2025/04/17 - 2025/04/22
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nichiさん
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引き続き相方と2人で明治村を巡っています。
伊勢神宮外宮前に建てられた宇治山田郵便局。
工部省品川硝子製造所の建物にあるメイジ珈琲時館で休息し、鉄道寮新橋工場・機械館にお邪魔してから、京都市電に乗ってみました。
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次に訪れたのは、郵便局です。
宇治山田郵便局といって、明治42年(1909年)に伊勢神宮外宮前に建てられた郵便局舎です。
木造平屋建ての銅板葺きで、中央の頂きには円錐ドーム形の屋根がのっかっています。 -
復元された明治20年代の黒いポストです。
このポストは地元犬山郵便局の表示があります。 -
近代郵便制度がスタートし、明治5年に山田(現伊勢市)に郵便駅所ができましたが、電信事務の導入などで移転を重ね、明治42年(1909年)にココにこの庁舎が新築されました。
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お邪魔しましょう。。。
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玄関ポーチの右にあった小さな部屋。
ココは、電報配達人控室。
まだ電話の無かった時代、電報の需要は多かったことでしょう。
ココに配達人が控えていて、電報が来ると急いで各家庭に配達していたのですね。 -
電報配達人控室の奥に入口があります。
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入るとそこは郵便局。
大きな吹き抜けのスペースです。 -
今、ココ明治村の中で、郵便と貯金の業務が実際に行われています。
保険の取り扱いはありません。 -
ここから郵便を出すことができます。
明治村の消印が押されます。 -
天井を見上げると。。。
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窓口がずらっと並んでる様子は銀行みたい。
「はあとふるレター」と言う企画があって、ここから10年後の自分に手紙が出せるようです。
面白いですね~ -
10年後の自分に手紙を書いている方がチラホラ・・・
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昔の郵便バイクですが、これは昭和には普通でしたけど。。。
そんな昔ではないです。 -
このポストは懐かしいですね~
子供の頃、高くて投函できませんでした。 -
局員の宿直室です。
ここで業務の為に泊まっていたのですね。 -
この奥には、
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こちらは交換手の宿直室です。
和室に布団を敷いて寝るのですね。 -
黒く四角いポストです。
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この赤い荷車は?
人車といって、人力で荷物を運んだ車です。 -
赤い荷車で荷物を運べば、人々の目を引いて、郵便を世に知らしめる広告塔の役目を果たしていたのだそうです。
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江戸時代の飛脚を明治になって郵便に応用した前島密はすごいですね。
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広い吹き抜けになっていますね。
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これが日本初の郵便ポストです。
これは面白い! -
書状集箱
と言うのですね。
明治4年(1871年)に東京、京都、大阪の三都市に設置されました。 -
ポスターの展示が面白い!
差出しはお早く
宛名は明瞭に
包装は完全に
時代を物語るコピーですね~ -
年賀状はお早く
右からのコピーですね。 -
このポスターのコピー、
単なる業務案内ですね。(笑)
コピーじゃない・・・・
集金郵便引受
内容証明郵便の引受
留置郵便の交付
下に大きく
「どこの郵便局でも」
との表記。。。
債券元利金の支援 -
自動式電話交換
これ、電話ですね。
当時の電話はまずは交換台につながったのですね。
これはコピーが面白いです。
「良し悪しは使い方ひとつ」
このコピーどう捉えればいいのだろう?
下にはその使い方が記してあります。 -
宇治山田郵便局
をあとにします。 -
この上のカフェに行ってみましょう。
メイジ珈琲時館
です。 -
そこに行く途中の左側にあったのは、
汐留火力発電所煙突基礎。 -
煉瓦造りですね。。。
そもそも新橋停車場構内に火力発電所があったことを知りませんでした。 -
さあ隣の
メイジ珈琲時館へ。
この建物は、工部省品川硝子製造所の建物だったのですね。 -
明治10年(1877)に建てられたガラス工場です。
需要の急増した板ガラスやガラス瓶などの国産化を急いでいた時期だったようです。
なんと昭和43年(1968)まで北品川にあったようです。。。 -
中に入ってみました。
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これが元ガラス工場内部です。
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蓄音機、現役で鳴るそうです。
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満席でしたが5分ほどでこの席に案内されました。
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メニュー
何にする~? -
この工部省品川硝子製造所の図面が掲示されていました。
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私はジェラード
相方はコーヒーゼリー
金平糖が嬉しい。 -
素敵な空間ですね。
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メイジ珈琲時館(工部省品川硝子製造所)をあとにしました。
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明治44年(1911年)に製造された水道管です。
名古屋で使われていたのですね。 -
水道管に取り付けられている弁は、スコットランド製です。
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遠くに鉄橋が見えます。
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機関車が見えます。
この日は運行されていませんでした。 -
隣のこの建物は?
