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日常生活が、ほぼ仕事で埋め尽くされたような日々を過ごす中、<br />会社から休暇を指定され、年始が急に大型連休になってしまった。<br />年末の急な話だったため、全く予定外のノープラン。<br />家に引きこもっているのも勿体ないということで、<br />コロナ前に計画し、コロナで頓挫したままだった山形旅行に<br />出かける事にしました。<br /><br />朝一で向かったのは、過去に何度が訪れた事が在る山寺。<br />通常であれば雪深い季節ですが、記録的に雪の少ない年で<br />長い階段も問題ないだろうと判断しました。

山形訪問2024①(閑さや岩にしみ入る蝉の声:山形市・山寺、やまがたレトロ館他)

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2024/01/05 - 2024/01/06

440位(同エリア1150件中)

旅行記グループ 山形訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

この旅行記のスケジュール

この旅行記スケジュールを元に

日常生活が、ほぼ仕事で埋め尽くされたような日々を過ごす中、
会社から休暇を指定され、年始が急に大型連休になってしまった。
年末の急な話だったため、全く予定外のノープラン。
家に引きこもっているのも勿体ないということで、
コロナ前に計画し、コロナで頓挫したままだった山形旅行に
出かける事にしました。

朝一で向かったのは、過去に何度が訪れた事が在る山寺。
通常であれば雪深い季節ですが、記録的に雪の少ない年で
長い階段も問題ないだろうと判断しました。

旅行の満足度
4.0
  • 上野発の山形新幹線を初利用し、山形駅に到着。<br />山形新幹線が在来線を利用している事を、今更ながら初めて知りました。

    上野発の山形新幹線を初利用し、山形駅に到着。
    山形新幹線が在来線を利用している事を、今更ながら初めて知りました。

    山形駅

  • 山形駅で山形と仙台を結ぶ仙山線に乗り換え、約20分で山寺駅に到着。

    山形駅で山形と仙台を結ぶ仙山線に乗り換え、約20分で山寺駅に到着。

    山寺駅

  • 山寺駅を出ると正面の山腹から山頂の岩山の上に、山寺のお堂が建っているのを目にすることが出来ます。

    山寺駅を出ると正面の山腹から山頂の岩山の上に、山寺のお堂が建っているのを目にすることが出来ます。

  • 山寺駅のほぼ正面に建っているやまがたレトロ館(旧山寺ホテル)。<br />まだ開館時間前なので、山寺拝観の帰りに寄ってみようと思います。

    山寺駅のほぼ正面に建っているやまがたレトロ館(旧山寺ホテル)。
    まだ開館時間前なので、山寺拝観の帰りに寄ってみようと思います。

  • 山寺駅と山寺の間を横切る様に流れている立谷川。

    山寺駅と山寺の間を横切る様に流れている立谷川。

  • 山寺(宝珠山立石寺)の登山口に到着。目印となる大きな石碑が立っています。<br />根本中堂に寄るためにこちらにきましたが、山上に向かう事だけが目的であれば、駅からだともっと手前の階段を登ると近道になります。

    山寺(宝珠山立石寺)の登山口に到着。目印となる大きな石碑が立っています。
    根本中堂に寄るためにこちらにきましたが、山上に向かう事だけが目的であれば、駅からだともっと手前の階段を登ると近道になります。

  • 登山口の階段を登って、境内に向かいます。

    登山口の階段を登って、境内に向かいます。

  • ブナ材で建てられた建築物としては、日本最古と云われている根本中堂。<br />延文元年(1356)初代山形城城主の斯波兼頼が再建したものが現存しており、立石寺の本堂にあたる建物です。延暦7年(788)比叡山延暦寺で最澄が灯した法灯から、天文12年(1543)に分灯された法灯が灯されています。<br />織田信長による比叡山焼き討ちにより、延暦寺の法灯が消えてしまったため、後に比叡山延暦寺に再分灯されています。

    ブナ材で建てられた建築物としては、日本最古と云われている根本中堂。
    延文元年(1356)初代山形城城主の斯波兼頼が再建したものが現存しており、立石寺の本堂にあたる建物です。延暦7年(788)比叡山延暦寺で最澄が灯した法灯から、天文12年(1543)に分灯された法灯が灯されています。
    織田信長による比叡山焼き討ちにより、延暦寺の法灯が消えてしまったため、後に比叡山延暦寺に再分灯されています。

