2025/07/18 - 2025/07/26
2080位(同エリア2098件中)
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noelさん
この旅行記のスケジュール
2025/07/22
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バスでの移動
モスタル:8時30分→ドゥブロヴニク:12時
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プロチェ門:12時10分
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Dundo Maroje(レストラン):12時20分→13時20分
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Serbian Orthodox Church(セルビア正教会)13時30分→13時35分
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Church of St Blaise(聖ブラホ教会)13時40分→13時45分
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プロチェ門城壁外の砲台付近:14時頃(待ち合わせ)
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徒歩での移動
プロチェ門:14時頃→ロープウェイ乗り場:14時06分
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その他での移動
ロープウェイ→スルジ山:14時20分頃到着
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スルジ山:14時20分→15時10分頃
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その他での移動
スルジ山→ブジャ門
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ブジャ門:15時15分→クロックタワ:5時20分→プラッツァ通り→オノフリオの大きな泉:15時30分
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聖母被昇天大聖堂→城壁(聖ルカ要塞):16時07分
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城壁ウォーク:16時07分→カフェ・バー・ミンチェッタ:16時25分→出口:16時50分
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聖フランシスコ修道院博物館:16時50分→マラ・ブラーチャ薬局:17時05分頃→聖フランシスコ教会
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聖母被昇天大聖堂:17時30分頃
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Lokanda Peskarija(レストラン):18時→18時40分頃
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旧港→聖イグナティウス教会付近:18時50分頃
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プロチェ門付近:19時頃
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バスでの移動
プロチェ門付近19時すぎ→ホテル:19時45分頃
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この旅行記スケジュールを元に
2025年の夏は、スロベニア~クロアチア~バルカン半島を周遊しました。
今回の旅の1番の目的がドゥブロヴニクでした。
「 Dubrovnik as the pearl of the Adriatic Sea」
(アドリア海の真珠、ドゥブロヴニク)
George Gordon Byron(ジョージ・ゴードン・バイロン)の言葉です。
このキャッチフレーズにはドゥブロヴニクの素晴らしさが凝縮されています。
実は前年、ギリシャのイドラ島に行った際にも、彼に関した博物館がありました。
ここのところバイロンには、ちょっとだけご縁があるようです。
次いで、George Bernard Shaw(ジョージ・バーナード・ショー)の
「Those who search for paradise on earth should come and see Dubrovnik.」
(地上の楽園を求める人はドゥブロヴニクに来て見るべきです。)
この魅力的な言葉は、確かに写真からもわかります。
せっかくなので、バーナード・ショーについてですが・・・・。
彼はアイルランド(一族は元はスコットランド貴族で、17世紀にアイルランドへ移住して来たピューリタンの家柄)の文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリストでもあります。
ヴィクトリア朝時代から近代にかけて、イギリスやアメリカ合衆国など英語圏の国々で功績を残しています。
94歳で亡くなりましたが、それまでにたくさんの戯曲を残しました。
ノーベル文学賞も受賞しています。
「My Fair Lady(マイフェアレディ)」の原作者でもあります。
また名言も数多くあります。例えば・・・
「The words spoken determine the value of the person.」
口にする言葉がその人の価値を決める。
「Life isn’t about finding yourself. Life is about creating yourself.」
人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである。
「There are two tragedies in life. One is to lose your heart’s desire. The other is to gain it.」
