2024/01/05 - 2024/01/06
122位(同エリア266件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
山寺参拝後に山形市内を散策し、疲れで動きの悪くなった重い脚に鞭を打ちつつ、宿泊地のかみのやま温泉駅までやってきました。
かみのやまの温泉街は、駅から向かうと緩やかな坂の途中に温泉宿が集まっていました。温泉街から徒歩圏内の場所にある模擬天守の資料館や武家屋敷、沢庵和尚の小庵などを巡りました。
- 旅行の満足度
- 3.5
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一年で一番日の短い時期。上山に着いた頃には、急速に日が落ち始めていました。ホテルに向かう前に駅から上山城に直行。
公益財団法人上山城郷土資料館 名所・史跡
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上山城は、江戸時代に上山の領主であった土岐氏の時代は、三層の天守を持った「羽州の名城」として知られていたような立派な城郭だったようですが、土岐氏の転封と共に幕府により、一度城郭が取り壊されてしまいました。その後、上山領主となった金森氏や松平氏により、多少整備されたようですが、元の姿に戻る事はなかったそうです。
現在の上山城は模擬天守が建てられ、郷土資料館として利用されています。
全く記憶にないのですが、どうやら昔来たことがあるらしい。。 -
修験者が法螺貝を吹いている様子が再現されています。
山形県には、出羽三山などもありますし、大勢の山伏が行き来していたんでしょうね。 -
大正時代に活躍した関取、上山出身の出羽ヶ嶽文治郎の銅像。
204cm180kgの巨漢でしたが、ペットの小鳥が死んだ際に号泣してしまうほどの優しすぎる性格と多くの怪我で、番付は関脇止まりだったそうです。
どこまで銅像が本物に近いのかは分かりませんが、銅像を見る限り、重量のありそうな上半身に比べて足が細く感じるので、下半身への負担はかなりのものだったであろうと思います。 -
天守から眺めた上山市内。
本来であれば雪雲に覆われた冬の空なのでしょうが、翌日降ったのは雪ではなく小雨でした。 -
後ろから見た上山城の天守。
個人的には、こちらの角度から見た天守の方が好みでした。 -
上山城の真後ろに鎮座する月岡神社。
上山城主に転封となった藤井松平家七代信通が、上山城本丸内に東照宮を建立したのが始まりです。 -
徳川家康が織田信長と共に戦った主要な戦のほとんどに参加していた、徳川家の縁戚である藤井松平家(尾張国藤井村出身の松平家)の初代利長と二代目信一が祀られています。
月岡神社 寺・神社・教会
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かみのやまのマンホール蓋のデザインは、まさかのへのへのもへじの案山子でした。
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本日の宿泊は、ステイインホテルズ材木栄屋さん。
2018年に営業を終了した老舗旅館が、別資本で2020年新たに生まれ変わり、シングルルームなどが増設され営業を開始しました。ステイインホテル材木栄屋 宿・ホテル
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旅館近くのお蕎麦屋さん、味津肥盧(みつひろ)さんにやってきました。夜営業も19時台に閉まってしまうので、温泉に浸かる前に先に夕食を摂ることにしました。
湯蕎庵 味津肥盧 グルメ・レストラン
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山形はラーメンの有名所なのでお昼はラーメンを食べたのですが、個人的に物足りず、夜のお蕎麦屋さんでリベンジ。
今日も散々歩き回ったのでラーメンとカツ丼セットを注文。勝手に半カツ丼だと思っていたら、一人前のラーメンとカツ丼でした。流石にボリュームがあり過ぎて、完食したもののお腹がパンパン。千数百円でこのボリュームは安すぎる。
本当に美味しい濃厚醤油の中華そばでした。 -
ホテルの朝食。品数も多く、美味しい和食の朝ごはんを頂きました。
本日も元気に動き回れそうです。 -
地下に設けられた温泉は少し熱めのお湯でしたが、寒い季節にしっかりと温まることが出来、体の疲れも癒すことが出来ました。
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旅館前で送迎を担当している巨大こけし。
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ステイインホテルズ材木栄屋から、5分程細い道をほぼ真っ直ぐに進んだ場所に建つ春雨庵にやってきました。
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入口の小さな門には、「春雨庵」の扁額が掛けられています。
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春雨庵は、京都大徳寺153世の沢庵禅師が、紫衣事件への抗議の咎で江戸幕府により、上山に流された際に起居していた小庵です。
沢庵禅師は、この小庵を大いに気に入り、上山滞在中に京都や江戸の文化である禅道や詩歌、水利や築堤の設計などを伝え、城下の発展に大きく貢献しました。
藩主の土岐頼行も沢庵禅師に帰依して、名君と慕われるような善政を敷いたそうです。沢庵禅師が起居していた小庵 by 赤い彗星さん春雨庵 名所・史跡
