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旅の三日目。この日は、竹内街道の起点である長尾集落から歩き、司馬遼太郎氏が『街道をゆく』の中で書かれた集落の北の外れからの眺望を楽しむ。そして、最後は當麻寺に参詣し、この旅を締め括ることにした。<br /><br />(2025.01.04投稿)

『街道をゆく』を行く・竹内街道【3】~竹内街道と當麻寺~

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2024/12/01 - 2024/12/01

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旅行記グループ 『街道をゆく』を行く

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旅猫

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旅の三日目。この日は、竹内街道の起点である長尾集落から歩き、司馬遼太郎氏が『街道をゆく』の中で書かれた集落の北の外れからの眺望を楽しむ。そして、最後は當麻寺に参詣し、この旅を締め括ることにした。

(2025.01.04投稿)

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
3.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
新幹線 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 変わり映えのしないビジネスホテルの朝ご飯を食べる。まあ、ご飯と味噌汁、焼き魚、玉子焼き、海苔があれば、ご馳走である。

    変わり映えのしないビジネスホテルの朝ご飯を食べる。まあ、ご飯と味噌汁、焼き魚、玉子焼き、海苔があれば、ご馳走である。

  • 昨日の失敗を念頭に、しっかり行き先を確認して列車に乗る。まずは、近鉄の桜井駅から大阪線の準急で大和八木駅に向かい、橿原神宮前行の急行に乗り換えた。橿原神宮前駅からは、南大阪線の古市行普通電車に乗り、磐城駅で下車した。

    昨日の失敗を念頭に、しっかり行き先を確認して列車に乗る。まずは、近鉄の桜井駅から大阪線の準急で大和八木駅に向かい、橿原神宮前行の急行に乗り換えた。橿原神宮前駅からは、南大阪線の古市行普通電車に乗り、磐城駅で下車した。

  • その磐城駅は、無人駅であった。駅からすぐの場所で、綺麗なマンホールを見つけた。旧當麻町のものである。二上山を背景に、當麻寺の二つの塔と、旧當麻町の花である牡丹の花が描かれている。

    その磐城駅は、無人駅であった。駅からすぐの場所で、綺麗なマンホールを見つけた。旧當麻町のものである。二上山を背景に、當麻寺の二つの塔と、旧當麻町の花である牡丹の花が描かれている。

  • 駅から5分ほど南へ歩くと、長尾神社がある。この社は、古代豪族長尾氏の発祥の地とされ、古代の道である竹内街道、伊勢へ向かう初瀬街道へと繋がる横大路、北へ向かう長尾街道、南へ向かう下市街道が交差する交通の要衝でもあった。

    駅から5分ほど南へ歩くと、長尾神社がある。この社は、古代豪族長尾氏の発祥の地とされ、古代の道である竹内街道、伊勢へ向かう初瀬街道へと繋がる横大路、北へ向かう長尾街道、南へ向かう下市街道が交差する交通の要衝でもあった。

  • 旅の無事を祈念した後、社務所で御朱印を頂く。すると、境内にある絵馬堂を観ていきなさいと、わざわざ鍵を開けてくれた。中には、江戸時代以降に奉納された絵馬が保存されていた。その裏手には、祭神である水光姫命所縁の御陰井の跡とされる場所があったが、良く分からなかった。

    旅の無事を祈念した後、社務所で御朱印を頂く。すると、境内にある絵馬堂を観ていきなさいと、わざわざ鍵を開けてくれた。中には、江戸時代以降に奉納された絵馬が保存されていた。その裏手には、祭神である水光姫命所縁の御陰井の跡とされる場所があったが、良く分からなかった。

  • 長尾神社を辞し、竹内街道を歩いて行く。竹内街道沿いには、古い町並みが残っているのだが、長尾神社からしばらくは普通の住宅街である。それでも、古い町屋が少しだけ残っていた。

    長尾神社を辞し、竹内街道を歩いて行く。竹内街道沿いには、古い町並みが残っているのだが、長尾神社からしばらくは普通の住宅街である。それでも、古い町屋が少しだけ残っていた。

  • 下市街道が南へ分岐する辻を過ぎ、その先で竹内街道と別れる。そして、しばらく歩くと、長尾の集落を外れた。そこからは、二上山から続く山並みが綺麗に見渡せた。

    下市街道が南へ分岐する辻を過ぎ、その先で竹内街道と別れる。そして、しばらく歩くと、長尾の集落を外れた。そこからは、二上山から続く山並みが綺麗に見渡せた。

  • 左手には、葛城山の稜線が続いている。その稜線の奥には、金剛山も顔を覗かせている。司馬遼太郎氏は、『街道をゆく』の中で、「葛城をあおぐ場所は、長尾村の北端であることがのぞましい。」と述べている。目の前に広がる景色は、まさに氏のおっしゃる通りであった。

