2025/07/18 - 2025/07/26
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noelさん
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2025年の夏は、スロベニア~クロアチア~バルカン半島を周遊しました。
アルバニアに関しての知識は、旅行前はほぼなくて、「アルジェリア」「アルメニア」「アルバニア」と時々混乱してしまうほど酷いものでした。
それだけ浅い知識しかないのに、行けてしまうのはツアーに組み込まれていたからこそ。
改めて、アルバニアについて「知る」旅となりました。
古くは新石器時代から、紀元前1000年頃には、イリュリア人が居住するようになりました。
その後、ギリシア人植民市が形成され、イリュリア人は古代ギリシア文化の影響を受けるようになりました。
ただ、紀元前2世紀にはローマ帝国によって征服されました。
その後、キリスト教の布教が進めら、4世紀末、ローマ帝国が東西に分裂し、東ローマ帝国に帰属しました。
14世紀以降はオスマン帝国による侵攻が始まりました。
ただ、スカンデルベグにより、一時的に侵攻は阻止され、独立が守られましたが、1478年にはオスマン帝国の完全支配下に入り、以後400年間にわたるオスマン帝国に支配されました。
その結果、支配階級によるキリスト教からイスラム教への改宗が進みました。
そのため、現在アルバニア人の半数以上がムスリムであるといわれています。
ただ、キリスト教徒から改宗したためか、現在も家にイコンを飾る風習などもあります。
1909年青年トルコ革命に刺激され、1912年国民蜂起が勃発し、新政府が形成され、独立宣言したのですが、列強の圧力によってドイツのウィート公ウィルヘルムがアルバニア大公に就任しました。
第1次世界大戦中はセルビア、イタリアによって占領され、紆余曲折あった結果、保守系のゾグ1世は 1925年大統領に、そして1928年国王に即位しました。そしてセルビアやイタリアの支持で独裁政治を行ないました。
第2次世界大戦中はドイツ、イタリアに占領されました。
1944年労働党(共産党)のエンベル・ホッジャを首班とする政府が発足し、人民共和国となりました。
ソ連とユーゴスラビアの国交回復、中国とソ連の対立とともに親中国路線をとりましたが、1976年頃から中国とも対立したため、国際的に孤立状態となりました。
1989年以降東ヨーロッパ改革の波により、1992年3月の総選挙で最大野党であった民主党による非共産政権が誕生しました。
【旅程】
7/18(金)
羽田(HND)21:45発(ターキッシュエアラインズ(TK199便))
7/19(土)
イスタンブール(IST) 4:50着
イスタンブール(IST) 7:15発(ターキッシュエアラインズ(TK1061便)
リュブリャナ(LJU) 8:30着【スロベニア】
↓
ブレッド10:00
ブレッド湖
聖マリア教会
ブレッド城
↓
ポストイナ15:00
鍾乳洞
↓
オパティア【クロアチア】18:30
7/20(日)
オパティア8:30
↓
プリトヴィイツェ13:00
プリトヴィッツェ湖群国立公園
↓
ザダル18:00
旧市街
7/21(月)
ザダル9:00
↓
スプリット11:30
ディオクレティアヌス宮殿
↓
モスタル【ボスニア・ヘルツェゴビナ】
スターリ・モスト
7/22(火)
モスタル8:30
↓
ドブロヴニク12:00
セルビア教会
ブラホ教会
スルジ山
城壁
フランシスコ教会
大聖堂
7/23(水)
ドブロヴニク8:00
↓
コトル【モンテネグロ】11:00
聖トリプン大聖堂
城壁内
海岸沿いドライブ
↓
ティラナ【アルバニア】20:00
7/24(木)
●ティラナ8:00
↓
●マザーテレサ広場
●スカンデルベルグ広場
●クロックタワー
↓
ベラート12:30
ベラート市内
ベラート城
↓
オフリド【北マケドニア】19:00
7/25(金)
オフリド8:15
↓
オフリド湖畔
聖ソフィア大聖堂
ローマ劇場
サミュエル要塞
聖ヨハネカネヨ教会
市内
↓
スコピエ15:30
市内
石の橋
マケドニア広場
バザール
↓
スコピエ(SKP) 20:20発(ターキッシュエアラインTK1006便)
イスタンブール(ISL) 23:00着
7/26(土)