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鉄道寮新橋工場・機械館
です。
明治5年(1872)に新橋に建てられた、機関車修復所です。
昭和42年(1967)まで新橋に現存していたのですね。 -
お邪魔します。
-
中は機械館として、日本の近代化の過程で使われた多数の貴重な明治期の機械類が展示されています。
中に入ったら、ガイドさんが私たち2人に中を説明してくださいました。
正直、ココはサラッと見ようと思っていたのですが、じっくり時間をかけて一つ一つガイドさんが説明してくださいました。
これが面白かったです。 -
1909年につくられた紡毛ミュール精紡機です。
ドイツ製です。
明治29年(1896年)に創設された日本毛織株式会社(兵庫県加古川市)で使われていました。
今まで人の手で行っていた、細糸を機械で行えるようになりました。 -
この紡毛ミュール精紡機がつくられたドイツの製造所であるハルトマン株式会社(HARTMANN)の名前が記されていました。
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長細い機械ですね~
日本の毛糸紡績は、日清戦争と日露戦争をきっかけに、軍服に使う厚手の生地の需要が増えていったようです。 -
これは打綿機。
綿の塊をほぐして、ホコリや短すぎる繊維を取り除き、のばして平らな柔らかい状態にする機械です。
愛知県岡崎市で発明された機械です。
そしてこの機械は、明治45年(1912年)に造られました。
打綿機で平らにしたものを筒状にしてガラ紡機の筒に入れていました。 -
これはガラ紡機。
筒に入れた綿から繊維を引き出しねじりながら長い糸を作る機械です。
なななんと、水車を動力として動かすのだとか。。。
作動時にガラガラと音がすることからこの名称がつけられたそうです。
日本で発明された機械です。 -
これは祖紡機。
綿の束を引き延ばして細くして、軽くねじり合わせた状態の糸を作って巻き取る機会です。
イギリス製ですが、江戸末期に鹿児島(薩摩藩)で輸入したのがはじまりです。 -
津田式羽二重織機。
明治33年(1900年)に石川県で発明された、絹織物を作る機械です。
蒸気機関や電力を使って動かした機械です。
手織機の3倍の生産力だったそうです。
羽二重は高級絹織物で、明治後半には日本の重要な輸出品になりました。 -
練条機という明治40年(1907年)につくられた機械で、ひも状の綿を、数本づつ集めて引き延ばし、さらに繊維を平行にして太さを均一にする機械です。
イギリスのプラット社製です。 -
フルファッション靴下編機です。
ドイツ製のストッキングをつくる機械です。 -
郡是製糸(後のグンゼ)塚口工場で使用されていました。
-
この機械はな~に?
梳綿機という機械で、打綿機で荒く解きほぐした綿をシート状にしたあと、1本1本の繊維に分けて解きほぐし、繊維の方向を平行に揃えて束ね、太い紐のような状態にする機械です。
明治29年(1896年)も造られたイギリス製の機械です。 -
これまた変な形をした機械ですね。
仕上打綿機という機械です。
荒打打綿機で平らな状態になった綿をさらにほぐしてむらなく一定の状態にする機械です。
大正7年(1918年)イギリス製です。 -
これまた大掛かりな機械です。
蒸気槌というやはりイギリス製の機械です。
明治14年(1881年)に製造された機械です。 -
蒸気の圧力によって3t以上あるハンマー(槌)を持ち上げて金属を叩き、鍛錬・成形する機械です。
この部分で叩くのでしょう。
機関車の車軸など、大きく強度が求められる部品の加工に使われました。
イギリス製の機械が多いですね。
産業革命があったイギリスですね。 -
巨大なペンチのような工具が並んでます。
-
またこれはゴツイ機械です。
往復空気圧縮機です。
電動でピストンを往復させて、空気を圧縮させる機械です。
明治時代、圧縮空気は鉱山で穴を掘る掘削機を動かすために使われました。 -
この機械は、明治33年(1900年)につくられたアメリカ製で、東海道本線の丹那トンネル工事で使われました。
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これはまたこじんまりした機械です。
足踏み旋盤です。
旋盤は、回転する金属や木材などの材料を固定し、切削工具を用いてその材料を削る工作機械です。
幕末に日本に伝わりました。
明治8年(1875年)に日本で造られたのがこの足踏み旋盤機です。 -
これは蒸気機関で動かした旋盤です。
明治30年(1897年)につくられたイギリス製です。
旧国鉄の釧路で使われていました。 -
ココに材料を固定していたのですね。
-
これまた変わった形の機械ですね。
ゐのくち渦巻ポンプです。
遠心力を利用したポンプで、日本で開発されました。
それまでのポンプに比べて効率がよく、農業や鉱工業などの諸産業の発展や、上下水道などの生活基盤の充実に大きく貢献しました。 -
霧信号用熱気機関
霧や雪の為、海上で周りを見渡せない時、航海中の船に音で位置や方向を知らせる霧笛を鳴らしますが、その霧笛を鳴らす圧縮空気を作るための蒸気機関です。
右の丸い炉の中で温められた空気が膨張する力で動きます。
この機械は、明治44年(1911年)から大正12年(1923年)まで北海道小樽の日和山灯台で使われていました。
数年前、スキーで北海道に行った際、小樽の日和山灯台に行ったことを思い出しました。
あそこで使われていたんだ~~ -
菊花御紋章付平削盤
金属を平面に削る機械です。
明治12年(1879年)に日本でつくられた機械です。 -
これ、以前どこかで見たことがあるものに似てます。
印刷機ですよね?