人生には2つの悲劇がある。1つは願いがかなわぬこと、もう1つはその願いがかなうこと。
「Most people do not pray; they only beg.」
神に祈る人間などほとんどいない。ただ物乞いをしているだけだ。
この他にも数々の教訓となる言葉があります。また辛辣ながら納得できる言葉も数多くあります。
そんなわけで言葉のマジックではないのですが、ショーの言葉には説得力がありました。
これらが、私をドゥブロヴニクに引き寄せた理由です。
【旅程】
7/18(金)
羽田(HND)21:45発(ターキッシュエアラインズ(TK199便))
7/19(土)
イスタンブール(IST) 4:50着
イスタンブール(IST) 7:15発(ターキッシュエアラインズ(TK1061便)
リュブリャナ(LJU) 8:30着【スロベニア】
↓
ブレッド10:00
ブレッド湖
聖マリア教会
ブレッド城
↓
ポストイナ15:00
鍾乳洞
↓
オパティア【クロアチア】18:30
7/20(日)
オパティア8:30
↓
プリトヴィイツェ13:00
プリトヴィッツェ湖群国立公園
↓
ザダル18:00
旧市街
7/21(月)
ザダル9:00
↓
スプリット11:30
ディオクレティアヌス宮殿
↓
モスタル【ボスニア・ヘルツェゴビナ】
スターリ・モスト
7/22(火)
モスタル8:30
↓
●ドブロヴニク12:00
●セルビア教会
●ブラホ教会
●スルジ山
●城壁
●フランシスコ教会
●大聖堂
7/23(水)
ドゥブロヴニク8:00
↓
コトル【モンテネグロ】11:00
聖トリプン大聖堂
城壁内
海岸沿いドライブ
↓
ティラナ【アルバニア】20:00
7/24(木)
ティラナ8:00
↓
スカンデルベルグ広場
マザーテレサ広場
クロックタワー
↓
ベラート12:30
ベラート市内
ベラート城
↓
オフリド【北マケドニア】19:00
7/25(金)
オフリド8:15
↓
オフリド湖畔
聖ソフィア大聖堂
ローマ劇場
サミュエル要塞
聖ヨハネカネヨ教会
市内
↓
スコピエ15:30
市内
石の橋
マケドニア広場
バザール
↓
スコピエ(SKP) 20:20発(ターキッシュエアラインTK1006便)
イスタンブール(ISL) 23:00着
7/26(土)
イスタンブール(ISL) 2:00発(ターキッシュエアラインTK198便)
羽田(HND) 19:20着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルから、クロアチアのドゥブロヴニクに、再び国境を越えて向かいます。
運転手さんにパスポートを預けて手続きしてもらいました。
今回はバスに乗ったままです。
10時25分に手続きをして、10時58分に完了しました。
こちらはSton(ストン)の辺りだったかと思います。
牡蠣や塩田で有名な街です。
遠くには橋がかすかに見えます。 -
Minceta Tower(ミンチェッタ要塞)です。
城壁の外側から見ています。 -
Ploce Gate(プロチェ門)から入場します。
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ちらりと見えるのはChurch of St. Dominic(ドミニコ修道院)の鐘楼です。
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St. Blaise(聖ブラホ)がお迎えしてくれてます。
ドゥブロヴニクの守護聖人です。
街の至る所に像が見られます。
通常は司教の帽子をかぶり、杖を持ち、手にドゥブロヴニクの街の模型を抱えている姿で表現されています。
これは「街を守る者」としての象徴です。
聖ブラホは3~4世紀にアルメニアで活躍した司教で、喉の病を癒した奇跡から「喉の守護聖人」としても信仰されています。ドゥブロヴニクでは彼の加護によってヴェネチア軍の襲撃を防いだという伝説があり、それ以来、街の守護聖人として崇敬されてきました。
316年に殉教しました。 -
Dubrovnik 1-day Passドゥブロヴニク・パス・1日券です。
これを提示すると、City Walls(城壁)、 Lovrijenac Fort(ロヴリイェナッツ要塞)・・・総督邸、海洋博物館等々に入れます。 -
小さな門をくぐって細い道を通り抜けます。
この時、だいたい12時位です。
この後、14時にガイドさんと待ち合わせのため、その間は各自でランチです。
もっとも無理して食べなくてもいいのですが。 -
Dundo Maroje(レストラン)
城壁内に入ってすぐにランチにすることに。
主人がトイレに行きたがるので、まずはレストランに入ることにしました。
モスタルから車で移動しただけで、ほとんど動いていないので、私のお腹は空いてないのですが。(-_-;) -
お店はプラッツァ通りに面していました。
トイレに行きたいと言ったため、通りから奥のトイレの近くの席になりました。
でも、席の目の前にChurch of St. Nichotas(聖ニコラス教会)が見えます。
ツアーのため、予約はしてなかったのですが、別のお店に目星をつけてました。
ただ、お目当てのお店は少し先になります。
なかなか計画どおりにはいきません。 -
この路地が席です。
暑くないよう日除けのシェードがあります。 -
席の先の左は階段になっています。
ちょっと素敵な路地です。
こちらを通る方々が、写真を撮っていましたので、真似して撮ってみました。 -
たこのカルパッチョ
季節のサラダ
魚介のパスタ
ビールと7up
これで61.6ユーロ
チップ込で64.68ユーロでした。
1ユーロが176.26円
11,401円
クレジットの決済端末には、チップをカードで支払う際に、何パーセントにするか4段階の選択肢がありました。私は5%にしました。
10%にしようかな~と思いつつ、ちょっとケチだったかも・・・。
端末では、これを選んでプッシュするだけでOK。便利でした。 -
Serbian Orthodox Church(セルビア正教会)
プラッツァ通りと平行した道ですが、路地に入った所にあります。
狭い通りなので、教会の全景を撮るのは困難でした。 -
教会内の様子です。
イコノスタシスです。金色に輝いてまばゆいばかりです。
セルビア正教会は初めて入りました。
聖所の上には最後の晩餐が描かれています。
また、洗礼者ヨハネによる洗礼や受胎告知の場面の聖画もありました。 -
聖人の聖遺物を納めた聖遺物箱(レリクアリ)
