2019/07/05 - 2019/07/05
3位(同エリア7件中)
blumentalさん
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とうとう帰国日。帰りの便は午後発なので、午前の時間を利用して近くのブレダBredaまで。ブレダは北ブラバント州にある人口約18万人の街です。3年前に訪問した時に目当ての聖母教会が閉まっていたのでいつか再訪をと思っていました。そしてこの街にはベギンホフもあるので、旅の締めくくりとしてここを選びました。
旅行の日程は以下の通り:★印がこの旅行記です。
6月29日(土) 10:25関空~15:05スキポール空港、ロッテルダム(ロッテルダム泊)
6月30日(日) ミデルブルグ、フリシンゲン、ライデン(ロッテルダム泊)
7月1日(月) ライデン、ウールデン、スキーダム(ロッテルダム泊)
7月2日(火) アーネム、ナイメーヘン、スヘルトーヘンボス(ロッテルダム泊)
7月3日(水) ルーヴェン、メッヘレン(ロッテルダム泊)
7月4日(木) リール、トゥルンハウト、ヘーレンタルス(ロッテルダム泊)
★7月5日(金) ブレダ、14:45スキポール空港~(機内泊)
7月6日(土) 8:45関空着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- KLMオランダ航空
-
朝のロッテルダム中央駅。
とうとう帰国日。帰りのフライトは午後の便なので、最後の観光として午前中にブレダを往復します。7:44発のIntercityに乗車。 -
8:07ブレダ駅に到着。
実はこの駅、3日前の夕方通過しています。 -
ブレダ駅は近代的な外装の駅舎です。色は焦げ茶色で何だかオランダよりもベルギーっぽい感じ。
ブレダは再訪となります。3年前の訪問時には何かの催しのため聖母教会に入れてもらえなかったので今回はその雪辱戦。そしてベギンホフをもう一度じっくり見たかったからです。 -
駅前から南に伸びるウィレム通りWillemstraat。
両側が車道で、中央が幅の広い歩道になっています。 -
ん?歩道には蜘蛛、いや蟻か、とにかくマークがたくさん。道案内でしょうか。
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通りの先にはファルケンベルク公園Stadspark Valkenbergがあり、手前には運河にかかる短い橋があります。
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運河は旧市街を取り囲むマーク川Mark Rivierの一部です。
右手に紅白の塔みたいものが目に留まりますが、「灯台」Vuurtorenという名前のアート作品です。 -
公園の入り口に建つのはナッサウ記念碑Nassau-Baroniemonument。
この記念碑は1403年ドイツの貴族ナッサウ家のエンゲルベルヒト1世がブレダ領主になった500周年を記念して建てられました(1905年)。ナッサウ家が現代のオランダ王家ですので、ブレダがオランダ王家の発祥の地ということになります。 -
ここはかつてはブレダ城の庭だった場所ですが、今はブレダ市民の憩いの場となっています(今は朝早いので人がいませんが)。広い公園の中央には噴水付きの池があります。
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イチオシ
公園の南側にはベギンホフ(ベギン会院)Begijnhofがあり、ここは塀で囲まれています。写真はベギンホフの北側の面です。
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こちらはベギンホフの西側の面。
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公園の南側のカタリーナ通りCatharinastraat。左の建物がベギンホフ。
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通りに面してベギンホフの門(門楼)があります。
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おっ、入れるようですね、朝早いのに(今8:25)。
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うひょっ、だーれもいない。
施設は茶色煉瓦で統一された建物で囲まれ、静かで落ち着いた場所です。 -
ベギンホフの案内板がありました。入口は南側(図面下側)。
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中庭の向こうにあるのが聖カタリーナ教会Sint Catharinakerk。1836-38年の建設。
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うれしいことに教会は開いていました。身廊には入れませんが、入口から内部を見渡すことができます。
彫像とステンドグラスが並び、コンパクトにまとまっている感じがします。 -
ベルギーには13か所の世界遺産指定を含むたくさんのベギンホフが残っています。一方、オランダには世界遺産のベギンホフはありませんが、保存状態の良いのがブレダとアムステルダムのベギンホフくらいです。
