2025/10/15 - 2025/10/23
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j-ryuさん
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★10/15~10/23 9日間中国・四川省の黄龍&九塞溝&四姑娘山の
絶景紀行に行ってきました。
前回は世界自然遺産の九塞溝の
臥龍海や火花海などをご覧頂きました。
今回は同じ九塞溝の火花海の後半と双龍海、双龍海瀑布を
ご紹介し、その後は九塞溝から今夜の宿がある
松藩に向かい明代の古い城下町の松州古城をご紹介します。
四川省松州古城は、アバ・チベット族チャン族自治州
松潘県にあるする歴史ある古城で
標高約2850mにあり、岷江が城内を流れる美しい場所です。
松潘古城は、もともと「松州」と呼ばれ、
西暦552年頃に建てられ、チベットや雲南と行き交う交通の要衝でした。
現在の城壁は、明の時代に造られた石垣で
その堅牢な造りから「鉄壁の兵城」とも称されています。
松州古城は松藩古城と呼ばれる場合もあります。
黄龍や九塞溝とはまた違った中国の悠久の歴史を
実感することができます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 四川航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
★2025年 10月:黄龍・九塞溝・四姑娘山旅行・スケジュール
10/15 (水) 自宅→JR→新白河(新幹線)→上野→京成上野→
成田田空港1
成田(16:40)3U-3962(四川航空)→中国・成都(20:50)着
●成都・瑞峰国際大飯店泊
10/16 (木) 成都東駅→(高速鉄道)→黄龍九塞溝駅→
世界遺産・黄龍ハイキング→九塞溝鎮
●九塞溝賓館泊
10/17 (金)午前&午後:世界遺産・九塞溝ハイキング→九塞溝鎮
●九塞溝賓館泊
10/18 (土) 午前:世界遺産・九塞溝ハイキング
午後→松藩・松藩古城散策
●松藩・蕃坊絲路酒店泊
10/19 (日)朝:松藩→巴朗山トンネル→四姑娘山鎮(日隆鎮)
●四姑娘山鎮・貴山商務酒店泊
10/20 (月) 午前:四姑娘山・双橋溝ハイキング→夾金山峠(4114m)
観光●四姑娘山鎮・貴山商務酒店泊
10/21 (火) 午前:四姑娘山・長坪溝ハイキング 午後:海子溝・
鍋庄坪ハイキング
●四姑娘山鎮・貴山商務酒店泊
10/22 (水)朝:四姑娘山鎮→巴朗山トンネル→臥龍大熊猫保護地
(パンダ見学)→成都:成都観光(杜甫李白公園、陳麻婆豆腐)
●成都・錦江賓館東楼泊
10/23 (木) 成都(09:15)四川航空3U-3961→成田空港(15:10)
成田空港→上野→新幹線→新白河→JR→自宅 -
★九塞溝・樹正溝 ルートMap
四川省 九寨溝風景区管理局
※https://www.jiuzhai.com/
樹正溝 =樹正景区
◎犀牛海
◎老虎海
●樹正瀑布
◎樹正群海
◎臥龍海
●火花海瀑布
◎火花海
◎双竜海
◎芦葦海 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
前回の旅行記(5)から引き続き、
樹正群海にある火花海をご覧いただきます。
またまた火花海の写真かいな?と、
突っ込まれそうですが、
それだけ火花海に感動したと言う証しです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
火花海は標高が2187mの所にあり、水深は9メートル、
総面積が3652平方メートルで、
九寨溝双龍海と臥龍海の間に位置しています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
火花海は8年前(2017年)にM7の九塞溝地震で
決壊し暫くの間、完全に干上がってしまいました。
復興工事が終わるまで観覧中止になり
2021年9月28日にようやく火花海を含め
九塞溝の復興がほぼ終わ
景勝地の全エリアが一般公開が再開されるようになりました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
九塞溝は世界自然遺産に登録する前から行ってみたかった場所でしたが
2008年の四川大地震
さらに2017年の九塞溝地震と災害が続き
他にもサーズや鳥インフルエンザ、コロナと感染症流行が続き
さらに日中関係が不安定だったこともあり
中々行くタイミングが見つからないでいました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
政治がらみの日中関係もようやく落ち着き、
コロナ渦がほぼ終息した2024年11月からは
ビザ免除が再開されたので、行くなら今しかないと思い
今年2月のリペ島から帰国後に迷いなくツアーの参加予約しました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
それがどうしたでしょう、2024年11月にビザ免除が再開され
ようやく日中関係が安定したかと思った矢先の
2025年11月7日に台湾有事発言問題が勃発し、
また元の木阿弥状態になってしまいました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
※元の木阿弥
戦国時代の筒井順昭の身代わり説
筒井順昭が病死した際、幼い息子・順慶が成人するまで死を隠すため、
声の似た盲目の「木阿弥」という人物を身代わりにしたとされています。
順慶が成人して順昭の死が公表されると、
木阿弥は元の身分に戻されたことから、
この言葉が生まれたと言う説があるそうです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