イスタンブール(ISL) 2:00発(ターキッシュエアラインTK198便)
羽田(HND) 19:20着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
7月23日(水)
モンテネグロのコトルからアルバニアのティラナに向かっています。
国境では、17時頃から17時23分で手続き完了し、こちらは国境を越えた所です。
道路を牛が歩いていました。いきなりの光景に吃驚しました。おそらく、この放牧している牛かと思うのですが・・・。(-_-;)
ちなみに国境を超える前、モンテネグロ側ですが、汚い車があって捨ててあるのかと思ったら、行商の人の車でした。
車でナッツ類、西瓜、ジャム(手作り)、オリーブなど売ってました。
車のないおばあさんもいました。
ちょうど1日の仕事が終わったようで、この方たちは、仕事を終えると、国境を越えてアルバニア側に向かってました。 -
モスクのミナレットが見えます。
アルバニアはイスラム教徒(スンニ派・ベクタシュ派・無宗派)が約57%です。 -
こちらは教会のようです。
キリスト教徒(カトリック・正教会・福音派)が16%です。
他は無宗教・無神論者です。 -
イチオシ
川です。中州がありました。
静かな夕暮れ時です。 -
小さなモスクです。
やはりモンテネグロに比べるとモスクが多いです。 -
こちらはサービスエリアです。小さな公園もありました。
-
猫ちゃんです。
食べ物がほしくて、ついて来ました。
ごめんニャーさいね。ニャンにもなくて。 -
イチオシ
もうだいぶ陽が落ちてきました。
-
Amadeus Palace Hotel(アマデウス・パレス・ホテル)です。
この屋根の像は、アルバニアの国民的英雄であるジョルジ・カストリオティ・スカンデルベグです。
彼の像は他でも見ました。
彼は15世紀の封建領主であり軍閥で、オスマン帝国による占領に対する民衆の抵抗を率いました。
この屋根にある像はスカンデルベグの像で最大のもののようです。 -
20時10分、ようやくホテルに到着しました。
DORO CITYツアーで利用しました。 by noelさんホテル ドーロ シティ ホテル
-
まずは、荷物はそのままで夕食です。
-
夕食です。結構美味しかったです。
ドイツなどでもケーキにフォークが突き刺さっていますが、こちらも! -
洗面所
バスタブはありませんでした。 -
7月24日(木)午前6時
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1人で散歩に出かけます。
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ホテル前の様子です。
-
ホテルを出て、左方向に向かいました。
もうお店は開いていました。 -
子ども用の車のお店でした。
種類が多くて吃驚しました。 -
Tirana Ring center(ティラナ・リング・センター)
こちらはショッピングセンターです。 -
タクシー乗場
-
このビルは近代的で、しかもとても大きいです。
ちょっと意外でした。 -
この周辺は大通りです。
実はアルバニアは一時的に鎖国時代がありました。
1946年に王政が廃止され、アルバニア人民共和国が設立されました。
その後、ユーゴスラビアと断交し、また、ソ連を非難し、中国から援助を受けるようになりました。
ソ連を仮想敵国とし、国内にはコンクリートのトーチカや核戦争も想定した大型核シェルターなどが建設されました。
ただ、1976年に毛沢東主席が死亡し、中国が改革開放路線に変わると中国を批判し、そして援助もなくなり結果的に「アルバニアは世界唯一のマルクス・レーニン主義国家である」と宣言し、事実上鎖国状態になりました。
20世紀に鎖国していたとは・・・驚きです。
ただ、よく調べると、他にも「鎖国政策」していたわけではありませんが、海外交流を制限していた国は他にもありました。
カンボジア、北朝鮮、アルバニアです。
確かに・・・・・(;^_^A(;^_^A(;^_^A -
朝早いので交通量はほとんどありません。
ところで、1997年アルバニアでは暴動が起きました。
それは経済破綻を契機に起きました。
無限連鎖講(ネズミ講)が急速に広まり、社会問題となりました。
また、周辺国の紛争に対し武器を密輸し外貨を稼いでいました。
