2025/08/10 - 2025/08/11
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kasekunさん
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ナウル訪問を果たし、次はツバルへ。だが、ツバルへはフィジー経由でしか行けない。しかも週2~3便。で、休みの間で回るにはツバル滞在はこの1泊2日しかなかった。そのため、ツバル行き、キリバス行きを待つため少々フィジーに滞在するしかなかった。
フィジーはこれで3度目の訪問となる。しかし、2度はナンディ周辺を少しばかり見ただけ、、、。いい思い出もない。1度目は今から30年程前。サモア、トンガと楽しい旅の後、早めに帰らなければならなくなり、フィジーには2泊3日。ツアーデスクで近場のリゾート滞在薦められ、小さな島へ、、、。酒飲んで泳いだら足がつって溺れそうに、、、。2度目は7年程前のソロモン諸島等の周遊旅行で。安宿バンブーバックパッカーズに泊まったら、トコジラミにやられ、かゆいかゆい、、、。フィジーって楽しくない、、、。これが自分のフィジーの印象。
でも、きっと楽しいこともあるはず、、、せっかくだからと、今回はナンディを離れて滞在してみました。1回目はラウトカ。2回目はスバ、、、。でもやっぱり相性良くないみたい、、、。
たいした写真はないけど、記録として、、、。
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日付は8月10日。朝4時頃、、、。ナウル航空の遅延で、やっとフィジーナンディ国際空港に到着。
予定では真夜中0時頃の到着だった。なので、選択肢は2つ。空港で朝までそのまま過ごすか、夜中でもチェックインできるある程度のホテルに泊まるか、、、。後者を選び、空港に近い妥当なホテルを予約していた。Nasau Resort & Villas、、、マッブスミーの表示では空港から歩いて4.6キロ程。いいお値段払ってるのでかなり遅いけど、暗闇のなかてくてくてくてく、、、。1時間ほど歩いて到着したと思ったけど、、、、あれ?そんなホテルは見当たらず、、、。そこにいたお姉さんに尋ねてみなら、ここからまだまだ遠いとのこと。看板あるからそれ見て行ったらいいとのこと、、、、???マッブスミーではここにあるはずなのに。、、、空港から近いと思って予約したのに、、、。一応てくてく行ってみましたが、途中であまりにも遠いので引き返しました。もう辺りは明るくなってました。というわけで、マッブスミーにだまされました。
、、、もう、ラウトカに行ってしまおう! -
で、国道まで戻り、ナンディからラウトカへ、ローカルバスにて向かいました。
ラウトカに着いて、ぶらぶらしながら宿探し、、、。安そうなホステルをマップスミーで見つけました。Kiran Palace ホステル、、、。1泊シングル90フィジードルだったかなあ?忘れてしまいました。6000円程。100フィジードルのデポジット必要。
※朝からのチェックインなので少し高め、、、
疲れたので昼の2時くらいまで爆睡! -
せっかくラウトカに来たので、起きてから散策開始、、、。
ラウトカ、、、
「ナンディから北に24kmの地点にある。フィジーのサトウキビ栽培の中心地に位置し、精糖業が主産業で、砂糖の主要積み出し港であるなど、町全体が砂糖業を中心としているため、「シュガー・シティ」の異名を持つ。
「ラウトカ」という名前は、「槍が命中した」という意味のフィジー語である。伝承によれば、これはこの地で二人の首長が決闘をし、それを見ていた人が「Lau-toka!(槍があたった)」と叫んだことからつけられたという。ラウトカの地にはじめてヨーロッパ人が上陸したのは1789年5月7日で、バウンティ号の反乱によって追放されたウィリアム・ブライ船長がティモール島へ向かう途中補給のためこの地に立ち寄ったのが最初の記録である。」ウィキより、、、
※この画像は、フィジーのビティレブ島西海岸に位置するラウトカ市を示しています。
「砂糖の街」としての別名: ラウトカはフィジーのサトウキビ栽培地域の中心に位置しており、「砂糖の街」として知られています。
フィジー第2の都市: 首都スバに次ぐフィジー第2の都市圏を形成しており、2017年の人口は71,573人でした。
経済活動: 1903年に設立されたラウトカ製糖工場が最大の雇用主であり、フィジーの砂糖輸出の大部分を担う主要な港もあります。
観光: 観光に特化しているわけではありませんが、熱帯植物の植物園があり、サウェニビーチは穏やかで浅い水で知られ、水泳やリラクゼーションに適しています。
AI すごい!よくぞこの写真だけでわかったものです。そうです。ラウトカ港に行ってみました。 -
ラウトカの公園、、、晴れ渡っています!