日中関係が悪化したからと言って
この絶景に変化が起こるわけでも無く
しばらくの間は日本人観光客が減るだけなので
また日中関係が良好になってから
訪れても遅くはないでしょう。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
2017年にM7の九塞溝地震で
火花海が決壊した場所は他と比べて
樹高の低い木が多いこのあたりでは無いかと
想像しています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
地震によって決壊した場所は
幅約20m、長さ約50mの範囲で決壊が確認され、
湖水がほとんど失われてしまったそうです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
九寨溝地震被害の復旧については、自然の力に任せる部分と、
人為的な支援を行う部分の両面で進められています。
完全に自然任せにしているわけではありません。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
九塞溝は世界自然遺産なので、回復には中国の方針だけではなく
ユネスコなどとの協議が行われ、
人工による回復工事と、自然による回復の2面による
方法が選ばれました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
人間も自然も、素晴らしい回復力を持っていますが、
残念ながらその力には限界があります。
特に、被災した生態系や人間関係などで、
自然回復だけでは元に戻せない、あるいは元に戻すまでに
膨大な時間がかかってしまうケースがあります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
写真右手が幹線道路方面で、
向こう側が上流(南)方面です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
上流側の疎林の向こうには樹正瀑布の一部も
見え隠れしています。
火花海は隣りの海子(湖沼)の間にある
疎林との段差が小さいので、水の流れによる影響が少なく
風さえなければ水鏡になりやすい地形です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
こちらが下流側(北側)で、やはり畔状の疎林の中を
水が流れていき、双龍海へと注いでいきます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:火花海
火花海は2017年の九塞溝地震による被害の
回復工事が順調に進み2021年9月28日に
他の海子(湖沼)や瀑布(滝)と共に
一般公開が再開されました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
火花海の次に見えてきたのは双龍海。
湖の底には2本の帯状の生物カルシウム華礁堤が隠れており、
これが2匹の竜が海中に潜んでいるように見えることから
「双龍海」と名付けられました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
おそらく写真上の2つの浅瀬(トラバーチン)を
双龍に例えているのだと思われます。
手前の倒木も石灰華しやがて埋もれ
龍のような形になる可能性もあります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
双龍海は標高2200mにあり、長さ290m。幅214mと
水深9mと案内板に表示されていました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
写真左上には火花海から流れおちてきた小瀑布が見えていますが
名前は見つかりませんでした。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
これでも十分美しいのですが
火花海がこれ以上に美しかったので
感動が弱くなってきました。
やたら贅沢な愚痴ですね(^-^;。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
これらの大きな倒木水没倒は上流の海子(湖沼)の間に
棚田状の疎林があるので、物理的には上流から流れてきたとは
考えにくいの恐らくこの海子そばの樹木が
この海子に倒れ込み水没樹になったと
推測するのが常道のような気がします。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
例えばこの写真の木のように
岸辺で生きていた樹木が
なんらかの原因で湖水の中に水没したのだと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
向こうの岸辺側の水中がかなり黒っぽいですが
なぜなのか不明です。
急に水深が深くなった場所とも
思えなくもないけど
常識てきには湖底の岩盤に藻が繁が繁茂しているのかなと、
推察しています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
こうの岸辺にはピラカンサスだと思われる
紅い実がたわわに実っています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
双龍海には何故か倒木の水没樹が多く見られます。
上流の火花海の決壊が影響したのか
元々多かったのかは分かりません。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
双竜海から流れ出した水は双竜海瀑布となって