この聖遺物箱は、おそらく地元で崇敬されるSt. Blaise(聖ブラホ)、あるいはセルビア正教の重要人物(聖サヴァ、聖ゲオルギオスなど)の遺物を納めていると思われます。 -
聖サヴァの教会独立の授与(1219年)
中央の跪く人物:聖サヴァがコンスタンティノープル総主教庁からセルビア正教会の自治を授かる場面。
周囲の聖職者たち:東ローマ帝国の聖職者や修道士たちが、聖サヴァの信仰と知恵を認めている様子。
背景の建築:ビザンティン様式の教会建築は、霊的権威と歴史的重みを象徴。
この場面は、セルビア正教会の成立を記念するものです。 -
天井も淡い色調で綺麗です。
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Dormition of the Mother of God(神の母の就寝)
中央には聖母マリアが、横たわる姿で描かれ、天に召される直前の状態を表しています。
彼女の顔は穏やかで、死ではなく「神のもとへの帰還」として描かれています。
また、十二使徒が集まり、聖母の最期を見守っています。
彼らの表情は悲しみと敬意に満ちており、聖母の霊的な偉大さを讃えています。
この宗教画は聖母マリアの霊的な旅立ちを通じて、信仰の深さと死後の希望を描いています。
単なる死ではなく「神との再会」「霊的な目覚め」として描かれています。
聖母の穏やかな表情や、使徒たちの祈りの姿には、信仰の美しさが凝縮されています。 -
小さな教会ですが金色に煌めいて豪華です。
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同じ敷地内にあるイコン博物館です。
時間があったら、ゆっくりイコンも見たかったです。
ただ、残念ながら主人に急かされました。 -
Monument of Marin Držić(マリン・ドルジッチ像)
総督邸付近にあります。
有名な作家マリン・ドルジッチの銅像です。
幸運を祈ってみんなが撫でてるので、ちょっとてかってました。 -
Church of St Blaise(聖ブラホ教会)
この教会は1715年にヴェネツィア・バロック様式で建設されました。
ドゥブロヴニク元老院は、14世紀に建てられたロマネスク様式の旧教会の跡地に新しい教会を建てるよう要請し、ヴェネツィアのマリーノ・グロッペリによって1706年に建設されました。
教会は地震で被害を受け、1706年の壊滅的な火災で完全に破壊されました。
銀製の聖ヴラホ像を除いて、すべてが炎の中で消え去りましたが、聖ヴラホ像は奇跡的に難を逃れました。
プリイェコの聖ニコラス教会に避難し、その後は1715年に元の場所に戻されました。
ドゥブロヴニクの人々は、この像に次のような碑文を刻みました。
「金、銀、青銅でできた他のすべての像は火災で溶けてしまったのに対し、聖人の像は奇跡的に無傷でした。」この像はドゥブロヴニクで最も重要な像の一つであり、聖人が手に持っている街の模型からは、当時の街の建築様式がうかがえます。 -
聖ブラホ像です。
聖ヴラホは10世紀からドゥブロヴニクの守護聖人として崇められています。
ドゥブロヴニクの年代記によると、10世紀、ヴェネツィア人がグルージュとロクルム島の手前に船を停泊させた時、聖ヴラホがドゥブロヴニクの人々を救ったとされています。ドゥブロヴニクの人々は、食料と飲み物を補給したらレバントへ出発するというヴェネツィア人の約束を信じました。
ヴェネツィア人たちはこの機会を利用して街を観光し、街の防衛の弱点を観察しました。しかし、聖ヴラホは教区司祭ストイコに彼らの意図をあかし、街を夜襲から救いました。
聖ブラホは長いあごひげを生やし、司教の帽子をかぶり、手に杖を持った白髪の老人として描写しています。
先ほどプロチェ門でも見ましたが、街の壁や塔にある聖ヴラホの像があります。 -
身廊から祭壇付近の様子です。
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中央の像は聖ヴラホです。
司教服とマントをまとっています。この像は杖を掲げているようです。
上部には半円形のステンドグラスがあります。
赤や紫色の衣を着た司教や聖人が描かれているようです。
また、絵画は信仰と神の言葉を象徴する預言者や使徒のようです。 -
天井を見上げた様子です。
真白でした。 -
この白い大理石像はイエス・キリストです。
おそらくChristus Resurrexit(復活のキリスト)です。
両手を広げて死に打ち勝った復活の姿の典型です。
平和と赦しを示しています。
また、上の絵は聖母子かヨセフも描いた聖家族かと思います。
背後に光源があり神の祝福を象徴してます。
イエスの生涯の始まり(誕生)から終わりと勝利(復活)を示しているようです。 -
ちょっと見えにくいのですが、
聖母子と守護聖人の聖ヴラホの絵です。
この構図は都市の守護・信仰の象徴として描かれています。
聖母マリアは神の母(Theotokos)として、都市全体の守護を象徴します。幼子イエスが祝福する姿は神の恩寵がこの地に注がれていることを示しています。
聖ヴラホは都市と市民を代表して聖母子に祈りを捧げています。
この絵は「聖ヴラホがマリアとイエスに都市の保護を祈る」場面です。
ドゥブロヴニクの永遠の加護の象徴です。
構図上でも下に聖ヴラホ(市民を象徴)、上に天上の聖母子があり、聖人を通して神の恵みが地上に届くというカトリックの世界観が表わされています。 -
Lector's Palace(レクターズ宮殿・総督邸)
もう時間です。
中には入りませんでした。 -
一旦城壁内から外に出ます。
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城壁外から旧港を眺めた様子です。
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砲台がありました。
大砲の狙いはOtok Lokrum(ロクルム島)に向いています。(-_-;) -
イチオシ
Stara luka(旧港)です。
手前に見えるのは、Tvrdava sv Luke(聖ルカ要塞)です。
美しい眺めです。 -
Tvrdava sv Ivana(聖イヴァン要塞)が見えます。
旧港からロクルム島行きボートが出ています。 -
跳ね橋の門から城外にでます。
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スルジ山へのロープウェイに乗るため移動中です。