ここのベギンホフは1267年には既に設立されており、1535年頃に現在の場所に移動したそうです。 -
教会西側のベギン会員の家(写真左)は1535年に建てられたこのベギンホフの最初の家です。
突き当りにあるのはトイレKakhuisのようです。1856年に造られ、1970年代まで使用されていたそうです(訪問者用のトイレは別にあります)。 -
ベギン会は独身女性が修道院に所属せず、半聖半俗の共同生活を行うために形成した独自の自治体のことで、彼女らが共同生活を送った場所がベギンホフ(ベギン会院)です。
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中庭南側の片隅に二人のベギン会員の像があります。案内板によると、最後のベギン会員は1990年に亡くなった姉妹だそうです。
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教会の東側の花壇にある鏡張りのガラス玉は、魔女の球Heksenbolと呼ばれる魔女除けの道具です(魔女は自分の姿を見ると魔力を失うと考えられていました)。中世には、魔女扱いされて火あぶりになったベギン会員もいたそうです。
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ベギンホフ東側の第二の中庭Tweede hof。こちら側にもベギン会員の像。
現在でも、この敷地内には独身女性が暮らしていて、ベギン会の伝統と習慣が守られているそうです。 -
聖カタリーナ教会の前から南に向かって。中央の芝生は、リネン(亜麻布)の漂白場として利用されていました。
向こうの建物は入口の隣にある別の教会です。 -
その教会がこちら。
ベギンホフの入口横にあるワロン教会Waalse kerkです。もともとここはカトリックのベギン会礼拝堂として使われていましたが、1590年にプロテスタント(カルヴァン派)のワロン教会となりました。1625年にはベギン会が所有権を取り戻しましたが、1648年(ミュンスターの和約)に再びワロン教会のものとなり、今日に至ります。 -
次はカタリーナ通りを西へ。
カタリーナ通りを西に向かうと左に聖母教会の尖塔が見えますが、手前で右折。 -
カステール広場Kasteelpleinに入るとぬっと目の前に現れたのが、オラニエ公ウィレム3世の騎馬像。
1672年フランスによるオランダ侵略戦争が始まった際に、オランダ総督(在位1672-1702)になり、ドイツ、オーストリアと同盟を結び、フランス軍を撤退させました。彼は後にイングランド王ウィリアム3世(在位1689-1702)にもなりました。 -
カステール広場の北側にはブレダ城Kasteel van Bredaがあります。マーク川(運河)に囲まれた城塞です。
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12世紀に建てられていた要塞を15世紀にナッサウ伯ヤン4世(ブレダ領主:在位1442-75)が城塞として拡大しました。
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橋の向こうにあるのはスタットハウデルス門Stadhouderspoort。でも中には入れません。鉄柵の向うに駐車場が見えるだけです。左手に宮殿があるはずなのですが。
ここは王立陸軍士官学校として使われているので、自由見学はできないそうです。 -
イチオシ
ブレダ城の南東の角に位置するブロックハウスBlokhuis(1520年建設)。この角度から見る城はいいですね。
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イチオシ
おっ、お二人ご出勤のようです。
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カステール広場の南側に向かって。向こうに聖母教会の尖塔が見えます。
右手前の建物は、ナッサウ・ファン・ユスティヌスの家(総督邸)Hofhuis Justinus van Nassau。ユスティヌスはオラニエ公ウィレム1世の庶子で、1601-25年にブレダ総督を務めました。 -
広場からシンゲル通りCingelstraatを西に、ニーウェ・マーク運河(新マーク川)Nieuwe Markに出ました。対面に見えるのはブレダ城の南西部分。
宮殿は木立に隠れてここからは見えません。 -
イチオシ
左がフラナーツ塔(手榴弾塔)Granaattoren、右がダイフェン塔(鳩の塔)Duiventorenで、1530年に造られました。中央の水門がスペイン門Spanjaardsgatです。
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ダイフェン塔横の鉄柵越しに写真を撮ろうとしたら、今回も門番に追い払われました(3年前と全く同じ)。
かろうじて撮れた写真がこの1枚。左手の建物が本館(宮殿)で、右手の芝生に戦車。 -
運河の西側から運河越しに見る東の風景。右はホーゲ橋Hoge Brug。
次は聖母教会に向かって移動します。 -
フィスマルクト通りVismarktstraatを東に。
曇っていて薄暗い空です。 -
聖母教会の北西側(左)と南側(右)。
3年前の訪問時、教会の尖塔を見上げただけで中を拝観できず、悔しい思いをしました。高さは97m。修復中の足場が組んでありますね。
今9:15、教会が開くのは10:00なんで時間はたっぷり。 -
