2024/11/13 - 2024/11/15
666位(同エリア4652件中)
杏仁豆腐さん
2019年から4年続けて訪れた秋の京都。昨年は、広島への旅でした。
そして、今年は秋の京都に戻って来ました。
今年も暑い日が長く続き、紅葉も遅れていました。それでも、訪れた場所で確実に秋は始まっていました。
予約しておいた桂離宮からスタートです。
☆1日目
東京(08:42)→のぞみ311号→京都(10:57)
京都駅→(taxi)→桂離宮
桂離宮→桂駅→上桂駅→地蔵院(竹の寺)→バンブーコーヒー京都→華厳寺 (鈴虫寺)→月読神社→松尾大社→松尾大社駅→(阪急電鉄)→大宮駅→ホテル
夕食 モリタ屋四条猪熊本店本店(すき焼き)
☆2日目
烏丸駅→(烏丸線)→国際会館駅→(taxi)→古知谷阿弥陀寺→(taxi)→寂光院→芹生(昼食)→三千院→宝泉院→(taxi)→国際会館駅→(烏丸線)→今出川駅→晴明神社→(taxi)→松前屋・大極殿本舗本店→ホテル
夕食 東華菜館 本店(北京料理)
☆3日目
六波羅蜜寺→河井寛次郎記念館→方広寺・豊国神社→前田珈琲 京博店(昼食)→三十三間堂→(taxi)→京都駅
京都(15:13)→のぞみ406号→東京(17:24)
〇ホテル アーバンホテル京都四条プレミアム
秋の京都①(1日目前半)☆桂離宮・地蔵院(竹寺)☆バンブーコーヒー 京都☆2024/11/13
https://4travel.jp/travelogue/11942955
秋の京都②(1日目後半)☆華厳寺(鈴虫寺)・月読神社・松尾大社☆モリタ屋四条猪熊本店☆2024/11/13
https://4travel.jp/travelogue/11943926
秋の京都③(2日目前半)古知谷阿弥陀寺・寂光院☆芹生☆2024/11/14
https://4travel.jp/travelogue/11944143
秋の京都④(2日目後半)☆三千院・宝泉院・晴明神社☆松前屋・大極殿本舗本店・東華菜館本店☆2024/11/14
https://4travel.jp/travelogue/11944737
秋の京都⑤(3日目)☆六波羅蜜寺・河井寛次郎記念館・方広寺・豊国神社・蓮華王院☆前田珈琲 京博店☆2024/11/15
https://4travel.jp/travelogue/11946107
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- タクシー 新幹線 徒歩
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京都駅からタクシーで桂離宮へ。
予約の集合時間の30分ほど前に着くと、すでに待っている人たちがいました。 -
参観者休所に移動します。参観料1000円を支払います。
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参観者休所には展示物があります。
園林堂の細川幽斎像
宮家初代智仁親王の業績に傾倒した第八代家仁親王の時代に、天授庵(南禅寺の塔頭)の画像をもとにして画かれたものです。 -
花瓶 古銅花立御紋付
香炉 角形四方ニ菊花浮彫
燭台 亀形台鶴ニ蓮華形蠟立蠟皿蓮葉彫 -
時間になると、ガイドさんの後をついて庭園に入ります。
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京都の南西、古くは平安時代に貴族が別荘を営んだ桂の地に、八条宮家の別業(別荘)として初代智仁親王により創始されたのが桂離宮です。
桂川の西岸沿いに位置する桂離宮は、竹垣に囲まれた約六万九千㎡に及ぶ敷地の西側に主要部となる書院群が雁行し、その前方にある池の周辺には、四つの御茶屋や持仏堂などの庭園建築が配置されています。宮内省の所管となる明治16年(1883)以前には、桂別業などと称されていました。 -
土橋を渡って御幸門へと向かいます。
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御幸門(みゆきもん)をくぐります。
元は17世紀中頃、後水尾上皇をお迎えするために造られた門で、18世紀に再建されています。茅葺切妻屋根で、柱と桁にはアベマキの皮付き丸太が使われています。 -
御幸門
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道の先には、桂離宮表門が見えます。
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所々、紅葉も始まり、きれいです。
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桂離宮の秋の風景を楽しみながら歩きます。
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ガイドさんの説明は、とてもわかりやすいです。
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きれいに石が埋め込まれています。その上を歩きます。
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外腰掛
松琴亭に向かうための待合いとして設けられました。
座ることができます。 -
延段の突き当たりには石灯籠があり、その先は秋の風景。
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外腰掛にある砂雪隠の内部。トイレです。実際にはトイレとして使われることはないそうです。
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外腰掛前の延段、「行の飛び石」。
きれいな造りです。 -