ネズミ講で集まった資金を、このように非合法事業の資金源としていました。
当時のサリ・ベリシャ政権は武器密輸とネズミ講、この2つの不法行為を黙認していました。 -
バス専用レーンもあります。
-
自転車置き場
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カフェもあります。
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ホテルの反対側から撮りました。
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車は右側通行です。
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オープンカフェもあります。
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バス停です。
ただ、物乞いの人もいました。 -
こちらは廃墟です。
-
さて、ホテルに戻りました。
-
お酒ではありません。
水道水です。白濁していました。
少しおくと透明になります。
飲まなければ問題ないということでした。
ただ、心配なので、歯磨きもミネラルウォーターにしました。 -
こちらは朝食です。
食欲があまりないので、これくらいにしました。 -
ホテルを8時に出発しました。
小さな川が流れています。
この川はLana River(ラナ川)という名前です。ラナ川 滝・河川・湖
-
この周辺は公園です。像があるようです。
-
こちらは広場になっています。
Polytechnic University of Tirana(ティラナ工科大学) -
Mother Teresa Square(マザーテレサ広場)です。
マザーテレサは、北マケドニアのスコピエ生まれです。
ただ、彼女の母はアルバニア人でした。
父はアルーマニア人(ルーマニア人と同系)ですが、アルバニア独立闘争で活躍しました。マザーテレサ広場 広場・公園
-
Presidenca(首相官邸)
ちなみにアルバニアは共和国です。 -
アルバニアの国旗は、赤地に黒い双頭の鷲が描かれています。
これは、アルバニアの独立を象徴しており、15世紀の英雄スカンデルベグの紋章に由来しています。
国旗は1992年に正式採用され、赤色は自由と独立の象徴、黒い鷲はアルバニアの誇りを表しています。
それにしてもこの国旗目立ちます!
アルバニア共和国国家「旗への讃歌」
♪我らの旗の周りに 我らは団結して起つ
ひとつの願い ひとつの目標とともに
神聖な宣誓をその旗に授ける
我らの救いのため 忠誠を誓う
戦いから逃れる者があれば
裏切り者が生まれる
真の男は恐れることなどない
彼は殉教者として死なん
戦いから逃れる者があれば
裏切り者が生まれる
真の男は恐れることなどない
彼は殉教者として死なん
武器を手に取り打ち振り
我らの祖国を護る
我らは決して神聖なる権利を誰にも渡さない
我らの地に敵の居場所はない
戦いから逃れる者があれば
裏切り者が生まれる
真の男は恐れることなどない
彼は殉教者として死なん
戦いから逃れる者があれば
裏切り者が生まれる
真の男は恐れることなどない
彼は殉教者として死なん♪
メロディは美しいのですが・・・。
歌詞は凄いです。
裏切り 敵 殉教者として死なん・・・とは。(-_-;) -
Piramida Tiraned(ティラナのピラミッド)
ティラナのピラミッドです。
社会主義指導者のエンヴェル・ホッジャを記念する博物館として1988年にオープンしました。
その後、社会主義崩壊に伴い、現在は廃墟となり中には入れません。
敷地には「平和の鐘」があるようです。
1997年の暴動で出回った銃弾の薬莢を溶かして作られたようです。
鐘には「私は銃弾として生まれたが、子どもたちの希望を願っている。」と刻まれているようです。エンヴェル ホジャのピラミッド 建造物
-
Lana River(ラナ川)の上の橋です。
モダンアートのスティールのカラフルでユニークな像がありました。
橋に座っていたり、歩いていたり・・・。ダシュモラト エ コンビット大通り 散歩・街歩き
-
これは日本人建築家の藤本壮介氏が設計したアートインスタレーション「Reja(レジャ)」です。通称「The Cloud(クラウド)」です。
元々はロンドンのサーペンタイン・ギャラリー・パビリオンとして制作されたものです。