聖母教会の東側です。こちらも一部がシートで覆われ修復中。
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聖母教会の東側には、フローテ・マルクト広場Grote Marktがあります。
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ちょうどここでは朝市が始まっており、人がどんどん集まってきています。毎週、火曜と金曜の開催のようです(今日は金曜日)。
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広場は南北に長く、ずっと向こうまで出店で埋まっています。
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広場の東側にはブレダ市庁舎Stadhuis Bredaがあるのですが、前に店が並んでいるため正面から写真が撮れません。
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市庁舎は13世紀に建てられましたが、1534年の火災で再建、さらにファサードは1767年に改装されました。入り口の上には、目隠しをして天秤を持つ女性の像があります。
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広場の南半分は木立で覆われています。木立に建っているのは「ホロフェルネスの頭を持つユディト」の像。解放記念碑として1947年に造られました。
バビロニアの司令官ホロフェルネスの切断された頭を左手に持つユダヤ人女性ユディトの姿は、悪に打ち勝った善を表現しているそうです。 -
広場の南端のシント・ヤン通りSint Janstraatに面して建っているは聖アントニウス大聖堂Sint-Antoniuskathedraalです。
1837年建設のカトリックの教会で、1853年に大聖堂に格上げされました(その後、別の教会に大聖堂の座が移りましたが、2001年再び大聖堂に復帰)。 -
入口の上部の彫刻。
残念ながら閉まっていました。 -
朝市は活気があっていいですね。
こちらはパンとケーキがずらり。 -
チーズや魚類もずらり。
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見てたらお腹がすいてきたので、ハーリングのサンドをひとつ。
ハーリングだけなら尻尾を持ち上げ、上を向いてパクつきますが、サンドのおかげでずっと食べやすいです。適度な塩味で美味。 -
オランダの自転車で驚いたのはこんなタイプ。前輪とハンドルの間に木箱(?)がある自転車。シートベルトもついているんでチャイルドシートと呼ぶべきか?
あとで調べたらバックフィッツBakfietsと呼ばれるそうですね。前輪2輪の3輪車タイプもあります。 -
さて、聖母教会Grote of Onze-Lieve-Vrouwekerkですが、この教会も街一番の教会ということで大教会Grote Kerkと呼ばれます。
13世紀からここにあった石造りの教会を、ブレダ領主のナッサウ伯エンゲルブレヒト1世の命で、1410年からブラバント・ゴシック様式で立て直しを始め、1547年にこの教会が完成しました。 -
教会南側の入り口横にあった教会の案内図。
開館は10:00の予定ですが、10分前に扉があいたので飛び込みました(ありがたい!)。ドイツは開館時間に厳格なのに、オランダは融通が利く。 -
入ったとたん、立派な内装に感激。白色で奇麗にまとまっていて清楚な感じ。
(左)内陣に向かって。(右)拝廊に向かって。
一番乗りなんで、数分間は教会を独り占めです。 -
まずは内陣から。
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内陣の天井。すっきりした装飾です。
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内陣仕切りの向こうには当然聖歌隊席があり、その奥には祭壇があることを期待してたんですが、やはりありません。
1566年プロテスタントによって教会内の偶像や祭壇が破壊されました(オランダ各地で起きています)。そしてここは1637年から正式にプロテスタント教会になりました。 -
内陣裏側(周歩廊東側)にあったフレデリック・ファン・レネッセ(1470-1538)の墓碑。彼はナッサウ伯ヘンリー3世(ブレダ領主:在位1504-38)の腹心で、オランダ宮廷の裁判官も務めた人。
よく見ると中央のお顔が壊されていますね。 -
聖歌隊席の裏側(周歩廊北側)にあったナッソー伯エンゲルブレヒト1世(ブレダ領主:在位1403-42)の墓碑(1475年作)。
左の跪いている人がエンゲルブレヒト1世でその右が妻のヨハンナ。1403年にドイツの貴族ナッサウ家のエンゲルブレヒトが、ブレダ領を相続したポラネン家のヨハンナ(当時11歳!)と結婚して新たなブレダ領主になったことで、ブレダとナッサウ家がつながり、この街が現オランダ王家の発祥の地ということになりました。 -
イチオシ
さらにその北側のプリンス礼拝堂Prinsenkapelには、ナッソー伯エンゲルブレヒト2世の墓碑があります。
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アラバスターで造られた4人の人物がひざまずいて黒い大理石のプレートを持ち上げています。この4人はそれぞれ、不屈の精神、寛大さ、忍耐力、慎重さを象徴しているそうです。でも、みんなしんどそう。