ラウトカの歴史、、、
「ラウトカが町に昇格したのは1929年、市に昇格したのは1977年2月25日である。16人の市評議会が選ばれ、その中から互選で市長が選ばれる。ラウトカはフィジー西部地方唯一の市であり、フィジー全体の工業生産の50%をラウトカ1市で生み出す工業の中心である。フィジー電力庁、フィジー・パインなどはここに本社を置いている。ミックスFMフィジーラジオ局もラウトカに本社及びスタジオを置いている。 1970年から、ラウトカの人口は急速に増え続けてきた。それにともない町も急速に規模を大きくした。1970年代前半の人口は12000人だった。砂糖業の中心だったため、住民は砂糖業とかかわりの深いインド人が多数派だった。1986年には39000人、1996年には43000人となり、この頃から郊外も市街地化したため都市圏人口と都市人口が乖離を始めた。2005年には市域人口が55000人、都市圏人口は80000人まで拡大した。近年では、農村から流入するフィジー系の人口も多くなっている。」 -
ラウトカの経済、、、
「フィジーにおける砂糖産業の中心で、ラウトカ砂糖工場は市最大の雇用者である。ラウトカの砂糖産業の始まりは、植民地精糖社が1899年から1903年にかけて、インドとソロモン諸島から1300人の従業員をこの町に連れてきたことから始まる。そのほかにも木材加工や繊維、醸造や鉄工など各種産業が発達し、フィジー有数の工業都市となっている。」ウィキより、、、
ぶらぶら歩いてたら、こんな展示が、、、
※この画像は、フィジーの鉄道の歴史に関する情報板です。
コロニアル・シュガー・リファイニング・カンパニー(CSR)がラウトカと北西ビティレブを結ぶ鉄道を建設しました。
鉄道は1886年にバのララワイ製糖工場から始まり、ラウトカへの路線は1906年12月8日に最初の旅客列車が運行を開始しました。
シガトカへの路線は1913年に完成しました。
かつては「無料旅客列車」が運行されており、サトウキビ輸送だけでなく、旅客輸送にも利用されていましたが、1974年に廃止されました。 -
※この画像は、フィジーの砂糖産業の歴史を説明する情報板です。主要なポイントは以下の通りです。
サトウキビはフィジー原産で、タウケイ社会の食料源や文化的習慣に重要な役割を果たしていました。
ヨーロッパ人がサトウキビの商業栽培を開始し、後にCSR(Colonial Sugar Refining Company)が大規模なプランテーション栽培と集中型製糖を導入しました。
CSRは1882年にフィジーでの事業を開始し、ナウリ工場、ラロワイ工場、ラウトカ工場、ラバサ工場などを開設し、砂糖の世界的流通を開始しました。
ラウトカ砂糖工場は、フィジーの砂糖産業の中心的な役割を担い、その短い歴史が記されています。 -
※この画像は、フィジーのビティレブ島北西海岸にあるラウトカ市に設置された情報板で、フィジーの初期のイタウケイ(先住民)の歴史について説明しています。
タイトル: 「LAUTOKA IN FIJI'S EARLY ITAUKEI HISTORY」(ラウトカにおけるフィジー初期のイタウケイの歴史)と書かれています。
内容: ラウトカとフィジーの先住民の歴史に関する写真やイラストが複数展示されています。
場所: ラウトカは、サトウキビ栽培地域の中心であり、フィジーの主要な砂糖輸出港として知られています。 -
※この画像は、パパイヤの木が手前にある港の風景を捉えています。場所はフィリピンのマニラ湾周辺の可能性があります。
風景: 穏やかな水面に大小さまざまな船が浮かび、奥には建物群が見えます。空には雲が広がり、南国らしい開放的な雰囲気が漂っています。
手前の木: 特徴的なパパイヤの木が手前にあり、熟した実がついています。パパイヤは熱帯地域で広く栽培されており、フィリピンでもよく見られます。
港湾: 港は活気があるように見え、大型の船舶だけでなく、小規模な漁船なども停泊しているようです。マニラ湾はフィリピンの主要な港の一つであり、商業および観光の中心地でもあります。
観光: マニラ湾は特に夕日が美しいことで知られており、サンセットクルーズなどの観光アクティビティも人気です。
この画像は、フィリピンの日常の港の様子と、そこに息づく自然、そして人々の暮らしを垣間見ることができる一枚です。
❌❌❌、、、ここはフィジーのラウトカでした! -
※この写真は、フィジーのラウトカにあるシュガーシティモニュメントのロータリーを捉えたものです 。
このモニュメントは、フィジーの砂糖産業の中心地であるラウトカの歴史と重要性を象徴しています。 -
ラウトカにはマックがありました。久しぶりのマック!無性にアイスが食いたくなり、、、ストロベリーサンデー!