2016年5月28日からティラナの国立美術館前の広場に移設されました。
白の鉄骨を組み合わせが、まるで雲のようです。 -
BUNK'ART, Tirana(バンク・アート・ティラナ)
「Bunker」と「Art」
バンク・アートの2です。
トーチカになっています。
トーチカは、一般的に円形や方形などの単純な形です。
全長が数メートルから十数メートル程度です。銃眼となる開口部を除いて壁でよく保護された防御施設です。
他にも土嚢で作ったものもあります。
アルバニアのトーチカは冷戦時代の要塞として遺産になっています。
当時は75万ものトーチカが建造されました。
1981~1986年の社会主義時代に建てられました。
当時の国務省の職員が避難できるようになっていて、化学兵器や核兵器にも耐えられるよう設計されてます。バンクアート2 博物館・美術館・ギャラリー
-
Skanderbeg Head Building(スカンデルベグ・ヘッド・ビル)
奇妙な形ですが、人の顔になっています。 -
自転車置場です。
-
ここティラナでは面白い形のビルをたくさん見ます。
実はアルバニアにとって有名な日本人がいます。
それは建築家の丹下健三氏です。
日本では「世界のタンゲ」と言われました。
復興のコンペでアルバニアのために奮闘し活躍しました。 -
左にはOrthodox Cathedral of Resurrection(復活の)正教会とドームがあります。
この教会はバルカン半島の正教会の中でも最大規模の教会です。
アルバニア正教会の建立20周年とアナスタシオス大司教の選出を祝うため建設されました。大聖堂のドームの高さは32.2m、天井の高さは46mです。 -
右にはATTI Tower 、4 Ever Green Towerが見えます。
4 Ever Green Towerは、ホテルと商業施設が入っているビルです。95mの高さです。スカンデルベグ広場 広場・公園
-
オペラハウス
-
モスクもあります。
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I LOVE TIRANA
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奥の建物は州政府機関
そして手前には勇ましい像があります。 -
左はインターコンチ
右はSkanderbeg Head Building(スカンデルベグ・ヘッド・ビル) -
中上:MANASTIR
中央:LEZHE
右上:LUSHN
右中:SKRAPAR -
中央:KRUJE
右中:PERET -
中央:GJIROKASTER
-
中央:KALIVAC
このように様々な種類のタイルがありますが、これには産地の名前が刻まれています。 -
メリーゴーランドもありました。
-
螺旋状の階段を降りるとトイレです。
中央に木があります。倒れないように支えがあるようです。
実はこのトイレは無料の公衆トイレなのですが、同じツアーの方が、ここにいたおばあさんから2ユーロ支払うように言われたそうです。
後にこれをガイドさんに申し立てたところ、おばあさんは、ガイドさんに注意されてました。
でも、腑に落ちないのか、おばあさんは怒鳴ってました。
他にもこの周辺では日傘や扇子などの物売りがいました。
ガイドさんも、自国の人とはいえやるせないでしょうね。
そういえば、この国に入国する際にも、物売りの人がいたことを思い出しました。 -
Muzeu Historik Kombetar(国立歴史博物館)
「アルバニア人」
アルバニアの民族英雄スカンデルベグを描いたモザイク状の壁画です。
この壁画には民衆像が描かれています。
古代、中世、民族の復興期、独立、第二次世界大戦、社会主義時代と、アルバニアの歴史の変遷がわかります。
また、アルバニア最古のモザイクなどの出土品なども展示されています。国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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Equestrian statue of Skanderbeg(スカンデルベグの像)
中世のアルバニアの君主であり英雄です。