  • 出羽国山寺総鎮守府の碑が建っている日枝神社。<br />後に第三世天台座主となる慈覚大師円仁が、貞観2年(860年)宝珠山立石寺を開基する際に全山を守護するため、比叡山の麓に鎮座する日吉神社から、御分霊を勧請し創建したものです。

    出羽国山寺総鎮守府の碑が建っている日枝神社。
    後に第三世天台座主となる慈覚大師円仁が、貞観2年(860年)宝珠山立石寺を開基する際に全山を守護するため、比叡山の麓に鎮座する日吉神社から、御分霊を勧請し創建したものです。

  • 延命・長寿のご霊験があると伝わる亀の甲石。

    延命・長寿のご霊験があると伝わる亀の甲石。

  • 日枝神社の祭礼で使用される御神輿が格納されている御神輿殿。<br />御神輿殿の前には、こけしの形をしたこけし塚が建てられています。

    日枝神社の祭礼で使用される御神輿が格納されている御神輿殿。
    御神輿殿の前には、こけしの形をしたこけし塚が建てられています。

  • 奥の細道行脚の最中に山寺を訪れた松尾芭蕉と曾良の像。

    奥の細道行脚の最中に山寺を訪れた松尾芭蕉と曾良の像。

  • 芭蕉は、山寺を訪れた際に最も知名度の高い俳句の一つと思われる『閑さや岩にしみ入る蝉の声』を詠みました。

    芭蕉は、山寺を訪れた際に最も知名度の高い俳句の一つと思われる『閑さや岩にしみ入る蝉の声』を詠みました。

  • 修行道場として使用されていた念仏堂。

    修行道場として使用されていた念仏堂。

  • 石垣の上に建てられた鐘楼。<br />鐘楼の前に宝珠山立石寺全山の案内板が立っています。

    石垣の上に建てられた鐘楼。
    鐘楼の前に宝珠山立石寺全山の案内板が立っています。

  • 宝珠山立石寺は、山上と山麓に建物が分かれています。<br />本堂となる根本中堂は山麓に鎮座していますが、山寺でよく見かける写真は、山上からの写真ですね。

    宝珠山立石寺は、山上と山麓に建物が分かれています。
    本堂となる根本中堂は山麓に鎮座していますが、山寺でよく見かける写真は、山上からの写真ですね。

  • 鎌倉時代に造られたと伝わる、山上への登山口となる山門。<br />この先からは、入山料300円が必要になります。

    鎌倉時代に造られたと伝わる、山上への登山口となる山門。
    この先からは、入山料300円が必要になります。

    宝珠山立石寺 寺・神社・教会

    1,000段登る価値のある五大堂からの眺め by 赤い彗星さん
  • 入口の山門を抜けた後、少し平坦な道を進んだ後は、基本的に登って進む行程になります。

    入口の山門を抜けた後、少し平坦な道を進んだ後は、基本的に登って進む行程になります。

  • 極楽と地獄の境に建てられた姥堂。<br />ここから上は極楽、下は地獄に見立てられています。<br />姥堂には、不気味に笑っているように見える奪衣婆の石像が安置され、天井からはドラえもん人形がぶら下がっていました。

    極楽と地獄の境に建てられた姥堂。
    ここから上は極楽、下は地獄に見立てられています。
    姥堂には、不気味に笑っているように見える奪衣婆の石像が安置され、天井からはドラえもん人形がぶら下がっていました。

  • 参道沿いには、所々に石像や石碑などが建てられています。

    参道沿いには、所々に石像や石碑などが建てられています。

  • 参道の左手には、修験者の修行の場所でもあった高い岩山が聳えています。

    参道の左手には、修験者の修行の場所でもあった高い岩山が聳えています。

  • せみ塚と名付けられた石碑。<br />松尾芭蕉の詠んだ『閑さや岩にしみ入る蝉の声』をしたため短冊を埋めて、そこに石碑を立てたものだそうです。

    せみ塚と名付けられた石碑。
    松尾芭蕉の詠んだ『閑さや岩にしみ入る蝉の声』をしたため短冊を埋めて、そこに石碑を立てたものだそうです。

    山寺 せみ塚 名所・史跡

  • 山門から山頂まで1、015段の石段が続きます。<br />過去に山寺を訪れた際は、汗をかきつつフーフー言いながら、大変な思いをして登ったような記憶があるのですが、今回は寒い時期の参拝で汗をかくこともなく、想像していたよりしんどくないなと思いながら、軽快に階段を登っていきます。