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ロープウェイ乗り場にやって来ました。
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こんなところにも・・かつての悲惨な面影が残されています。
内戦中のドゥブロヴニク(1991~1995年)
独立戦争博物館が、ロープウェイを登った所にあるようです。 -
チケットはこちらで購入します。
日本語表記もありました。 -
ちょっとだけ登ったところです。
中央に階段がありますが、ここからスルジ山に行けそうです。
ちょっと大変ですが。 -
かなりの高さまで登って来ました。
ただ、ロープウェイの前の方は眺めがいいので、陣取られてしまいました。 -
ロクルム島が見えます。
700m先にあります。
そしてボートが30分おきに出ています。
3つの綺麗なビーチがあるようです。 -
こちらは、スルジ山から旧市街方向ではなく、左側の様子です。
ここは日陰で、ベンチらしき物もありました。
風がとても心地良く、この場所を離れがたかったです。
他にも涼んでいる方がいました。
この夏の旅で、1番風が心地良かったのは、この景色の見える場所だったかもしれません。
旧市街が見える側は、眺望は良いのですが陽が当たって暑かったです。 -
大きな十字架です。
下からこの十字架が見えたかどうかは不明ですが、この周辺では小高い山や丘に十字架があるのを、何度も見かけました。
ちなみにこの標高412mにある十字架は、独立戦争後に建て直されたもののようです。 -
美しい眺めです。
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望遠鏡もありました。
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←には要塞・円形劇場・十字架(記念碑)・バギーサファリ・パノラマジップラインなどがあります。
たしかにバギーを見ました。こんな山の上ですが・・・山の上だから楽しいのかもしれません。ただ、ジップライン・・怖そうです。(-_-;) -
要注意なのは、ビュースポットらしき表示があったので行ったら、そこは有料だと言われました。
諦めて戻りました。ちょっとぼったくりっぽいような・・・。
ここは無料です。(さほど景色は変わりません。)
白いパラソルが見えますが、これはレストラン(カフェ)です。 -
では、下りもロープウェイを使います。
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旧市街に戻って来ました。
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横断歩道を渡って、Vrata od Buze(ブジャ門か)ら城壁内に入ります。
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これは1991年から1992年にかけて旧ユーゴスラビア軍、セルビア人、モンテネグロ人によるドゥブロヴニク侵攻被害のあった地図です。
▲:直撃により屋根が損傷
□(赤):焼失した建物
△:破片により屋根が損傷
●:歩道への直撃
地図を見るとほぼ全域、被害があります。 -
Clock Tower of Dubrovnik(ドゥブロヴニクの時計塔)
時計塔は1444年に建てられ、15世紀以来何度も再建されてきた歴史的ランドマークです。旧市街の中心、ストラドゥン通り(=プラッツァ通り)の東端に位置し、Luža Square(ルジャ広場)に面しています。
高さは31mです。塔の上部には巨大な青銅製の鐘があり、時間を告げる役割を果たしています。塔のデザインは周囲の建物と比べて独特で、下部には大きな時計と日時計が見られます。
鐘の両側に立つ2体の青銅像は「ジャクマール(Jaquemarts)」と呼ばれる機械仕掛けの鐘打ち人形で、地元では「Zelenci(緑の人たち)」という愛称で親しまれています。
これは、アドリア海の塩に長年さらされた結果、緑色に変色したことに由来します。毎日正午に鐘を打ち鳴らし、街に時間を知らせています。 -
プラッツァ通りです。
ドゥブロヴニクのメインストリートです。
レストランやショップがたくさんあります。
結構暑いです。日陰を選んである行きました。 -
この通りはお店でいっぱいです。1階は店舗で上は住居になっているはずです。(私が聞き間違えてなければ・・・。)
このプラツァ通りは、昔は海峡になっていました。
北と南に分かれて異なる民族が居住していました。
その後、12世紀になって埋め立てられて現在のようになっています。 -
Onofrio's Large Fountain
こちらはピレ門の近くにあるオノフリオの大きな泉です。
これに対し、プラッツァ通りの反対の時計塔付近には小さな噴水もあります。 -
ご覧のように皆さん泉の水を飲んでいます。
私は昨年エジプトお腹を壊しているので、飲みませんでした。
ただ、ツアーで一緒の方々は、飲んでる方が多かったのですが、大丈夫だったようです。その後も調子悪くなった方もいなかったようです。
水は冷たく美味しかったそうです。 -
「TOTO LIBERTAS」これは、ロヴィリイェナツ要塞の門の上に刻まれた碑文ですが、様々な言語で表されています。
日本語もありました。
「どんな黄金をもってしても、自由を売ってはならない。」とのこと。
自由はどんな財宝をもってしても買えません。それを1番よく知っている国の言葉です。 -
白トリュフの塩を買ってくるように言われてたので探してました。
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こんなに細い路地もあります。
実は路地の方が日陰になります。ただ空気の流れは良くないですが。 -
ホテルです。しかも5つ星
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カフェやお店で賑わっています。
青空市場付近です。 -
Katedrala Uznesenja Marijna(聖母被昇天大聖堂)
これは北側から見た様子です。
かまぼこ型(半円型)の窓が印象的です。 -
残念ながら修復中でした。
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ブルーのベンチが並んでいます。
何のためのベンチでしょうか・・・。
光のショーとかプロジェクションマッピングとかでしょうか?