きれいな風景。
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松琴亭が、池をはさんで見えます。
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秋の風景です。
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反り橋があります。
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州浜
小石を敷き詰めたなだらかな護岸です。出島状の先端に岬灯籠を置いています。 -
松と反り橋。
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松琴亭
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手前の石橋は、真直ぐな一本石です。
戦国を生き延びた武将、加藤左馬助から贈られたと言われています。 -
松琴亭
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松琴亭の八窓の茶室。遠州好みと言われています。
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一の間
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池の向こうの景色もいいです。
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竈(かまど)と炉を囲んだ、竈構え(くどがまえ)。
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二の間
斬新なデザインの松琴亭内部。
江戸時代にこの意匠を採り入れたのは、驚きです。 -
市松模様の襖には越前和紙が使われています。
当初は加賀藩で作られていた加賀奉書が使用されていたそうですが、修理の時には加賀奉書紙を漉く人がいなかったらしいです。 -
橋を渡ります。
よそ見をしていると、池に落ちそうです。
ガイドさんに池に落ちた人はいないのですかと尋ねたら、先日、7年ぶりに落ちた方がいたそうです。 -
風情があります。
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賞花亭です。
池を掘った時に出た土を盛り上げた山の上に建っています。 -
連子格子の窓が印象的です。
真夏でも、風通しがよさそうです。 -
天気も良く、気持ちよく散策できます。
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狭い橋を渡る時、ちょっと緊張します。
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広々とした風景。
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紅葉は遅れていますが、確実に秋は進んでいます。
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園林堂(おんりんどう)
持仏堂として建造されたため、離宮内では異色の建物です。 -
桂離宮で唯一の本瓦葺の建物です。
建物正面には優雅な曲線を描く唐破風からはふの向拝こうはい(建物中央の張り出した部分で礼拝をするところ)を付け、後水尾上皇の宸筆である「園林堂」の額が掲げられています。 -
この時期ならではの風景。
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遠くの景色も素敵です。土橋が印象的な風景です。
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笑意軒(しょういけん)が見えます。
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格別な風景の中に存在しています。
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「笑意軒」の欄間には、丸い下地窓が六つ並んでいます。
六つの丸窓は下地の組合せをそれぞれに違えてあり 「四季の窓」と呼ばれることもあるようです。 -
板戸の把手が洒落ています。
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窓の向こうに畑の風景が広がっています。畑の中の農家の風景を維持するために宮内庁が隣地の畑を買い取り、3軒の農家に貸して耕作を頼んでいるそうです。
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笑意軒の名は 古句より採ったものです。
「一枝漏春微笑意」一枝、春を漏らす微笑の意(こころ)
対岸にあった梅の馬場に列植されていた梅の花がほころぶのを眺めて楽しむ場所だったとか。 -
書院は手前から古書院、中書院、楽器の間、新御殿と雁行型に並びます。この画像は中書院~新御殿です。
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古書院
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古書院から突き出た月見台です。簀子で造られた露台です。木々の間から月を観るために設けられました。
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昭和の修理時に、古書院の屋根の妻の懸魚にある六葉形が金箔押しであったことも判明し、修理後は金色に復元されているそうです。