石版手引き印刷機
という印刷機なんですね。
石灰石が版面で、水と油の反発する性質を利用して印刷する仕組みです。
日清戦争の際、戦争の様子をポスターに印刷して掲示していましたが、その時に石板印刷が広まったようです。 -
これは?
活版手引き印刷機です。
これも印刷機なんだ~
これはイギリスで開発された活版印刷機です。
①活字をつくって
②活字を並べて文章にして、
③紙面になる様に版面を造り、
④そこにインクを塗って
⑤紙に印刷する
のが活版印刷の工程です。
明治時代の文明開化で、コンパクトな活版印刷機が、早く大量に印刷できるため普及しました。 -
横形単気筒蒸気機関?
明治初期にフランスでつくられた機械です。
生糸をつくる機械を動かすためのエネルギーを生み出す機械なんですね。
世界遺産に認定された、富岡製糸場で使われていた機械です。
この機械によって、生糸の生産能力はかなりアップしたようです。 -
この複雑な機械は、
ミーレ式活版印刷機です。
明治44年(1911年)にアメリカでつくられた機械です。
この機械によって、連続的に早く印刷することができるようになりました。 -
これは面白い!
乗車券印刷機です。
切符の印刷だけの為に、昭和3年(1928年)に日本国内でつくられました。 -
1枚1枚異なる通し番号を印刷することができました。
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これは発電機です。
明治33年(1900年)に金沢の発電所で使われていました。 -
旧国鉄の札幌で使われていた活版印刷機です。
明治42年(1909)年に日本でつくられました。
初の国産活版印刷機なんですね。 -
鉄道寮新橋工場・機械館をあとにしました。
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勉強になりました。
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先ほど訪れた宇治山田郵便局が見えます。
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今日は走らない蒸気機関車の鉄橋も見えます。
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この階段を上がって市電に乗りましょう。
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おっ!
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明治28年(1895)に運行を始めた京都市電です。
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京都市電は日本で最初に営業をはじめた路面電車なんですね。
ここに動態保存されていて、現役で動いています。 -
ここ名古屋駅から乗車します。
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運転台。
アクセルとブレーキだけ。 -
車内でチケット購入。
500円×2枚 -
出発!
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走っていると、大小大きさの違う鐘の音が聞こえてきます。
大きくカンカンと響くのは運転手が鳴らす警鐘です。
小さくチンチンと響くのが車掌が鳴らす確認の鐘の音です。 -
天井や照明がお洒落です。
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変な形のつり革です。
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このつり革は籐でできています。
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上部には小窓があります。
お洒落な造りですね~ -
ゆっくりガタゴト走る市電の車窓から明治村の風景を楽しむことができます。
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どこ観てもカッコいい。
移動手段ではありますが、乗るアトラクションです。 -
村内の2丁目・3丁目・4丁目にある3つの駅を結ぶ、全線で800mほどです。
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4丁目の建物を車掌さんが案内してくれます。
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ゆっくり走るのが風情があるのです。
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一つ目の駅である京都七条駅です。
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京都七条駅を出ると、右側には大きな池が見えてきました。
入鹿池です。
つい最近、自衛隊機の悲しい事故があった池です。 -
間もなく終点です。
品川燈台駅です。 -
もう一台の市電の車両が見えます。
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終点に着き、運転台の横を通って下車します。
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終点に着くと、折り返し運転の為の作業が始まります。
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トロリーポールを外し、逆向きに付け替える作業をしています。
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反対側でトロリーポールを架線にセットしています。
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運転席が反対側になりました。
トロリーポールを前から後ろに移動させるだけで、進行方向が逆になります。 -
車両の前に付いているのは、救助網です。
安全の為、電車の前を往来する人や障害物をすくい上げるのが目的です。 -
市電は品川灯台駅を折り返し出発して行きました。
つづく
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