2025/06/07 - 2025/06/09
185位(同エリア240件中)
RiEさん
旅行2日目(6月8日)。
1995年6月には磨崖仏では全国初・彫刻としても九州初の国宝に指定された“国宝 臼杵石仏”を観るため、別府から1時間強かけて臼杵に移動。平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたという謎多い石仏は現在建屋に納められており、厳しくも優しい慈悲深い表情が心に残った。
車で約15分離れた場所にある“旧臼杵藩主稲葉家下屋敷”は、廃藩置県に伴って東京へ移住した旧藩主:稲葉家の臼杵滞在所として建築されたもので、格式高い造りをしていて見どころも多い。
正午から降り始めた雨は降ったり止んだりを繰り返していたけど、16:00から雨脚が本格化して、とうとう懸念していた梅雨入り宣言が出てしまった。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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HOTELにも大浴場があるけど徒歩1分の距離にある“高等温泉”が気になっていた夫は、テンション高らかにAM6:00に来館。
無色透明で匂いも無い温泉だけど熱湯とぬる湯があり、ぬる湯でも42度くらいあるから長居できないと思っていたら、地元の人がジャンジャン水で埋めて温度を下げていたそう。駅前高等温泉 宿・ホテル
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9:10にHOTELを出発して下道で1時間強移動して臼杵に到着。
2施設共通券(臼杵石仏・旧稲葉家下屋敷)は大人:710円でキャッシュレス対応だった。国宝臼杵石仏 名所・史跡
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臼杵石仏=磨崖仏は平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われており、規模・数量・彫刻の質の高さにおいて日本を代表する石仏群として1995年6月には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝指定され、その数は60余体にもおよび内59体が国宝となっている。
石仏群は4群に分かれていて、2017年には古園石仏群の手前右側の岩壁に刻まれた2体の金剛力士立像が追加で国宝に指定され、現在の臼杵石仏=磨崖仏の国宝数は合計で61体になった。 -
曇っているけどまだ雨が降りそうな様子はなく、川沿いの道を進んでいく。
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観覧券集札所の橋の下には錦鯉が泳いでいた。
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半券を取ってもらうと緩やかな坂道が始まる。
駐車場の地図で山道を想像していたけど整備されていて歩きやすい、ただ苔むしているので雨天だとツルっと滑りそうで心配になった。
ちなみに足腰に不安がある人は杖を借りることもできる。 -
ホキ石仏第二群が入っている大きな建屋が見えた。
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その手前には供養塔が幾つも並んでいる。
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団体観光客でも十分入れそうな大きさの立派な建屋には、ここだけ専属ガイドがいてショッキングピンクのシャツを着た女性が矢継ぎ早に質問をしていた。
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<不動明王>
少し戻って、ホキ石仏第二群第2龕の右端から見学開始。
顔が少し削れているけど力強い眼光は健在だった。 -
各石仏前にはこのような選挙ポスター風の説明があってシュール。
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<九品の弥陀>
中央の大きな阿弥陀如来坐像の左右に、各4体ずつ少し小さめの阿弥陀如来立像が並ぶ。
残念ながら欠損が激しいため、表情を読み取るのは難しい。 -
<ホキ石仏第二群第1龕>
隣接する阿弥陀三尊像は見事な技術で掘り出されていた。
ふっくらした頬・どこを見ているのかわからないような半眼・堂々とした軀体は大変見ごたえがある。 -
イチオシ
これを撮るためにわざわざ超広角レンズを持参したといっても過言じゃない。
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階段を上っていくとホキ石仏第一群の建屋が見えてきた。
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平安時代から鎌倉期に至るまでの磨崖仏が20数体並んでいて、横並びに4つの龕から構成される。
中央の階段から入って、1番右端から見学開始。 -
<ホキ石仏第一群第四龕>
地蔵菩薩半跏像を中心に、十王像が左右を固める合計11体で構成されている。 -