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左のナッサウ伯エンゲルブレヒト2世はブレダ領主(在位1475-1504)であり、ネーデルランド総督(在位1501-04)でした。右は妻であるバーデンのチンブルガです。地下には14世紀から16世紀までのオラニエ・ナッサウ家の人々17人が埋葬されているそうです。
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次は拝廊側。見事なオルガンが見えますが、どこのオランダの大教会でも身廊中央のシャンデリアが邪魔をします。
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イチオシ
シャンデリアを避けて少し斜めから。
この見事なパイプオルガンは1969年の製作。3780本のパイプを持っており、教会の見どころのひとつでしょうね。青と金はナッソー家の紋章に使われている色の組み合わせのようです。 -
側廊です。聖クリストフォロスの壁画もあります。
プロテスタントによる偶像破壊があった時には、壁画は全て石灰で白塗りにされていました。 -
側廊から見た身廊。
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なぜか側廊にヒエロニムス・ボスの三連画「快楽の園」がありました。もちろんレプリカですが、3日前にスヘルトーヘンボスで見たばかり。
この教会と何の関係があるのか?
この絵の依頼主が前述のエンゲルブレヒト2世かヘンリー3世のどちらかだったことから、この絵はナッサウ伯邸に飾られていたそうです。 -
これにて観光終了。
にぎやかなフローテ・マルクトを横目に見て、駅に向かってダッシュ。 -
ファルケンベルク公園を横切ります。来た時は誰も何もいなかったのに、噴水の周りには何やらウジャウジャ。
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公園の東側に見えた赤煉瓦のビル。ブレダの門De Poort van Bredaという名の集合住宅(2002年建設)。
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ナッサウ記念碑の横を抜けてブレダ駅へ。
10:26発のIntercity directに飛び乗りました。 -
10:50ロッテルダム中央駅に到着。
駅から500mほどの所にあるホテルに戻り、チェックアウトを済ませました。 -
荷物を引いて戻って来たロッテルダム中央駅。7日間お世話になったこの駅を見るのもこれが最後。うーん、帰りたくない。
11:41発のIntercity directでスキポール空港に向かいます。 -
スキポールに向かっています。
遥か向こうまで平らな台地。これがオランダ。教会の尖塔がちらりと見えます。 -
ああ、帰りたくない。
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12:05スキポール空港駅に到着、そのまま空港に移動。
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軽い食事をすませ、憂鬱な気分のまま空港内をうろうろ。帰りたくないけど、帰らないわけにはいきません。
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14:45発のKLMで翌日8:45関空到着、無事帰国。楽しかった旅はこれでおしまい、明日からの仕事を考えるとちっとも面白くないです。
今回の旅行記をまとめると、
1. ロッテルダム https://4travel.jp/travelogue/11776518
2. ミデルブルグ https://4travel.jp/travelogue/11788860
3. フリシンゲン https://4travel.jp/travelogue/11791639
4. ライデン https://4travel.jp/travelogue/11794351
5. ウールデン https://4travel.jp/travelogue/11798286
6. スキーダム https://4travel.jp/travelogue/11804576
7. アーネム https://4travel.jp/travelogue/11807994
8. ナイメーヘン https://4travel.jp/travelogue/11813655
9. スヘルトーヘンボス https://4travel.jp/travelogue/11817401
10. ルーヴェン https://4travel.jp/travelogue/11820661
11. メッヘレン https://4travel.jp/travelogue/11841424
12. リール https://4travel.jp/travelogue/11843990
13. トゥルンハウト https://4travel.jp/travelogue/11847988
14. ヘーレンタルス https://4travel.jp/travelogue/11936349
15. ブレダ 本稿
となります。来年はシュヴァルツヴァルトかノルマンディーかな?
