2026/02/06 - 2026/02/06
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昨日はゴッホ美術館に行きました
https://4travel.jp/travelogue/12032354
今日は10時からアムステルダム国立美術館、午後3時からアンネの家です
アンネの家の旅行記は別に書いています
https://4travel.jp/travelogue/12024714
アムステルダム中央駅から昨日と同じトラム2番か12番で15分のミュージアム広場駅下車です
乗車と下車の時にビザタッチ
往復で3.4ユーロ700円
修復中のレンブラントの「夜警」の前は大混雑でした
その様子の動画です
https://youtu.be/w3IGVQeik74?si=sk3vqGlnsR_m04rL
表紙写真はフェルメールの「牛乳を注ぐ女」に見入る人たちです
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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今日は雨ですかなりの底冷え
防水ジャケットとホッカイロ前後貼りです
両手をフリーにしたいので傘は使いません
アムステルダム国立美術館は10時の予約ですが午後3時にアンネフランクの家を予約していますので早めに出発しましたイビス アムステルダム センター ホテル
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アムステルダム中央駅
左側に見えるMマークは地下鉄へ降りる入り口のサインですアムステルダム中央駅 駅
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トラム(市電)系統図
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トラムは
1)車両のドア真ん中のボタンを押すとドアが開きます
2)タッチ対応のカードを入り口の左右にあるタッチマークにあて搭乗状態にする
3)入り口から下車は出来ない
下車専用口の緑のボタン「OPEN」を押すとゲートがフリーになる
4)カードをタッチマークにあて下車状態になる
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写真は下車駅のミュージアム広場です
写真の左側の四角形の建物はゴッホ美術館旧館
アムステルダム国立美術館へはその先を左折しますゴッホ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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トラムのプラットフォームはトラムの軌道から5cmくらい上に設置されています
ミュージアム広場 広場・公園
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アムステルダム市立美術館を左折
アムステルダム市立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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左側にゴッホ美術館を見て
ミュージアム広場にあるミュージアムショップを越えて進みます -
突き当たりにアムステルダム国立美術館が見えて来ました
アムステルダム国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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雨に煙るアムステルダム国立美術館
アムステルダム国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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入場券はこのスマホ画面を提示してスキャン入場です
10時の予約ですが30分前で入れ貰えました -
アムステルダム国立美術館の中に入ると広い広場がある
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アムステルダム国立美術館Rijksmuseum Amsterdam
ライクスムゼーウム
写真の右側にある円形のカウンターがインフォメーションです -
インフォメーションカウンターで
フロアプラン
館内案内
を貰いましょう
日本語はありませんので英文をもらいます -
広場には彫刻が置かれています
「バッカスとアンペロス」18世紀の彫刻家フランチェスコリゲティの作品
バッカスは酒の神
アンペロスの死後その血からワインが作られたという伝説です -
「ラオコーン」1699 リード
ギリシャ神話でラオコーンはトロイの司祭
息子たちと2匹の蛇と戦った -
1階は1100~1600年の展示です
ここの展示はキリスト教絵画だけなのでパスしてゴッホがある2階か、レンブラントやフェルメールのある3階からスタートしても良いと思います -
一応いくつか気になった作品の写真を撮りました
ーーーーーー
「ゴルゴダへの道行き」1520頃
処刑宣告を受けたイエスが自ら十字架を背負い処刑場のゴルゴダの丘へ向かうところの情景です -
三連祭壇画
「キリストの受難」1515~1520
ヤンモスタールト
中央には十字架から降架されたイエスキリストが描かれています -
これもキリスト教絵画の定番です
「聖母マリアの死」1500 作者不明
聖書ではなく聖書のその後を書いている「黄金伝説」の記述を主題に描いています
受胎告知と同じように天使がマリアのところへ来て告げます