    左手には、葛城山の稜線が続いている。その稜線の奥には、金剛山も顔を覗かせている。司馬遼太郎氏は、『街道をゆく』の中で、「葛城をあおぐ場所は、長尾村の北端であることがのぞましい。」と述べている。目の前に広がる景色は、まさに氏のおっしゃる通りであった。

  • 素晴らしい眺めを堪能した後、二上山の麓へと向かって歩いて行く。その麓には、瓦屋根の集落が佇んでいる。その中に埋もれるように見えている甍が、この旅の最後の目的地である當麻寺である。

    素晴らしい眺めを堪能した後、二上山の麓へと向かって歩いて行く。その麓には、瓦屋根の集落が佇んでいる。その中に埋もれるように見えている甍が、この旅の最後の目的地である當麻寺である。

  • 風情のある集落の中を抜けると、当麻寺の門前町に出た。その街並みも、なかなか風情がある。道幅も、江戸の頃とほとんど変わっていないのではないだろうか。

    風情のある集落の中を抜けると、当麻寺の門前町に出た。その街並みも、なかなか風情がある。道幅も、江戸の頃とほとんど変わっていないのではないだろうか。

  • 門前町を歩いて行くと、東大門と呼ばれる仁王門が現れる。見れば、仁王様が片方だけである。

    門前町を歩いて行くと、東大門と呼ばれる仁王門が現れる。見れば、仁王様が片方だけである。

  • 仁王門を潜り境内に入ると、まず目に付くのが鐘楼である。そこに吊られている梵鐘は、當麻寺が創建された白鳳時代に鋳造されたものだそうだ。日本最古級の梵鐘で、国宝に指定されている。

    仁王門を潜り境内に入ると、まず目に付くのが鐘楼である。そこに吊られている梵鐘は、當麻寺が創建された白鳳時代に鋳造されたものだそうだ。日本最古級の梵鐘で、国宝に指定されている。

  • その先に、二棟の建物が向かい合わせに建っていた。右手に見えたのが講堂である。鎌倉時代に再建されたもので、堂内には、平安期に造られた阿弥陀如来坐像などが安置されている。

    その先に、二棟の建物が向かい合わせに建っていた。右手に見えたのが講堂である。鎌倉時代に再建されたもので、堂内には、平安期に造られた阿弥陀如来坐像などが安置されている。

  • とりあえず、正面に立つ本堂に参拝する。本堂は曼荼羅堂と呼ばれ、境内最大の建物であり、国宝である。堂内では、天平時代に造られた国宝の曼陀羅厨子や、重要文化財の當麻曼陀羅の写本などを観ることが出来る。

    とりあえず、正面に立つ本堂に参拝する。本堂は曼荼羅堂と呼ばれ、境内最大の建物であり、国宝である。堂内では、天平時代に造られた国宝の曼陀羅厨子や、重要文化財の當麻曼陀羅の写本などを観ることが出来る。

    當麻寺本堂 名所・史跡

  • 本堂で拝観料を支払うと、講堂と金堂も拝観できる。案内の方の説明を聴きながら、講堂の中を拝観。外へ出ると、向かいの金堂の左右後方に、国宝の東塔と西塔が綺麗に観えると言われたが、東塔は逆光気味であった。奈良時代後期に建てられた三重塔である。

    本堂で拝観料を支払うと、講堂と金堂も拝観できる。案内の方の説明を聴きながら、講堂の中を拝観。外へ出ると、向かいの金堂の左右後方に、国宝の東塔と西塔が綺麗に観えると言われたが、東塔は逆光気味であった。奈良時代後期に建てられた三重塔である。

  • そして、西塔も眺める。西塔は、平安時代に建てられたそうである。平安時代以前に建立された二つの塔が現存するのは、貴重である。東向きの本堂に対して、塔が南側に並んでいるのは、創建時は金堂が本堂だったからだそうだ。

    そして、西塔も眺める。西塔は、平安時代に建てられたそうである。平安時代以前に建立された二つの塔が現存するのは、貴重である。東向きの本堂に対して、塔が南側に並んでいるのは、創建時は金堂が本堂だったからだそうだ。