流れ落ちていきます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
九塞溝や黄龍の滝は滝の大小はあっても、
どの滝も良く似ています。
それは滝に成り立ちがほぼ同じだからです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
黄龍&九塞溝の滝(瀑布)のほとんどは
水に溶けている炭酸カルシウムが沈殿してできた縞状石灰岩で
形成された石灰華(トラバーチン)滝なので
ぱっと見がそっくりなのです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
九塞溝や黄龍のようなカルスト地形は堆積と浸食の繰り返し堆積
水中の炭酸カルシウムが、
藻類やバクテリアの活動によって沈殿し、
湖底や岸辺に鍾乳石のようなものや、石灰華段丘と呼ばれる
棚田状の地形を形成します。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
石灰華が成長し続け石灰華段丘が大きくなり
その段差が大きくなったものが滝(瀑布)です。
中国も日本も滝(瀑布)の大きさ(落差・滝幅)に
基準はなく、中国では瀑布と呼び
日本では滝と呼んでいます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
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★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
黄龍や九塞溝の瀑布(滝)がデコボコしているのは
石灰華の成長した年輪のようなもので
枝や葉、流木、岩石などが核になり
石灰華が個々に大きくなり、それらがつながり
ボコボコした形状になります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
この双竜会瀑布の滝下に鑑賞台があり
すぐ目前に滝が流れ落ちていきます。
ここには安全柵もあったので
カメラをのせてスローシャッターを試みてみました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
スローシャッター撮影は陽射しが強すぎると
光を絞りきれずに白飛びやハレーションが起きやすくなり
撮影が難しくなります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
減光レンズフィルター(NDフィルター)を使う手もありますが
今回は持参しなかったので、通常の絞りとシャッタースピードの
調整で撮影しましたが、やはり空は晴れていたので
絞りきれませんでした(--〆)。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
シャッタースピードを速くすれば絞り込みが
大きくできますが、シルキー感がなくなり
その調整がけっこう難しいです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
中国人の新婚さんらしきお二人が記念撮影していました。
もしかしたら、リアル新婚ではなく商業用撮影かも知れません。
※顔はモザイク処理してあります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:双龍海瀑布
この位置からは新婚さんの顔が逆光になるので
人物の撮影向きのホワイトタイプレフ板を使用していました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:盆景灘
双龍海瀑布の下流は細長い芦葦海(Reed Lake)が展開していますが
やたら長く、海子と言うよりは
芦葦に覆われた川のようなスポットなので
その区間は乗り合いバスで移動&スルーしました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:盆景灘
芦葦海(Reed Lake)の次に見えてきたのが盆景灘です。
盆景灘は「盆栽の浜」という意味があり、石灰分が析出してできた
トラバーチン(石灰華段丘)の上を水が流れることで形成されています。
まるで盆栽のように見える樹木が点在する、
水と緑が織りなす美しい景色が特徴です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:盆景灘
日本でもなだらかな滑滝じたいは珍しくはありませんが
トラバーチン(石灰華段丘)の滑滝は無いし、
さらにその滑滝の所々に盆栽のような木々が生育している
所は無いと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~【樹正溝】→樹正群海:盆景灘
この盆景灘は樹正溝の最下流であり、九塞溝にある3つの谷の
最後の景勝地です。
この後は谷間を流れ下る一般的な急流となって
九塞溝ゲートまで流れ下ります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝ゲート
九塞溝ゲート(入口)に再び戻ってきました。
上記で紹介してきた九塞溝は則査溝と日則溝が合流して
樹正溝となり、この九塞溝のゲート近くで
白水江に合流し、その後は
嘉陵江→長江と合流し、上海で東シナ海に注ぎます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県Map
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%BD%98%E7%9C%8C
(Wikiより)
松潘県(しょうばん-けん、Zung chu)は、