オスマントルコに抵抗し、アルバニアの独立運動と国民統合に多大な功績を納めてます。
「スカンデルベグ(Skanderbeg)」の名前の由来は、アルバニアの民族的英雄ゲオルゲ・カストリオティ(Gjergj Kastrioti)に由来します。
彼の名前は、アラビア語の「イスカンダル」(アレクサンドロス大王)にちなんでいます。
その勇敢さとその戦略的才能を称えてつけられました。
本名は「ゲオルゲ・カストリオティ(Gjergj Kastrioti)」です。
ちなみに、この時代オスマン帝国のヨーロッパへの拡大を遅らせた英雄は次の人物がいます。
ハンガリーのフニャディ・ヤーノシュとワラキアのヴラド・ツェペシュです。
なお、ヴラド・ツェペシュは「ドラキュラ公」「串刺し公」と言われた君主です。
この像は高さ11mあります。
スカンデルベグ(本名はジェルジ・カストリオティ)は、1405年~1468年の人物です。
この像は、アルバニアの彫刻家、オディセ・パスカリによって作られました。青銅製です。
スカンデルベグの死後500年を記念して1968年に除幕しました。
この像のように勇ましい人だったのでしょう。スカンデルベグ像 モニュメント・記念碑
-
Xhamia e Et'hem Beut(エトヘム・ベウ・モスク)
1789年に建設が始まり、1823年に完成しました。
町の創設者スレイマン・パシャの子孫のエトヘム・ベイによって建てれれました。
ゾグー1世が退位した後はアルバニア共産党が政権を握り、「アルバニア社会主義人民共和国」となり、この時代は「無神論国家」を唱えたため、モスクは閉鎖されました。
入口部分と内部はフレスコ画が描かれているようです。
川沿いの当時の街並みや橋などが西欧の画家によって描かれてます。
イスラム美術にしては珍しいことと思います。ジャーミア エトへム べウト 寺院・教会
-
1991年1月18日、このモスクは政府の許可を得てはいなかったものの、約1万人の人々が旗を掲揚し、崇拝の対象として復興しました。
これに警察は介入しませんでした。
これはアルバニアの信教の自由の復活の礎となりました。 -
この建物には、外壁にフレスコ画が描かれています。
木や滝や橋などを描写したイスラム芸術の作品が見られます。 -
The Clock Tower of Tirana(ティラナの時計塔)
1928年に建てられました。
シンプルな石造りの塔で、四方に時計があります。
また、天井部はピラミッド型になっています。
塔に登ることもできます。
高さは30mあります。
また、付属の博物館もあります。時計塔 建造物
-
ティラナのランドマーク的な存在です。
-
道幅が広いので2両編成の連結バスも走っています。
日本だったら交差点を曲がり切れないでしょう。 -
本当に珍しいビルが多いです。
モダニズム建築のようです。
カタルーニャのモダニズムの先駆者としてはガウディがいます。
フランスでは、ル・コルビュジエが活躍しました。
日本人では丹下健三が活躍しました。日本国内のみならず、このアルバニアにも多大な貢献をしました。
※ 丹下氏は、外国誌のル・コルビュジエの記事に感銘を受け建築家を志しました。
それにしてもこのビル、突出した部分があるのですが、落ちないかちょっと心配です。下世話ですが・・・。(-_-;) -
日本では絶対に見かけないような建物です。
色もカラフルですし、個性豊かです。使い勝手はわかりませんが。 -
ティラナを離れて、次はベラートに向かいます。
-
農村の光景です。
-
ハートのQueenのカードです。
Hotel & Casino(ホテル&カジノ)とありますが、カジノもあるのでしょうか。
ところが、2018年に施行された改正「賭博」法により、全てのスポーツおよびオンライン賭博、各種競技、ビンゴ、カジノが閉鎖されたようです。
この法律は、アルバニア共和国における全ての「ギャンブル」の閉鎖です。
政府はこの決定を「後戻りできない」と強調しています。
アルバニアは、コソボとともに、ヨーロッパでギャンブルとオンライン賭博に関して最も厳しい法律を制定している国です。
アルバニアでのあらゆる種類のギャンブルやスポーツ賭博は法律で禁止されています。
アルバニアの当局によって認可されたのは、全国宝くじのみです
まだまだアルバニアは謎だらけです。
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