(なんて考えていましたが、翌年からコロナ禍になり、その後も親のことやらいろいろあって、未だに海外に出れてません)
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ブレダ
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この旅行記へのコメント (3)
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- フィーコさん 2024/11/25 08:11:07
- おしまいのブレダ
- blumemtalさん おはようございます。
ブレダにもベギンホフがあるのですね。
>おっ、入れるようです。
>うひょっ、だーれもいない。
もう、やったー!の心境
1人じめですもんね。
訪問者用トイレがある情報ありがとうございました。往年のベギンさん利用トイレも見てみたい。
白の頭巾が印象的です。
リベンジの聖母教会、内部みられて
中世の政略結婚、ヨハンナさんは11歳でお輿入れ。マリーアントワネットさんも14だかでした。
帰りたくないー
でも帰らなくてはお仕事待ってる。
私も義実家問題で、海外にはしばらく出られないようです(涙)
フィーコ
- blumentalさん からの返信 2024/11/26 19:32:25
- Re: おしまいのブレダ
- フィーコさん、こんばんは。
かなり長い断筆時期も含め、ずっとのんびり書いていた旅行記も終わってしまいました。書き終えるのが寂しいというか、なんか本当に旅行を終えてしまった気分です。
ところでトイレ情報のお話をすると、この時のオランダ旅行で市庁舎が役に立つことに気づきました。市庁舎って、街の中心にあるものですから、街歩きの途中で市庁舎にすっと入って、すっとトイレを利用しました(確か3つの街で)。観光対象となるような歴史的な旧市庁舎は無理かもしれませんが、新市庁舎、いわゆる市役所なら大丈夫。市民税払っていなくても無料で使えますよ(0.5ユーロ使うことなく)。
海外に出るのが難しい日々が続いています。フィーコさんも難しいようですね。いつかそのうちと願いつつ、訪問の候補地をためておきましょう。
blumental
- フィーコさん からの返信 2024/11/27 00:07:41
- Re: おしまいのブレダ
- こんばんは♪
市役所トイレ、利用しています(笑)
今、思いつくだけでも
・アビニョン
・アルル
・ヘルシンキ
ルーヴェンの大学図書館のトイレ、楽しみにしていたのですが夜になってしまい利用できませんでした。
フィレンツェなんですが
15年前?くらいの時、ヴェッキオ宮殿(市役所)でトイレ借りました(無料)
5年前でしたか入場料払った人だけしか使えませんでした。
ツアーメンバー父息子が集合時トイレ行きたいと。
私と友人のチケット貸しました。
世知辛いです。
行きたいとこ、下調べで
遊んでいます。
遊ばんと早くベルギーの続き書けっ!なんですが
いつも次の予定が入ると
旅行記早く終わらせようと頑張るので、、がんばれない。。。
返信不要でーす
フィーコ
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