中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州東部に位置する県で
黄龍も松藩にあります。
県庁は松藩進安鎮にあります。
九塞溝は松藩の北隣りの九塞溝県にあります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県
九塞溝から松藩へ向かう途中の峠から
今回の旅行で一番鮮やかなの紅葉が
名も知らぬ山腹に見られました。
黄龍や九塞溝でも部分的な紅葉はあっても
残念ながら一面の紅葉は見られませんでした。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県:岷山山脈
九塞溝から松藩に向かいう途中の九塞溝鎮郊外の
中国人向け食堂で昼食です。
我々はツアー客15人、日本人添乗員1人、中国人現地ガイド一人、
運転手1人の総勢18人なので、てっきり予約してあるのかと思ったら
旅行計画はあるけど、その日その日で時間の経過が違ってくるので
昼食は予約していない事が多く、中国人ガイドの石さんが、
その日の状況で選択しています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県:岷山山脈
飛び込みで入った食堂は先客いましたが、18人受け入れOKで
石さんが見繕って日本人に合うような四川料理を注文しました。
料理ができる前、食堂の前から見える岷山山脈を撮影しました。
おそらく九塞溝からも見えた山々だと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県:四川料理食堂
おそらく99%が中国人客であろローカルな食堂です。
こんな食堂に総勢18人で飛び込みで大丈夫かなと思いました。
日本なら予約しないと断れるパターンです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県:四川料理
16人が2テーブルに分かれ、石さんと運転手は別テーブルに着席。
相当時間がかかるだろうと思っていましたが、
手際よく次から次と料理が出てきて絶妙なタイミングでした。
飛び込みの食堂など味は期待できないと思っていましたが
昨日まで泊まっていた成都や九塞溝のホテルより美味しいくらいです。
四川料理は激辛で有名ですが、日本人に合わせてくれたのか
程良い辛さでとても美味しく頂戴しました(^^♪。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~九塞溝県:岷山山脈
ローカル食堂で美味しい四川料理を食べた後は
九塞溝県から峠を越えて松藩県に向かいます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
どこからが松藩県かは分かりませんが、
おそらく松藩県に入った辺りだと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
松潘県は岷山山脈の中央部、青蔵高原の東縁に位置し、
岷江や涪江などの大河の源流でもある。
県内の主要河川には、岷江・涪江のほか
熱務曲・毛爾蓋・白草河など200以上があり、
これらは岷江・涪江の二大水系に合流して最終的には長江に注ぐ。
松藩県内の最高地点は岷山山脈の主峰でもある雪宝頂(5,588m)
県内のほとんどは山地であるが、
天然の草地の面積は568万畝におよびヤクなどの牧畜業が盛んです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
谷間には岷江の源流が流れています。
岷江は大都市・成都の水源であり
成都郊外の都江堰(とこうえん)で治水利水・灌漑されています。
この都江堰は2200年も前に造られたと言われ
世界遺産に指定されています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
-
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
峠を下ってたら美しい草原地帯が広がっていました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
岷山山脈の一角だと思いますが
山名は分かりません(^-^;。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:岷山山脈
国道が走る草原にはチベット族の小さな集落が点在し
テントだけの道の駅のような施設でトイレ休憩をしました。
テントの背後には歩道橋のような展望施設がありました。
テントではヤク関連のお土産などを中心に販売しています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:黄龍九塞溝駅
中国二日目に成都から高速鉄道(新幹線)で到着した
黄龍九塞溝駅が見えてきました。
この黄龍九塞溝駅は松藩県にあります。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:川青鉄道
川青鉄道は、中国の四川省成都市と青海省西寧市、
さらに甘粛省蘭州市を結ぶ客貨共線の高速鉄道です。
時速200kmで走行し、全長は約836kmに及びます。
この路線は、中国の高速鉄道網「八縦八横」の中で、
蘭州・西寧と広州を結ぶルートの一部を形成しており、
地域の交通インフラにおいて重要な役割を担っています。
青白江東(成都側)ー鎮江関区間:2023年11月28日に
運行を開始しました。
成都東駅から鎮江関駅まで最速86分で到達できます。
鎮江関ー黄勝関(黄竜九寨)区間:2024年8月30日に開業しました。
これにより、成都東駅から黄竜九寨駅まで最速1時間39分で
アクセスできるようになり、世界遺産の黄竜と九寨溝への