ちょっとだけ座らせていただきました。 -
こちらから入れそうです。
この時は入らずに通り過ぎます。 -
Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)
ドゥブロヴニクで撮影が行われてます。 -
こちらは1つ星のレストランです。
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さていよいよ城壁に登ります。
入口は少しわかりにくいのですが、聖ルカ要塞にあります。
時間は8時から19時30分までです。
暑い時期は朝の早い時間の利用者が多いようです。
この時間は1番暑い時間です。
日陰はないので覚悟して登ります。
大人40ユーロ、子ども15ユーロです。 -
階段を登った所です。
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城壁から眺めています。
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ドミニコ修道院の鐘楼が見えます。
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オレンジ色の屋根が美しいです。
城壁は8世紀頃築かれました。そして街の発展に伴い拡張され、16世紀には現在のようになっています。
城壁1周コースは約2時間です。 -
イチオシ
海も見えます。
城壁の歩き方として、お勧めのコースで回ってます。
主人は海側は回らないのかと言いますが、そのためには1周しなければなりません。
そして1周回る気は更々ないようです。 -
城壁の回り方は一方通行です。半時計回りになっています。
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Caffe bar Minceta(カフェ・バー・ミンチェッタ)
早々に休憩です。私は城壁ウォークを終えてからジェラートを食べたかったのですが。
とりあえず、ここではレモンジュースにしました。
7ユーロ×2=14ユーロ
2,467円でした。(-_-;)
城壁価格なので仕方ありません。でも美味しかったです。生き返った~! -
正にここが城壁であることを感じています。
ここから狙いを定めたでしょうか。 -
右の中央付近にはLovrjenac(ロヴィリイェナツ要塞)が見えます。
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ミンチェッタ要塞ですが、上に登る事ができます。
かなり狭いので、1人しか通れません。 -
Crkva sv. Lovrijenac (Lovro)(ロヴィリイェナツ要塞)が見えます。
1人だったら絶対に行きましたが、主人の体力を考えて諦めました。
残念です。
長い間、ドゥブロヴニクを守った砦です。
アドリア海に突き出た岩の上という素晴らしいロケーションのため、別名『ドゥブロヴニクのジブラルタル』とも言われています。 -
不思議なことに、右下にバスケット・コートがあります。
しかも、バスケットしてました。
実際に人が住んでいて、生活しているのことを実感しました。 -
イチオシ
スルジ山から見た時とは、また違った旧市街の美しい眺めです。
まさにアドリア海の真珠です。 -
城壁内と城壁外の境目です。
中央右下付近の半円形のような所はピレ門です。 -
聖フランシスコ修道会の鐘楼が見えます。
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右方向はそのまま城壁上を歩きたい方はどうぞ。
降りたいくせに、右に行こうとしてます。
そのまま行ってもいいのですが、逆行できないので降ります。 -
城壁を降りた所です。
先程来たオノフリオの泉の広場です。 -
Franciscan Monastery Museum(聖フランシスコ修道院博物館)
博物館はドゥブロヴニクパスで入場できます。 -
回廊ー南壁 2009年から2012年にかけて保存修復しています。
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このフレスコ画はアッシジの聖フランチェスコの生涯を描いています。
「彼は父親に衣服を返し、夢はフランチェスコがキリスト教を支えることを明らかにした。」ことを表しています。 -
聖フランチェスコが神の命令によって馬を売り、荒廃した教会を修復する様子を描いたものです。
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このレリーフは聖フランチェスコと修道士たちを描写しています。
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聖フランチェスコが天国で崇高な存在として描かれているようです。
天国の玉座で弟子が彼を見ると、2振りの燃える剣が輝いていました。 -
人生を無駄にせず、敬虔な心で過ごすことの重要性を説いています。
時計の周りには、常に純粋な心で人生の時を過ごせるよう表しています。 -
Danse Macabre(死の舞踏)の要素を含んでいるようです。
人生の儚さと、人生を正しく生きることの重要性を説いています。
「死は私たちにとって最も確実なものだが、その時(死の時刻)は最も不確実なものである。」という意味です。 -
たくさんの遺物が残っています。
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16世紀のビザンチンのイコンです。聖母子です。
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16世紀のItalo Creta School(イタロ・クレタ派)の受胎告知です。
ちなみにイタロ・クレタ派とは、ビザンチン様式とイタリアのルネサンス様式が融合した様式のことです。
15-16世紀にかけて当時ヴェネツィアの支配下にあったクレタ島で栄え、宗教画の制作を担いました。エル・グレコもこの派から影響を受けたようです。 -
The Miracles of St. Antony(聖アントニオの奇跡)
16世紀ドゥブロヴニク
Franjo Matijin(フランホ・マテシン)
クロアチアの画家であり、作家です。 -
10-12世紀の羊皮紙に書かれた教皇、典礼や聖書朗読の日課表等
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St. Catharine(聖カタリナ)
17世紀 ルネサンス画家(不明) -
十字架のイエス
他もイエスのフレスコ画のようです。(解説を撮ったもののボケてしまって判読できません。) -