    山門から山頂まで1、015段の石段が続きます。
    過去に山寺を訪れた際は、汗をかきつつフーフー言いながら、大変な思いをして登ったような記憶があるのですが、今回は寒い時期の参拝で汗をかくこともなく、想像していたよりしんどくないなと思いながら、軽快に階段を登っていきます。

  • 阿弥陀如来をイメージして岩を削った、弥陀洞。<br />仏の姿に見える人には幸福が訪れるそうですが、私には見えていない。。<br />どこがどの部分なのか知りたいけど、見るんじゃない感じるんだの世界なのかも。

    阿弥陀如来をイメージして岩を削った、弥陀洞。
    仏の姿に見える人には幸福が訪れるそうですが、私には見えていない。。
    どこがどの部分なのか知りたいけど、見るんじゃない感じるんだの世界なのかも。

  • 山上の建物群の入口に当たる仁王門が見えてきました。

    山上の建物群の入口に当たる仁王門が見えてきました。

  • 急な階段の上に聳え立つ重要文化財の仁王門。<br />ブナを建材とした建物としては、日本最古と云われています。

    急な階段の上に聳え立つ重要文化財の仁王門。
    ブナを建材とした建物としては、日本最古と云われています。

  • 仁王門に安置された仁王像は、運慶の弟子によるものと伝わっています。<br />運慶の弟子ということは、登山口の山門同様、鎌倉時代に造られたものですね。

    仁王門に安置された仁王像は、運慶の弟子によるものと伝わっています。
    運慶の弟子ということは、登山口の山門同様、鎌倉時代に造られたものですね。

  • 運慶の弟子であれば、息子の湛慶や同門の快慶達と共に腕を磨いていた仏師ということで、腕は折り紙付きだったでしょうね。

    運慶の弟子であれば、息子の湛慶や同門の快慶達と共に腕を磨いていた仏師ということで、腕は折り紙付きだったでしょうね。

  • 仁王門の先の階段を登っていくと右手に性相院が見えてきます。<br />記録的に雪が少なかったので山上にも雪は積もっていませんが、建物周りは積雪に備えて冬支度されていますね。<br />慈覚大師作と伝わる阿弥陀如来や快慶作の毘沙門天が安置されています。

    仁王門の先の階段を登っていくと右手に性相院が見えてきます。
    記録的に雪が少なかったので山上にも雪は積もっていませんが、建物周りは積雪に備えて冬支度されていますね。
    慈覚大師作と伝わる阿弥陀如来や快慶作の毘沙門天が安置されています。

  • 性相院隣の金乗院の軒先には、数珠玉を回すと地蔵菩薩の御真言を唱えたのと同じ功徳を頂けると云われるぴんころ車。

    性相院隣の金乗院の軒先には、数珠玉を回すと地蔵菩薩の御真言を唱えたのと同じ功徳を頂けると云われるぴんころ車。

  • 五大堂方面からの山上の風景。<br />岩山に囲まれた場所に山上の建物が集まっています。

    五大堂方面からの山上の風景。
    岩山に囲まれた場所に山上の建物が集まっています。

  • 建物を彩っている龍の装飾。<br />龍の髭や空気の流れを表していると思われる細くて長い流線形など、手が込んでいて製作も難しいだろうと思われる装飾です。

    建物を彩っている龍の装飾。
    龍の髭や空気の流れを表していると思われる細くて長い流線形など、手が込んでいて製作も難しいだろうと思われる装飾です。

  • 駅からも見えていた、岩山から突き出るように建てられている五大堂。<br />五大明王を祀った道場です。<br />眼下に絶景が拡がる場所なので、山寺一番の人気スポットです。