高速鉄道でのアクセスが可能になりました。
黄勝関から西固城までの区間は、2025年の開通が予定されています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松藩古城Map
※Google Mapに加筆
https://www.google.co.jp/maps/@32.6403285,103.5916872,1208m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MTIwOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
午後4時頃、松藩古城(松州古城)に到着しました。
北門(鎮羌門)駐車場側から見た松州古城:北門(鎮羌門)です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
松州古城の北門は「鎮羌族門」とも呼ばれ、
城内への主要な入り口の一つです。
唐代には「松州」と呼ばれていたこの地は、
古くからチベットと中国を結ぶ重要な拠点であり、
かつては茶馬古道の要所でもありました。
城壁には「松州」の二文字が刻まれており、
その重厚な城門楼は古城の悠久の歴史を物語っています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
唐の武徳元年(618)に松州が置かれ、
貞観2年(628)に松州都督府が置かれる。
吐蕃のソンツェン・ガンポが唐に公主の降嫁を願い出るが拒否され、
貞観12年(638)に20万の大軍を率いて松州へ侵攻、
唐の松州都督の韓威は敗れ松州は陥落、
唐の太宗の命により吏部尚書が兵を率い松州へ進軍、
川主寺での戦いで唐軍が大勝し吐蕃軍は撤退する。
この後に唐の文成公主が吐蕃へ降嫁する。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
文成公主とソンツェン・ガンポ像: 北門前には、
松州古城のシンボルである文成公主とソンツェン・ガンポの
像があります。文成公主は唐の太宗の娘で、
ソンツェン・ガンポは吐蕃の王であり、政略結婚により結ばれました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
天宝12年(753)に松州都督府が4県を領し、
太和3年(829)に剣南西川節度使の李徳裕により城が築かれる。
明の洪武12年(1379)に御史太夫の平羌将軍が松州を攻略。
洪武13年(1380)に松州城が再建され工事に携わったのは
イスラム教徒の回族で、
この工事をきっかけに松潘に回族が定住することになる。
洪武16年(1383)に耿忠の指揮により城壁を煉瓦づくりにする。
嘉慶5年(1526)に城の改修が行われ松州城が完成。
清朝になると松州庁が置かれる。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
北門(鎮羌門)を潜り抜け古城内に入ります。
現在も主要道として利用されています。
かなり厚みのある重厚な城門です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
北門から古城内に入ると、昔ながらの街並みが広がり、
多くの土産物店や飲食店が軒を連ねています。
古城全体が観光地として昔風の建物に建て替えられており、
テーマパークのような雰囲気も楽しめます。
チベット族、チャン族、回族、漢族の四民族が暮らす
多民族文化の街でもあるため、多様な民族文化に触れることができます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
城内のメンストリートは常設店舗建物の他に様々な露天が
並んでいます。
マツタケやアミガサタケなど茸類が多種並んでいます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
時期的な事もあると思いますが、
キノコの乾物がけっこう売られていました。
値段は交渉制なので中国語が分からないと買いづらいかも。
日本ではとても高価なアミガサダケの乾物があり
ガイドの石さんに通訳してもらい購入してみました。
帰国後にスープや炊き込みご飯にして美味しく頂戴しました。
楽天市場では30gで2,380円もしますが
松州古城では50元(1100円)で300gくらい買えました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
こちらはチベットの牛の仲間、ヤクの串焼きを売っています。
一串、1元(22円)です。
ここではヤクの肉は食べませんでしたが、
どかの夕食の四川料理でヤク肉が出ました。
肉系はあまり好きじゃない私の感想ですが
味はま不味くも美味しくもないって感じ(^-^;。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
広西砂糖柑と何故か愛媛ミカンを売っていました。
広西省は桂林などのある四川省より南の省です。
愛媛ミカンは日本産ではなく、日本の品種という意味なのかなと
思います。
愛媛ミカンを買ってみましたが、大振りですが甘味が少なくイマイチ。
広西砂糖柑(クレメンタイン)は小粒だけど甘味が強く
中国人に人気だそうで、こちらを買えば良かったかな(^-^;。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
松州古城(松藩古城)は明時代(1526)に再建されましたが
街並みはおそらく近代に再建されたものだと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