1週間後に貴方は亡くなられます
イエスの使徒12人が集まりマリアの死に立ちあいます
蝋燭を持たせ聖母マリアの旅立ちを迎えます -
「十字架を担うイエスキリスト」
1510~1515
アントワープの画家クインテンマサイス -
イエスの顔の部分をアップしています
画面の右上の奥に描かれたゴルゴダの丘では処刑の準備が進められています -
この展示コーナーにはほとんど人がいませんでした
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このコーナーにはこんな絵もありました
1538年ごろのアムステルダムの鳥瞰図
運河が作られ
湿地は埋め立てられ
街が造成されています -
1階から2階へ階段を上がります
階段壁面の表示があります
1600~1700
レンブラント
フェルメール
栄誉の間 -
踊り場壁面にはこの美術館を代表作するレンブラントの「夜警」の複製画がありました
レンブラントの「夜警」1642
「集団肖像画」の歴史において「静止した記念写真」を「劇的な物語」へと進化させた革命的な作品です
本来のタイトルは「フランスバニングコック隊長の市民隊」
表面のニスが酸化して黒ずんだため夜の場面だと思い込まれ「夜警」と呼ばれています
本物の「夜警」は隣のギャラリーに展示されています -
「夜警」レンブラントファンレイン
展示スペースに作業用の足場と手前に保護の為のガラス板を設置して絵画修復作業も見せてくれる仕組みになっています -
ガラス越しに見学します
-
アムステルダム市民警備隊の隊員たちの集合肖像画です
武装して市内を警護しています
レンブラントの光と影の画面構成が見事です -
作品からガラス板の距離がかなりあり画面の前の黒い足場が邪魔しています
ーーーーーーー
「集団肖像画」について
1630年頃にオランダでは世にも奇妙な経済現象「チューリップバブル」が起きています
東南アジアとの交易で莫大な富を得たオランダはイギリス、スペイン、フランスなどと比べて国の所得は劣るものの個人当たりでは格段に大きな所得があったのです
個人所得の消費の使い道と投機を求めた奇妙な事件が1630年に発生した「チューリップバブル」とそのバブル崩壊でした
当時のオランダの人口は20万人と言われていますが
そのうち700人が画家でした
つまりそれだけオランダの国民個人にとって絵は余ったお金を使う対象だったのです
そんな訳でオランダでは絵画の購入者が今までの教会や王侯貴族に代わって一般市民が主役になって行ったのです
ひとりじゃ高いけど皆んなで負担して描いて貰おうというので
組合や組織のメンバーで始まってブームになって行ったのが「集合肖像画」の歴史です -
「集団肖像画」の始まりは1529年にディルクヤコブスが描いた「アムステルダムの民兵隊の隊員たち」と言われています
それまでの肖像画は王侯貴族や宗教寄進者でしたがオランダの市民社会が発展する中でグループで自分たちの姿を描いて貰う文化が生まれたのです
「夜警」の動画も撮りました
編集してBGMもつけました
https://youtu.be/w3IGVQeik74?si=6WeGhb5ouatD1muB
修復室での作業の様子を見せる美術館は増えていますが
展示場所に足場を組んで修復作業を見せる仕組みははじめてです -
初めての集団肖像画とされるディルクヤコブス(1497~1567)の「アムステルダムの民兵隊の隊員たち」1529 です
人物が上下2段に並んで正面を見ています
それに対して、レンブラントの「夜警」では人物が活動中であり重なり合い横を向いたりしている情景が陰影を持って描かれています
団体の記録、集合の卒業写真のようだった集団肖像画の様式がレンブラントにより動的緊張感のある芸術に成熟して行ったのが分かります
これもアムステルダム国立美術館の収蔵作品です -
栄誉の間です
アムステルダム国立美術館の特徴はこの天井の圧倒的な高さです
栄誉ある作品だけが展示される空間です -
レンブラント
「自画像」
1636年 「旗手(De Vaandeldrager)」
2022年にアムステルダム国立美術館が1億9,800万ドル(約250億円)で購入ています
旗手はレンブラント自身で自身を誇り高く描いた作品です
1844年以来フランスのロスチャイルド家が所有していましたがオランダの国家プロジェクトにより買い戻されています -
フェルメール(1632~1675)
「小路」1657~58
デルフトのフラミング通り40-42にある叔母が住む一般人の住居を描いている
左側の建物の窓の下の白壁に作者のサインが見えました
1921年にデテルディング氏からアムステルダム国立美術館に寄贈された作品 -
建物の中央にある扉が開いていて中庭で女性が樽の中に手を入れている姿が描かれています
-
建物の右側の扉も開けらていてスツールに座って針仕事をする女性が描かれています
-
建物の屋根の部分です
煉瓦の質感の表現に細かい工夫が加えられているのが見えます -
「恋文」1669~70
これもフェルメールです
別の暗い部屋から奥の女性が2人いる明るい部屋を覗き込むような構図になっています -
2人の女性
マンドリン(シターン)を持ち椅子に座った豪華な衣裳の奥さまの右手には召使から手渡された手紙
粗末な普段着の召使は立ったままで
奥さまを見下ろしています
2人の位置関係が微妙な状況と緊張感を描き切っています -
不安がちの奥さまを見下ろす召使の表情のアップです
彼女は手紙を渡す前に勝手に読んでしまっていてその内容も知っているようです -
床面のタイルの表現のアップです
奥行き感を強調する構図になっています -
次も
フェルメールです
「手紙を読む女(青衣の女)」1663
アムステルダム国立美術館が購入した初めてのフェルメール作品だという -
左側からの日差しを受けています
女性は手紙に熱中している
お腹が大きく描かれているのは
