。
その教会の名前は西教会です。
レンブラントは1869年にこの西教会に埋葬されました。 -
レンブラント「年老いた男の肖像」1667年
だらしなく椅子に座った男
ボタンは開けていて
帽子は斜めにずれています。
これからさきに彼に待ち受けている人生の残りには何があるのだろうか?
と思わせる構図の作品です。 -
老人の顔の部分の描写
口髭もまばらで下唇にはまばらな無精髭が生えています。
力のない目は何を見ている訳でもなくましてや彼のこれまでの人生を語っている訳ではありません。
この絵のモデルは画商のロデウェイクルデックとされています。
没落したレンブラントにとって普段着の付き合いの出来る気を許せる友人でした。
今までレンブラントが描いた社会的地位の高い正装をピチッと着飾った人物の肖像画ではなく
普段着でやって来て今日の仕事を終えてくつろぐ友人を描いたと考えると
この肖像画は今までレンブラントがそうして来たように「新しい肖像画」の開拓だったのかも知れません。
ロデウェイクルデックとレンブラントはレンブラントの苦難の時代を共に歩いた友人であり、ルデックも自己破産を経験しています。
二人は同じ人生の痛みを共有していたのです。 -
次の絵はこの写真です。
目に入った時にこれはルーベンスだなと思いました。
右にある解説パネルを見ました。
レンブラント「二人のアフリカ人の男」1661年 油彩
17世紀のアムステルダムには奴隷ではない黒人が黒人居住エリアを作っていたという。
レンブラントは彼らを肖像画ではなくオランダ美術特有の絵画ジャンルである「トロニー」として描いています。 -
「トロニー」(Tronie)とは人間性が描かれた絵画のことです。
どこの王家のどの王女様というような特定の人物を描く絵画「肖像画」ではなく、儚さ、若さ、老醜、さらには知恵、信仰心、愚かさなどもトロニーの主題にされました。
海運で興隆したオランダの富裕層の人たちはトロニーの絵を好んで購入しました。
この美術館マウリッツハイスを代表する作品「真珠の耳飾りの少女」はトロニーの典型的作品とされています。
ルーベンスが同時期に描いた「黒人の4つの頭部の習作」は「東方三博士の礼拝」の博士の一人の黒人のための習作として描かれていますがレンブラントのこの作品はこれが完成作品(トロニー)として制作されています。 -
レンブラント
「サウルとダビデ」1655年
主題になっているのは旧約聖書「サムエル記」
イスラエル王国最初の王のサウルの心を癒すためにダビデが竪琴を演奏するシーン
サムエル記16章の記述を要約すると、、、
サウル王の家臣たちは災いを鎮めるには竪琴の音色が一番ということで羊飼いのダビデを選びダビデの竪琴でサウル王は癒されるのでした、、、
この後31章まで物語は続きますご関心のある方は -
サウル王のアップの部分
ダビデの竪琴に感動し癒されて溢れる喜びの涙を脱ぐううサウル王の描写です。 -
同じ作品です。
画面の右側で竪琴を弾くダビデ
この絵の真贋につては長い間の意見対立があったと聞きました。
今ではようやくレンブラント作品として認定されマウリッツハイスに展示されています。 -
レンブラント「詩を口述するホメロス」1663年
古代ギリシャの詩人ホメロス(紀元前8世紀ごろ~不詳)は叙事詩「イーリアス」、「オデュッセイア」は彼の代表作として知られています。
目の見えないホメロスは暗記している詩を口述で書記に伝えているシーンです。 -
ホメロスの顔の部分の表現です。
歌うように吐き出すホメロスの声が聞こえてくるようです。 -
ホメロスの衣装の表現
筆ではなくパレットナイフを使って質感の表現に成功しています。
晩年のレンブラントはますます円熟を重ね自由なオリジナルな画法で作品を描いてゆきます。 -
ここでレンブラントは一休みしましょう。
ルーベンス「クララフォーメントの肖像」1630年
1630年にルーベンスは13歳年下のエレーヌと再婚します。
クララはエレーヌの姉でありルーベンスとは家族ぐるみの付き合いでした。
これが「肖像画」です。
「トロニー」と「肖像画」の違いがわかりました。 -
ウィレムハヒート
「カンパスペを描くアペレス」1630年
アントワープのコレクターであるコルネリスヒーストのコレクションルームを描いた作品です。
この主題(コレクションルームとか画家の工房など作品が並んでいる主題)の作品は当時のアントワープで人気のあるものでした。
画面も左側にギリシャ神話に出てくる画家アペレスがアレキサンダー大王の姫のカンパスペを描いているところが描かれています。 -
