2025/02/02 - 2025/02/02
125位(同エリア1707件中)
万歩計さん
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・三内丸山遺跡をボランティアガイドさんの説明付きで回った。個人で漫然と回っても、雪の下にある遺跡は分からない。三内丸山で縄文人たちが集団生活を始めたのは約6000年前で、イギリスで見たストーンヘンジが造られたのとほぼ同時代。両者とも想像を超えた高度に成熟した文明があった事を考えると、太古の地球に人類以外の文明が存在したのではないか、という仮説もまんざらではないと思えた。
・県立美術館では棟方志功のコーナーを見学した。司馬さんは「北のまほろば」の中で、青森の芸術家として太宰治と棟方志功に多くのページを割いている。彼の作品には自由奔放な女性の姿が独特の文字と一緒に掘られたものが多い。志功さんを「縄文時代から迷わずにこの世にきた人ではないか」と評した司馬さんの表現は実に的を得ている。
【旅程】
2/1(土)伊丹空港→青森空港→青森駅→津軽半島(ストーブ列車、十三湖、金木)→青森市内観光(津軽三味線ライブ)(泊)
https://4travel.jp/travelogue/11965175
https://4travel.jp/travelogue/11966745
★2/2(日)三内丸山遺跡と県立美術館(棟方志功)→青森市内観光(ベイエリア)→奥入瀬渓流氷瀑ナイトツアー→十和田市(泊)
★https://4travel.jp/travelogue/11966978
https://4travel.jp/travelogue/11967476
2/3(月)十和田市→青森駅→酸ヶ湯温泉(泊)
https://4travel.jp/travelogue/11967561
2/4(火)酸ヶ湯温泉→青森駅→黒石温泉郷・温湯温泉→青荷温泉(泊)
https://4travel.jp/travelogue/11967792
https://4travel.jp/travelogue/11968015
2/5(水)青荷温泉→黒石市重伝建地区→弘前市内観光(弘前市重伝建地区、弘前城、レトロ建築巡り)→青森空港→伊丹空港
https://4travel.jp/travelogue/11968726
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9:10 バスで三内丸山遺跡センターに到着
特別史跡 三内丸山遺跡 名所・史跡
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幸運に今日は無料開放日。受付で9:30のガイドツアーを予約。
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三内丸山遺跡のジオラマ
三内丸山で縄文人たちが集団生活を始めたのは約6000年前。当時は気温が現在より2~3℃高く、入江が集落の近くまできていた考えられています。 -
司馬さんは”北のまほろば”を執筆中、「4500年前の巨大木柱出土」の新聞記事を見て、矢も楯もたまらずここに駆け付けたそうです。
『青森県全体が、こんにち考古学者によって縄文時代には、信じがたいほど豊かだったと想像されている』 -
『山や野に木の実が豊かで、三方の海の渚では魚介が採れる。走獣も多く、また季節になると、川を食べものの方から身をよじるようにしてやってくる。そんな土地は、地球上にざらにない』
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地元のボランティアガイドさんに連れられ現地へ。マンツーマンの贅沢な見学です。
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時遊トンネルから外に出たらこの雪景色
「粗末な衣類の縄文人が、この寒さにどう耐えたのか」というのが最初の疑問。 -
環状配石墓と道路跡
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雪に埋まってますが、この場所に直径4mの石で囲んだ大人の墓があります。斜面を削って造られた幅7~12mの道路跡に並列に造られています。
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個人で漫然と回っても、雪の下にある遺跡は分からない。ガイドツアーに参加して大正解。
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この場所からシンボルの望楼や掘立柱建物跡など、遺跡全体を見渡せます。
特別史跡 三内丸山遺跡 名所・史跡
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南の盛土
竪穴建物や大きな柱穴などを掘った時の残土、土器や石器などの生活廃棄物を捨てた場所で、最終的には小山のようになっています。 -
この場所から大量の土器、石器、土偶やヒスイ等が出土しています。
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竪穴建物跡。
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住居は直径6mほど地面を掘り込んで床を造り、中央に炉を設けました。このような住居跡がこれまでに550棟以上見つかり、15棟が復元されています。
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『ヒトは、農業を始めてからムラをつくり、やがて国をつくった。縄文時代のような採取生活では、一家族か数家族が移動して暮らすため、ムラをなさない』
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イチオシ
『そう思われていたのが、青森県の縄文時代はよほど文化が成熟していたのか、大集落を持ち、集落としての秩序を持ち、高々と望楼のような構造まで持っていたのである』
特別史跡 三内丸山遺跡 名所・史跡
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大人の墓(土坑墓)