  • かつての本尊である国宝の弥勒仏座像や重要文化財の四天王立像などが安置されている金堂を拝観した後、案内の方に教えていただいた最古の石灯籠を観に行く。その石灯籠は、奈良時代前期の創建時に造られたものだそうだ。當麻寺のHPにも掲載されていないが、貴重な歴史の遺産である。

    かつての本尊である国宝の弥勒仏座像や重要文化財の四天王立像などが安置されている金堂を拝観した後、案内の方に教えていただいた最古の石灯籠を観に行く。その石灯籠は、奈良時代前期の創建時に造られたものだそうだ。當麻寺のHPにも掲載されていないが、貴重な歴史の遺産である。

  • 金堂の裏手にある護念院を拝観。當麻寺の塔頭のひとつで、尼となったかの中将姫が住まいしたと云われている。その境内からは、西塔が綺麗に観えた。三つの庭園を有し、樹齢約三百年と言う枝垂桜のほか、千株もの牡丹、樹齢約二百年と言う躑躅など、春には美しいそうである。

    金堂の裏手にある護念院を拝観。當麻寺の塔頭のひとつで、尼となったかの中将姫が住まいしたと云われている。その境内からは、西塔が綺麗に観えた。三つの庭園を有し、樹齢約三百年と言う枝垂桜のほか、千株もの牡丹、樹齢約二百年と言う躑躅など、春には美しいそうである。

  • その護念院と西隣の西南院の間から、西塔が良く見えた。東塔は壁がくすんでいたが、こちらは白壁である。訊けば、修繕されたそうである。

    その護念院と西隣の西南院の間から、西塔が良く見えた。東塔は壁がくすんでいたが、こちらは白壁である。訊けば、修繕されたそうである。

  • 西南院を拝観する。その庭に出ると、池に西塔が綺麗に映り込んでいた。

    西南院を拝観する。その庭に出ると、池に西塔が綺麗に映り込んでいた。

  • 高台に登ると、庭が綺麗に見渡せた。木々の枝が枝垂れ、池には雲が映っている。広い庭ではないが、なかなかの風情だ。

    高台に登ると、庭が綺麗に見渡せた。木々の枝が枝垂れ、池には雲が映っている。広い庭ではないが、なかなかの風情だ。

  • その庭は、江戸時代に整備された池泉回遊式の庭園である。木々や草花が多く、緑が濃い。色付いた葉もあり、綺麗であった。

    その庭は、江戸時代に整備された池泉回遊式の庭園である。木々や草花が多く、緑が濃い。色付いた葉もあり、綺麗であった。

  • 書院からは、その庭を眺めることが出来る。

    書院からは、その庭を眺めることが出来る。

  • そこでひと休みし、お抹茶をいただく。菓子は、久しぶりに干菓子であった。それにしても、境内は参拝客で賑わっていたが、どの塔頭も人気が少ない。この書院も、最後まで私一人であった。

    そこでひと休みし、お抹茶をいただく。菓子は、久しぶりに干菓子であった。それにしても、境内は参拝客で賑わっていたが、どの塔頭も人気が少ない。この書院も、最後まで私一人であった。

  • ひと休みした後、奥院へと向かう。まずは、外から重要文化財の鐘楼門を拝観する。深い紅色を纏った落ち着いた佇まいの門である。柱が細く、屋根が大きいため、地震が来たら倒壊しそうでもある。

    ひと休みした後、奥院へと向かう。まずは、外から重要文化財の鐘楼門を拝観する。深い紅色を纏った落ち着いた佇まいの門である。柱が細く、屋根が大きいため、地震が来たら倒壊しそうでもある。

  • 拝観料を支払い、境内へと入る。ここは、南北朝時代、戦乱の続く京都知恩院から、法然上人の像などを遷すために創建された寺である。その像を安置したのが、本堂である御影堂で、重要文化財に指定されている。

    拝観料を支払い、境内へと入る。ここは、南北朝時代、戦乱の続く京都知恩院から、法然上人の像などを遷すために創建された寺である。その像を安置したのが、本堂である御影堂で、重要文化財に指定されている。