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月波楼(げっぱろう)は、屋根葺替工事中でした。
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スタート地点に戻りました。
ここで解散となりました。ガイドさんの説明、わかりやすかったです。 -
塀も風情があります。
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桂離宮からタクシーで地蔵院に来ました。
地蔵院は、臨済禅宗の寺で、夢窓国師を開山とし、伝教大師の作といわれる延命安産の地蔵菩薩を本尊としています。 -
この地は今から八百年近く前、歌人衣笠内大臣藤原家良公が山荘を営まれた処で、南北朝時代の貞治六年(1367)室町管領細川頼之公が夢窓国師の高弟宗鏡禅師を招請して伽藍を建立されたそうです。
竹が風に揺れて、音楽を奏でているようです。 -
細川頼之公の碑
細川潤次郎が1891年(明治24年)2月に建立したものです。
細川頼之は、三河に生まれ、足利尊氏に従う父のもとで、阿波に派遣され南朝と戦いました。正平7年/観応5年(1352)に、南朝の京都侵攻で父が戦死すると、頼之は上京して男山合戦で南軍を駆逐しました。
その後、頼之は中国地方へ向かい数カ国を統轄して南朝に対抗しました。その頃、中央では将軍足利尊氏が死去し、義詮が2代将軍となり、頼之の従兄の細川清氏が執事職に任命されます。
しかし、清氏は南朝側に寝返ます。頼之は将軍義詮から清氏討伐を命じられ、清氏は白峰城の戦いで戦死しました。中国地方が安定すると、頼之は讃岐・土佐の守護を兼ねて四国管領に任じられ、河野通朝を追討して四国を平定しました。
幕府の管領となっていた斯波義将とその父・斯波高経が「貞治の変」で失脚すると、頼之は幕府に召還され、正平22年/貞治6年(1367)に執事(管領)に就任しましたが、その直後に義詮は死去します。地蔵院を建立したのがこの年だそうです。 -
本堂には、本尊として伝教大師の作といわれる延命安産の地蔵菩薩が安置されています。
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一休禅師母子像
一休禅師が後小松天皇の皇子として近くの民家で生まれ、安国寺に移るまでこの地蔵院で修行されたと云われています。 -
細川頼之の墓です。
遺言によって帰依した宗鏡禅師の墓の横に葬られています。 -
開福稲荷大明神
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地蔵院は、別名「竹の寺」と呼ばれていて、境内に竹林が広がり、落ち着いた雰囲気です。
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方丈前に「十六羅漢の庭」と呼ばれる平庭式枯山水庭園があります。
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方丈は江戸時代 貞享3年(1686年)の再建で、平成30年(2018年)には解体修理が行われました。
細川護熙元総理大臣揮毫の書「海南行」の襖があります。 -
「海南行」は、地蔵院を建立した細川頼之が、この場所で詠んだものです。
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庭園と反対側には「猪の目」の窓の部屋があります。
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「猪の目」の窓はハートに似ていますが、それとは全く異なり日本古来からあるデザインのひとつです。
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方丈の庭園は、16の石組がそれぞれの羅漢の修行の様子を表現している平庭式枯山水庭園「十六羅漢の庭」です。
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訪れる人も少なく、静寂の中、庭園を見つめることができます。
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地蔵院を出て、バンブーコーヒー 京都でひと休みです。
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竹職人の名工、長野清助が27年かけて造った昭和の名建築「かぐや姫竹御殿」を生かしたカフェです。
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ケーキとアイスコーヒーでひと休みです。
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雰囲気のよいカフェです。
疲れを癒しました。 -
長野清助が考案した、竹片をモザイクタイルのように貼り込んだ「清助貼り」と呼ばれる手法など、他に類を見ない建築となっています。
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2017年には、京都市より「京都を彩る建物や庭園」に認定されました。
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2021年に平屋棟と厠棟が改装され、2022年3月、近所の人のプロデュースにより、ブルックリンスタイルのヴィンテージカフェ「BAMBOO COFFEE」がオープンしたそうです。
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