大人は、地面に掘られた円形や楕円形の穴に埋葬されました。 -
掘立柱建物跡。地面に穴を掘り柱を立てた建物跡で、数棟が復元されています。
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『多数の竪穴式住居のまわりに、食糧倉庫かと思われる高床式の建物が数十棟もあったようである。共有の倉庫跡もみつかった』
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『食料の貯蔵という思想がこうも濃厚に存在したということも驚きの一つだった。かれらは採り歩き、食べ歩いているという古い縄文観は、まったくくつがえされた』
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北の谷
食べ物を捨てたゴミ捨て場でした。
『ある谷は食べ物の捨て場所だった。クジラ、タイ、ヒラメなどの海産物が多かった。陸奥湾の恵みの多さを思うべきである。
またニワトコの種子も出土した。わざわざ栽培していたとなると、あるいは酒を造ったのかと想像できる
縄文時代、世界でいちばん食べ物が多くて住みやすかったのが青森県だったということを、私は考古学者たちの驥尾に付してそう思い、いわば”まほろば”だったと考えてきた。それが土中から現れようとは思わなかった』 -
北盛土
司馬さんはここから発掘作業を見ていました。発掘現場はとても広く500人が作業を行う様子は「黒沢映画のロケ現場のようだった」と書いています。 -
今でも土器のかけらがそのまま残されています。
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子どもの墓
子供は土器に入れられて、集落の近くに埋葬されました。土器は穴が開けられたり底が壊され、中からこぶし大の石が出た例がありました。 -
この中に司馬さんが「矢も楯もたまらずここに駆け付けた」4500年前の巨大木柱の遺構が保存されています
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地面に穴を掘り、柱を建てて造った建物跡です。柱穴は直径約2m、深さ約2m、間隔が4.2m、中に直径約1mのクリの木柱が入っていました。
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柱の太さは薬師寺の三重塔の柱に匹敵。これよりはるか後世の弥生時代の佐賀吉野ケ里遺跡から出た望楼より、遥か2千年も古い。
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これを基に復元したのがこの大型掘立柱建物。三内丸山遺跡のシンボルです。
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石器しかない時代、どんな方法で巨木を伐採し、表面を加工したのだろう。
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『さて高楼のことである。現場で、私はただ一つの想像をするだけにした。
農耕時代になって政治的権力が現れる。だから、採取の世の楼閣は、首長の権力をあらわすものではなかったろう』 -
『ひとびとは丸木舟に乗って海で漁をする。終えるとこの高楼を目指して帰ってきたに違いない。夜、漁からもどらない者があると「高く火を焚け」というのが首長だった』
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最後に望楼の横にある復元大型住宅へ
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イチオシ
長さが10メートル以上のものを大型住居跡と呼び、この住宅は長さ32mもあります。集会所、共同作業所、冬期間の共同家屋などの説があります。
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70分の現地ガイドのあとは、三内丸山遺跡センターにある「さんまるミュージアム」で出土品の見学
縄文時遊館 公園・植物園
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石槍 紀元前1900年から2200年の縄文中期のもの
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土器類
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北海道・北東北の縄文人は何故か縦に長い形にこだわりました。
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土偶も多数出土。すべてセクシーな女性を形どっています。
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イチオシ
三内丸山遺跡で出土した最も有名なのが、この大型板状土偶。表面に黒漆が塗られていました。
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多くの土偶は一部が壊されています。これは体の痛みを土偶を壊すことで和らげる「身代わり説」と考えられています。
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司馬さんが感動した翡翠。糸魚川産の原石を独特の形に磨き上げられ、紐通しの穴があけられています。
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竪穴建物内での暮らしの様子
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子供の墓に使われた土器
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クリの大木の支柱
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発掘調査で出土した土器の破片は、段ボール箱で数万個に及んだそうです。