こちらの地蔵菩薩は錫杖を持たず右足を座し、左足を立てている古式で造形されており、半眼で慈悲相が浮かんでいた。
ホキ石仏第一群では光背などの黄色や赤色が残っているのも特徴の1つ。 -
壁を挟んで並んでいるのは…
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<ホキ石仏第一群第三龕>
中尊に金剛界大日如来像を配置して、右に釈迦如来・左に阿弥陀如来・壁面に左右1体ずつ菩薩立像が彫られているけどほぼ見えない。
如来像台座には丸や四角の孔が開けられており、願文や経巻を納められていたそう。 -
金剛石のように何があっても壊れない大日如来の知恵を表した世界を金剛界と呼び、金剛界の中心にたたずむのが金剛界の大日如来で、その偉大な知恵を人々に伝える役割をしていて智拳印が目印。
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<ホキ石仏第一群第二龕>
中尊に阿弥陀如来坐像を、左右に薬師如来坐像・如来坐像を配しており、阿弥陀如来坐像は人間味があって親しみやすい表情をしていた。 -
<ホキ石仏第一群第一龕>
やや小ぶりな如来三尊像。 -
中尊の釈迦如来は特に柔らかい表情をしている。
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左端から眺めるとこんな感じに繋がっている。
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坂道を上っていくと緑に染まった階段の先に、ひときわ高い場所に建つ建屋が見えた。
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足元はこれくらい苔むしているので滑らないよう慎重に歩く。
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<山王山石仏>
ホキ石仏第一群を見下ろし対面する位置に建っていて、結構急な階段が待ち構えていた。 -
ぽってりした肉付け豊かな中尊は一際大きく、丈六の釈迦如来坐像は幼さを覚える表情から隠れ地蔵とも呼ばれている。
左右には阿弥陀如来坐像と薬師如来坐像が控えていて3体だけ祀られていたけど、ここは山深く6月でも虫の羽音が凄かったから夏は厳しそう。 -
階段を降りて坂道を下っていくと、木々に隠れていたホキ石仏第二群の建屋が姿を現した。
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角を曲がるとクネクネした道が続いてて、奥に建屋がチラッと見える。
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建屋手前の岩壁には、2017年に国宝指定された2体の金剛力士像が待ち構えていて、向かって右はハッキリと残っているので阿形の表情をしっかり読み取ることができた。
蔦はまるで天衣が靡いているように見えるけど、左の吽形は脱落して削り取られたように見え、もう形の想像さえ難しい。 -
<古園石仏>
臼杵石仏の中心的存在で通称:古園十三仏と呼ばれていて全長18mあり、臼杵石仏と言えばこの大日如来を思い出す人も多い。
この古園のある場所が臼杵石仏群の中核の建物のあった場所だったようで、この石仏が全体の中尊であったと考えられているそう。
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大日如来像を中心とする曼荼羅を構成し、特に中尊の大日如来は日本の石仏の中でも最高傑作の1つで、大日如来を中心に左右の龕に如来・菩薩・天部・明王が彫り出されている。
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向かって右端の多聞天立像を見るとわかるけど、龕の下部が砂岩層のため各像は下半身…特に膝などは他の石材で造ってあり、寄せ付けて一体にしている特徴がみられる。
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落下した仏頭が仏体下の台座の上に安置されたままで展示され、崩壊破損が甚だしかった当時の様子を物語る写真。
1958年から行われた保存修理工事の時に大論争の末、1993年にようやく仏頭が復位されて昔の姿に復元された。 -
中尊の大日如来像は、切れ長の目元に引き締まった口元が美しい気品ある石仏。
山肌の凝灰岩の岩壁に刻まれた磨崖仏は、石仏造営の時期や経緯に関する史料が一切残っておらず、1番有力なのは地元に伝わる伝説「真名野長者伝説(炭焼き小五郎伝説)」で、長者が亡くなった娘の菩提を弔うために彫らせたといわれている。 -
11:30に臼杵石仏を出発して車で15分、臼杵市観光交流プラザの無料駐車場に車を停めて臼杵観光しようとした矢先、パラパラ降り出した雨はやがてシトシトと雨脚を強めたので、“臼杵城跡”は下から撮影だけして屋内観光に切り替えることに。
臼杵城跡(臼杵公園) 名所・史跡
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“臼杵市観光交流プラザ”で出迎えてくれる臼杵市観光PRキャラクター:ほっとさん。
臼杵市観光交流プラザ 名所・史跡