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小庵の庭園に立つ「土岐灯籠」と名付けられた石灯籠。
平成に入り、東京都港区虎ノ門の土岐家の上屋敷跡の庭園が改造されることになり、庭園に置かれていた石灯籠が、土岐家の末裔の方から寄贈されたものだそうです。 -
庭園に安置されたお地蔵様。
京都の大原三千院のお地蔵様のような、ほっこり系のお地蔵様です。 -
「土岐灯籠」とは、趣の全く違う足元を照らすような小さな石灯籠。
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春雨庵が、昭和30年に再建された際に建てられた茶室「聴雨亭」。
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3畳の小さな茶室は、千利休が建てた国宝の「待庵」を踏襲しているそうです。
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聴雨亭の外観。
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庭園の池に配置された石を基礎とした土塀が設けられていました。
池に架かる屋根付きの橋などは見かけますが、土塀のみはなかなか見かけないですね。かなり不安定な様子に見えます。 -
小庵の中には、沢庵禅師像が安置されています。
小雨が舞う曇り空の早朝なので外からの光もほとんど入らず、光の当たった上座に本当に沢庵禅師が座っているような錯覚を覚えます。 -
建物の中にぶら下がっていた「春雨庵」の大きな提灯。
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かみのやまの四軒並びの武家屋敷。
かみのやま温泉駅から見て一番手前の森本家は、現在も子孫の方が居住されているので外観のみ見学可です。
森本家は、藤井松平家が丹波篠山城主であった頃に家臣となった家柄だそうです。 -
森本家のお隣の三輪家。
こちらは内部見学が可能です。入館料は220円でした。 -
三輪家は、藤井松平家11代信古の代から仕え、代々側用人を務める側近だったそうです。玄関を上がると取次の間があり、明治時代に金融業を営んでいた際に使用していた大きな金庫が置かれています。
刀を抜けないように、天井を低く造ってある部屋だそうです。 -
応接間と書斎を兼ねていた座敷。
江戸時代から、現代まで末裔の方が住まわれていたようで、部屋にはガラス窓が使用されています。庭園を眺めながら過ごすことが出来る部屋ですね。 -
天井からぶら下がっていた唐辛子の束。
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三輪家住宅は、庭に面して長い縁側が続きます。
壁に断熱材などない時代。夏は部屋が直射日光にさらされるのを防ぎ、冬は外の寒気からワンクッション置くことで寒さを和らげる効果があったのかもしれないですね。 -
時期が時期なので庭園に色味がないですが、立派な池泉庭園が設けられています。
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実際に使用されていたものが残されているのでしょうが、用具の組み合わせが時代劇の小道具そのものですね。
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小さな物置のような武者隠し。
入るのも一苦労だけど、いざという時にもすぐに出る事が出来ないような小さなスペースでした。 -
三輪家のお隣の山田家。
こちらも子孫の方が、現在も居住されているので外観のみ見学可です。 -
最後の武家屋敷は旧曾我部家。
1時間300円で使用出来るようですが、一般公開という形での見学は出来ないようです。あくまでイベントなどでの使用のみ可という形式のようです。 -
かみのやま駅に向かう途中、栗川稲荷神社に立ち寄りました。
社殿のかなり前から、朱い鳥居が並んでいます。 -
朱い鳥居を通り抜け、社殿に続く最後の鳥居群の入口に到着。
短く緩やかな階段を登って境内に向かいます。栗川稲荷神社 寺・神社・教会
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開山堂の社殿。
松平伸通が上山に国替えとなり、領地に向かう最中に稲荷大神が夢枕に立ち、利根川の氾濫から難を逃れる事が出来たことから、上山城内に稲荷神社の社殿を造営し、日々信奉していたそうです。
廃藩置県により、上山城が廃城となった後、現在地に遷移されたそうです。 -
大きな神社の鈴だけが、太い柱で造られた楼閣にぶら下がっていました。
通常は、お賽銭入れて鈴を鳴らしての流れかと思うのですが、ここはどのようにお参りすればいいのかが分かりませんでした。誰もいない静かな境内で大きな音を鳴らすのもということで、控えめに鈴だけ鳴らさせて頂きました。 -
昨晩は上山城経由で温泉街に向かったため通りませんでしたが、温泉街の入口には、「かみのやま温泉新湯通り」の歓迎看板が立てられています。
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温泉街周囲の歴史的建造物を巡る朝散歩を終え、かみのやま温泉駅に戻ってきました。
かみのやま温泉駅 駅
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山形県を南下し、米沢に向かいます。
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