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これらの復元作業が、今も続けられています。
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1時間40分の見学を終え外に出たら、多くの家族連れが雪遊びをしていました。
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次に向かうのは近くの青森県立美術館
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11:05 青森県立美術館。ちょうどジブリの特設が行われ入口は長蛇の列。
青森県立美術館 美術館・博物館
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15分ほど並んでやっと入場。
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目的は青森出身の版画家・棟方志功。
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イチオシ
青森市の鍛冶屋の三男に生まれた志功が、少年時代に「わだば、ゴッホになる」と言った話は有名。極度の近視だったので、板に顔をくっ付けるようにして彫っています
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司馬さんは津軽出身の芸術家として、太宰治と共に棟方志功に多くのページを割いています。
『棟方志功の自己は、まことに大きい。いつも朝の野のように初々しく露で濡れていて、その初々しさは縄文時代から迷わずにこの世にきた人ではないかと思えるほどである』
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21歳で上京し、度々油絵を帝展に出展するも、相次いで落選。
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しかし独学で学んだ版画で、その才能を大きく開花させました。
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33歳で国画会展に出品した版画の大作「大和し美し」が日本民藝館の蔵品として買い上げられ、これを契機に柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司らの知遇を受けることになりました。
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この作品は佐藤一英の同題の詩を借用したもので、絵と共に多量の文字が刻み込まれています。
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イチオシ
石工が鏨で叩き彫ったよう独特の文字
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版画に掘られた女性像は、三内丸山遺跡で見たセクシーな土偶を思わせる
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司馬さんは志功の彫る半裸の女性たちに、自由奔放に生きた縄文の女性をかさねています
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棟方志功の存在を内外に印象付けた代表作「二菩薩釈迦十大弟子」
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イチオシ
それぞれの仏の表情が個性豊かに彫られています
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『うち「富棲那」がとくにいい。志功の「富棲那」は、人格的魅力にみちている。力士のような筋骨を持ち、右片肌をぬぎ、満身の力を込めて音吐を発している』
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11:50 美術館を出たが道路は美術館に入る車で大渋滞。バスが来なくてイライラ
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12:35 諦めて20分歩いた別路線で青森駅に戻ってきました
青森駅 駅
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この旅行記へのコメント (2)
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- おくさん 2025/11/24 10:22:46
- 近い将来
- 身体が思うように動かなくなったら、万歩計さんのように国内を気ままに旅したいなぁと思ってます。それか国内ツアーに混ぜて貰うとかも気楽で良いですね。
近い将来と言うより既にそう成りつつあります。涙;
- 万歩計さん からの返信 2025/11/24 16:56:20
- RE: 近い将来
- おくさん、こんにちわ。コメントありがとうございました。
カミーノの達人の口から洩れた弱音のことば。しかし現実はそんなものですね。
私は先日東海道五十三次を庄野宿から草津宿までの68kmを2泊3日で歩く計画を立てました。ヤマは2日目の31km。6年前にカミーノを歩いた時の一日の最大距離が33.5kmでした。歩けるかなー、まぁ何とかなるか、と思ってスタートしたが、何とかなりませんでした。
歩いている途中で足がけいれんし、それでも歩いては休みしながら歩き続けましたが、途中で写真を撮ろうと中腰になったらそのまま尻餅。今度は立ち上がれない。道の真ん中でひっくり返った亀状態になり、同行の友人の助けでやっと立ち上がりました。やはり6年間の老いは大きかったです。結局歩いたのは60kmで残りはバスやタクシーを使いました。
現在は家庭の事情で長期で海外旅行が出来なくなり、もっぱら国内小旅行専門です。本当に良いものは、意外と身近にあることに気付く昨今です。
万歩計
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