明代の城内はおそらくせいぜい2階建てで
このような4階建ては無かったので
近代になって懐古風に造られたのでしょう。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:西門
松州古城(松藩古城)の西門は山の上にあり「威遠門」とも
呼ばれています。
威遠門はその名の通り「威厳をもって遠くを鎮める」という
役割を担っていました。
地理的に見ても、単なる城門と言うより見張りの砦のような
存在だったと思われます。
建物は近年再建されたものです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:東門
松州古城の東門は「覲陽門(きんようもん)」と呼ばれています。
この門は、東と西を結ぶ大通りの起点となっており、
飲食店やお土産屋が軒を連ねています。
石垣は明代に再建されましたが、建物は近代に再建されたものです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
城内のメインストリートは工事中で工事前は石畳だったようですが
全部はがされていて風情が無いのが残念です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
露天数も工事前に比べると
かなり少ないそうです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
北門からメインストリートを2/3ほど来ると屋根付きの橋があります。
松州古城内には長江の支流になる岷江が流れており、
その岷江に中国らしい屋根付きのクラシカルな古松橋が
架かっています。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
いかにも中国らしい古松橋の反り屋根。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
古松橋は城内を東から西に貫き南門から流れる岷江に架けられています。
古い建物が並ぶ古城の中で、川の流れと橋の風景は
独特の趣を醸し出しています。
古松橋はかつて歴史的な損傷を受けましたが、
1986年に再建されました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
古松橋の通路には露天商が並んでします。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
古松橋を渡り、左岸から古松橋を望んだ構図です。
橋の下を岷江が流れています。
岷江は成都市に水を供給する大河ですが
この辺りの川幅は7,8mしかありません。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:古松橋
中国らしい反り屋根がいつ頃から現れたのか、
具体的な時期を特定するのは難しいそうですが、
唐代(7世紀~10世紀)にはかなり洗練された形に
なっていたと考えられています。
秦・漢代: 緩やかな反り
唐代: より顕著な反り
宋・元・明・清代: 複雑な装飾と多様な形式 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門
メインストリートの向こうに南門が見えてきました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:
メインストリートから西に延びる脇道の向こうにも
中国らしい建物が見えていますが
時間が無いの残念ながらスルーします。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:
松藩県も地球的に言えば東アジアの一角なので
野菜は日本とそう大きな違いはありません。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門
松藩県は黄龍のある県ですが、
黄龍の観光客に比べると客数は格段に少なく
その観光客のほとんどは中国人のようです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
果物店の品揃えは日本には及びませんが
まずまずの品揃えではないでしょうか。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
白酒(パイチュウ)販売店がありました。
四川省は、中国の南西部に位置し、白酒という蒸留酒の
主要な生産地として知られています。
白酒は、トウモロコシ、高粱、黍、麦、米など様々な穀物を原料とし、
発酵・蒸留して作られます。
その製法によって豊かな香りが生まれ、
飲み干してもグラスに香りが残るのが特徴です。
アルコール度数は50度もあり、
オキシドールのように鼻にツンとくるような強さです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門
南門は延薫門とも呼ばれ、威風堂々とした城門です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門(延薫門)
散策ルートとしては北門から歩いてくるのが一般的ですが
門の規模からすれば、この南門(延薫門)が主要門だったと
思われます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門(延薫門)
城門をくぐり上記と反対方向から見た南門(延薫門)です。
城門入口前に四角い枠と半円状の扉があります。
この門扉は近年、映画やTVドラマ撮影用に
新しく造られたそうです。
創建当時はどんな門扉があったかは不明なようで