女性は妊娠しているという見解もあるが当時の流行のデザインだという
いずれにせよこの青い衣服の「青」は美しい
フェルメールは高価な天然石ラビズリを使用しこの独特な「フェルメールブルー」を作っています -
「威嚇する白鳥」1650年頃
ヤンアセリン(1610~1652)
左側下から犬が近づいて来ている白鳥は足を踏ん張り翼を広げ必死になって巣を守っているという構図ですがオランダの政治的意図を象徴する絵画とされています
白鳥がオランダ
犬はイギリス
オランダとイギリスの戦争「英蘭戦争」は1623~54年 -
白鳥のアップです
作者のヤンアセリン(1610~1652)には親友であるレンブラントが描いたエッチング画(1647)が残されていてハンサムな姿をしのぶ事ができます -
確かに威嚇しています
-
巣の中の卵には「HOLLAND」(オランダの文字がありました
この文字は画家ヤンアセリンの記入によるものではなく1750年代に所有者が書き込んだものとされています
作者のアンアセリンの1652年の死後のことです -
レンブラント
「僧としてのレンブラントの息子ティトゥス」1660 レンブラント54歳の時の作品
19歳の息子を修道会の僧として厳しい戒律の中で修行する姿を構想し描いています -
ティトゥスの穏やかな表情をアップしました
オランダはプロテスタントの国ですからカソリックの修道会にティトゥスが所属していたわけではありませんレンブラントの画家としての構想です
若くして画家としての栄華を極めたレンブラントですがこの絵を描いた1660年の4年前の1656年に人生の転機を迎えています
1656年50歳で自己破産し画家の組合「聖ルカ組合」を除籍されます
妻のサスキアが亡くなったのが14年前(1642年)
レンブラントが描いたこの息子の絵には破産や家族の不幸にも負けず深みを持った作品を制作しく作家の静かな意気込みが感じられました
残念というか厳しい現実がそのあと続きます息子ティトゥスが1668年(この絵の8年後)に27歳で亡くなってしまうのです -
レンブラント「布地商組合の見本調査官たち」1662
別名「アムステルダムの布地商組合の理事たち」
1660年の破産とそれに伴う「聖ルカ組合」の除籍により当時のルールで非組合員のレンブラントは作品を売ることが出来なくなります -
息子ティトゥスと内縁の妻ヘンドリッキエは美術品取引会社を作りレンブラントはこの会社から雇われ制作することにしたのです
この「布地商組合の見本調査官たち」の注文がアムステルダムの基幹産業であった由緒ある布地商組合から入った事は晩年のレンブラントが破産して駄目になった画家というひどい評価ではなく信頼され評価された尊敬される画家であったことを示しています -
「ユダヤの花嫁」1665年~1669年
レンブラント
別名「イサクとリベカ」
レンブラント最晩年の作品
1885年ゴツホはこの作品に魅了されその感激を弟テオ宛の手紙に綴っています -
この頃の人物画は歴史上の扮装をして描いて貰う習慣がありました
旧約聖書に登場するアブラハムの息子イサクとその妻リベカの物語を主題にしています -
男性の袖の部分の表現
ゴッホも驚くような絵の具の厚塗りで表現されています -
フェルメール
「牛乳を注ぐ女」1660頃
女性が牛乳を注いでいます
彼女はその作業に没頭していて牛乳が流れる事だけが感じられます
左の窓からの彩光でその一瞬が捉えられています -
「牛乳を注ぐ女」1660年頃
ヨハネスフェルメール -
ピッチャーから茶色い陶器に牛乳が注がれています
手前にはオランダ特有のパン各種が並んでいます
牛乳に古くなって硬くなってしまったパンを浸して調理するレシピがあります
牛乳は下へ流れ落ちているように見えます -
画面の右下に描かれているのは「足温器」
フェルメールはいろんなものを作品に描き込むことで鑑賞者の物語性の理解の幅を広めています -
「夜警」を背にして栄誉の間のフェルメールとレンブラントの作品を終わって進むとグレートホールにでます
-
グレートホールの壁面はオランダの歴史をテーマにした絵画やステンドグラスで装飾されています
1885年の美術館開館当時の内装を再現し鮮やかな色彩でオランダの歴史と芸術を讃美している空間です -
アムステルダム国立美術館には立派な図書館があります
世界一美しい図書館と呼ぶ人もいます
2階から見下ろした図書館の写真です -
19世紀の建築家ピエールカイバースはアムステルダム国立美術館の建設を依頼され自らの発案で図書館を設計に盛り込みました
彼は読書室を美術館に不可欠な要素だと考えたのです
この図書館はそんな訳でカイパース図書館とも呼ばれています -
蔵書数は120万件
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2階からの写真は自由です
動画です
https://youtu.be/sxbJael6c0c?si=dOvjseyEg0WmFT_L
1階で蔵書の閲覧は事前の予約で許されています -
17世紀の地球儀
地図製作者のウィレムブラウが1645年に作った地球儀です
直径68cmは当時最大といわれました -
日本の部分のアップ
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日本の本州と九州と四国部分のアップです
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17世紀のオランダ軍艦
「ウィリアムレックス号」
1/12の模型
74門の大砲を装備
海運王国として栄華を極めたオランダ黄金時代の軍艦です
詳細動画です
https://youtu.be/0yPR7EDgWNE?si=Ycs7_clkzbBOXmZ3 -
こんな展示もありました
17世紀の絵の具箱です
1640~1660年頃 -
絵の具箱の引き出しには17世紀の壺とか瓶などや顔料の残骸があります