Arm Reliquary(聖人の腕の形をした聖遺物容器)など
金属細工の宝物です。
聖人の腕の骨などの遺物を含み、祝福のジェスチーで掲げられ、祭壇に置かれたり、信者の前を練り歩いたりするために用いられました。
こちらはいずれも15世紀のものです。
St.Laurence (聖ローレンス)
St. Serge(聖セルゲ)
St. Vladislav(聖ウラジスラフ)セルビアの王でした。 -
Foot Reliquar(聖人の足の形をした聖遺物容器)など
St. Margaret(聖マーガレット)
St. Blaise(聖ブラホ)
15世紀 -
舟型の香炉
-
Chalice(聖杯)
15-18世紀 -
Ecce Homo
15世紀 作者不明 -
Madonna with the Child(聖母子像)
15世紀作者不明 -
St. Francis(聖フランシスコ像)
16世紀作者不明 -
上
Canon Tablet(教会のタブレット)
18世紀半ばベネチアの職人
右
St. Anthony of padua Altar reliquary
(パドバの聖アントニオ祭壇聖遺物箱)
ドゥブロヴニク職人 1832年
下
St. Peter Alcantra and St. Pasquale reliquary
(聖ピエトロアルカンターラと聖パスカリス聖遺物箱)
18世紀
左
Altar reliquary(祭壇聖遺物箱)
19世紀初頭 -
St. Nicholas(聖ニコラス像)
15世紀 -
聖餐式用の祭服
花の刺繍が施されて綺麗です。 -
左
incense boat(香炉の船)
16世紀
中
Bell(鈴)
17世紀
右
Holly water Basin(聖水用鉢(ボール))
16世紀 -
回廊も美しいです。
-
昔の薬局の様子です。
世界で3番目に古いとも言われてます。
1番はフィレンツェのSanta Maria Novella(サンタ・マリア・ノヴェッラ)
(1221年~)
2番目はクロアチアのザグレブにあるCornjogradska ljekarna K crnom orlu(ク・ツルノム・オルル)
(1335年~)
3番目がここLjekarna Mala Braca(マラ・ブラーチャ薬局)
(1391年~) -
回廊の様子です。
噴水があります。 -
昔の城壁内の絵画です。
今もほぼ変わっていません。 -
Ljekarna Mala Braca(マラ・ブラーチャ薬局)
薬局です。博物館の手前にあります。
クチコミでは結構混むとあったので、時間がなかったら諦めるつもりでした。
ところが、誰もいません。
ラッキー。
中は古い薬屋さんという感じで、普通の薬も扱っています。
そして観光客のお目当ての物は、外には出していませんでした。
お願いすると、出してくれました。
そしてクレジットは使えると表示してても実際には使えないとクチコミで見たのですが、何も問題なくクレジット決済ができました。
ちなみに、博物館に行く前は少し混んでいましたので、ちょっとタイミングを見計らって行くといいかもしれません。
私が購入していたら、次々にお客さんが入って来ました。
一足早くスムーズにに買えて良かったです。
中は撮影禁止です。外観をちょっとだけ。
1317年から営業しているヨーロッパの中でも古い薬局です。 -
Aqua Roseバラ水
リップバームを購入しました。
早速、使っています。
ふんわりと薔薇の香りがしますが、さっぱりした使い心地です。 -
こちらが聖フランシスコ教会の入口です。プラッツァ通りに面してます。
扉が閉まっているので、わかりにくいのかスルーする人が多かったです。
ピエタ像が上に刻まれています。 -
祭壇には復活したキリストがあります。
そして、ラッキーなことに、中には1人しかいませんでした。
外は人でごった返してますが、その喧騒が嘘のように静まり返っています。
外よりは暑さも緩和されます。 -
側祭壇の絵画です。
キリストを抱いたマリアが描かれています。 -
「聖フランチェスコ(フランシスコ)」かと思います。
右下に頭蓋骨があり、これは彼の「死の姉妹」への賛歌や、禁欲的生活を象徴する典型的なモチーフです。
また、富を捨て神に仕える決意をし、粗末な衣服を着ています。
聖フランチェスコは、キリストの受難を深く瞑想する中でスティグマータ(聖痕)を受けたとされます。この祭壇はその場面のようです。
バロック様式の典型です。 -
この像は幼子イエスを抱く聖アントニオです。
アントニオはフランシスコ会の修道士で、貧しい人々への愛と説教で知られ、奇跡を起こしたと伝えられています。
聖書を手に持ち、幼いイエスがその上に立っています。
これは、彼の信仰と知恵が神の言葉を支えているという象徴的な表現です。
また、周囲の壁画ですが、聖アントニオの生涯と奇跡を象徴的に描いた場面です。
左上は亡くなった人で、聖アントニオが死者をよみがえらせた奇跡を表しているようです。
左右の人物は黒い修道服で祈りと祝福を示しているようです。
下は聖アントニオが貧しい人や病人に手を差し伸べてる様子です。パンを与えたり病を癒す奇跡を描いているようです。 -
「聖母マリアの被昇天(または聖母の栄光)」
17~18世紀バロック期の作品のようです。
中央上部には、天に昇る聖母マリアが光に包まれて描かれ、周囲には天使たちが彼女を迎えています。
下方には、地上からそれを見上げる聖人や信徒が配されています。
この種の作品は、イタリア・ヴェネツィア派の影響が強く、色調や構成から見ても、ドゥブロヴニクで活躍したバロック期の画家(たとえばミハエル・ラジッチなど)の影響が感じられます。
絵の両脇の彫像
左右の天使像は、祭壇画を飾る典型的なバロック様式装飾で、
左側:耳に手を当て、天からの声や啓示を聞こうとする姿。
右側:巻物を持ち、神の言葉や預言を記す天使。
下部の司教像
ドゥブロヴニクの守護聖人 聖ヴラホ(ブレーズ)(St. Blaise, Sveti Vlaho)
彼はドゥブロヴニクの町を守る守護聖人で、しばしば司教冠(ミトラ)をかぶり、祝福の手を挙げた姿で表されます。
聖ヴラホは、4世紀のアルメニアの司教で、殉教した聖人です。
ドゥブロヴニクでは彼が町を守ったとされる伝承があり、市内の多くの教会・像に登場します。
全体の意味
この祭壇全体は、「聖母の天への栄光」と「地上の教会(司教=聖ヴラホ)による信仰の守護」を結びつける構成になっています。
上部のマリアが天上の救いを、下の聖ヴラホが地上の信仰共同体を象徴し、教会と天国をつなぐ信仰の一体性を示しているのです。 -
イエスキリストの磔刑図です。
-
聖母子像です。
ボケて文字がはっきりわかりませんが、SPESと書かれているようです。