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廃藩置県に伴って東京へ移住した旧臼杵藩主:稲葉家の臼杵滞在所として、1902年に建築された“旧臼杵藩主稲葉家下屋敷”へ。
旧臼杵藩主稲葉家下屋敷 名所・史跡
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共通券の半券を提示して入館。
江戸時代の武家屋敷ではなくこれは明治時代の建築だけど、武家屋敷の様式を色濃くとどめている。 -
<式台と表玄関>
ザーザー降り始めたので慌てて館内に逃げ込んだ。 -
<脇室>
まずは大書院エリアを時計回りに進むことに。 -
脇室は二手に分かれており、館内図によると左は前室で…
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右は長い畳廊下だったから左へ。
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<上ノ間と二ノ間>
手前が二ノ間で、奥が上ノ間にあたり、大きなテーブルが置いてあった。 -
モサモサ葉が生い茂っていて、向かいの和室や三ノ間が隠れてしまう。
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縁側は平仮名の「し」逆さにしたのような形をしていて、上ノ間側に周ってみると…
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芝が美しい回遊式庭園が広がっていた。
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稲葉家別邸に隣接する江戸時代の建築様式を残す上級武士住宅:旧平井家住宅は庭から行けるみたい。
ただ地震による損傷のため保存修理工事中で、傘も玄関に置いたままだし、雨脚も強いので今回は断念。 -
縁側の端(上ノ間裏)にはトイレが2か所あり、光が差し込む低い窓に寄ってみると…
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正方形の額縁のようで美しい。
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<畳廊下と内玄関>
大書院エリアはここで御終い。 -
畳廊下を進んでいくと進行方向右が御台所エリア、左が御居間エリアに分かれている。
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先に御台所エリアから見学する。
2畳しかない小さな畳の部屋を抜けると… -
<御台と土間>
広い空間で見上げると大引き天井になっていて、右脇に階段が設けられていた。
ここまで見て周って、旅館みたいだなと思っていたら料亭として利用されていた時期もあったそう。 -
土間から見上げると2階部分に通路が設けられているのが見える。
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階段を上がって2階へ。
台所すぐ上の和室は梁がめぐらされているだけで天井がない大空間が広がっていた。 -
板張りを進んでいくと、使用人用と思われる土間に通じる急階段が設けられていた。
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<女中部屋>
横にある女中部屋にはもう1枚の木製扉があり、開いてみたので行ってみると… -
先程土間から見上げた通路に出られるようになっていた。
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覗いてみるとこんな感じなので土間から呼び出されたときや、料理の進行を通路から確認していたのかなと想像する。
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<和室>
1階に戻ると畳廊下を挟んで反対側に4部屋あり、庭を挟んで向かいにある建物は大書院。
和室から2つの部屋に行けるようになっていて、真っ直ぐ進めば… -
<三ノ間>
6畳間に大きなテーブルが置いてあるから狭く感じたけど、回遊式庭園が眺められる。 -
<二ノ間と居間>
庭に面した居間は当主の御座所として使用されていたと考えらている。 -
床の間や長押などが武家の格式を伝えていた。
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回遊式庭園を眺めながら雨が弱まるのを待っていたけど、1時間以上かけてゆっくり見学したのに私たちの他に1組の外国人観光客しかおらず、まるで貸し切り状態。
昨日同様に静かな雰囲気で鑑賞することができた。
13:00前に雨が落ち着いたから旧臼杵藩主稲葉家下屋敷を後にし、夕方にBarへ飲みに行きたかったので軽めのランチを済ませて、臼杵ICから東九州自動車道で大分ICに移動して別府に戻ったのが14:30過ぎ。
この後は気になっていたHOTEL隣の“別府ブルワリー”に飲みに行く予定。
続きは03へ。
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駅前高等温泉
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