  • 本堂右手には、桃山時代に建てられた重要文化財の大方丈もあった。

    本堂右手には、桃山時代に建てられた重要文化財の大方丈もあった。

  • 本堂の裏手に回ると、池を中心とした浄土庭園があったが、西南院の庭園を観た後なので、整い過ぎて、趣が感じられない。

    本堂の裏手に回ると、池を中心とした浄土庭園があったが、西南院の庭園を観た後なので、整い過ぎて、趣が感じられない。

  • 奥院の境内からは、當麻寺の塔頭と二つの塔が良く見えた。二つの塔が並び立ち、甍の連なる光景は、奈良時代の双塔伽藍の風情を今に伝えるようで美しい。

    奥院の境内からは、當麻寺の塔頭と二つの塔が良く見えた。二つの塔が並び立ち、甍の連なる光景は、奈良時代の双塔伽藍の風情を今に伝えるようで美しい。

    當麻寺東塔 西塔 名所・史跡

  • そして、入口近くの紅葉も綺麗であった。

    そして、入口近くの紅葉も綺麗であった。

  • その後、中之坊を拝観する。ここは、中将姫が剃髪・修業した場所と云われている。境内には、剃髪堂と呼ばれる御堂があり、中将姫の守り本尊とされる十一面観音像が安置されていた。

    その後、中之坊を拝観する。ここは、中将姫が剃髪・修業した場所と云われている。境内には、剃髪堂と呼ばれる御堂があり、中将姫の守り本尊とされる十一面観音像が安置されていた。

  • 御堂の脇に、『中将姫誓いの石』と言うものがあった。かつて女人規制であった當麻寺に入山するため、中将姫が三日間祈念したところ、この石に足跡が付いたと書いてあった。

    御堂の脇に、『中将姫誓いの石』と言うものがあった。かつて女人規制であった當麻寺に入山するため、中将姫が三日間祈念したところ、この石に足跡が付いたと書いてあった。

  • 中之坊の庭は、『香藕園』と呼ばれ、大和三名園の一つとされている。その庭の背後には東塔が聳え、池にはその姿が映り込んでいた。

    中之坊の庭は、『香藕園』と呼ばれ、大和三名園の一つとされている。その庭の背後には東塔が聳え、池にはその姿が映り込んでいた。

    當麻寺中之坊庭園 公園・植物園

  • 境内の外へ出ると、左手に古風な御堂が見えた。近付いてみると、それも當麻寺の堂宇のひとつであった。薬師堂であるその建物も、重要文化財であった。かつての境内が、今より広かったことを伝える建物である。

    境内の外へ出ると、左手に古風な御堂が見えた。近付いてみると、それも當麻寺の堂宇のひとつであった。薬師堂であるその建物も、重要文化財であった。かつての境内が、今より広かったことを伝える建物である。

  • 當麻寺で少々のんびりし過ぎたため、早歩きで当麻寺駅へと向かう。参道途中の街並みには、風情のある町屋が残っている。

    當麻寺で少々のんびりし過ぎたため、早歩きで当麻寺駅へと向かう。参道途中の街並みには、風情のある町屋が残っている。

  • さらに歩いて行くと、小さな御堂と石塔が建っていた。その石塔は、相撲の開祖と云われる當麻蹶速(たいまのけはや)の塚だそうだ。昨日見つけた相撲神社に祀られる野見宿禰と、初の相撲を取り敗者となった人物だそうである。地元の人たちからは親しまれたそうで、今日まで塚は大切に守られて来たそうだ。

    さらに歩いて行くと、小さな御堂と石塔が建っていた。その石塔は、相撲の開祖と云われる當麻蹶速(たいまのけはや)の塚だそうだ。昨日見つけた相撲神社に祀られる野見宿禰と、初の相撲を取り敗者となった人物だそうである。地元の人たちからは親しまれたそうで、今日まで塚は大切に守られて来たそうだ。

    當麻蹶速塚 名所・史跡

  • 何とか、11時29分発の電車に間に合った。その電車に乗り、終点の橿原神宮前駅で降りた。

    何とか、11時29分発の電車に間に合った。その電車に乗り、終点の橿原神宮前駅で降りた。

  • 乗り換え時間を利用して、駅構内にあった食事処でお昼を食べることにする。すぐ出来るのは何かと尋ねたところ、おでんだと言う。それでは、昼呑みとなってしまうので、次に早いと言うカレーライスを注文した。しかし、そのカレーには、具が入っていなかった。

    乗り換え時間を利用して、駅構内にあった食事処でお昼を食べることにする。すぐ出来るのは何かと尋ねたところ、おでんだと言う。それでは、昼呑みとなってしまうので、次に早いと言うカレーライスを注文した。しかし、そのカレーには、具が入っていなかった。