本当に時代考証をして造られたのか甚だ疑問です。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:南門(延薫門)
松州古城は明朝時代(1368年~1644年)に築城され、
全長6.2km、高さ12.5mの城壁に囲まれています。
この城壁は非常に頑丈で、厚さが国内で最も厚い12mに
達する場所もあります。
城内にはかつて軍事拠点として栄えた面影が残り、
チベット族やチャン族、回族、漢民族など
多様な文化が融合した風景を楽しめます。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
漢方の国だけあって乾燥させた薬草が様々売られていました。
当然、病気になればお医者さんに診てもらうのでしょうが
ちょっとした症状なら民間薬で治すのだと思います。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:城内
ヤクの乳で造られた乳製品のお菓子がたくさん売られていました。
四川省でもチベットに近いこの地域は四川と西蔵(チベット)
両方の影響が見られることから川蔵とも呼ばれ
チベット文化が息づいています。
このヤクの乳製品はヤクの乳を煮詰めて砂糖や乾燥果実などを
加え乾燥させた甘いチーズのようなオヤツです。
お値段も手頃で美味しいのでお土産に最適だと思います。
私的にはヨーグルト味がお気に入りです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
再び北門(鎮羌門)まで戻ってきました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
城門前の左右にブロンズ製のような騎馬像が建っていました。
松州古城が築城された明時代の騎士像かなと想像しますが
詳細は分かりません。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門(鎮羌門)
長い槍を見ていると映画
中国春秋戦国時代『キングダム』の将軍たちが
持って戦う異様に大きい矛(ほこ)や槍を思い出しました。
さすがに王騎将軍の持つ矛(ほこ)は巨大すぎじゃね? -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
北門(鎮羌門)ではチベット人によるチベタンダンスの
パフォーマンスが行われました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
踊り子(?)は皆、オジサン&オバサンたちなので
見た目の華やかさはありませんが、
日本の盆踊りのような感じで
とても近しく温もりを感じました。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
https://youtu.be/pW2yk0vbTac?si=ozfqUUvRJO1laP-j
<チベタンダンス> -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
男性陣の踊りはまるで鷹や鷲が舞っているような
勇壮でありながらとても優美な動きです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
インカやアステカなどの中南米民族も
よくパナマハットを被りますが、中南米のパナマハットは
エクアドルが起源だそうですが、
チベット男性のパナマハットの起源は何なんでしょうね? -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~松藩県:松州古城:北門城外
チベット人踊ての首にみな白いスカーフをしています。
これはカタと言いカタは、相手への尊敬や感謝、純粋な心を
表す贈り物です。お祝いの席だけでなく、何かを祈る時や、
大切な人との別れの時にも贈られます。
踊り手の人達は観顧客も一緒に踊ってくれた人などに
このカタを贈っていました。
正式には素材は絹だそうですが、一般的にはポリエステル等の
化繊素材のカタだそうです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~蕃坊絲路ホテル
※https://jp.trip.com/hotels/songpan-hotel-detail-8371748/fanfang-silu-hotel/
今晩の宿は松藩古城(旧市街)から200mほど離れた
新市街にある蕃坊絲路ホテルです。
外観は少しショボイですが、部屋は設備も広さも十分でした。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~蕃坊絲路ホテル:洗面所
備品やアメニティは高級ではありませんが
そつなく揃っていて十分で、バスタブもありました。
お湯になるまで少し時間がかかるので辛抱強く待ちましょう。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~蕃坊絲路ホテル:部屋
ベットルームもこぎれいで満足です。
床暖房だそうですが、松藩の規定で11月からの稼働のようです。 -
★秋の九寨溝絶景紀行(6)~蕃坊絲路ホテル:夕食
この蕃坊絲路ホテルは構造が複雑で、
夕食は一度外に出て隣り棟のレストランで中華バイキングでした。
今晩も四川料理ですが、美味しくいただきました(^^♪。
これで★中国・四川省~秋の黄龍:九寨溝:四姑娘山の絶景紀行
(九塞溝編6)+松藩古城はお仕舞です。
いつも最後までご覧下さりありがとうございます。
明日は同じ四川省ですが四姑娘山のある
四川省アバ・チベット族チャン族自治州へまる一日かけて移動です。
ではまた。 j-ryu
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