これはラテン語で希望を意味しています。
左には聖ヨセフ(イエスの父(法的な))
右には聖ミカエルです。 -
Saint Anthony of Padua(パドヴァの聖アントニウス)
茶色のローブとロープの帯がフランシスコ会のもののようです。
左手に幼子、右手を上げて祝福のポーズをしてます。
頭には光輪があります。
彼は奇跡の説教者、失くし物探しの守護聖人として有名です。
アントニウスの信仰は非常に深く、フランチェスコと並ぶ重要な聖人です。
また、左側の絵は聖フランチェスコ(アッシジ)です。
そして右側の絵は聖レオナルドか聖ボナヴェントゥラかもしれません。
上部には天使と鳩がいます。鳩は聖霊を表し、天使たちは聖アントニウスを神の栄光に包まれた存在として示しています。
これはローマのバロック教会祭壇の典型的な構成です。
コリント式の石柱は神性と荘厳の象徴です。
下部の祭壇台(メンサとレクアリウム)
装飾の幾何学模様や色大理石の象嵌は、イタリアのヴェネツィア風のバロック装飾で多様な素材の調和を象徴します。
また、小さな十字架はゴルゴダの象徴で、聖人像がキリストに倣う者として位置づけられてます。
17~18世紀、ドゥブロヴニク共和国(ラクーザ)は、ヴェネツィアの文化影響を強く受けながらも、独自の清貧の伝統を守っていました。
そのため装飾的ではあるものの、過度に華美ではない、抑圧されたバロックが特徴です。 -
これは天井画です。
SERAPHICA PATRONAはセラフィムの守護者で、聖フランチェスコを指します。
聖母マリアと聖フランチェスコ、そしてザビエルが描かれています。
ザビエルは燃える心臓を抱えています。
下部にはフランシスコ会修道院の創始者の聖ペドロ・ゴメス・デ・フェレイラが描かれています。 -
14世紀初頭、ドゥブロヴニク共和国は戦争の脅威にさらされ、フランシスコ会の修道士たちは、城壁の外のピレ地区から、街の中へ移らなければなりませんでした。
修道院の建設は1317年から何年もかかりました。
フランシスコ修道院の大きな建物は、長い時代を経て、部分的に損傷を受けています。特に、1667年の大地震の爪痕が残ってしまいました。
ゴシックの大きな梁のある南側の正面には、その美しさの中の感動的なピエタが目の前に広がります。自分の衣服で死んだ息子を包む聖母の彫刻は、ドゥブロヴニクの石工のペトロヴィッチ兄弟、レオナルドとペタルが1498年に制作しました。
今日のフランシスコ教会は、バロック様式に改築されたものです。この中には、書いた言葉によって後世に名を残した、イワン・グンドゥリッチの墓があります。修道院の回廊は、バル出身の職人、ミホイェ・ブライコヴが手掛けましたが、後期ロマネスク様式の造りは、当時のダルマチアにおいて最も美しい芸術作品です。 -
こちらは後ろを振り向いて撮ったものです。
パイプオルガンがあります。 -
Katedrala Uznesenja Marijna(聖母被昇天大聖堂)
-
The assumption(聖母被昇天)
巨匠Tiziano Vecellio(ティツィアーノ・ヴェチェッリオ)の祭壇画です。
ティツィアーノは
『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』
『十字架を担うキリスト』
『バッカスとアリアドネ』
『ウルビーノのヴィーナス』
『ダナエ』
『フローラ』
『懺悔するマグダラのマリア』
『受胎告知』・・・・・・・・・等々数々の名画を残しています。
それを祭壇画として見られて幸せです。
ただ、写真を撮ったのですが、失敗してこれだけになってしまいました。(-_-;) -
振り返るとパイプオルガンです。
-
羊飼いの礼拝
イエスの誕生を知らされた羊飼いたちが、ベツレヘムの厩に駆けつけて、幼子を礼拝する場面を描いています。 -
Bernardi Comitis de Caboga
(ベルナルド・デ・カボガ伯爵)
ベルナルド・デ・カボガ伯爵を称え、功績や地位について表された記念碑があります。 -
聖母子
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Assumption of the Virgin(聖母被昇天)
絵画の下にはイエス・キリストの聖心像(Sacred Heart of Jesus)です。
左側の像は聖アンナ(マリアの母)と幼いマリアを表してます。
右側の像は聖カトリーナ・アレクサンドリアのようです。
右手に棕櫚の枝(殉教の象徴)を持ち、足元に車輪のようなものがあります。 -
洗礼堂にある洗礼盤です。
中央の像は洗礼者ヨハネです。
そして上部には父なる神、子なるイエス・キリスト、聖霊の三位一体を表す彫刻があります。
中央のアーチには「BAPTIZ. EOS. IN.NOMINE PATAR. ET. FIL. ET. S.S.(彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授けなさい)」とあります。 -
最後の晩餐の場面のようです。
ダヴィンチの絵とは違い、イエスを囲んで座しています。 -
Ecstacy of St. Teresa(聖テレジアの法悦)
スペインの修道女、アビラの聖テレジア(1515-1582年)
カルメル会を改革した神秘思想家です。彼女の霊的体験と著書「魂の城」はカトリック神秘主義の最高峰とされています。
彼女は神との深い愛の一致の中で「天使が金色の矢を持って私の心に突き刺した。矢が私の内に達した時、私は神の愛に燃え上がり、体も魂も完全に神の手の中にあった。」と語っています。
背景には天から光がさし、聖女が恍惚として天使たちに囲まれている場面です。
中央の像はSt. Teresa of Avila(アビラの聖テレジア)です。
茶色の修道服に白いマントはカルメル会の典型的な修道服です。
右手に十字架、左手に心臓のような象徴を持っています。
そして、両脇にある黒の額装ですが、多数の銀の奉納品が飾られています。
これは病気や危機からの救済、祈願成就に感謝して捧げられた物です。
心臓・腕・足・十字架などの銀飾りは信者たちの祈りの記録です。 -
Altare Privilegiatum(特権祭壇)の文字があります。
イエスの磔刑像です。 -
ここからは有料です。現金払いで撮影も禁止です。
資料を貸し出してくれます。英語版にしましたが、かなり文字が小さくて眼鏡がないと読めませんでした。
中に入った途端、あまりの神々しさに驚きました。(黄金が眩かったというか・・。)
様々な宝物が陳列されてました。ただし手前から眺めるだけです。
私1人でした。途中から係の方がいらして説明してくれました。
カトリック教徒か尋ねられましたが、生憎違いますし、無宗教と思われたくなかったため、仏教であると伝えました。