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※この画像に写っているのは、フィジーのラウトカにある**ラウトカ大聖堂(Sacred Heart Cathedral)**です。
ラウトカ大聖堂は、カトリック教会の大聖堂で、ラウトカ教区の司教座聖堂です。
建物の上部には十字架が飾られ、特徴的な三角形の屋根とステンドグラスのような窓が目を引きます。
周囲はフェンスで囲まれ、ヤシの木のような植物が植えられています。 -
夕飯は、、、
※画像に写っているのは「フィジーゴールドビール」です。フィジーを代表する人気のビールで、その特徴は以下の通りです。
味わい: しっかりとしたモルトの風味とコクがありながらも、すっきりとした喉越しが特徴です。
バランス: 香り、コク、喉越しのバランスが取れており、様々な料理と合わせやすいとされています。
パッケージ: 明るいゴールドのラベルは、フィジーの太陽や南国の雰囲気を連想させます。
種類: フィジーにはフィジーゴールドの他に、フィジービターやヴォヌピュアラガーといったビールもあります。 -
ビールにこれ!
やっぱりライスが食いたくなっちゃう日本人です、、、。 -
日付は8月11日。宿のすぐ隣はミニバス乗り場。早朝、空港へ向かう。運賃は既に忘れている。
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ツバル行きのフィジーエアは9時発。けっこう早めに空港に到着。まあ何があるかわからんので、早めにこしたことはない。で、キングバーガーへ。
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いつものチーズバーガーセット食って、、、
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搭乗を待ちます、、、。すると、、、アジア人3名ほど発見!1人は明らかに日本人のような、、、。自分と同じような日焼けしたバックパッカーおじさん。写真をばちくり、ばちくり、、、。1人は自分よりは若いお兄さん。なんか自分よりお金ありそうなお兄さん。落ち着いています。1人は同い年くらいのめがねをかけたサラリーマン風のおじさん。
話しかけなかったけど、皆さん、ツバルへ行く日本人みたい、、、。(どことなくわかるんですよね。中国人じゃないことだけは、、、。)
自分と同じく1泊2日なのかな? -
ツバル行きのフィジーエア、、、日焼けおじさんとどっしりお兄さんは優先搭乗みたい。ずっと立ちっぱなしで搭乗待ってます。自分とめがねおじさんは椅子に腰掛け待ってます、、、。(優先、、、フィジーエアでは優先じゃない方が楽チンみたい!)
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で、搭乗となり、さあ行くぜ、、、なんですが、途中で止められ待たされる。飛行機乗るのに、6人ずつなんだとか、、、??小型飛行機なのでバランス考えて乗せられる、、、。んー、よくわからないシステムだ、、、
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ほら、これ!他の乗客が乗ってる所を上から見てるんです。
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、、、と、ただのトランジットのラウトカでした。またすぐ、フィジーに戻ってきます、、、。ツバル、どんな所なのかな?
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