    きはる 橿原神宮駅店 グルメ・レストラン

  • 12時22分発の特急に乗り、京都駅へと向かう。近鉄は、特急が結構走っているので、快適に移動できるのが嬉しい。

    12時22分発の特急に乗り、京都駅へと向かう。近鉄は、特急が結構走っているので、快適に移動できるのが嬉しい。

  • そして、京都駅からは13時30分発の『のぞみ386号』に乗り、今回の旅を終えた。山辺道を歩くことと、『街道をゆく』で気になっていた長尾からの景色を眺めることを目的とした旅。三日間とも天気が良く、古代の歴史にも、十分に触れることが出来た。景色もたおやかで、日頃の疲れが癒された。やはり、大和路は良いところである。またすぐにでも訪れたくなってしまった。次回は、飛鳥の辺りにでも行こうか。

    そして、京都駅からは13時30分発の『のぞみ386号』に乗り、今回の旅を終えた。山辺道を歩くことと、『街道をゆく』で気になっていた長尾からの景色を眺めることを目的とした旅。三日間とも天気が良く、古代の歴史にも、十分に触れることが出来た。景色もたおやかで、日頃の疲れが癒された。やはり、大和路は良いところである。またすぐにでも訪れたくなってしまった。次回は、飛鳥の辺りにでも行こうか。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • 前日光さん 2025/01/12 22:26:20
    長尾神社周辺!
    こんばんは、旅猫さん
    この辺り、私も司馬さんの影響を受けて、ずっと前から行ってみたいところの一つです。

    当麻寺には2008年の三月に訪れていて、その日は天気が悪くて、二上山も良く見えませんでした。
    国宝の鐘楼近くで、猫さんが盛んに毛づくろいをしていたことを思い出します。
    私が当麻寺に行きたかったのは、大昔に絵本で読んだ「ちゅうじょうひめ」に出てきた当麻曼荼羅を見たかったからですが、それ以上にあの辺りの風景を堪能したかったということもあります。

    長尾神社近くの竹ノ内街道の起点などにも行きたいです。
    私は東大阪側から、すこしばかり竹ノ内街道を歩いたのですが、時間の関係で奈良まで行くことができませんでした。
    今度は奈良側から歩いてみたいのですが、なにしろ腰痛です。
    歩くのは無理でも、「葛城をあおぐ場所は、長尾村の北端であることがのぞましい。」
    と、司馬さんがおっしゃっていた場所に立って、その風景を眺めてみたいです。
    三月末に奈良旅を予定しています。
    その時に旅猫さんと同じ場所に立てたらいいなと思っています。

    旅猫さんの奈良旅、いつものことながら素晴らしいです!
    私の旅にも、とても参考になる風景を見せていただき、ありがとうございました<m(__)m>


    前日光

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2025/01/13 07:40:47
    RE: 長尾神社周辺!
    前日光さん、こんにちは。

    書き込みありがとうございます。
    私も、司馬さんの『街道をゆく』の「葛城をあおぐ場所は、長尾村の北端であることがのぞましい。」の一文だけで、長尾に立ち寄ることにしました。
    今は合併により長尾村はありませんが、長尾と言う地名は健在で、その北端から、葛城山が確かに綺麗に見えました。
    ただ、新興住宅地が麓にできていますが。

    當麻寺は、なかなか風情のある寺でした。
    あの東西両塔が並び立つ姿は、一見の価値がありますね。
    當麻曼荼羅もしっかりと見てきました。

    竹ノ内街道の大阪側にある太子町を歩いてみたいと思い、一度は計画したのですが、仕事の都合で中止となってしまいました。
    今年は、歩きたいと思っています。

    三月に奈良へ行かれるのですね!
    ぜひ、長尾からの眺めを楽しんでください。
    二上山も綺麗に見えると良いですね。

    旅猫
  • pedaruさん 2025/01/05 07:21:19
    新年に読む旅行記
     旅猫さん 
     明けましておめでとうございます。
     
     山野辺の道、大和路、名称だけでも美しく、古代日本の姿を彷彿とさせる風景でした。低層の家屋の瓦屋根の中にひときわ凛と建つ三重塔、堂塔の甍、絵に描きたい景色です。
     風は冷たいが澄んだ空気、穏やかな日差し、こんな道を歩くのは至福の時間です。私も歩いてみたい、足を引きずって。
     自転車に頼り切りですので、歩くのが苦手になりました。自転車もいいけれど、最後は足に頼らねばなりません。三途の川も足と、お金が必要だと聞いています(笑)