箱の内側と外側に風景画や騎兵戦の場面が装飾として描かれています
チューブ入りの絵の具の19世紀ですからこの絵の具箱を持って外で制作した訳ではありません
画家のアトリエの飾りものだったようです -
「スケーターのいる冬景色」1608年頃
ヘンドリックアーフェルカンプ -
ブリューゲルの影響が目に見えます
コロナ禍前ですが
ブリューゲルの現存する40枚の作品をたずねて11ヶ国の21の美術館への旅行をしていました
ブリューゲルは弟子はいなくて息子2人が画家としてあとを継いでいます
この画家はブリューゲルの画風が好きだったのでしょう
ブリューゲルの旅行記は、、
https://4travel.jp/travelogue/11181954 -
枯れ木と鳥の描き方もブリューゲルです
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カフェでひと休みすることにしました
広間の中2階にミュージアムカフェがあります -
地下のこちらはミュージアムショップ
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ミュージアムカフェのメニュー
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右奥のカウンターで支払います
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カフェでは無料のWi-Fiが繋がります
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Wi-Fiが繋がると最初にアムステルダム国立美術館のHPが出てきます
覗いていたらまだ見ていないレンブラントの作品がまだまだあるのを見つけました -
カフェはカウンターで支払いして席に座ります
オーダーが来る前に支払い通知のメールが来ました
お茶とチーズケーキで2055円 -
お茶を終えて
レンブラントを見に行きました
広場のインフォメーションでエレベータで行くのをアドバイスして貰い貨物用に大型エレベータで3階(こちらでは2階)
まずは
「クレイブルグ夫人の肖像」
ロッテルダムに住む醸造業の奥様の肖像画です
白い襟巻きの折り返しが細かいのはかなりのお金持ちの証拠です
肖像画でも襟巻きの表現でお値段が変わったようです -
「ヤンリーフェンスの肖像」1628
レンブラントとリーフェンスはライデンでアトリエを共同で使い制作していた絵仲間でした
レンブラントは同じ衣裳の自画像を描いています -
「幻想的な衣裳の若い女性」1633
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「トビトと子ヤギを持ったアンナ」1626
レンブラント20歳の時の作品
旧約聖書の物語
盲目のトビトは妻のアンナが子ヤギを連れて来た時に盗んで来たのではないか?と疑う
アンナは自身の無実を語り夫のトビトの猜疑心を責めた -
妻が子ヤギを盗んだと疑い手を合わせ神に祈り詫びるトビト
迫真の表現力に脱帽しかない
20歳のレンブラントがこの絵を描いた -
「自画像」 1628
レンブラント22歳の時の作品
左後ろから光があたっていてレンブラントの顔はシャドウになっているという天才的な構図 -
こちらを見つめるレンブラントの顔の部分のアップです
絵筆の柄の端を使ってまだ乾いていない絵具に引っ掻き傷をつけて髪の毛のカールを表現しています -
「エルサレムの滅亡を嘆くエレミヤ」 1630
レンブラント24歳の作品
光と影のコントラストで画面に劇的な緊張感を出しています -
自身の予言の通りエルサレムが滅ぼされたことを嘆く預言者エレミヤ
手前に描かれているのはエルサレムの神殿からエレミヤが滅亡の前に持ち出し守ろうとした「聖なる器」 -
「聖なる器」の部分のアップ
天才ですね -
絨毯の上に置かれたエレミヤの足の部分のアップ
肉体の表現も繊維の表現もこなしています -
預言者エレミヤの表情部分のアップ
「静かな絶望感と内面的な深い葛藤」を描いていると解説にあった -
「読書する老女、おそらく預言者アンナ」1631
レンブラント25歳の作品
モデルはレンブラントの母親コルネリアとされています -
預言者アンナはキリストの誕生を予言した
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美術館の広場に戻ってきました
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出口はこちらです
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アムステルダム国立美術館を出ます
現在の時刻は12時30分ですアムステルダム国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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トラムのミュージアム広場駅へ向かいます
写真はナビ画面ですミュージアム広場 広場・公園
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右側にモコ美術館が見えました
Moco美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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この後は3時に予約しているアンネフランクの家に向かいます
アンネの家の旅行記は
https://4travel.jp/travelogue/12024714ダム広場 広場・公園
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