コレクションルームには数々の収集品が並んでいるのが描かれています。
彫刻作品が並んでいます。
手前にはルーブル美術館にあるクエンティンマサイスの「両替商とその妻」1514年 -
ミュンヘンのアルテピナコテークにあるルーベンスの「アマゾンの戦い」1618年
-
左手前の部分です
アペレスがカンパスペを描いています。
この主題の絵はオランダの新興資産階級に評価されて売れ行きも良かったのです。 -
ルーベンスとヤンブリューゲル(ブリューゲルの次男)の共同作品「人間の堕落のあるエデンの園」
-
ルーベンスの担当はアダムとイブの表現
ヤンブリューゲルは風景、植物、動物を担当しています。 -
フランスハルス「笑う少年」1625年 円形パネル
これも「トロニー」ですね。 -
フェルメール「ディアナとニンフたち」1655~56
美術館ではフェルメールの初期の作品としていますが作者不詳とするのが今では主流の評価になっています。
ディアナはローマ神話に登場する狩猟と月の女神のことです。
ニンフは森の精のことで画面では4人のニンフがディアナに仕えています。
日常生活を描く「風俗画」作家のフェルメールの唯一の神話を主題にした作品になっています。
(2026年8月21日~9月27日に大阪中之島美術館で開催される『フェルメール<真珠の耳飾りの少女>展』にはこの作品も来日しますのでご自分の目で鑑賞してください) -
ディアナの足を洗うニンフの手とその下に置かれた水盤の描写部分です。
「牛乳を注ぐ女」1658年や「真珠の耳飾りの少女」1662年の緻密で静謐な描写に比べると初期の作品といっても数年前にすぎず、いわゆるフェルメールらしさ(作品の共通点)が無いように感じられます。 -
ディアナの右手の部分のアップです。
腕から手につづく皮膚の表現は平面的です。 -
ディアナの右側にいるニンフの一人の描写部分のアップです。
フェルメールの描く女性には存在感がありますが、彼女の場合は気配を消して、ただ佇んでいます。 -
フェルメール「デルフト眺望」1660年 油彩
デルフトは今回の遠足の候補の一つだったけど行けなかった。(ロッテルダムにも行けなかった)
アムステルダム駅からデンハーグ駅まで40分
アムステルダム駅からロッテルダム駅は1時間10分
デルフト駅はデンハーグ駅とロッテルダム駅の間です。
ロッテルダムに行って復路にデルフトに行く遠足案だった。
日本では陶器のデルフト焼きで有名なデルフトは人口9万人の小さな町です。
フェルメールは1632年にデルフトで生まれ1675年にデルフトで亡くなっています。
生前のフェルメールは画家の組合である聖ルカ組合で理事を勤めるほど画家として社会的に高い評価を得ていて作品も高価で購入されていました。
フェルメールは自分が住む町の風景を描きました。 -
時計台のあるスピーダム門の時計の部分です。
よく見たけど何時だかは分かりませんでした。
「怖い絵」の中野京子の「フェルメールとオランダ黄金時代」の
「デルフトの眺望」についての章に
「時刻は朝の七時十分過ぎ。そのことは画面中央に建つスヒーダム門の丸時計の針が示している。空は広く青く、雲は白く、黒く、厚い。」と書いてあったので。 -
この船はニシン漁の船です。
船の側面と城壁の点描画法的な描き方は300年後の印象派の画家たちもびっくりの技術です。
船の手前の静かな水面の表現と水面に反射する城壁の描き方もホレボレします。
この切り取り写真だけでも作品に出来そうです。 -
画面左下のこちら岸の描写部分です。
この船はその頃デルフトからデンハーグやライデンやロッテルダム行きの定期フェリーです。
フェリーの手前に乗客が出航を待っています。 -
その右側に描かれているふたりの女性。
-
「真珠の耳飾りの少女」ヨハネスフェルメール 1665年
北のモナリザ、オランダのモナリザとも呼ばれています。
この作品をテーマにした映画「真珠の耳飾りの少女」をTVで見ました。
https://youtu.be/EhY1qx5ePkQ?si=fFOBbC0zbg6ZDsCB
真珠の耳飾りの少女となるグリートという少女役を演ずるスカーレットヨハンセンの好演がひかっています。マウリッツハイス美術館 博物館・美術館・ギャラリー
-
作品の右側のある解説パネルです。
意訳です。
真珠の耳飾りの少女はフェルメールの最も有名な作品です。
この作品は「肖像画」ではなく「トロニー」です。