     當麻寺には文化財の建物、仏像などが沢山あるのですね。写真で見ると屋根瓦の色がいいですねー。たくさん見せて頂きました。ありがとうございます。
     
     今年もよろしくお願いします。

     pedaru

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2025/01/05 12:35:04
    RE: 新年に読む旅行記
    pedaruさん、こんにちは。

    新年、あめでとうございます。
    早々のご訪問、ありがとうございます。

    山辺道や大和路と言う言葉は、なかなか良いですよね。
    関東だと、武州とか野州など、どこか武張った感じがありますからね。
    當麻寺は、境内も門前町も、とても瓦が美しかったです。
    奥院から観る二棟の三重塔の姿も見事でした。
    古代寺院の姿が、奇跡的に残っている感じです。

    近くには古代の道も通り、山々の姿も悠久の時の流れを感じさせてくれます。
    長閑な景色の中を歩くのは、とても気持ちの良いものでした。
    自転車でも、十分、その気分は味わえます。

    それでは、本年もよろしくお願いいたします。
    旅猫
  • jijidarumaさん 2025/01/04 19:59:13
    奈良・山辺道(山辺の道)
    旅猫さん、
    今晩は。明けましておめでとうございます。
    本年も宜しくお願いします。

    新年も早々と4日ですね。
    我が家は娘2家族が年始に訪れ、家内のお手製の正月料理お節やお雑煮、夜には我が家・恒例のトマトソースベースのチーズフォンデユを皆で楽しみました。
    大学生の孫娘二人は成人で、用意した日本酒、シャンパン、ワインを大人たちと一緒になって乾杯していました。
    大学受験の孫も久しぶりに開放感があった様子で、大学生の孫たちとトランプ遊びに興じていました。(都内の長女と長女宅の孫娘は大学受験もあり、今年は欠席で総勢9名でしたが・・・)

    さて、いつもながら、良い旅のシリーズを拝見し、心が和みました。
    司馬遼太郎氏が書いた『街道をゆく』や、奈良大和路の入江泰吉写真集を読んだり観たりして、これを参考にしたのですが、50代の半ばだった大阪単身時代に、来阪した家内と奈良を歩きましたね。京、大阪とは一段と違う奈良の趣は実に良かったですね。

    その思い出がよみがえりました。また歩いてみたいものですが・・・。

    それではまた。
    jijidaruma

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2025/01/04 21:47:38
    RE: 奈良・山辺道(山辺の道)
    jijidarumaさん、こんばんは。

    新年おめでとうございます。
    お正月は、ご家族と楽しく過ごされたようですね。
    こちらは、大晦日から体調を崩し、インフルエンザに罹ってしまいました。
    おかげで、ずっと寝ていました。。。

    奈良大和路は、大阪や京都とは違い、古都の風情が色濃いですね。
    個人的には、奈良が一番好きです。
    『街道をゆく』は、旅の参考になりますよね。
    最近、久しぶりに読み返し、改めて面白いと思っています。

    それでは、今年もよろしくお願いいたします。
    旅猫
  • ポテのお散歩さん 2025/01/04 19:33:21
    當麻寺
    旅猫さん 新年おめでとうございます。

    大和高田に5年住んだ私が、唯一自慢できるのが二上山に2回登った事です(^-^;
    御存じの通り低い山で、約30年前の事なので何とか登れたのです。
    二上山に登ったと言うと、「あれは登ったとは言わないよ」と呆れられました(^_^;)
    健脚の方は毎月金剛山に登られる方がいました。

    当麻寺の周囲は細い道が多いですね。
    昔から地図が大きく変わっていないのでしょうね。
    薬師堂のような歴史的にも大切な建物が民家の隣に普通に建っていたので
    流石に奈良だと思いました。
    當麻寺は不便な所にあるので簡単には行けませんが
    行く毎に良いお寺だと思います。

    本年も宜しくお願いします(*^-^*)

       ポテ

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2025/01/04 21:40:32
    RE: 當麻寺
    ポテさん、こんばんは。

    新年おめでとうございます。
    大晦日から体調を崩し、インフルエンザを発症してしまいました。
    人生初インフルエンザです。。。

    ポテさんは、大和高田に住んでいたことがあるのですね。
    しかも、あの二上山に登ったことも。
    つい最近、あの山の麓にいたことが、なんだか不思議な感じです。

    當麻寺は初めて訪れましたが、門前町も含めて、なかなか良いところですね。
    道の拡幅は、ほとんどしていないようですね。
    薬師堂は、偶然目に付きました。
    あまりにもさりげなく民家の中に立っているので、見落としそうです。

    それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

    旅猫

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