    駅からも見えていた、岩山から突き出るように建てられている五大堂。
    五大明王を祀った道場です。
    眼下に絶景が拡がる場所なので、山寺一番の人気スポットです。

  • 絶景かな、絶景かな、絶景かな。

    絶景かな、絶景かな、絶景かな。

  • 朝もやと野焼きの煙が混じって、眼下の街並みが幻想的に霞んでいます。

    朝もやと野焼きの煙が混じって、眼下の街並みが幻想的に霞んでいます。

  • このもやをかなり濃くすると雲海になるのかな。

    このもやをかなり濃くすると雲海になるのかな。

  • 出羽の驍将とも呼ばれた最上義光の御霊屋。<br />周囲の大名や国人と争いながら、徐々に勢力範囲を拡げ、出羽国(山形県)に一大勢力を築いた、知勇兼備の戦国大名です。<br />妹(義姫)が伊達輝宗の正室で政宗を産んでいるので、伊達政宗の叔父でもあります。

    出羽の驍将とも呼ばれた最上義光の御霊屋。
    周囲の大名や国人と争いながら、徐々に勢力範囲を拡げ、出羽国(山形県)に一大勢力を築いた、知勇兼備の戦国大名です。
    妹(義姫)が伊達輝宗の正室で政宗を産んでいるので、伊達政宗の叔父でもあります。

  • 対ではなく、一基だけ建っている大燈籠。<br />屋根から土台まで、凝りに凝った装飾が施されています。<br />明治28年に山形市の鋳物師・小野田才助が制作したものです。小野田才助は、香川県金刀比羅宮にも大燈籠を奉納している名工です。

    対ではなく、一基だけ建っている大燈籠。
    屋根から土台まで、凝りに凝った装飾が施されています。
    明治28年に山形市の鋳物師・小野田才助が制作したものです。小野田才助は、香川県金刀比羅宮にも大燈籠を奉納している名工です。

  • 奥の院と呼ばれている妙法堂。<br />慈覚大師が、中国での修業時代に常に持ち歩いていたと伝わる釈迦如来と多宝如来を本尊として安置している写経道場です。

    奥の院と呼ばれている妙法堂。
    慈覚大師が、中国での修業時代に常に持ち歩いていたと伝わる釈迦如来と多宝如来を本尊として安置している写経道場です。

  • 妙法堂の左隣に建っている大仏殿。<br />約5Mの金色の阿弥陀如来が安置されているそうです。

    妙法堂の左隣に建っている大仏殿。
    約5Mの金色の阿弥陀如来が安置されているそうです。

  • 重要文化財の三重小塔。<br />小さな三重塔なので、風雨から守るためにガラスケースに格納されています。三重塔には、本尊として大日如来像が安置されているそうです。

    重要文化財の三重小塔。
    小さな三重塔なので、風雨から守るためにガラスケースに格納されています。三重塔には、本尊として大日如来像が安置されているそうです。

  • 新年早々、山寺で見かけた雪はこれぐらい。<br />翌日、米沢で利用したタクシーの運転手が、この時期に全く雪が積もっていないのは記憶にないと言っていました。例年通りの積雪だと、山寺には来れなかった気がします。

    新年早々、山寺で見かけた雪はこれぐらい。
    翌日、米沢で利用したタクシーの運転手が、この時期に全く雪が積もっていないのは記憶にないと言っていました。例年通りの積雪だと、山寺には来れなかった気がします。