説明が専門的で一部理解しにくい事もありましたが、丁寧に説明してくださいました。
まず
Reliquary for the head of St. Blaise(聖ブラホの頭のための聖遺物)
Reliquary for wood from the True Cross(真の十字架の木材の聖遺物)
金色の馬蹄形の下の交差部に、小さな木製の十字架(真の十字架の3つの木片)があります。
Reliquary loincloth- Christ's bandages(キリストの包帯)
銀の聖遺物箱内にあります。
他にもこの祭壇には、遺体(腕・足・・)、衣類などの聖遺物があります。 -
聖母子と天使たちが雲の上にいる様子と下には本を読んでいる福音書記者の聖ヨハネのようです。
この絵画の下が宝物殿の入口です。 -
ヴィア・ドロローサの2留(ステーション)の十字架を背負う場面のようです。
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では、まだお腹は空かないのですが、喉が渇いたので、お店に入ります。
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テラス席です。
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Lokanda Peskarija(レストラン)
イカのフリットをつまみにビールを。
またしてもお腹は空いてなくて、ゆっくりしたいだけ。
レモンでさっぱりいただきました。
ソースも美味しかったです。
こちらのトイレは屋内の2階でエレベータで行きます。
おしぼりが厚目で使いやすかったです。
現金で支払いました。(勿論カードも使えます。)
ビールの大と小を合わせて、43ユーロでした。
別途チップも。
お店はマリーナの前で開放的で気持ち良かったです。 -
大きな帆船です。
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港湾局の係留料金表です。
船の大きさと季節によっても料金が違います。 -
階段ですが賑わっています。
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階段手前の路地です。かなり狭いです。
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階段を登った所です。
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Jesuit Church of St. Ignatius(聖イグナチオ教会)
バロック様式の建物ですが、残念ながら中には入りませんでした。 -
教会のある広場から階下を見下ろした様子です。
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実はこの2階のお店ですが、上から籠を降ろしてるところです。
上手に上げ下げしています。 -
猫ちゃんです。
ここの猫ちゃんは美味しい物にありつけそうです。 -
それでは、そろそろ城壁外に出ます。
ホテルへと向かいます。 -
Hotel Croatia(ホテル・クロアチア)
夕陽が綺麗です。
これはロビーからの眺めです。 -
ホテルのロビーです。
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お部屋です。
使いやすい部屋でした。 -
お部屋からの眺めです。
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お部屋からの眺めです。
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洗面所の様子です。
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バスタブも問題なし。
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7月24日
朝の散歩に出かけます。
ちなみに、非常口から出ましたので、もう後戻りはできません。そのままビーチに降りて行きます。 -
朝の静かな海です。
ちょっと湿気を感じましたが・・。 -
ホテルです。
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ヌーディスト・ビーチです。
早朝なので安心して行けます。 -
SIROCCO(シロッコ)
ビーチ・バーのようです。 -
ビーチと言ってもこの付近は砂浜ではありません。
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岩場です。
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もう、扉は閉まっているのでホテルの入口に回ります。
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プールがありました。
私は入りませんでしたが、ツアーの方の中には、入った方もいたようです。 -
こちらは反対方面です。こちらも素敵です。
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ホテルの正面に来ました。
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こちらはお部屋のベランダです。
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明るくなりました。
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朝食レストランです。
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写真は撮りそびれましたが、種類が多くて良かったです。
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私の朝食です。この日はパンケーキにしました。
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さて、ドゥブロヴニクともお別れです。
そしてクロアチアを後にします。
次の訪問地はモンテネグロです。
アドリア海の真珠・・・Do Videnja !
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