「トロニー」とは架空のイメージの表現であり、ある特定のタイプやキャラクターを描くものです。この作品の場合はエキゾチックな服と東洋風のターバンをまとい、耳には大きな真珠をつけています。
フェルメールは光の魔術師です。この作品の少女の顔の柔らかい肌や濡れた唇の光沢や真珠の輝きの表現をご覧ください。 -
作品の額縁含めた全体写真です。
フェルメールブルー
金より高い青い鉱石をすり潰して作った青絵の具がターバン部分に使われています。
背景の色は緑でしたが経時変化で黒色になっています。 -
この絵のキャッチポイント少し開かれている濡れた唇とその横の真珠
-
もう一つの魅力は何かを見ている瞳。
こちらよりももっと右側にある何かを振り返って見ています。 -
2階から1階へ続くアンティークな階段
左側通行です。 -
最後にもう一度フェルメールを見て帰ります。
この写真を気に入っています。
女の子がオーディオガイドを持ってフェルメールの風景画をみているだけの構図なんですが。
マウリッツハイス美術館にはフェルメールは3枚収蔵しているとしています。
「真珠の耳飾りの女」
「デルフトの眺望」
「ディアナとニンフたち」
このうち「ディアナとニンフたち」はフェルメールではない誰かの作品だと僕は感じていますが、、、、 -
フェルメールのトロニーを見る人たち
オランダ絵画特有のトロニーというカテゴリーを知りました。
肖像画ではありませんから、真珠の首飾りの少女が誰なのかは分かりません。
トロニーの主題には、怒りとか、笑いとか、嘆き悲しみとかがありますが、この少女の主題はなんでしょうか? -
若さでしょうか?
あるいは、一つの言葉で表現できないいくつかの複数の思いを流し込んだ「トロニー」なんでしょうか? -
展示会場を出てきたらフラワーアレンジメントが置かれていました。
あまりにも見事だったのですが、
本物かな?とふと思って触って見たら、、、、
本物でした。 -
ミュージアムショップ
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おしゃれなロッカーがありました。
鍵が刺さってなかったらロッカーだとは気がつきませんよね。 -
ミュージアムカフェ「マウリッツハウスブラッセリー」で休憩しました。
美術館はとても素敵でした、ミュージアムカフェも良かったです。マウリッツハウス ブラッセリー 地元の料理
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ミントティとアップルパイ
15ユーロ 2934円 -
美術館を出てデンハーグ中央駅に向かいます。
只今の時刻15:15
13時に入ってカフェでの休憩入れて2時間15分の滞在でした。
ゆっくり充分見られて満足感がありました。 -
美術館からゆっくり歩いて10分でデンハーグ中央駅に戻って来ました。
デンハーグ中央駅 駅
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デンハーグ中央駅は近代的な設計です。
アムステルダム中央駅が古色蒼然なので余計にそう感じます。デンハーグ中央駅 駅
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デンハーグ中央駅発15:51 アムステルダム中央駅行き
9番線です。
タッチ入場します。 -
9番線ホーム
この列車です。 -
アムステルダム中央駅のホームに降りるとホームに改札があるので降りて見ました。
(カードタッチを忘れずにして下さい)
この階段に出てきます。
思わず写真撮りました。
赤いのは手すりです。
その下にある溝はなんだか分かりますか?
自転車を担いで階段を降りたり上がったりする時、自転車のタイヤをこの溝にはめて上り降りするのです。アムステルダム中央駅 駅
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ご覧の通りこの階段から直接プラットホームに出入り出来ます。
階段の左側のトンネルは中央駅の北口に出るトンネルです。
その更に左側が宿泊しているホテル「イビスアムステルダムセンター」です。
中央駅の正面改札まで行かなくてもここからショートカットして出入り出来ます。
只今の時刻5時です。
明日はミッフィーちゃんの父親ディツクブルナーに会いにユトレヒトまで日帰り遠足です。イビス アムステルダム センター ホテル
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