  • 山寺の山頂には、小さなポストが立っています。<br />勿論疑似ポストではなく、ここから郵便物を送る事が出来ます。

    山寺の山頂には、小さなポストが立っています。
    勿論疑似ポストではなく、ここから郵便物を送る事が出来ます。

  • 観光客は立ち入れない場所ですが、岩場に設けられたお堂に渡る手段が、木の梯子を渡るしかないなんてお寺の方も命がけでお堂の管理をしているようです。

    観光客は立ち入れない場所ですが、岩場に設けられたお堂に渡る手段が、木の梯子を渡るしかないなんてお寺の方も命がけでお堂の管理をしているようです。

  • 参道沿いに安置されているほっこりお地蔵様。

    参道沿いに安置されているほっこりお地蔵様。

  • 参道沿いの岩に彫られている磨崖仏。平安初期作ということで、かなり風化が進んでいます。

    参道沿いの岩に彫られている磨崖仏。平安初期作ということで、かなり風化が進んでいます。

  • 石灯籠の中に小さな小さなお地蔵様達が隠れていました。

    石灯籠の中に小さな小さなお地蔵様達が隠れていました。

  • 山寺の麓まで戻ってきました。<br />本坊手前に建っている唐破風が施された抜苦門。

    山寺の麓まで戻ってきました。
    本坊手前に建っている唐破風が施された抜苦門。

  • 瀧不動の扁額が掛けられた小さな鳥居が目に入りました。<br />横には、山寺 瀧不動 宝珠山立石寺の看板が。

    瀧不動の扁額が掛けられた小さな鳥居が目に入りました。
    横には、山寺 瀧不動 宝珠山立石寺の看板が。

  • 十八夜塔の石碑が並んでいますが、これは何ぞや?と調べてみたら、正月、5、9、11月の旧暦18日に、餅をついて月に供える月待記念として制作された石碑のようです。

    十八夜塔の石碑が並んでいますが、これは何ぞや?と調べてみたら、正月、5、9、11月の旧暦18日に、餅をついて月に供える月待記念として制作された石碑のようです。

  • 小さなお堂の後ろには、これまた小さな滝が流れています。

    小さなお堂の後ろには、これまた小さな滝が流れています。

  • 山寺日枝神社の祭礼である山王祭の祭器が保管されている建物。

    山寺日枝神社の祭礼である山王祭の祭器が保管されている建物。

  • 遠くに見える山々の山頂付近には雪が積もっていますが、平地には全く雪がありませんでした。通年だと、恐らく春先の風景がこのような感じなのではないでしょうか。

    遠くに見える山々の山頂付近には雪が積もっていますが、平地には全く雪がありませんでした。通年だと、恐らく春先の風景がこのような感じなのではないでしょうか。

  • 先程は開館していなかったやまがたレトロ館に立ち寄りました。<br />無料で見学する事が出来ます。

    先程は開館していなかったやまがたレトロ館に立ち寄りました。
    無料で見学する事が出来ます。

    やまがたレトロ館 (旧山寺ホテル) 名所・史跡

  • 明治期に医院として建てられた建物を山寺ホテルとして開業。<br />平成19年までホテルとして、利用されていた建物です。

    明治期に医院として建てられた建物を山寺ホテルとして開業。
    平成19年までホテルとして、利用されていた建物です。

  • 窓からは、日本庭園を眺める事が出来ます。<br />手前は駐車場のようにも見えるけど、ホテルが運営されていた時はこちら側に玄関があったようです。

    窓からは、日本庭園を眺める事が出来ます。
    手前は駐車場のようにも見えるけど、ホテルが運営されていた時はこちら側に玄関があったようです。

  • 1階には、手作り感溢れる自由研究のような、山寺や山形に関する資料が展示されています。

    1階には、手作り感溢れる自由研究のような、山寺や山形に関する資料が展示されています。

  • 2階の廊下部分からは、日本庭園を見る事が出来ます。<br />建物自体も古く、いかにも古旅館といったデザインですが、個人的には嫌いではない造形です。

    2階の廊下部分からは、日本庭園を見る事が出来ます。
    建物自体も古く、いかにも古旅館といったデザインですが、個人的には嫌いではない造形です。

  • 建物も修復されているのでしょうが、1階よりも2階の方が造りがしっかりしているようにも感じました。1階の方が、床の軋みや畳のへたり具合が進んでいるように思います。

    建物も修復されているのでしょうが、1階よりも2階の方が造りがしっかりしているようにも感じました。1階の方が、床の軋みや畳のへたり具合が進んでいるように思います。

  • どこかの企業の社屋や工場の竣工祝いの大凧が展示されていました。

    どこかの企業の社屋や工場の竣工祝いの大凧が展示されていました。

  • 山寺駅の待合室は、古民家風にデザインされていました。

    山寺駅の待合室は、古民家風にデザインされていました。

    山寺駅

  • 山寺駅の駅名看板には、山寺の写真が組み込まれていました。

    山寺駅の駅名看板には、山寺の写真が組み込まれていました。

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